第十四話 受難の時は終わらない
エファが落ち着いてから、二人は今日の宿を探した。
礫夜ももうギルドなんてどうでも良くなっていた。
今日はもう、早くエファを休ませてやりたかった。
二人の宿を見つけたのはエファだった。
「レキヤ。ルガルデ。レーベ」
彼女は『見て』と言いながらとある建物を指差していた。
『レーベ』と言いながら示した建物は、太陽のシンボルを掲げた教会だ。
「レーベ? ……どっかでその名前、見たような……」
礫夜が記憶を掘り起こそうとしていたら、エファが首から提げているメダルを持ち上げて見せた。
それで礫夜も思い出した。
[レーベ]という文字を、礫夜はエファの装備状態を示す、ステータス表示の欄で見た。
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装備
武器1:レッピスの魔術杖
ランク:F
攻撃力:8
重量:0
説明:一般的なレッピス檜の魔術杖。マナ充填効率1・3:1。
防具1:レーベ教の戦闘修道着
ランク:F
防御力:30
重量:1
説明:神官向けの低級な戦闘用修道着。
装飾品1:レーベ教のメダイユ
ランク:E
防御力:10
重量:0
説明:レーベ教徒が常時持つメダイユ。装着者の危機を救ってく
れることがある。
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「そうか。教会か。教会なら、信者を無料で泊めてくれるかもしれないな?」
礫夜が妙案だと顔を輝かせると、目もとを赤くしたエファの顔にも、ようやく笑顔が戻っていた。
レーベ教とは[太陽神レーベ]を信仰神として奉じる教会であるようだ。
教会には二人のほかにも、泊めてもらっている者たちがいた。
皆[リロキニ]という町で催される[トマティーナ]なる祭りへと向かう冒険者や、観光客らしい。
エファがポンチョを脱ぎ、青い髪とその美貌をさらすなり、その冒険者・観光客連中の、特に女性が殺到した。
おかげで礫夜はすぐに居場所がなくなってしまった。
言葉の通じないエファが心配だったが、見れば彼女もにこやかに応対している。ちょっと寂しさを感じさせる光景じゃないか。
しかし教会には礫夜のことを知っている者たちもいた。
風呂屋の前でチンピラ三人組との一件を見ていた者がいたようだ。おかげで礫夜は男むさい奴らに囲まれ、トリプルソードを構えさせられたり、教会内で剣を抜くなと女性司祭に怒られたりする破目になった。――なんだこの落差?
「くそう、いーよなレア剣なんて! 冒険者の夢だな!」
「レア剣持っててギルドホールで引っ張りダコとか、ゼッテエ憧れる!」
同い年くらいの少年二人がひどく礫夜のレア剣をうらやましがっていた。二人とも師匠に付いて旅をしており、今は冒険者として修行中の身らしい。
「そんなに騒がれるもんなのか?」
ちょっと興味のある話なので礫夜が聞いてみると、少年二人はありえない質問だと目を見開いた。
「いや当たり前だろ!?」
「ってか、毎日大変じゃないのかよ!? 女の子とか選びたい放題なんじゃね!?」
「待て! こいつはエファちゃんがいるからいいんだそこは!」
「あーそうだった! クソ!! ときたま神は不公平をなされる!!」
「いや、オレとエファってそういう関係じゃないって。そもそもオレは、ギルドには所属してないんだ。だから様子とかもしらないのさ」
二人の少年がまたも目を見開いていた。今度は怪訝そうな表情まで加えて。
二人のそばにいたお師匠の男が礫夜へ声を掛けてきた。
師匠というような年じゃない。せいぜい二十代後半という青年だ。
「おい。人前でそういう事言うな。迂闊だぞ」
「どういう意味ですか?」
礫夜が問いに答えたのは二人の少年のほうだった。
二人とも聞かれちゃならないとでも言うように声が小声になっている。
「だって――え? そういうもんだろ?」
「ギルドの後ろ盾ないと色々困るよな? そのレア剣盗まれたりした時どうするんだよ?」
礫夜もなんだか小声で話す。
「いや、オレが聞きたいくらいだ。それが怖くて困ってる」
二人の少年が戸惑ったように互いに目配せし、揃って師匠へと視線を投げた。
二人の師匠は堂に入った様子で説明する。
「職能ギルドに所属すれば、装備に保険だって掛けられる。それに装備を盗まれればギルドが犯人を追ってくれる。ギルドは冒険者の互助会的な側面があるからな。……なにか、所属できない事情でもあるのか?」
「事情なんてなにも。山奥の村の出で知らなかっただけですよ」
礫夜の答えに、師匠は口端をひん曲げたような笑みを浮かべた。
「なら、運がよかったな」
礫夜はキョトンとしたものである。
初耳だ。アンラッキー礫夜は実は運がよかったらしい。
礫夜は心に決めた。明日になったら朝一でギルドの門を叩こうと。
しかし、朝一じゃあ遅かったのだ。
アンラッキー礫夜は今すぐ、ギルドへと向かっておくべきだったのだ。
[教会]という印象から、礫夜が想像していたものと異なり、ルールイラ教会の宿泊者向けの寝所は、男女共用だった。
荷物などの管理も、全て自己責任だ。
宿泊を求めた者は、太陽神レーベの像の前で『この教会内で問題を起こさない』と宣誓をさせられるが、もし問題が起こったとしても、教会は荷物については何の保証もしてくれない。
タダで泊めてもらっているのだから、それが当然か。
夜。礫夜はトリプルソードを取られやしないかと、不安だったのだろう。
物音に、すぐに目が覚めた。
音を立てたのはエファだった。
軋む音をさせてドアを開け、部屋から出て行ったようだった。
礫夜は目も瞑った状態で、うっすらとぼやけた意識のまま、彼女が帰って来るのを待っていた。
自分だけが彼女を守ってやれるのだという、義務感みたいなものがそうさせていたのだろう。
礫夜は何を考えたわけでもなく、自然とエファが戻るのを待っていた。
しかして、礫夜が聞いたのは、エファの帰りを告げるドアの軋む音ではなかった。
悲鳴になりそこなったような、くぐもった声。
そしてガタガタという物音だ。
礫夜の両目がパッチリと開いた。それはアンラッキーを自負するゆえの警戒心の高さであり、エファシオンのような美少女を仲間に持った者のさがのようなものでもあったはずだ。
礫夜は枕元に置いていたトリプルソードの鞘を咄嗟に掴んだ。
足にサンダルを突っかけて、すぐさまドアを軋ませて部屋の外へ出る。
夜の教会の廊下。外から差し込む月明かりが妙に明るく見える。
礫夜は数人の足音を聞きつけた。
ドクリと寝ぼけていた心臓が跳ね上がったのを感じた。
礫夜はスリッパをパタパタと鳴らしながら足音のほうへと小走りした。
教会で貸してもらった寝巻き姿のエファと出会うのを想像しながら曲がり角を曲がる。
すると、廊下の突き当たりで中庭へと出る扉が、不自然に半開きのままになっているのを見つけた。
「――エファ?」
礫夜は小声で尋ねながら、その半開きの扉へと足を急かした。
半開きの扉の隙間をすり抜けるように外に出ると、中庭は、夜にしては変に明るかった。
しかしこの時の礫夜に、夜空を見上げる余裕などなかった。
礫夜はエファの見開かれた目と、目が合っていた。
彼女は口に猿轡をかまされて、男に肩から担がれた状態で、礫夜へ『むぐう!』とうめき声を漏らした。
エファが連れ去られようとしていた。
今度はチンピラに絡まれるなどという生ぬるいものではない。
完全に拉致されようとしていた。
「エファー!!」
礫夜は叫んだ。礫夜は走った。
エファの両目が『レキヤ、助けて』と訴えかけていた。