第十八話 パーギバン(偽名)の短かった絶頂期。
レベル7、十六歳の戦士、パーギバン(偽名)は興奮していた。
柄にもなく神に感謝さえしていた。
『怯える女を好き放題にしてみたくないか?』
ひと月ほど前のことだった。
褒められた仕事をしていない親戚から、パーギバンはそう誘われた。
この地方に住む若い冒険者なら、誰もが一度はその存在を耳にする仕事がある。
ギルドのクエスト斡旋所などでは決して斡旋されない仕事。
報酬は高額だが、違法性の大いにある仕事。
リロキニの祭りに集まる観光客。
その富裕層を標的とした、人攫いたちによる誘拐行為の護衛業だ。
もちろん所属の職能ギルドに知れれば、大問題になる。
冒険者としての経歴に大きな失点が付く事になるし、
協力した人攫いたちの誘拐が未遂で、大ゴルトー金貨六枚――およそレベル10程度の冒険者の月収七か月分の罰金刑。
協力した人攫いたちが誘拐に及んでいた場合は、軽くても半年間の所属ギルドでの奉仕活動。
最悪の場合は[犯罪冒険者]認定を受け、王都の[特別刑務所]送りになる。
職能を有する囚人として、ダンジョンを主な活動場所とした命の保証のない日々を送るのだ。
しかしそんなことは、まずありえない。
だからこそ、この地方に住む若者たちにとっては、この裏の仕事はひと夏のスリリングな経験。
危険だが刺激的で、黒い誘惑に溢れた仕事なのだ。
仕事の一番の特典は、いいとこのお嬢様を抱ける点。
もちろん誘拐の標的次第だ。
それにあんまり名家のお嬢様では大事件になってしまう。
遠方から観光にやって来るだけの財力があって、貴族ではないお嬢様、限定だ。
親戚からの誘いをパーギバンは二つ返事で受けていた。
金が手に入れば武器を早い内にEランクの物にグレードアップできて、ほかの冒険者たちより頭一つ抜きん出られる。
それに一生縁のないような、いいとこのお嬢様を抱ける。
しかもただの女には出来ない、許されない、どんなことだってしていいのだ。
この仕事をしたという事実も、大きな声じゃ言えないが、仲間内での自慢になる。
男だったら、こういう危ない橋の一つや二つは、渡っていたほうが箔がつく。
パーギバンのそんな思惑は、今夜、ものの見事に大当たりしていた。
パーギバンの夢中になりそうな【最高のおもちゃ】が、今、帰路を急ぐ彼の隣、荷馬車の上で体を強張らせていた。
女は見た者誰もを魅了するような、それはキレイな青い髪をしていた。
パーギバンが『色々し終わったらひと房切り取って取っておこう』と思ってしまうくらいに、キレイな青い髪をしている。
体つきは及第点。スレンダーだが胸が不足。
しかし器量はずば抜けている。
パーギバンはあの美しい面差しが、自分の行為でどのような百面相を見せてくれるのか、今から楽しみで楽しみで居ても立ってもいられない。
ただいまパーギバンのお楽しみは目隠しをされ、荷馬車の上に居る。
しかし両手は自由だし、その口を覆っていた猿轡も取り除かれていた。
パーギバンは彼女の声だけでも聞きたい。
「オラあ!」
「アウフ?!」
パーギバンは荷馬車の脇から、目隠しされた美少女のわき腹を思い切り掴んでやった。わき腹が丁度いい高さに見えるのだ。
美少女は可憐な悲鳴を上げて、飛び上がらんばかりに身を驚かせた。
「ホオッホウ! いい反応だぜ! あとさわり心地もたまんねえ!」
美少女はパーギバンに驚いて荷馬車の進行方向右手側、つまりパーギバンから見て奥のほうへと座る位置をずらそうとした。
が、あんまり奥には行けない。
荷馬車の長腰掛の片側には、魔術士のジージ(偽名)が腰掛けていたのだから。
「おっと、俺のほうに擦り寄って来たい」
「っ?!」
目隠し美少女はジージの体に接触し、またあわれに身をすくませた。
「ジージさんこっちこっち! パスパス!」
「パスってお前なあ……」
ジージは呆れた笑みをこぼしながら、身を強張らせて警戒している美少女の耳元へと口を寄せ、『フッ』と息を吹きかけてやる。
「ヒウッ!?」
「うああ! くそうたまんねえ!! 今すぐむしゃぶりつきてえー!」
「あ、こいつは男に免疫ない女の反応だな。お嬢様じゃあないはずなんだがな?」
パーギバンが目をキラキラさせながら聞いた。
「処女か!? この女処女だよな!?」
「はは、かもな」
男たちの野卑な会話の狭間に置かれ、目隠しの美少女はどちらからも距離を取った微妙な場所で、出来る限り身を縮こまらせている。
そんな少女へパーギバンが、荷馬車の傍らから手を伸ばした。
「あちくしょ! 届かねえ! 手くらいしゃぶらせろ!」
「よーし、俺がそっちやってやる」
ジージがするりと美少女の肩へ手を回せば、
「キャア!!」
美少女は女らしい悲鳴を上げて、反射的にパーギバンのほうへ身を逃がしてしまうのだった。
パーギバンが抜け目ない素早さで美少女の細腕を捕まえる。
「よっしゃあ! 手えゲーット!」
パーギバンは喝采した。
グイッと乱暴に手を引かれたので、倒れかかった美少女は荷馬車の囲いへとわき腹を打ち付け『アウッ』とうめきを漏らした。
興奮したパーギバンは構いやしない。
「アアー! もうこの指だけで三日は楽しめそうだぜ! 信じられないくらい細くて、爪もキレイな形しやがって!」
「ラシェラマン!」
「お!」
「しゃべった!」
美少女は懸命にパーギバンに掴まれた手を引っ張るが、レベル7の男の力に敵うわけがない。
「おい、おい待て。ちっと動くなって」
パーギバンはあえて音高く響くように剣をシャラリと引き抜いた。
目隠しをされた美少女は、その音に反射的に身を強張らせる。
なんて従順な反応だろう。
パーギバンは野卑な笑みを浮かべている。
手を掴まれて苦しげな体勢のままの美少女へと、パーギバンは囁いた。
「今から俺よう、お前の指先ナメナメすっからよ、お前動くなよな?」
パーギバンは脅かすように剣の腹で美少女の手をぺちぺちと叩く。
「お前助ける奴なんて、誰も居ねえからな? 誰か来ると思ってっか?」
パーギバンは剣の切っ先を少女の頬へと運び、ちょんと突いた。
美少女はビクリと身を引き攣らせ、逃れようとしたが、
手を掴んでいるパーギバンがそれを許さない。
「ほらな? お前助けに来る奴、いるか? お前こんなことされてるのに、誰も助けてくれないな?」
立場をわからせるようにパーギバンは何度も美少女の頬を切っ先でつつく。
ビク、ビクッと身を引き攣らせていた美少女の体が、か細く震え始めた。
そして美少女は手をパーギバンへ差し出したまま、抵抗するのをやめた。
パーギバンは暗い愉悦で顔をゆがませている。
「へへっ。そうだよ。それでいいんだよ」
パーギバンはゆっくりと舌なめずりをすると、少女の人差し指をつかみ、かすかに震えているそれを、自分の口元へと持っていく。
パーギバンは思ったものだ。いや確信と言っていい。
今日という日は自分にとって、きっとこれまでの人生で、最高の日となるのだろう。
今日という日をこのパーギバン少年は、人生最高の日だと思っていた。
こんなにも美しい少女を相手にして、自分は一夜の王となるのだ。
好きなだけ、気の済むままに、蹂躙できるのだ。
だからパーギバン少年は、今日を人生最高の日だと考える。
しかし。パーギバンは知る由もなかった。
今日はパーギバンにとって、人生最高の日などではなかったのだ。
むしろ今日は、パーギバンにとっては、人生最悪の日であったろう。
彼の命が終わる【命日】が、人生最悪の日でなくして、どうして人生最高の日になれるというのだろう?
エファの指先を味見しようとするあわれなパーギバン少年は知らなかった。
その様子を暗がりから、二つの目が見つめている事に、気付いてなかった。
その両目が怖いほど怖いほど血走っている事に、エファにメロメロの少年はいまだに気付いていない。
ゆえに、死闘の幕はひそやかに上がる。
開始の合図は、少しにぶった金属音と、彼の仲間の一人が上げる悲鳴によって告げられた。