第五話 ようやくの出発
目覚めた当初こそ、記憶はないし名前は変だし、びびりだしで、泡を食っていたちくわであったが、今はもう違う。
ちくわはレベル5の戦士だか武闘家だかだ。
勇者の秘薬を飲んだちくわに、怖いものなんて無い。
エファとだってそれなりに意思疎通ができるっぽいし。
[幸ある一週間への招待状]を使用したので、運だってそれなりにいいらしい。
うん。もう動く頃合いだ。
ちくわはリュックサックを背負いなおしていた。もちろん先ほど掻き出した荷物をきちんと仕舞ってだ。
エファももう準備は万端だ。――と言っても、彼女の場合は荷物も無いので、腰に差していたレッピスの魔術杖を手に持ってるだけなのだが。
いよいよ二人は、この世界を歩き始める。
まず手始めに、ちくわはエファへと断りを入れよう。
口から何かを出すジェスチャーを交えつつ。
「エファ。ちょっとオレ、大声だすぞ?」
エファは表情を変えずに、ちくわのことを見つめている。
わかった時は頷いたり、何かしらリアクションを返してくれるので、伝わっていないという意思表示だ。
が、ちくわは気にしなかった。重要なことじゃない時は流すことに決めた。
ちくわは口元に両手を添え、深く深く息を吸い込んだ。
「おーーい!! ――誰かいないかーー!?」
草原いっぱいに広がるように、ちくわは声を張り上げた。
一瞬の間、声が広がり、応答が届くか確認するまで、耳を澄ませて待つ。
少しちくわへと目を大きくしていたエファが、空を見上げたり、辺りを見渡したりしている。
返事は無い。ちくわの大声に、応答が返ってくることはない。
どうやらこの近くには、誰も人がいないようだ。
「ん。行こう。とりあえず、南だな。暖かいほうが生きるには都合がいい」
南北に伸びる道の南側を指差したちくわに、エファは『ウィ』と頷いた。
かくして、ようやく二人は、この異世界を歩き始めたのだった。
てくてく歩く。
ネトゲのキャラならせっかちに走ってるところだが、きっと自分たちがやればステータスの[体力]パーセンテージが減ってしまうし、第一疲れるだろうから、地道にてくてく歩く。
日の落ち具合から、時間は午後の三時ごろなのだろうか?
時計がないので、良くわからない。
空は青空。まばらな雲。
空気は乾燥している。日本なら五月か六月ごろの暖かさか。
草原は風が良く通る。エファの青色の髪が風になびく様子がとてもきららかで、目に嬉しい。
たまに[ヒューヒュッ!]という聞いた事のない鳥の声がする。
ちくわが頭上を仰いでみると、とんびくらいの大きさの鳥が飛んでいた。
襲い掛かってくる気配はない。
ちくわは土の道をエファと歩く。
行けども行けども、草原ばかり。しかしちくわの足取りは軽く、暑くもない。
ちくわは薄着だ。その薄着の上に重たい革鎧を装備しているのだが、動いてみても、ベルトが体にこすれたり、革鎧が両肩に食い込んだりということはない。
なんだか不自然なほど楽だ。
レベルアップのおかげなのかもしれない。
ちくわはエファの様子を窺ってみる。
彼女もちくわの目線に気付いた。目で『なにか?』と尋ねて来る。
「怖くないか? ――あー、ダンジェ?」
「ダンジェ?」
エファはキョトンとした顔で首を傾げている。
「伝わんないよな……」
ちくわはベルトで釣っている剣を、鞘から引き抜いた。
初めてする動作だったが、剣はするりと引き抜けた。思った以上に軽い――1・5キロくらいだろうか?
なんだろうと見つめるエファに、ちくわは剣を構えながら、開いてるほうの左手で『任せろ』という感じに胸を叩いた。笑顔も添える。
エファも笑顔を返してくれた。
「ウィ。コンテ、スュルリ」
まあ伝わったっぽい。
なんだろう、このやり遂げた感。妙な満足感があった。
ちくわは剣を鞘へと戻した。
果たして自分は、この剣で、いったい何と戦うのだろう?
なんせ世界観からわかっていないのだ。
人だったら嫌だな。面倒くさい。
スライムみたいな、生き物とも思えないものだと、気が楽そうだ。
無闇に異形の姿をした【クリーチャー】とか呼ばれる手合いでないことを祈る。
あとゴブリンとか、微妙に人型をした相手も、なんだか気がとがめそうな気がする。
野生動物が相手なら、まあ順当なところだろう。
ちくわの装備は、ステータスの[装備]の項目を選択すると、その状態や詳細を確認することが出来た。
現状のちくわの装備は、こんな感じだ。
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装備
武器1:数打ちの剣
ランク:F
攻撃力:88
重量:1
説明:一般的な鋼鉄製の剣。
防具1:熊革の鎧
ランク:F
防御力:41
重量:1・5
説明:Fランク低レベルの熊系モンスターの革で作られた、レザー
アーマー。
防具2:熊革の小手
ランク:F
防御力:10
重量:0・5
説明:Fランク低レベルの熊系モンスターの革で作られた小手。
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軽装、になるのだろうか? ちくわの防具は鎧と小手だけで、足につける防具とか、兜は装備していない。
リュックサックを背負っている為、それなりに動きは鈍重かもしれないが、それでも武装しているという感じの身重さは感じていない。
これならリュックを降ろせば、まだ見ぬ敵とも、やり合える気がする。
多分やれるだろう。
多分、相手が人であろうと、殺せると思う。
今のちくわは何だか[そういう部分]の歯止めも、いい感じに失われているのだ。
うんまったく、我がことながら、信じられないことを考えているとちくわは思った。
昨日までのちくわであったら、こんなことは考えもしなかったはずだ。きっと思いもよらなかったはず。
まさか自分が明日には、[ちくわ]などという名前で、異世界で、革鎧に身を包み、美少女を守る為に剣で人だって殺す覚悟を固めていようとは。
しかしちくわがいるのは紛れもない現実の異世界。
自分たちの身は、自分たちで守らなければならない。
「夜になるまでに……村か、せめて集落なり、安全な場所くらいは見つけないとな。野宿なんてしたくないし、きっと危険だ」
エファが『何を言ったのだろう?』とちくわのことを見つめる。
ちくわはジェスチャーせず、ただすまし顔で肩をすくめて見せた。
ちょっと今、スマートなリアクションできたなと、ちくわは気持ちよくなった。
こんな美少女を相手に、これほど余裕のある態度を取れるなんて、かつてのちくわ――日本にいたころの〝ちくわ〟という名ですらなかった時の中三の少年には、できなかったはずだ。
今のちくわにはそれができていた。全身でひしひしと感じていた。
自分はカンペキ、生まれ変わったのだと。
ちくわは歩く。生まれて初めてはいた革のロングブーツは、重たく硬く、すぐに足が痛くなってしまいそうな気がするが、頼もしくもあった。
ロングブーツで歩きながら思うのは、実に様々だ。
まず思うのは、いったいこの世界は、どんな世界なのかということ。
まだ何もわからなかった。
この世界には魔物はいるのか?
魔王に侵略されてはいないか?
他の国と戦争をしてたり、世界の滅びに直面していたり、神々との争いに巻き込まれてたりはしないか?
どれもゲームなら歓迎するシチュエーションだが、現実で直面するには重たい現実だと思った。
自分のレベル5というのは、強いのか? 弱いのか?
隣で歩いている、エファシオンと名乗った美少女は、果たして何者なのか? この世界についてはよく知らないようだが、かつての記憶は有しているのか?
というか人の事より、自分がまずどういう奴だったのやら。
そもそも自分は、この世界から戻れるのか?
なにより、生きていけるのか?
全ての答えが欲しかった。パソコンもないであろうこの世界においては、答えを求めるにも、この両の足を前へ前へと動かすばかりだ。
前へと進もう。この未知なる世界を。
ちくわは歩いた。歩きながら、荷物に入っていたカードの内容を確認し始める。
[勇者の秘薬]みたいに強力なアイテムカードが、ほかにもまだあるかもしれないと思った。
とりあえず、ちくわには、この世界を生きるにあたって、まず最初に決めなければならないことが一つ、ある。
言うまでもない事。
田中山田ちくわに替わる、もっとカッコイイ名前を決めなきゃならない。
月夜白夜とかどうだろう?