第二十三話 ギルドホールで相談しよう
「とりあえず、書類も作成しておきたいので、お二人のステータスを見せてもらってよろしいですか?」
ギルドホールで出会ったテーゼン嬢は、よい印象の人だった。
彼女の事を礫夜は信頼すると決めた。
なので、自身のステータスだって見せる。
本名が[田中山田ちくわ]である事がばれる。
やはりテーゼン女史は礫夜の認めた女性。
図体ばかりでかい礫夜へと共感を示すような眼差しで頷いてくれた。
「大丈夫です。洗礼名や仮名でのご登録を希望される冒険者様もいらっしゃいますので、礫夜様の冒険者名は[真紅礫夜]とさせて頂きます」
「そいつあ願ってもねえこってす」
次にテーゼンはエファのほうのステータスを確認する。
彼女のステータスを覗き込むなり、テーゼンは目を見張った。
「あ! これは……」
「クワ?」
エファの声に、テーゼンは彼女のほうを振り向き、一度頷くと、次に礫夜へと顔を向けてきた。
彼女の顔が随分真剣なものになっていた。
「初めてお会いしました。エファシオン様は、【祝福者】でいらっしゃいますね」
「ギフテッド?」
礫夜が尋ねると、テーゼンは神妙な顔で頷く。
「神々から三つ以上の職能をお授かりになった方の内、特に強力であったり、希少な職能の組み合わせの方をそうお呼びするんです。回復職である神官をお持ちの冒険者様が、攻撃性のある魔術士か精霊使い、どちらかの職能をお持ちの場合で、業界内では【マルチヒーラー】と呼んで珍重しているくらいですから」
エファの場合は魔術士と精霊使い、どちらのスキルも備えていた。
テーゼンは顔を明るくしている。
「【祝福者】の方の将来は、非常に明るいものです。お望みになれば、高名な冒険者様の元で修行を積む事ができますし、ホールでは常に引く手あまた、いつでも最高のパーティーに参加でき、一生メンバー探しで不自由しないと言われています」
「えっ、つまり、エリートの卵って事かい?」
テーゼンは確信を込めた顔で請け負う。
「Aランカーも夢じゃありません。まずひと財産は築けるはずです」
そんなにすごいのか。当たり前だがエファは良くわかってない顔をしている。
そして礫夜は、自分は違うのかが気になる。
「俺だって、あれだ、職能なら三つあんだぜ?」
祝福者じゃねえのと期待を込めて礫夜は見つめたのだが、
テーゼンは、生暖かい笑み。
「ええっと、礫夜様の場合は、戦士と武闘家はどちらもポピュラーな職能でして、併せ持ちになられる冒険者様も、それほど珍しくはありませんから」
つまり【普通】ということか。
礫夜の両目が心寂しげなものになると、テーゼンは『あっ』『あっ』と焦った。
「でも、符術士はレアな職能ですよ? 本当に、まずいませんからっ」
「そんならあ、俺もパーティーから引く手あまたかい? 突然狼男に変身したりしちまうんだぜ?」
テーゼン嬢は礫夜から目を逸らし、お困りの様子だ。
「変身、できるのは、すごいことですよ…………あっ、すみません。デリカシーに欠けた発言でした」
「かまわねえよ」
礫夜はクツクツ喉で笑っている。
おほんとテーゼンは咳払い。
本題に戻ろう。
「それでですね。お二人には、まずは職能ギルドへのご登録を、お勧め致します」
なんでもテーゼンが説明するには、冒険者というのは普通、今いるギルドホールではなく、各職能ごとに存在する職能ギルドへ所属するのが、一般的らしい。
「職能ギルドに所属すれば、たとえば礫夜様のような符術士の方でしたら、ほかの符術士の方とのカードの交換などの仲介を、職能ギルドがしてくれます。ほかにも他の符術士に関する情報の共有や、指導役の紹介。装備の融通。カードやスキルの情報を収集した資料の閲覧なども、職能ギルドでしたらできるはずです」
テーゼンの話した内容に、礫夜は目を輝かせた。
そこにさえ行けばカードにまつわるあらゆる疑問が解消されるのは確実だ。
礫夜はまだオラクルデッキの分解の仕方すら知らないのだから。
「その、職能ギルドって言うのは、この町にもありますかい?」
「残念ですが、なにぶん符術士は珍しい職能ですので、この領内ではかなり遠くに一つあるだけですね。――礫夜様がこのギルドへの登録をご希望されるのでしたら、そこまで向かって頂く事になります」
まあ今の話を聞いて、所属しないという手はないだろう。
「もちろん所属してえっけども、遠いいんでしょう? 馬車とかで行くんがいいんですかい?」
「それは、ご予算次第ですが、まずはティオスキニの符術士ギルドへ相談の手紙を送ってみましょう。旅行費の融通などが受けられるかもしれませんから」
「そりゃ、ありがてえや。手紙代くらいは払いますかい?」
「いえ、構いません。それとよろしければ、指導役の冒険者の紹介もお願いする旨を手紙にしたためておきますが?」
「指導役ってえと……」
「師事するお師匠様ですね」
教会にいた見習い冒険者らも、同い年くらいで、戦士の青年に師事していた。
この世界ではあれくらいの年で師匠を持つのが普通なのだろう。
が、誰かの元で修行生活なんて、できればしたくないのが本音だ。
「ふん……やっぱし、お師匠さんの元で勉強しなきゃあ、一人前とは認められないって事ですかい?」
テーゼンはきっぱりと言う。
「何よりお勧めできません。自分だけでなく、パーティーに参加する皆さんの命に関わる事ですのでっ」
確かにその通りだ。
だが、更に重ねて次のような事情もあるとテーゼンは話す。
「たとえば礫夜様は、お話にありましたように、既にスキルをご修得なされていますよね?」
「まあ、必要に駆られて」
テーゼンは頷いた。
「間違っていません。スキルっていうのは、必要に応じて修得する事で、冒険者様をとても強化してくれるものなんですね」
礫夜も頷いた。
スキルのおかげで魔術士を相手取っても、まるで苦戦しなかったのだ。
「そうです。スキルとは強力なものなんです。だからこそ、その修得には細心の注意が必要なんです。――魔術士傾向の冒険者様の場合、引退までに得る修得ポイントが、レベル30、Bランカーまで到達できたとして、だいたい1000ポイント前後といわれています」
「んなあっ、1000ポイントだあ!?」
礫夜は声がひっくり返っていた
これまでに礫夜が使った修得ポイントの総数は、220ポイントだ。
ほとんど四分の一近く使ってしまった事になる。
礫夜のその反応を見て、テーゼンも既に礫夜が自分の言わんとしている事の重要性を、理解していると悟ったようだ。
「そういうことです。限りあるポイントでどのようなスキルを修得するか、それ次第で、その冒険者様のその先の冒険者人生における【方向性】が決定されます。礫夜様の修得したスキルの場合ですと、[レアリティFカードのコール]系列のスキルは、応用の利くものでしょうが、[運動妨害への対抗策]などは、かなり近接戦闘向けのスキル。それも限られた状況でしか有用性を発揮しないスキルですね」
テーゼン女史は立て板に水という様子で礫夜に説明をする。
「これらの修得スキル構成から考えましても、礫夜様のパーティー内での立ち位置は近接戦闘要員、【ウォール】です。ダンジョンでは、運動妨害、もしくはエレメンタルによる遠距離攻撃性質を持つ魔物の出現する場所では、秀でた能力を発揮しますが、それらの魔物を相手にしない時は、より応用の利くほかのスキルを修得した冒険者様に、後れを取る事になります。――と、このような評価が、成り立つわけですね」
『ただし』とテーゼンは人差し指を立て、ニコリと笑った。
「礫夜様がお持ちでいらっしゃるトリプルソードは、その冒険者稼業の全般に渡って使い続けられるような、とても優れた武器であると拝聞しております。礫夜様の併せ持つ職能が戦士と武闘家である点を考慮しましても、ウォールという立ち位置はその保有職能に適うもの。スキル[運動妨害への対抗策]の修得は、礫夜様のこれより送られる冒険者人生において、決して無駄なスキルになりはしないと、私は考えます」
テーゼンの笑みには『あなたの選択は正解です』と書かれていた。
礫夜はホウッと息を吐いて脱力した。
寄りかかられた背もたれが〈ギギイ〉と軋んで不満を漏らした。
「ああ……そうか。テーゼンさんの言いたい事が、見えてきた……つまり、お師匠さんっつうのは、そういうアドバイスも、してくれるってわけすね?」
「まあそんなところです」
テーゼンはご理解頂けて幸いですという頷きをしている。
エファには師匠が必要という事だ。
神官のみならず魔術士と精霊使いを併せ持つ祝福者。
その修得可能スキルの量は膨大であろうし、組み合わせときたら無限大だ。
「冒険者としての最終的な自分像を、明確にする必要があります。回復に秀でるのか、回復スキルを併せ持つ魔術士になるのか、回復スキルの修得は最低限にとどめ、精霊使いの霊獣招来、魔術士の支援魔術を併せ持つ、支援型のエキスパートを目指されるのか」
それを見定める為にも、師匠に師事する必要があるということだ。
「しっかしなあ……」
礫夜は眉間の辺りを揉み解しながらエファを横目で伺う。
「そうですよね……」
テーゼンもエファのほうに目を向けつつ、顔が微妙にむつかしくなる。
「ケスクエル」
言葉の通じぬ異国の美少女は、多分二人が今、自分について話していた事にも、気付いていなかったろう。




