第十一話 検問とレア剣
礫夜は言った。
「レア剣だ!」
エファだって言う。
「レアケンダ!」
二人とも笑顔で原住民の儀式みたいに声をそろえていた。
「レア剣だ!」
「レアケンダ!」
「レア剣だ!」
「レアケンダ!」
レア剣に対するエファの反応は礫夜のものよりずっと早かった。
トリプルソードを装備したステータスをエファに見せてやれば、彼女は
「ティヤン! イレテトナン!」
と澄んだ喝采を森へと響かせ、礫夜の空いている手のほうを両手で握るなり、上下に振って祝福をあらわにした。眩しい笑顔で。
そうだ。礫夜は手に入れたのだ。
きっと[勝ち組街道まっしぐら]のパスポートとか、そういうものを手に入れたのだ!
「レア剣だ!」
「レアケンダ!」
礫夜がアホみたいな笑顔で喝采すれば、エファも楽しそうに復唱した。
「やったぞ! レア剣だ! すごいぞもう怖いもの無しだぜ!」
「メルシアデュウ! イレテボンドゥヴニララフォレ!」
エファが何か言ってきた。とにかく笑顔だ。
「ああ! そうだよな! なんか良くわかんねえけど、やったぜ!」
礫夜は森中へ響き渡るように叫ぼう。
「オレは間違ってなかった! オレはチャンスをものにした! オレは――オレは、やったんだ!!」
礫夜は狼と死闘を演じた。エファはレッピスの魔術杖を叩き折った。
その甲斐もあったというものだ。
礫夜は強力な魔法剣、トリプルソードを手に入れた。
礫夜は思った。これでレベル上げ放題だと。
ギルドに行ったら『オイ! 見ろよ、あいつ!』と騒がれてしまうと思った。
美少女から『その剣は魔剣トリプルソード! どうかお助け下さい!』と助けを求められてしまうのだと思った。
どんな強敵が『エファシオンは俺様のものだ!』と言って現れて来ようとも
『オイオイ。そいつはこいつを見てから言ったほうが、賢明ってもんだぜ?』
と忠告し、トリプルソードを【ジャキーン!】と抜き放てると思った。
そして女の子たちにキャーキャー騒がれてしまうのだと思った。
つまり礫夜は、未来がバラ色に輝いているような気がした。
人生で初めて、未来がバラ色に輝いているような気がした。
三倍剣トリプルソードと共に出現したよくわからないものは、この三振りの剣を収める為の専用の鞘だった。革製だ。変な形をしている。
礫夜たちはトリプルソードとは別に、もう一つアイテムを手に入れていた。
ちっちゃな紙包みのほうだ。
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[上質な回復薬]
重量:0
説明:大大陸アーシェアンの魔法都市フィアスフィアン産。上質な丸薬状の
回復薬。
服用するとグレイスが100回復する。
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なんてことない、ドラクエの薬草みたいなものだ。
まあ一つも回復薬なんて持ってなかったのでいいが、ちょっと期待はずれだ。
これはエファに持たせておくことにする。
防御力もグレイスも低い彼女にこそ、有用な物だ。
さて、予想外のカードの効果により、森へと走らされた礫夜たちであったが、二人はトリプルソードを手にして先ほどの町の前まで引き返してくる。
待ちに待った町への入場であったが、先ほどとは事情が異なっていた。
[悪魔の強いる幸福の垂れ流し]の効果の為に、礫夜の幸運度が今0なのだ。
ステータスにそのような数値を示すものはないが、幸運力によってたった今トリプルソードを手に入れたばかりの二人である。運という数値の存在を疑うつもりなど、毛頭ない。
さてどうしたものか。
世界観すら定かでない世界で、初めて訪れる町へと、運のまるでない人間が訪問してみた場合。
果たしてそのアンラッキーさんは、どのような災難に遭うのだろう?
礫夜「…………」
エファ「…………」
わからない。見当もつかないが、いい予感だけはしない。
礫夜とエファは、開かれた市門を遠巻きに眺めながら、二の足を踏み踏みしている。
まあこうしてても仕方なかった。礫夜が市門の方を指差しながら口を開く。
「んまあー? 入る以外ないよな? 外にいたって、運が悪い分にはどうしようもないもんな?」
礫夜の嫌そうな顔と長ゼリフを、エファはどのように解釈したのだろう。
「…………アロンアラプルダンス……」
彼女は仕方なさそうな顔をして言うと、市門の方を『行きましょう』と指差し、率先して歩き始めた。
「――よし。んまあ、荒事んなったって悪くはないさ」
トリプルソードが礫夜に自信を与えてくれていた。
しかし三本の剣を収めるトリプルソードの鞘、邪魔臭かった。背負う仕様の鞘なのだが、礫夜はリュックを背負っている為に背負えないのだ。
今は仕方なく、ロープで半ばリュックにくくりつけながらも、鞘に結わえたロープを肩に担ぐように持っている感じ。邪魔臭い。
二人は市門へと歩み寄る。どんどん市門が近くなり、その様子が観察しやすくなる。
人がいた。門番だ。
この世界で見る初めての人間だった。
四十代の男だ。礫夜のような革鎧を装備し、エファの容姿に目を見開いている。
どうやらエファの容姿は、この世界の人間にとっても特別なものらしい。
礫夜は第一印象を大切にするべきだと思った。
言葉が通じるかどうかはともかく、声を掛けよう。なるべく気さく風に。
「あんまりじろじろ見ないでくれよ。恥ずかしがる」
男は礫夜のほうへ目を向けた。
「なら馬車にでも乗せてやるんだな兄ちゃん。こんな可愛い子に森を歩かせてたんじゃ、甲斐性を疑われるってもんだ」
『そうだろ?』とばかりに男はエファにウインクをした。
エファは会話の意味がわからないので、無難な笑みを浮かべている。
礫夜が思っていたのは[言葉が通じた]という喜ばしき事実だ。
この世界で通じる言葉は、礫夜のほうの言葉らしい。
そのような喜びを押し隠しながら、礫夜は努めて気軽な風を装いながら言う。
「こっちのほうに来るのは初めてでね。通っていいのかい?」
「そりゃこんなかわいこちゃんをおっ返すなんて、俺にはできねえさ。手形さえ見せてくれりゃあな」
【手形】
その一言に、礫夜は内心あせった。
エファは何を話しているかわからないので、礫夜の顔を窺っている。
さてどうしたものか? 失くしたとでも言うか? 荷物には入ってなかったぞ。
しかしどこから来たと聞かれたらどうする?
途中の看板に書いてあったアスロキニの名前でも出すか?
アスロキニの門番に確認されたら終わりだぞ? なんせエファの容姿だ。一目見たら忘れるなんてことないはずだ。
礫夜はへたに偽証するべきではないと判断した。
良くわからない世界なのだ。ただでさえ運も悪いのだから、慎重に行くべき。
「ええ、っと、実は。――どう説明したもんかな……」
門番は男のほかにあと二人いた。
エファのほうばかり眺めていたその男たちの目が、今は礫夜のほうへと向けられている。
記憶もなければこの世界にいた覚えもないと白状するのは、危険だと思った。
なので、こうした。
「実は、人攫いにさらわれて来たんだ」
男は目を大げさに見開いた。
「おい本当か? 大変だったな?」
「ああ、エファは器量がいいからな。でもまあオレも腕に覚えがないわけじゃない。人攫いをうまいことのして、こうして逃げてきた次第ってわけでね」
礫夜へと男とは別の門番が尋ねてきた。少し疑っているような目だ。
「あんた、どこの出身だい?」
「さあー、山奥の小さな村だからな。トウキョーって言うんだけどな」
三人の門番は顔を見合わせ『知ってるか?』などと尋ねたり『知らん』と答えたり。男の一人が更に尋ねてくる。
「冒険者証は? あんた冒険者なんだろ?」
ギルドカード? 冒険者の免許証みたいなものか。失くしたで通していいのか?
しかしギルドに照会されたりしてしまうか?
エファがとても落ちつかなげな目をしている。出来ればそんな目はやめて欲しい。
礫夜は極力嘘は避けておく。
「冒険者じゃあ、ないんだ。言ったろ? 山奥の村からさらわれて来たって」
「ああ…………そうだったな……」
男たちは、お互いに目配せするようにチラチラと視線を交し合っている。
なんだか、まずい空気だ。
賄賂でも提案してみるべきか?
礫夜がそんなことを考えていたら、男の一人が、出し抜けにこんな事を言ってきた。
「――なあ? あんたのその担いでるヤツ。もしかして[トリプルソード]なんじゃないか?」
「おいおい、本当か?」
「俺も気になってた」
男たちはトリプルソードの存在を知っているようだ。
この世界でレアリティCの剣というのは、案外ポピュラーなものなのだろうか。
「ああ……そうだが――」
礫夜が言葉を言い終わるか否かという内に、男たちはどよめいた。
「オイ、本当かよ!? 本物か!?」
「レアリティCの魔法剣か!? こいつは眼福もんだぞ!?」
「なあおい、ちょっとでいいから、ちょっと持たせてくれねえか!?」
すごい食い付きようだ。
礫夜は『別に構わないよ』と言いそうになって、踏みとどまった。
「まあ、気持ちはわかるんだが、なんせ攻撃力180もある魔法剣だからな。あんたの事を信じないわけじゃないが……」
「ああ兄ちゃんの言う通りだ。オイ無理言うなよ」
門番の一人が男をいさめた。いさめられたほうの男も顔を決まり悪そうにしている。
「たしかにそうだよな。――なあ、ちょっと抜いて構えて見せてくれないか?」
「オオそうだそうだ。本当に残り二振りの剣が浮かぶのか?」
男たちの目は年甲斐もなく輝いている。剣を商売道具にしている者としては、当然の反応なのか?
とにかくなんだかいい感じだ。礫夜は思い切って言ってみよう。
「まあ見せてやってもいいんだけどよ……見せたら、通してもらっていいか?」
男たちは揃って悪い笑みを浮かべた。
「ここから通ったとは、言わないでくれるんだよな?」
持つべき物はレア剣というわけだ。
礫夜は門番たちの前で、三倍剣トリプルソードを構えてやった。
鞘から一振りを引き抜くだけで、残りの二振りが勝手に引き抜かれ、礫夜の背後へと揃ってはべり敵を待ち構える。その姿は頼もしくも、神秘的。
三人の門番は大喜びだった。レアリティCの剣など初めて見たと口々に言い合っていた。
礫夜とエファは無事検問を抜けることができた。
門番たちから離れるなり、エファが〈ホウッ〉と息をつき、顔中に笑みを広げて言った。
「アフ、ケルスウラジェ……」
「今のはわかったぞ。『ああよかった』だ」
「ウィ、ウィ」
礫夜がなんと言ったかもわかってないだろうに、エファは満面の笑みでコクコク頷いた。礫夜まで安堵も手伝って笑顔になってしまう。
よかったよかったと礫夜とエファは喜び合った。待ちに待った町への入場もその喜びに拍車を掛けていたのだろう。
だから、エファも、礫夜も、気付いてはいなかった。
二人の後ろで門番たちが浮かべていた、怪しい薄ら笑いに、二人は気付いていなかった。
右手にはトリプルソード。左手には美少女。そして幸運度はまさかの0。
風雲急を告げている気がしてならないアンラッキー礫夜の、異世界初めて町探訪の始まり始まりである。