第一話 見知らぬ草原。未知なる美少女。
ゲームの主人公キャラに、適当な名前をつけて遊んだ覚えはないだろうか?
特にドラ○エのような、主人公にデフォルトの名前がついていないタイプ。
適当に[ああああ]だの、[ゅゃょ]だのと名前をつけて、画面内の登場人物たちに、大まじめに、
『よし! お前の名前は【ああああ】だ! 勇者パッパスの息子ああああ!』
『ああ……ゅゃょ様……なんと雄々しきお名前…………ポッ』
などと言わせてみて、ほくそ笑んじゃったりした経験はないだろうか?
少年がそんなことを考えていたのは、頭が錯乱していたせいだ。
少年は困惑していた。
自分の名前が[ちくわ]であることに困惑していた。
少年の名は[田中山田ちくわ]だ。日本人だ。田中も山田もなじみのある苗字だ。
が、田中山田などという苗字は聞いたことがなかった。
無闇に欲張った割には、なんて画数の少ない、ありがたみのない苗字だろう。
名前のほうも大問題だ。ちくわとは人につける名前ではない。
練り製品の名前だ。
ちくわ会社の御曹司でさえ、その命名にはもう少し気を遣ってもらえたはずだ。
十五歳の中三、ちくわ少年は頭が錯乱していた。田中山田ちくわというこの違和感バリバリの名が、自分のものな気がしてならないのである。
しかし人からこの名で呼ばれた記憶は、どうにも判然としない。
そもそも記憶がなんだか、まるで無い。頭が錯乱しているせいか? なぜ自分がこんな場所にいるのかも、わからない。
「うわ、うわっ。なんだこれ? どこだここ?」
ちくわはだだっ広い草原にいた。
都会に住んでいた――そう、ちくわは都会に住んでいたのを思い出した。
こんなだだっ広い草原は知らない。
草原には茶色の乾いた土の道が一本、通っており、そこによだれを垂らして寝転がっていたのがちくわだ。
ただしっ。
寝転がっていたのはちくわだけではない。
もう一人、女の子が、寝転がっていた。
今も寝転がっている。だからちくわは少女の無防備な寝顔が見放題だ。
ちくわは両目をかっぴらいている。その少女の容姿に目をむいている。
美少女、というやつなのだ。
現実の女の子にこの尊称を、ちくわは生まれて初めて捧げていた。
というのも、少女の髪の色が真っ青なのである。
ちくわの顔色より真っ青だ。
そして少女の髪の青色は、ちくわの顔を覆ってる青色とは、比較にならないほど輝きに満ちていて、美しい。
まるで二次元のアニメキャラが現実に抜け出してきたかのようだ。
ちょっと派手めの修道着のような服を着ていて、その装いもファンタジックだ。
少女が溢れさせている非現実さは、童貞のちくわに
『寝てる内におっぱいとか触ってみようかな。いい機会だし』
などというヨコシマな感情をもよおさせないほど、触れていいのか、ためらわせる感じだった。
が、ちくわは少女に触れねばなるまい。というより揺り起こさねば。
それに、できの良過ぎる人形だったという線もあるかもだぞ?
ちくわは意を決して、少女の肩に手を触れてみた。
大真面目になって触れた年も同じころの異性の肩は、薄く、柔らかかった。
「おーい。もしもし? ……大丈夫?」
反応はすぐに返ってきた。ちくわは思わず手を引っ込める。
まるで人形のように輝いて見える少女の、その両目が、見開かれたのである。
少女の両目は力強くしっかりと見開かれ、ちくわのほうへと向けられていた。
ちくわの両目は少女の両目に釘付けである。
あまりに綺麗な青色をしていた為だ。
少女の両目の虹彩は、日本人にはおよそ馴染みのない――と言うか地球人にはありえないような、鮮烈な色彩を放つ青色をしていた。
少女がすぐに身を起こさねば、ちくわはしばらくの間彼女の瞳に魅入っていた事だろう。
少女は起き上がった。すぐに周囲を確認する為に首が左右に振られる。肩口で切りそろえられた空色の髪がリアルな繊細さで左右に揺れ、信じられない美しさを見せた。
少女はちくわのほうへと振り向いた。
ちくわはドキッとした。彼女の両目には意志の強さを感じさせる、力強く、まっすぐな眼光が宿っていた。こんな意味不明の状況に置かれておきながらも、少女の瞳はまるで曇っていない。
「パルドン……ウ、スィジュ?」
「……え?」
「ウ、エテジュ…………」
少女は周囲を見渡して『シャン……』と漏らし、『アフ』などといういかにも外人風なうめき方をし、顔をしかめながら額に指を数本当てると、『ラ、メムワル』と独り言ちた。
「え……ええー……」
ちくわ、ドン引きである。
見知らぬ草原に、異国語を話す美少女と二人っきりで放置され、この状況にドン引きである。