第二十四話 助っ人のフーファ
ギルドホールでのテーゼンとの相談のおかげで、礫夜たちは、これからの方針が色々と定まった。
まず礫夜とエファは、近い内に領内一の規模を誇る都市【ティオスキニ】へと、旅立つ事になるはずだ。
目指すは同地の符術士ギルド。
さっそくルールイラギルドホールからは、同地を礫夜が目指すという旨のしたためられた手紙が発送された。
精霊使いの霊獣[ワイバーン]を使用した速達便でだ。
結構いい料金らしかった。
礫夜がギルドホールを訪問した日。
礫夜には、自分の幸運度が0であることを思い出させる出来事があった。
オラクルカードだ。
昼間っからいつ発動するのかとドキドキしていた礫夜だが、このカードが例の
〈キン!〉
という発動音を発したのは、以外にも真夜中。礫夜がもう寝ていたころだった。
不吉な音に叩き起こされた礫夜は、その現れたカードの内容を見て、
「なんだああ! バカにすんのも、大概にしろお! くそめ!」
と、夜中に上げるには大層迷惑な怒号を上げた。
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[忘れえぬ喪失]
イヴィル
レアリティ:A
あなたはレアリティ:B以上のカードを一枚、喪失する。
――この過ちを心に刻みつけよ。お前の人生から一つの星が流れ落ちたのだ――
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失われたカードはアイテムカードの[神々のスキルへの恩寵]だった。
レアリティ:S。
修得ポイント55以下のスキルを一つ修得するという効果のカードだった。
礫夜はこのカード、誘拐犯との決闘前に使い損ない、ついていたと思ったのだ。
スキルをあれこれ修得していたあの時、礫夜はこのカードの存在を忘れていた。荷物と一緒に置いて来たカードの束のほうにあったので、思い出しても使えなかったろう。
そしてテーゼンの講釈を受けた今は、このカードがいかに貴重であるかも理解していた。
ゆえに使い残していてよかった。運よかったと思っていた矢先の事だ。
やっぱり使っておけばよかったと、礫夜は己の運の悪さを改めて悲嘆し、エファに背中をよしよし撫でられた。
話が本格的に動き出したのは、翌日。
ルールイラギルドホールへと、符術士ギルドからの返事が速達で届けられてからだ。
ギルドホールへ礫夜とエファが顔を出すなり、二人はテーゼン女史から手紙を振り振り、手招きされた。
「符術士ギルドから、とても色よい返事が戻ってまいりました」
「そりゃ、めでてえや」
礫夜もテーゼンも顔を朗らかにする。礫夜がエファに説明してやれば、彼女も麗しい顔をとても華やかにほころばせた。
礫夜がでかい図体でちっちゃな手紙を読み終えると、テーゼンが話す。
「三人の冒険者から指導役として立候補されるなんて、名誉な事ですよ。先方は洗礼も受けずに符術士となられた礫夜さんに、高い関心を示されているようですね。トリプルソードも持ってますから」
「二人、弟子い案内役に送るって、こっこ書いてあるすね?」
よくあることだとテーゼンは頷いている。
「まあ勧誘ですね。おそらく礫夜さんを自分のところに引っ張って来いって、お師匠様から言いつけられたんでしょう」
礫夜は内心でむず痒くなった。
自分の為に三人の冒険者が師匠として立候補した。
その内の二人の冒険者が弟子を送り込んでくるという。
礫夜の為にだ。
「なんだか照れちまうな……」
エファにヘニャヘニャした笑顔を向けると、彼女は顔を厳しくし、異国語で多分『だらしのない顔』とでもつぶやいた。
さて、手紙には案内役が到着するまで、一週間前後掛かるはずだと書かれていた。
そして手紙には、それまでに礫夜に、冒険者としての最低限の能力。
特にパーティー内での仲間との連携を、最低限、基礎だけでもいいから身につけておいて欲しいと書かれていた。
費用もゴルトー金貨一枚までなら出してくれるらしい。
それに加えて、[サポーターズソサエティ]なる団体から冒険者を一人、アドバイザー兼協力者として雇っておいたとも書かれていた。
エファシオンの存在を考慮して、雇った冒険者は女性であるとか。ありがたいお心遣いである。
協力者はルールイラのギルドホールに来るらしい。
なので、礫夜はエファとホールの待ち合いテーブルで、しばらく待つ事にした。なけなしのお金でフルーツなどつまみながら、待つ。
「どんな奴が来んだか……エファ、お手伝いが来るらしいや。――えっと」
当然エファには伝わらない。
礫夜は受付で鉛筆を借りてきて、手紙の裏に絵を描いて説明する。
自分たち二人の人間に、更にもう一人人間がやってくる絵だ。
「ユマン……ヴニルケルカン?」
「んーっとな」
礫夜はステータスを表示し、自分のオラクルデッキ構成確認の項を選び、そこにあった[一夜限りの用心棒]を指差してから、手紙の紙の三人目の人間を指差す。
エファの顔に理解の色が浮かんだ。
「ア、ウィ。イレカマラドウニリシ」
彼女は三人目の人間を指差し、自分たちのいる場所を指差した。
「へっへ、そういうこと。ちっと待っててみようや」
「ウィ」
お互いに笑顔をやり取りする。
どんな人間が来るのか。
ちょっと不安もあるが、正直楽しみだった。
冒険者がギルドホールへと入ってくるたび、礫夜はエファとそちらへ視線を飛ばし、自分らの待ち人かどうかと品定めした。
ホールを訪れる女は大抵が、十代から二十代までの冒険者だ。
男なら壮年を迎えた者たちも見かけるが、女で見掛ける事は一度もなかった。
案外長くは続けられない仕事なのかもな。
そんなことをつらつら考えつつ、でかい図体で多少窮屈な思いをしながら待っていると、また一人の女性がホールへと入ってくる。
クン、と礫夜の鼻が反応したように動いた。
その女は薬草臭い匂いと一緒に、森の匂いを連れていた。
町の外から来たばかりの人間の匂いだ。
人族の女――というより少女だ。礫夜と同い年くらい。
武闘家なのだろう。中華風の深紅色の武道着に身を包んでおり、メガネを掛けている。
背は小さいほうだが、歩くたびにかすかに胸が揺れ、三つ編にした髪も背中で左右に揺らしている。
カウンターのほうへ歩いていく。右の二の腕に黄色のシルクの布を巻いており、それがキラキラと存在感を放っていた。
「レキヤ?」
「ああ……って――え? あんだよお?」
エファが少し不愉快そうな目つきをしていた。もしかすると武闘家少女を丹念に観察していたせいかも知れない。
エファはまるで人を上から注意するような澄まし顔で、
「ウゼトロヴュ」
「いや、わかんねえよ。あんだあそん顔? 俺あ悪かねえぞお?」
エファはついと目を逸らし、例の武闘家少女を見やった。
礫夜も自然とそちらへ視線をやってしまう。
見れば武闘家少女が受付のテーゼンに何事か確認するなり、こちらへとやって来る。口元だけうっすら笑わせて。
どうやら待ち人のご到着のようだ。
礫夜が多少姿勢をただすと、二人のテーブルの前で少女が立ち止まり、両手を胸の前で合掌させてビッと勢い良く礼をした。
「押忍っ。つかぬ事を伺いますが、お二人は符術士の真紅礫夜さんと、神官のエファシオンさんで間違いありませんか?」
少女は礼をしたままの姿勢で、顔だけこちらに向けて確認している。
なんだか随分折り目正しい感じだ。礫夜は背筋を伸ばしている。
「ああ、そりゃ、俺たちだ。あんたは?」
「押忍っ」
武闘家少女は再度合掌したまま礼。
しかし今度は体を起こし、合掌したまま晴れやかな顔で自己紹介する。
「自分はウーシェン・フーファと申します。[サポーターズソサエティ]より参りました。レベル9。職能 武闘家。お話は既に、テーゼン嬢より通っていると伺っております」
「そうさあ。あんたを待ってたんだ。――アまあ、掛けてくれよな」
「ありがたいです。失礼します」
フーファは片手に提げていたナップザックを脇に置くと、椅子へと腰掛けた。
隣の礫夜を見上げてきて、ニコッと笑顔になる。
「でっかいですね。自分は武闘家の中でも小柄なほうなんで、うらやましいです」
「でっかくなっちまったんさあ、一昨日の晩に」
「はっ、伺っております。符術士の影響とは、凄まじいものなんですね?」
「俺も知らなかったよ。難儀な職能だぁ」
礫夜がグイッと牙をむいて笑うと、フーファもメガネの奥の目を笑わせた。
次にフーファはエファへと話し掛ける。
「エファシオンさんは、こちらの言葉はお得意でないとか?」
「アンシャンテ」
フードの下でエファが微笑むと、フーファは『ほうっ』と感心したような息を漏らした。
「や、は――キレイな髪、してらっしゃるんですね? これはフードが取れない」
「ジュネディスク?」
「あ、失礼。独り言です」
フーファは合掌をしてエファに頭を下げた。
エファはキョトンとしている。
フーファは礫夜へと『これは真紅さんも大変ですね?』と言った。
「礫夜のほうでかまわねえや。そっちが名前のほうなんだ」
「あ、自分も家名が先に来る国の出身です。フーファで構いません」
「そいで、エファシオンはエファな?」
「ウィ」
「エファさんに、礫夜さんですね。わかりました。――それでは、さっそくですが、本題に入りましょうか?」
「ああ。――そいでえ、抜けた事確認すんだがあ、フーファはいったい、何してくれんだい?」
手紙にはアドバイザーと書かれていた。
「押忍。自分は礫夜さんがティオスキニに到着するか、十五日間が経過するまで、訓練と旅のお手伝いをするよう承っています。訓練に関してはエファさんもお手伝いするよう承っていますね」
「ああ、あんたが訓練付けてくれるんか?」
フーファは驚いたように両目を見開いて首を振った。
「いやいやそんな、自分はまだ、修行中の身でして、とても人になにかを教えるような立場にはありません。あくまでもお手伝いをする程度です」
「そいじゃあアドバイスのほうを頼めっかい? 俺あ――まあ、この手紙読んでもらったほうがあ、早えやな」
礫夜は本日速達で届いた手紙をフーファへと渡した。
「…………なるほど。了解しました。パーティーメンバーとの連携、ですね? 旅にはエファさんもご同道されるんですか?」
「置いてくつもりはねえよぉ。言葉も通じねえんだ」
その点についてはエファも了解している。
ならば、とフーファはメガネをちょんとやり、二人に提案する。
「レーベの教会でご指導を仰ぐのが一番だと思います。エファさんも神官の心構えを学べますし、礫夜さんは通訳をしながら連携の訓練も出来るはずです。それに料金――この場合は寄付金ですね。これもそれほどかかりません」
「俺らがぁ、神官の訓練になんて、参加していいんかよ?」
フーファは『任せて下さい』と大き目の胸を叩いた。
「私が頼んでみます。多分問題はないと思います。符術士ギルドがお金を融通してくれるとも、書いてありましたしね」
「へえ、あんた、心強いぜぇ」
「恐縮です」
フーファはにっこりと笑っていた。
かくして方針は固まった。
三人は長い事温めていた席を立ち、一路レーベの教会を目指す。
符術士ギルドからの案内役が到着するまでに、せめて仲間との連携くらいは、できるようになっておく必要があった。
あとがき。
ようやくほかのキャラも登場し、にぎやかになってきた矢先ではございますが、まことに勝手、かつ恐縮ながら、しばらく投稿を休もうと思います。
理由は、作品の文字数が、MF新人賞3の規定に達した為。
そしてなにより、人気がちょっとも出ないためです。
このまま投稿していたところで人気が出ないのは明々白々。
もっと人気が欲しい。
なので、いろいろ考えてきたいと思います。
ここまで読んで下さった希少な読者様方には、申し訳なく思います。
できれば筆者もこの作品のまま、序盤を手直しするなりして、続編を書き続けたいと思うのですが――――まあ難しいでしょう。
なるべく近い内に、また小説を投稿できるよう、頑張ってまいります。
それでは失礼。




