第二十二話 ギルドホールを訪問しよう
ギルドを訪問するのはともかく賛成だ。
エファが昨日攫われたのだって、ギルドに所属し、その庇護を受けていなかった為だ。
ギルドに所属してしまえばこっちのもん。
きっと幸運度0で、みすぼらしい顔をした狼男の礫夜にだって、いい風が吹くってものだ。
そもそも、礫夜たちには何もかもが不足しているのだ。
まず一般常識。
礫夜たちはこの世界がどんな世界なのかも知らない。
町の様子からある程度は察する事もできるが、たとえば礫夜のように、ほかの世界から転移してしまった人間というのは、この世界にとって珍しい人間なのか、それとも週一くらいでそういう人間がいて、元の世界に戻す団体がいたりするのか?
礫夜たちは知らない。
より実質的な問題として、衣食住の問題。
礫夜たちは、今の自分たちがどの程度の額の金銭を持っているのかすら、知らない。
それは一週間は働かずに暮らせるくらいの額なのか?
それともどこかの安宿の一泊分の代金にも満たないのか?
自分たちに働き口なんてあるのだろうか?
一般常識もろくに知らないのに。
エファに水商売的なものなんて、礫夜にはさせられないし、礫夜だって鉱山的な場所で奴隷的な扱いされるのはゴメンだ。
脳裏をよぎるのはルールイラ探索時に見かけた奴隷らしき人々。
金がなくなれば、自分たちもああなってしまうかもしれない。
そうでなくとも、トリプルソードを手放す事にだってなりかねない。
もちろん断固ゴメンだ。
礫夜はトリプルソードの威力を充分知っているし、これがリア充へのパスだと信じている。
ギルドホールとやらに行けば、きっと色々わかるはずだ。
仕事にだってありつけるかもしれないし、親身になって相談してくれる人だっているかもしれない。
礫夜とエファはさっそくギルドホールなる場所を目指す。
荷物を教会に置いていくことはできなかったので、礫夜は革鎧に小手を装着。背中にはリュックと三倍剣トリプルソード。
エファもポンチョで頭を隠していた。今の礫夜の目の高さでは、まったく顔が見えない。
礫夜は少し落ち着かない気持ちだ。
この町についてからこっち、いい目に会ったためしがない。
ギルドホールでも手荒な歓迎を受けやしないかと、少しばかり警戒していた。
[ルールイラギルドホール]
ホールにはその看板が掲げられていた。
看板がなくてもわかったかもしれない。ホールとその対面の飲食店には、冒険者特有の格好をした者たちがたむろしている。
ホールの左右を固めるのも冒険者向けの商店だ。
右側は武器防具屋なのだろう。
左側はよくわからないが、道具屋かなにかかと思われる。変なにおいがしきりにしていた。
とにかくこの一帯だけ、雰囲気がほかの場所とまるで違っている。
「ここだな……」
「ウィ」
二人はギルドホールのまん前にいる。
ホールは普通の商店よりは大きい程度の、三階建ての建物だった。
礫夜は屈み込み、フードをかぶったエファの顔を確認する。
エファが力強いきらめきを宿した両目を礫夜へ向け、こくりと一度頷いた。
「よし。行くか」
果たしてどうなることやら。
とにかく礫夜もエファも、心構えだけは整えておいた。
心を決めれば、あとはしっかりとした足取りで、ギルドホールへと二人は前進。
開け放された観音開きの大扉を通り抜ける。
ホールへと踏み入った礫夜の眼前に、ホール内の様子が開けた。
まず〈ザワリ〉と、空気が動いたのを感じた。
ホールの出入り口左右に広がっていたのは、待ち合いスペースらしき場所。
数卓のテーブルを囲んでいた、無数の冒険者たちの目という目が、新たにホールへと入ってきた礫夜とエファへと殺到した。
そしてささやき声がそこら中で起こる。
『来たぞ、【トリプルソード】だ』
『でけえな、おい』
『符術士らしいぞ?』
『まだGランカーじゃねえか』
『ほんとにレア剣だあ』
『誘拐犯四人ヤッたって』
『どうせロートルだろ?』
『マジに昨日まで人族だったのか?』
エファにクイと服を引っ張られ、礫夜は出入り口に棒立ちしていた自分に気付いた。
歩き始めると、そばの椅子に座っていた若者が声を掛けてくる。
「ようトリプルソード。昨日は災難だったな?」
若者は人当たりのよさそうな笑みを浮かべている。
礫夜は少し警戒心を解いた。
「ああ……なんだかあ。耳の早い奴が多いいみたいだ……」
礫夜の答えに若者は笑った。
「センセーショナルだったってことさ。符術士が人狼族に変身して、誘拐犯から女を取り返してきたんだ。驚くさ」
彼の仲間だろう猫人間の男が『それもたった一人でだ』と付け加える。
もう一人の魔術士の男が言った。
「よかったろ? おかげでお前の女に手を出すバカは、ここいらじゃいなくなったってことだ」
礫夜はヘニャヘニャ笑みを浮かべた。
「そりゃ、具合がいいや」
どうやら取り越し苦労だったらしい。
ホールは結構礫夜に対して歓迎ムードという雰囲気だ。
「ルールイラにはしばらくいるのかい?」
「さあて、どうなるやら。そういうことも全部合わせて、相談してえと思って来たんだ」
「そいつは難儀だな」
猫男がカウンターにいる女性の一人をあごでしゃくった。
「あのカウンターの人に相談するのが一番だ。テーゼンさんは親身になってくれるぞ?」
「ありがとよ。そうしてみるよ」
手を上げて感謝を示しながら、礫夜はエファとその女性のいるカウンターへと歩いた。
心の中で期待感が俄然膨らみ始める。
【親身になってくれる人間】
そういう人を、礫夜はずっと欲していたのだ。
勧められた女性に『相談したい事がある』と持ち出すと、礫夜とエファは受付カウンターの脇にある、衝立で三つに仕切られたスペースへと案内された。
エファと並んで座って待つと、女性はコップを三つ載せたお盆を持ってやって来た。
彼女はフードを下ろしたエファの容姿に、一瞬どきりとしたようだった。
しかしすぐに気を持ち直したようにパチパチ瞬きし、お盆をテーブルへと置く。
「はい、お待たせしました。当ホールで相談係を務めております、テーゼンと申します。こちら、よろしかったらどうぞ」
「どうも」
「メルスィ」
異国の言葉を話したエファにも、今度はテーゼンはただ笑みを浮かべた。
テーゼンさんは目のパッチリした二十代半ばの女性。
ハキハキとしたしゃべり方をし、見開かれた両目には意欲の高さを思わせる輝きを宿している。
さて、礫夜はなんと名乗ったものか。
かつての名前はもう口にしたくないが。
「えあー、礫夜です。偽名なんすがあ、どうも元の名前は好きんなれねえで。こっちの子はエファシオン。こっちゃ本名で」
エファはぺこりとお辞儀をした。
テーゼンは営業スマイル的笑みで返礼。
「エファシオンさんは、異国の方で?」
「多分そうなんしょうねえ。言葉の通じる人とは会ってねえすから」
「はあ……多分、ですか?」
「やあ、どっから話したもんやらあ」
この人になら話しても平気だろうと礫夜は思った。
ようやく相談相手を見つけたという喜びをかみ締めつつ、礫夜はこれまでのことをテーゼンへと話した。
自分と、多分エファも、この世界の人間ではないということ。
右も左もわからないで困っているということ。
ついでにカードの悪影響で礫夜の幸運度が今0ということも。
「そんでまあ、元の世界に帰れるもんならあ、そいつが一番かと思うんですが…………なんかいいツテでも、ご存知ねえですかい?」
礫夜は期待も込めずに尋ねた。テーゼンの反応が全てを物語っていた。
テーゼン女史はコップを両手で持ったままの姿勢で、固まっている。
多分礫夜のした話が、どこから冗談なのか、判断しかねているのだろう。
「テーゼンさん?」
「はい……いえ、すみません。――ちょっと、驚いたもので」
「俺らみてえなのは、やっぱし珍しいもんですか?」
「…………あんまり……聞きませんよね?」
「でもたまには聞いたり?」
テーゼンは居心地悪げに目線を横に逸らした。
「いえ、すみません。ちょっと聞いたことないです……」
「かまわねえよ。期待しちゃあいなかった」
礫夜が皮肉げに口角を吊り上げると、牙がむき出しになったため、テーゼンは表情を読みきれずに、困ったように目線をあっちこっちやってる。
「レキヤ?」
会話の内容を窺い知れぬエファが『どうでした?』という目で見ている。
どうやら彼女も自分たちの置かれた状況について相談していた事まではわかっているようだ。
礫夜が顔をしかめながら首を振ると、エファも両目に落胆の色を浮かべた。
麗しの彼女の反応に、テーゼンはなにか力になれないかと思ったようだ。
気を取り直したように尋ねてくる。
「ええっと。本当に何もわからないんですか? 自分たちが今いる国名も?」
「そういう看板がなかったもんで」
「ここは西アーケア大陸南西の国、パトクレスです」
「いやはあ……まあ、そういう常識を知らねえでも、勤まる仕事がねえかと思ったりもして、足い運んだ次第っして」
「ええ……ええ……そうですよね……」
テーゼンはコクコク頷き、礫夜たちの窮状に思いでも馳せたのか、妙に義務感みたいなものの燃え始めたような目になる。
彼女は力強い声で二人へ言った。
「任せて下さい。冒険者皆様をわずらわしい雑事から解放し、快適かつ充実した冒険者稼業に専念して頂く事こそ、ギルドホールの本分。お二人がよりよき冒険者人生を送れますよう、当ギルドホールがしっかりお手伝いさせて頂きます」
なんと力強いお言葉か。
エファが期待を込めて礫夜へと振り向いてきたので、礫夜はニッと笑って頷いた。
エファも笑顔をほころばせた。その様子にテーゼンも満足げだ。
礫夜は肩の荷がフワリと軽くなるのを感じていた。
元の世界に帰れるかはともかく、少なくとも、この世界でやっていくことくらいはできるかもしれないと思った。




