第二話 ちくわ、チートを探せ!
ちくわはドン引いていた。
自分の適当な名前にも、まったく記憶を思い出してくれない脳みそにも、見覚えのない広すぎる草原にも、目の前の美少女が口にした異国の言葉にもだ。
ちくわの目の前にいる美少女。
宝石のように青く澄んだ両目をしている。白い肌を飾る空色の髪が、どこまでも清涼な印象を見せており、それらと青い目とのコントラストも、ひたすら非現実的で、幻想的。
そんな美少女は、口からつむぐ言葉まで幻想的だった。
有体に言って異国の言葉だった。
「エスキ、エトゥヴ? プゥヴィヴエクスプリケ、セト――」
後半は聞き取れなかった。前半だって怪しいもんだ。ちくわがわかったことは一つだけ。
「わかんないよ……とにかく、英語じゃあないんだよ、ね?」
「アゥ……」
少女のほうも、異国語を話したちくわに少なからず驚いた様子だ。動揺した口元を上品に手で隠している。
タラリ、とちくわは汗を垂らした。
まずいぞ、これは非常にまずい。
空気がまずいし、ちくわは精神的にもあっぷあっぷして来た。
手がかりを求めなければならない。この状況を説明してくれる手がかり。
ちくわは起きた時から背中で重さを訴えていたリュックサックを降ろす事に決めた。
「ちょっと……待ってて……。――なんなんだ本当に、この格好から、なんなんだいったい?」
ちくわの格好はいわゆる[冒険者]とかいう例の格好である。
革鎧を装備しており、腰には剣を吊っている。両足を覆っているのはスニーカーではなく、くるぶしも飲み込む長さの革製のブーツ。
こんなの初めてはいた。頑丈だが、重いし、動きづらい感じだ。
更に、もう一つ気付いてしまったことがある。
背中があわ立った。驚愕の事実だ。
ちくわは起きた時から今の今まで、一言たりとも【日本語】を発していなかった。
日本語だと思っていたのだ。あまりに当たり前に口から出ていたので。
ちくわの口は先ほどからずっと、まるで聞いた事のない【謎の言語】を吐き出していた。
とてもとても流暢に、まるで母国語でも話すように。
「うわ――怖。日本語。日本語話せてるよね? 僕……」
今のは日本語でしゃべっていた。どうやら意識すれば話せるようだ。
が、その日本語も、何だか第二言語を使っているような不自由な感覚だ。気を抜けばたちまち謎言語に戻ってしまうことだろう。
まあ――まあいい。致命的に異常である事を示すヒントではあったが、それは置いておこう。
ちくわはリュックの中を探った。リュックを横倒しにし、乱暴にどんどん中身を掻き出してしまう。美少女がいなければ『ギャー!!』とでも叫びだしていたはずだ。心臓がバックンバックン鳴っている。
脳裏をよぎっていたのはなろう小説――インターネットの小説投稿サイト、[小説家になろう]でしょっちゅう読んでいた、異世界転生ものの内容。
主人公はトラックだかに轢かれて死に、中世ヨーロッパ風だったり、ネトゲ的システムが自然現象に溶け込んだ世界へと転生してしまう。
そこで主人公はなんかチート|(あえて[超能力]みたいな力の事と説明しておこう)を神から授かり、ウハウハな充実ライフを始めるのである。
そんな彼らの状況に、今のちくわの置かれた状況はクリソツだ!
「ならチートもあんだろ。なきゃダメだろっ」
ちくわはチートを求めた。リュックサックの中身に求めた。
神様からのお手紙とか、
サポート妖精さんの衝撃的な登場とか、
そういう感じのものを求めた。
もうヒロインと意思疎通が出来るようになる薬とか翻訳こんにゃくとか、いっそ翻訳機能付きのスマホとかでもいいやと思った。
リュックから出てきた物は――
口紐を縛られた布袋。中に金貨が一枚。銀貨、銅貨が数枚ずつ。
水の入った革製の水筒。パンやドライフルーツなどの食料。
深めのフライパン。木の器が二つ。木のスプーンも二本。
石と金属……たぶん火打石。藁束が一束。
マントだかポンチョだか。ランプ。
針と糸。ロープが二巻き。
匂いがするが汚れた草。ボロ切れが数枚。
そして、カード。
「……カード?」
「カルト?」
ちくわはちょっとびっくりした。すぐ隣に美少女がいた。ビビリな自分カッコわる。きれいな青い目に目を奪われそうになって目をあっちこっちに泳がせる。
気を取り直して、ちくわは美少女と一緒になって、手に持った物を見つめる。
カードである。一まとめになったカードが二組。
大切なものなのだろう。木製のケースにしまわれており、一組ずつ蝋引きされた耐水性の紙で包まれていた。
それ以外にも、カードの入った木箱がもう一つ。こちらは蓋を開くと蝋引き紙で蓋がされており、その下にカードがたくさん縦に並べて入っている。
「なんなんだろう、これ?」
ちくわはケースのほうに入っていたカードを取り上げ、一組を美少女に手渡しつつ、もう一組のカードのほうをためつすがめつする。
「――というか、これ、離れない……あれ?」
見ると美少女のほうのカードは普通にバラバラになっている。
ちくわのほうの組のカードは、重なったまま離れない。まるで強力な磁石で出来たカードみたいだ。カード同士が引っ付いている。
「なんだこれっ。んん?」
離れない。離れないのがもどかしい。むしろ離れないのがヒントを隠してる為であるような気がしてならない。というかヒントあってくれ!
ちくわはまるですがるように、カードをもぎ放そうとした。文科系の頼りない細腕をプルプルさせ始める。
その時である。
大事件発生である。
「うわ?!」
「アフ?!」
突然、ちくわがギリギリ力を込めていたカードの束から、
〈キン!〉
という音がして、光り輝く何かが飛び出したのである。
光だと思った。しかし違った。
それは良く見れば、光り輝くカードだった。
カードが光り輝き、そしてちくわの目の前で宙に浮いている。
アニメならともかく現実にはありえない光景だ! ちくわは度肝を抜かれた。
「うわっ、うわ! 出た! 魔法だ!」
「フェルアタンスィオン!」
美少女が何事かを叫んでちくわの両肩をつかみ、ぐいと後ろに引いた。危険だと思って身を引いてくれたのだ。
それもそのはず、光り輝くカードは今にも爆発でもしそうな雰囲気だ。思わずちくわも美少女も輝くカードを見つめてしまう。
[勇気ある門出への祝福]
カードには異国の言葉でそう書かれていた。そのほかにもカードゲームのカードよろしく、カードの希少さを示す[レアリティ]や、説明文などが書かれていたようだが、その内容をつぶさに観察する暇などなかった。
カードが光を強めたと思ったら、次の瞬間には、カードは無数の光の粒子と、
それに数枚のカードへと分裂した。
光の粒子は天へと吸い上げられるように、ふわりと空へ舞い上がっていった。
一方カードのほうであるが、これは全てちくわの前の地面へと落っこちた。
「ケスクエル……イグラティル、デ、ブレスュル?」
後半はちくわに向けて問いかけたものらしい。彼女の両目が『怪我は無いか?』というたぐいの問いを発しているように見える。
「うん……うん。なんともないよ、ありがと……」
美少女は一度頷いて、ちくわの両肩から手を放した。すぐにスッと立ち上がり、先ほど出現したカードの元で跪き、カードを拾い上げる。
ちくわはハッとした。
初めて【魔法】であろうものを目の当たりにし、驚いていたとはいえ、美少女に守ってもらったり心配されたりと、これは完璧に主人公に守られるヒロインの立ち位置だ。カッコ悪い。
ちくわはすぐさま尻餅ついてるみたいな姿勢を正した。美少女がカードの一部をちくわへと手渡して来る。
「ケスクエル。イルサンブルクィニエ、パド――」
後半は例によって聞き取れない。ちくわはあいまいな表情を作りつつカードを受け取った。
カードは、やはりカードゲームに使うようなカードだ。
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[弱者の霊薬]
レアリティ:A
アイテムカード
このアイテムは、レベル1の者が服用した時だけ、レベルを4上昇させる。
――決断を恐れて好機を逃すな。富も力も儲け話も、ただ貯め込めばよいというものではない――
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「パルドン。ムスィウ」
「え? ――なに?」
ちくわが顔を上げると、美少女の青い瞳がちくわへと向けられていた。
彼女は自分を示すように、手を胸へと当てながら言う。
「ジュマペル、エファシオン。――エファシオン」
ちくわはピピーンと来た。彼女は名を名乗っていると。思わず聞き返す。
「ジュマペル・エファシオン? 名前、ジュマペルエファシオン?」
美少女は首を振って『ノン』と言った。
「エファシオン」
美少女は自分を指差し『エファ』と言った。こう呼べという意味だろう。
ちくわはうんうん頷きながら言った。
「エファ。エファシオン」
美少女――エファは嬉しそうに微笑んで頷く。
「ウィ。エファ。ジュマペル、エファ」
思わずちくわも笑顔になっていた。何だか無性に嬉しかった。多分初めて意思疎通が叶ったからだ。
彼女の名前は【エファシオン】というらしい。
ジュマペルとは[私の名前]とか、そういう意味だったのだろう。
ちくわは咄嗟に自分の名前を名乗ろうとした――
『やあ! 僕は[田中山田ちくわ]さ! 友達からは良く【練り製品みたいな名前だ】って言われるのサッ』
脳裏をよぎった自己紹介のあまりのお粗末さに、ちくわは寒気を覚え、口も真一文字に引き結んでいる。
[エファシオン]とはどう足掻いても釣り合いが取れそうにない。万一エファシオンという名が[異国で練り製品を意味する名前]であったとしても、異国では練り製品の名前もカッコイイというだけだ。
[ちくわ]と[エファシオン]では、語感が月とすっぽん、メインヒロインとモブAくらい差がある。
ちくわは仕方なく、エファへとめっちゃ目を泳がせながら答える。指をこめかみの辺りで回してみたり、頭の不具合をジェスチャーしつつ。
「あの……名前、なんか、思い出せないんだよね。まいったよ」
どうやらエファにはそれで伝わったらしい。見目麗しい美少女は『アゥ』などと声を漏らして目を見開いている。嘘つきちくわが申し訳ない気分になるほど、気遣わしげな表情。
しかしエファはちくわが思うより、ずっと機転の利くお嬢様だった。
彼女はすぐに、閃いたように人差し指を立てた。
虚空に向かって、こう呟く。
「スタテュ」
次の瞬間、ちくわが無様な声を上げ、エファの目の前に半透明のホログラムを連想させるような幻影が出現した。
ゲーム的世界観のアニメや、なろう小説ではお約束の[ステータス表示]というやつである。それをちくわは夢ではない世界で、目の当たりにしていた。
いよいよもって決定打と言えよう。
ちくわが今いるこの世界は、いわゆる【異世界】というやつだ。
ならチートはどこにある!?