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雄叫びを上げたことがあるか!?  作者: 故郷野夢路
第一章 見知らぬ世界を歩く
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第十二話 初めての町ルールイラ

 さあ! 町へとようやくの到着だ!


 まずエファはフード付きのポンチョを羽織らされた。フードをかぶれば目立つ青髪で人の目を無闇に引かないという寸法だ。


 そんなわけで少々窮屈な格好をさせられたエファであるが、そこはそれ。

 ようやくの町への到着なのだ。普段感情抑え目、お上品なエファが、礫夜へといつになく期待に胸を膨らませた様子の顔で言ってきた。


「レキヤ! オンヴァ、アレオバン!」


「わりいわかんない! アレオバン?」


 エファは一瞬ためらいを見せたが、手を伸ばしてこすったり、肩へと何かを担ぐジェスチャーをしながら『シャシャー』と言ったりした。

 礫夜はピーンと来た。テンション高くて声も大きめだ。


「わかった! お風呂!」


 礫夜はすぐに頭を洗うしぐさをし、風呂桶を頭の上でひっくり返すジェスチャーをしながら『バシャー』と言った。


「ウィ! バン!」


 当たりだ。エファの顔が眩しいくらい輝いている。


「バン! バンな! バン行くかまずは!」


「オンヴァアレオバン!」


 決まりだ。風呂屋を探そう。

 ギルドにも行きたいし情報収集もしたかった。今夜泊まる所だって決めなきゃならなかったが、手始めに身奇麗になるというのはいい判断だ。


 それに、クレバー礫夜は慎重さを併せ持つ男。

 幸運度0の状態で冒険者の巣窟であろうギルドに行ってよいのか、正直判断しかねていた。


 自分がどの程度運が悪いのか?

 それにこの世界の世界観を知る為に、まずは町を歩いてみるのは、非常に有益な事と思われた。


「よし、じゃあバン探しがてら、町回ってみるか」

「ウィ」


 礫夜とエファは意気揚々と歩き始める。未知なる世界の初めての町を。


 市門を通り抜けた二人が今いるのは広場だ。

 その広場の中央には、日本人の礫夜には異様に見えてならないのだが、なんと絞首台が組まれている。


 これだけでも色々とこの世界が見えてこようというものだ。

 まずこの国には死刑制度があり、死刑が見世物になったりするくらいには、この世界は野蛮ということ。


 絞首台は人々にとっては生活の一部らしい。子供たちが大人の身長ほどの高さがある台に腰掛け、広場の人々を眺めている。


 町には人が多かった。というより、この町は市壁に囲まれているようで、全体的に市壁の内へと家々を押し込んだような狭苦しさがある。

 家は殆どが木造で、背が高い。その為に石畳の通りは日が差し込みづらく、道幅も狭いので息が詰まる感じがした。


「――ん?」


 礫夜は頭の上に何かが落ちたのを感じた。反射的に手で確認してみると、ヌルッとする。


「オーララ……」

「くそ、鳥の糞だ……」


 礫夜は生まれて初めて頭の上に鳥の糞を落とされた。これも幸運度0の影響か?


 エファがハンカチを差し出してくれたが、せっかくの綺麗なハンカチを汚したくなくて、礫夜はリュックの中からボロ切れを出してそれで拭った。


 鳥の糞こそ落ちてくることもあるが、町の中はゴチャゴチャしてる割には綺麗だ。狭いからこそ衛生観念が高いのかもしれない。


 町行く人々も汚らしい格好をした者はいない。

 いたとしたら礫夜たちのような、外から来た者だ。そういう者は武装していたり大荷物だったりするので、すぐにわかった。


 町には当たり前のように亜人が歩いている。

 頭から猫耳を生やし、尻から尻尾を生やした猫系の亜人は、手足にも体毛を備えており、それをぺろぺろと猫のように舐めて毛づくろいしたりしていた。


 耳が長いのはファンタジーでお約束のエルフなのだろう。

 衣服に食虫植物が茂ったり、花が咲いたりしている。重たくないのだろうか?


 礫夜は頭から角が生えている四人組も見た。揃って口元を布でマスクするように隠しているので、暴走族みたいに見えた。


「なんとまあ、色々いるんだな。ってかエファ、あんまり驚いてないか?」

「ジュネディスク?」


 『なんと言いましたか?』とエファは尋ねてきた。

 礫夜は目と顔の動きで近くの猫亜人を示した。


 エファは示されるままに猫亜人を見たあと、礫夜へと顔を戻して『?』という目をした。


 エファは全然驚いていない。

 もしかすると、彼女のいた世界では亜人は普通に存在したのかもしれない。


 そんなエファだったが、次の者たちを目の当たりにした時は、さすがに驚いた表情を浮かべていた。


 多分、奴隷だった。


 背が高く、妙にひょろ長い男に付き従うように、四人の女性が歩いていた。

 その女性たちの姿は、現地の人たちにとっても異様に映るものらしい。誰もがその男と女たちに注目し、道を譲るように狭い道の両脇に寄っている。


 女性たちは全員が、豊満でメリハリの利いた体を、際どいボンテージルックで扇情的にさらけ出していた。


 更に異様なのは、彼女たちの顔を覆う布だ。


 女性は全員、顔面に布を張り付けている。


 象形文字の描かれた布だ。それを鋲のような物で留められているように見えるが、本当にそうならおぞましい限りだ。

 顔を覆う布には、外を見る為の覗き穴もなければ、呼吸をする為の穴すら開いていない。

 それで四人とも平然と男に付き従っていた。


 男は魔法使いか何かなのだろうか?


 とにかくこの世界には、奴隷制が存在するのかもしれない。

 魔法のある世界で奴隷制が存在すると、奴隷があのように扱われる事もあるのかもしれないと、礫夜はやるせない気持ちで思った。


 あと急にエファのことが心配になった。


「――エファ。あんまり離れるな」


 エファが小首を傾げたので、礫夜は彼女の手を取って引き寄せようとした。


「アゥッ」


 エファはびっくりして手を引っ込めた。彼女は結構こういうところが潔癖なのだ。


「ああ、悪い。エファ、一緒に。【一緒】」


 礫夜は仕方がないのでジェスチャーで伝える。自分たちを指差したあと、その両手の人差し指を立てて、『一緒』と言いながらぴたりと揃える。丁度二人の人間が寄り添うように。


「ア。ウィ」


 エファも礫夜の心配を察したらしい。すぐ隣へと身を寄せてきた。


 見知らぬ町で人も多い。二人はお互いにはぐれぬよう注意しながら、まずは商店街を探した。

 するとすぐに、礫夜の鼻が『おいしい食べ物を売る店はあっちだ!』と知らせてきた。


 たまらない匂いだ。硬い干し肉とパンで誤魔化してきた腹には殊更たまらない。

 礫夜がエファを先導しながらそちらへ赴けば、今度は〈ジュウジュウ〉という音まで合わさってすきっ腹を刺激してきた。


 屋台だ。

 料理屋や酒場が軒を連ねる通りの入り口で、一軒の屋台が肉を串に刺し、炭で焼いている。傍らに置かれたバスケットには、フランスパンがこれでもかというほど山積みされて妙な迫力を見せている。


 いつの間に礫夜とエファは足を止めていたのだろう?


 正直あのフランスパンだけでも食べたかった。きっと雑穀の混じっていない白パンだ。無性に食べたくなってくる。

 客の注文を受けた店主は、半分に切ったフランスパンを炭火であぶり始めた。きっと表面はパリッパリだ。礫夜は生唾が止まらなくなって来た。


 店主は軽くあぶったフランスパンに縦に切れ目を入れると、オレンジ色のレタスみたいなものを挟み、その上から更に焼き立ての肉の串焼きを挟み込む。

 そしてフランスパンで肉を押さえながら、ギュギュギュと串を引っこ抜くのだ。


 あとは手馴れたもの。

 店主はフランスパンサンドの上から果物を絞ってピュピュッと掛けると、今度は乾燥キノコのようなものをその場でおろし金でガリガリと削って振り掛け、最後に大きな葉で包んで客へと手渡した。代わりに受け取ったのは大き目の銅貨二枚――


 あれならオレたちでも買えるぞ!?


 礫夜はエファへと振り返った。言葉を発する必要など感じなかった。


 エファは礫夜に振り返られると、浅ましく屋台を見つめ続けていた自分に気付いて、視線を左右に泳がせた。

 しかし〈バリリ〉という音がすれば、エファの目線はそちらへと吸い寄せられてしまう。

 先ほどの客が、屋台で買ったフランスパンサンドへとかぶり付き、パンの間から引きずり出した大きな肉をいっぺんに頬張ると、エファの細い喉まで〈コクリ〉と言ってしまう。


「買おうエファ。あれは絶対うまい」


 礫夜が何を言ったかは、多分顔に書いてあったのだろう。

 エファはフードの下で頬を少し赤くしながら、コクリと頷いた。




 礫夜がフランスパンサンド――ノウズラサンドというらしい――を二つ買い、小さい銀貨を手渡すと、[クース]という大きな銅貨が一枚返って来た。


 礫夜とエファは、ともすればしだらなくなってしまいそうな顔をしている。大きな葉で包まれたノウズラサンドを手に、入ってきた市門とは別方角の市門前に広がる広場へとやってきた。こちらには絞首台がない。

 広場にはベンチもなかったが、花壇ならあったので、その縁へと失礼して腰を下ろす。


「よし。食べよう」


 エファは頷いたが、葉の包みを開いただけで、礫夜が食べるのを横目で見守っていた。


 礫夜はそんなこと気にしていられない。

 ようやく目の前へとやってきたノウズラサンドへと、目いっぱい開けた口でかぶり付いた。


 バリリという音がし、肉を噛み潰した為に熱い肉汁が、果物の果汁や乾燥キノコ、香辛料などの複雑な風味ごと口いっぱいに広がった。


「んんっ」


 礫夜はうなった。ドライフルーツの味など比べ物にならなかった。


 礫夜は今ようやく、異世界の食べ物を食したのだ。


 それは壮絶な異世界味覚体験。レキヤは己が舌を中心にして、世界が360度グルグル回り始めたみたいな目の回る刺激の嵐に飲み込まれた。

 まるで味わったことのない風味と味の渦だった。すきっ腹へとジューシーな肉をガツンと飲み下すのがまた快感だ。顎が疲れても構わずフランスパンに食いついてしまう。


 隣ではエファもフランスパンへとかじり付く音をさせている。フードをかぶってるし俯きがちになっているので、その表情は窺えないが、パンへかじり付く音は忙しなく繰り返されている。


 二人がこの異世界での初のまともな食事に舌鼓を打っていると、市門のほうからはラッパの音が聞こえた。

 何かを祝うように景気のいい音色だ。

 あと〈ビョンビョン!〉という変な鳴き声が幾度となく鳴り響いている。


「おお、なんだなんだ、すごいな……」


「グラントワゾ」


 市門から人々が遠ざかるなり、団子のように丸々とした体型の大型の鳥が、何羽も何羽も入ってきた。

 どうやら家畜らしい。牧童らしき少年がラッパを吹きながら歩くと、鳥たちはそのあとをビョンビョン言いながら付いてゆく。


 異世界ならではの風景というわけだ。


 礫夜とエファはノウズラサンドを頬張りながら、その光景を物珍しげに眺めていた。

 すると、鳥たちの一部がこちらを振り向き、団子のような体を揺すりながら近寄ってくる。


「お、なんだなんだ」


 礫夜は思わず立ち上がった。牛ほども体高がある鳥は中々に迫力がある。エファも遅れて花壇の縁から立ち上がった。

 牧童がこちらへと盛んにラッパを鳴らしている。

 しかし目の前のでっかい団子鳥の注意は、完全に礫夜に向いていた。


〈ビョンビョン!〉


「うわあチクショウ?! オイ!」

「レキヤ!」


 家畜鳥は突っついてきた。礫夜の手にしていたノウズラサンドへと嘴を容赦ないスピードで突き込んで来たのである。

 礫夜はノウズラサンドを手放さずを得なかった。あんなでかい鳥に手を突かれては穴が空いてしまう。

 せめてエファだけでも守ろうと背中にかばっている。


「オイ牧童! こいつら何とかしろ!」


「わかってるよぅ!」


 牧童は礫夜たちのほうへ飛んでくるなり、落ちたノウズラサンドをつついている鳥たち目掛け、手にした木の枝をピシピシと振るった。

 家畜鳥はビョンビョン鳴きながら離れていった。


「くそ、ノウズラサンドが台無しだ。仕付けてないのかあの鳥は?」


「仕付けてあるさ! それに冒険者になんて普段は近寄らないよぅ!」


 少年は逃げるように家畜鳥の先頭へと戻っていった。去り際にこんな事を言いながらだ。


「あんた、運が悪かったのさ! きっとそうだよ!」


 大いに自覚のある事だった為、礫夜は何も言い返せなかった。


「ああそうかよ。……つまりあれだ。運の悪い奴は【鳥】に気をつけろってことだな? 頭に糞を落とされたり、食いもんをつつかれたりしないよう……」


 そう考えれば、気も治まる気がした。

 トリプルソードを手に入れた代償と思えば、やすいものではないか。


「レキヤ」


 エファの声にレキヤが振り返ると、彼女は半分ちぎった自分のノウズラサンドを礫夜へと差し出している。

 礫夜の顔には決まり悪いような嬉しいような、苦笑めいた笑みが浮かんでいた。


「悪いな……」


 礫夜がそれを受け取れば、エファは[気にしない]という笑みを顔に広げる。

 苦難を共にする仲間がここにいたと強く感じた。

 残り少ない食べかけの食べ物を分かち合い、一緒になって胃を膨らませると、礫夜は心まで特別なもので満たされたような気がした。


 持つべき物は旅の仲間というわけだ。礫夜は思ったもの。

 この先も、あれこれあるのかもしれないが、エファと一緒ならなんという事もないだろう、と。



 この時の礫夜はまだ知らなかった。

 礫夜受難の一週間は、これから本番を迎えるのである。

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