第三話 ちくわ、秘薬を飲んだらウインクがしたくなる。
スタテュ。
多分ステータスという意味だろう。
エファはさも自然な振る舞いで『スタテュ』と唱えていた。
少なくとも彼女のいた世界では、ステータス表示は普通に存在するものだったようだ。
ステータスを呼び出したエファは、その表示内容が見えるように、ちくわの隣へと並んでくれた。
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名前:エファシオン
年齢:15歳
種族:人間
職能:神官
未洗礼:魔術士・精霊使い
レベル:1
グレイス:71/77
マナ:40/43
体力:88%
攻:31/23 +8
防:68/28 +40
速:34/37 -3
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ステータス表示はちくわの読める言語だったが、どうやらエファにも読めるものらしい。
彼女は自分の名前の表示の部分を指差し、『ノン。エファシオン』と言った。
「ヴ、エセィエメムドゥ、ディル。スタテュ。……【スタテュ】」
どうやら『あなたもステータスを呼び出して』と言っているようだ。
彼女の意図をちくわも察した。もう呼ぶしかあるまい。
「ステータス」
ちくわがそう一言発すれば、そのホログラム的幻影は、ちくわの目前へと出現した。
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名前:田中山田ちくわ
年齢:15歳
種族:人間
職能:戦士・武闘家・符術士
レベル:1
グレイス:87/90
マナ:27/32
体力:94%
攻:121/33 +88
防:88/37 +51
速:36/43 -7
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これが自分のステータスか。ちょっとちくわは感動を覚えた。
しかし、その感動を邪魔する忌々しき一文が、項目の一番上に表示されていた。
更にあろう事か、その部分をエファが指差して、可憐な唇で言の葉にしてくれる。
「ヴォトルノン、タナカヤマダ、チクワ」
彼女の口からその名前だけは聞きたくなかった。
「ノー! ノー! ちくわノー! ジスイズノットマイネーム!」
「オーララ! ク、フェルンコレル?」
エファは驚いている。ちくわもちくわで、思わず全力で、なぜか英語で否定してしまった。
「カルムマン」
エファはちょっと服のポケットからハンカチを取り出すと、それでちくわの額の汗をチョンチョンと拭ってくれた。
女の子にこんなことされるのは初めてである。正直ちくわは恥ずかしい。
「……う。もういいよ」
「モウイー?」
「うん、そう。もういい」
果たして意味は伝わっていたのだろうか? エファはハンカチを引っ込めたが、微笑みながら小首をかしげている。
伝わってないようだが、お上品にかわいい。
ちくわはいったん、深呼吸した。
落ち着こう。
落ち着いてる場合じゃないかもしれないが、そう言う時ほど落ち着かねばならないものなのだ。世の中というやつは。
エファの見た目には、まあ慣れてきた。
外国語で話しかけられても、シャイな日本人ほどにはどぎまぎしなくなってきた。
そして、理解。
どうやら自分は、本当に異世界に来てしまったらしい。
なろう小説を読んでる読者だった時は、うらやましがってもいたが、正直チートがあればの話だった。
もっとも、チートあったって引っ込み思案なちくわの事。
異世界からの招待状が届いたところで、[謹んで辞退いたします]とお返事していたことだろうが……
だって多分この世界、マンガもパソコンもない。
――え。ってことは、もうアニソンとか聞けないのか?
スナック食べながらクーラー利かせた部屋でゲームもなし?
まさかアイスすらないとか?
っていうより、この世界でちくわは生きていけるのか?
バイトだってしたことないくせに?
チート無しで?
「うわ……」
ちくわは改めてことの深刻さを理解した。
やばい。チート無いとマジやばい。
ってかぶっちゃけ帰りたい! [今すぐ帰るスイッチ]があったら真っ先に押すだろう――っていうのはちょっと……エファと会ったあとだと、すごい後ろ髪引かれそうだけれども。
チートだ! チートさえあれば万事解決だ!
「エファ。さっきのカード、カード貸して。カ・ア・ド」
「カルト?」
エファの差し出したカードをちくわは受け取り、急いでその内容を確認した。
今もっともチート臭いのがこのカードたちだからだ。
[勇気ある門出への祝福]で出現したカードは、全部で四枚。
一枚目。
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[弱者の霊薬]
アイテムカード
レアリティ:A
このアイテムは、レベル1の者が服用した時だけ、レベルを4上昇させる。
――決断を恐れて好機を逃すな。富も力も儲け話も、ただ貯め込めばよいというものではない――
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二枚目。
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[幸ある一週間への招待状]
アイテムカード
レアリティ:A
このカードの使用者は、今から一週間、不幸が遠のき、それなりの幸運に恵まれる。
――収穫の時とは、どんなものにも訪れるものだ。その機会を見逃しさえしなければだが――
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三枚目。
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[勇者の秘薬]
アイテムカード
レアリティ:C
このアイテムの服用者は一週間、恐怖に強い耐性を持つ。
――真に恐れねばならぬものを見極めよ。他人があなたを愚か者と呼ぶことのないように――
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四枚目。なんかレアリティがすごい。
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[レアカード五枚セット]
アイテムカード
レアリティ:SS
このカードの使用者は、五枚のレアカードを得る。
――よいカードが出なかったからと言って、『希望は絶望の隠れ蓑』などと言うな――
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チート……これらはチートなのか? ちくわは首をかしげている。
「エファ。これ、使い方……」
なんと伝えればいいやら。ステータスをさも当然と呼び出したエファなら、このカードの使い方も知っているのでは、と思ったのだ。
ちくわは『あなたはこのカードの使い方を知っていますか?』と尋ねたい。
ジェスチャーするしかなかった。
ちくわはカードを指差し、振ったり、石のような板枠で保護されたカードを曲げようとしてみたり、いかにも[どう使うかわからない道具]を手にした者のようなそぶりをし、エファに向かって首を傾げて見せた。
「コマンユティリゼ? モワオスィ……」
エファは曇らせた顔を横に振った。声音から推測するに、自分にもわからないのだと言ったようだった。
「うん、うん、だよね。いいよ別に」
少なくとも[勇気ある門出への祝福]というカードは、魔法のカードだった。
光ったし浮かんだし、この四枚のカードに姿を変えた。
きっとこれらのカードだって、説明文の通りの効果があるのに違いない。
ってか、そう信じたい!
四枚の中でもっとも気になったカードはどれだろう?
ちくわが気になったのはこのカードだ。
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[勇者の秘薬]
アイテムカード
レアリティ:C
このアイテムの服用者は一週間、恐怖に強い耐性を持つ。
――真に恐れねばならぬものを見極めよ。他人があなたを愚か者と呼ぶことのないように――
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今のちくわはモブキャラよろしくビクビクしてる。ベルトに剣を吊ってるとはいえ、何かと戦えと言われたら
『ムリムリムリムリ!』
とか情けなく拒否れる自信がある。
もしもこの[勇者の秘薬]が説明の通りの効果ならば、これほど心強いものはない。
使ってみよう。このカード。試しに。
先ほどの[勇気ある門出への祝福]は勝手に発動していたが、このカードはどうしたらいいのか……
とりあえず、ちくわはカードを頭上に高々と掲げてみた。
そして――なんか言ってみよう。
「ええっと……カード、使用!」
カッコわる――と思う暇すらなかった。
反応があった。ちくわの頭上でホワッと光が灯ったのだ。エファも『アッ』と言って目を開いている。
頭上で【ポンッ】という音がした。
次にはちくわの目の前を、綺麗なガラスの小瓶が上から下へと通り過ぎていった。
「あああああああああ!!」
ちくわは叫んだ。勇者の秘薬であろうガラスの小瓶が地面に落っこちた!
――――いったい、どれくらいの時間、ちくわは固まっていたろう。
きっとものの数秒だったに違いない。
ガラスの小瓶が【カシャン!】という音を立てて割れる事はなかった。
地面に転がっている。
大きく大きくため息をついて、ちくわは胸をなでおろした。
「出た……本当に出たよ。ちょっと信じらんない」
「ウィ」
ちくわはガラスの小瓶を拾い上げた。近寄ってきたエファも、不思議そうな面持ちで小瓶を見つめている。
さて、これはどちらが飲むべきだろう?
エファは怖がっているのだろうか? この状況に。
ちくわほど怖そうではないが、一応飲むか尋ねてみよう。
「ええっと、エファ……これ」
とちくわは勇者の秘薬を指差し、次に自分の口を指差す。
「僕は、飲もうと思う。エファは?」
とちくわは、エファに勇者の秘薬を差し出してみた。
エファは首を横に振った。
「ノン。イレドゥトゥ」
エファはちくわの持っている小瓶を指差し、何だか不可解げな表情を作って見せた。『大丈夫だろうか?』と言いたいのかもしれない。
「わからないけど、このカードが使えるかどうかは、試してみないといけないよ。僕は飲んでみるよ?」
小瓶の蓋を開け、ちくわは飲むそぶりを見せた。
エファは頷いたが、浮かない顔だ。カードから出現した物を気味悪がってるようだ。
ちくわに気味悪がってる余裕なんてない。気味悪いというならこの世界からして気味が悪い。起きてまだ一歩だって動いちゃいない、まったく未知の世界なのだから。
恐怖がまぎれるというなら、願ったり叶ったりだ。
ちくわは小瓶に口を付け、勇者の秘薬をあおった。
味は――微妙に苦い。しかしただの薬みたいな印象だ。
「……ふう」
ちくわは勇者の秘薬を飲み干した。使用量は全量服用でよかったんだよな? と今更思う。
そして、効果はすぐさま表れる。
あっ。と思った。
ちくわは【アッ】と思った。それ以外に表現しようがなかった。
心の中に引っかかっていた何かが、不意に掻き消えていったのを感じた。
背中の掻けない場所の痒みが、スーッと消えていったと言うべきか。
いやいや、体が大きくなったというべきか。
っというより、無敵んなったっつーか?
まあありていに言って、
もう怖いもの無しだ、これ。
「うわ。目え覚めた!」
何を今まで自分はビクビクしていたのか。ちくわははっきり言って、人格が変わったのを理解した。
今なら電車の席に座る時に、迷わず隅っこではなく、ド真ん中に座れる自信があった。
イヤホンのCDのボリュームをシャカシャカ言うくらい大きく出来る自信が出てきた。これは要らない自信だけどな、という理性だってモチロン完備だ。
「うわー。なんだこれー。エファ、僕――ってか【僕】ってないな! エファ! 心配掛けたよな!? でもオレ、生まれ変わったから!」
ちくわは自信満々の目で[安心していいんだぜ]と伝えたつもりになり、エファにウインクをして見せた。
青い髪の美少女は、口元を手で押さえて目をパチクリさせている。