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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
97/645

-Epilogue 01-

***


「話があるの」

 翌週の月曜日。いわゆるテスト返却日となったその日の放課後。思った以上に点数の取れなかった幾つかの科目に意気消沈し、帰宅しようと教室を出たところで望月に声を掛けられた。こっちとしては、このテストの結果で受けたストレスを発散するために、少しでも早く帰ってゲームがしたかったのだけど、クラスメイトの視線が痛い。なんで帰りのST終了直後に廊下で待ち伏せしているんだよ。

「えーと、今すぐじゃないと、駄目?」

「今すぐじゃないと駄目」

 誤解を生みそうなことを言っていることに気付き、よけいにクラスメイトの視線が刺さる。

 言い訳がしたい。


 こんな僕が、望月のお眼鏡に叶うような男に見えるか? と。


「分かった……けど。場所は、変えようか」

「場所? ここで話しても問題無い話で」

 そこまで言ったところで、僕の発した言葉の奥底にある意味を察したらしく、目をやや大きく見開く。

「そっか……場所、変えようか」

 これから告白されるようなシチュエーションではない。出来ることならさっさと望月の話を聞くだけ聞いて、帰りたいとすら思っている。


「なぁ、立花。そのあとで良いんだけど、時間あるか? 俺たち、教室で待っているから」


 望月と一緒に歩き出そうとしたところで後ろからクラスメイトに声を掛けられる。いつも僕にゲームのことを訊いて来るリア充グループの一人だ。特に最近、僕に質問してくることが多い。なんだろうか、やっぱり望月のことで目を付けられているんだろうか。嫌だなぁ、無視して帰った方が良いよ、絶対。

「話が終わったら、ちゃんと立花君は連れて来るから」

 僕が答えあぐねている間に、望月が答えてしまった。これで怪我でも負ったら全部、望月のせいだ。

 金曜日、『Armor Knight』からログアウトしたあとに、リアルに僅かだけど痛みを引きずった。パッチペッカーと戦った時のような酷いものではなく、軽い打ち身と、筋肉痛だ。倉敷さんには電話で確認しただけになるけど、特に入院するような怪我を引きずってはいないらしい。ただ少し、手の平に火傷の痕が出来てしまうかもとは言っていた。僕に散々、無茶苦茶なことを要求して来るけれど、女の子だし、痕が残らないことを願うばかりだ。

「話って、君のお兄さんのことだろ?」

 中庭に出たところで、僕は望月に訊ねる。振り返って、彼女は小さく肯いたのち、近場のベンチに腰を降ろした。が、僕はその隣に座ることを控える。座ったらまた誤解が生まれる。

「髪、黒くして……ピアス、外したの」

 それでもあの悪役然とした顔付きは誤魔化せないだろう。でも、髪色とピアスだけで、どこかのヤの付く自由業の方々と仲良くしてそうな面構えだったし、その二つが除かれれば少しはマシにはなるか。

「それは……また、極端な変わり方を、したね。君も含めて」

 ふんわりと丸まった茶髪は成りを潜め、黒髪の三つ編み、そして眼鏡を掛けている。最初に望月を知った時と、ゲーム内のシャロンに寄っている。

「まぁ……あれは兄さんに見てもらいたいから、ちょっとやんちゃっぽさを出して行こうと思っただけだから」

「そうなん、だ」

 だからって黒髪三つ編み、眼鏡の地味っ子に戻らなくても良いだろう。もう少し、流行に乗っても良い。


 流行りを知らない僕の言うことじゃないけれど。


「……話し方、ゲームと違う。なんでこっち見ないの?」

「人の顔を見て、話せないから」

「なんで、どもるの?」

「緊張して、気付いたら声が上擦ったりして、それを誤魔化そうと必死になると、よけいに言葉が出て来なかったりするから」

 罰ゲームかなにかですか。嫌がらせも程々にしてもらいたい。

「さっきだって、すぐに返事をすれば良かったのに」

「どう答えたら悪いイメージを持たれないか、考えていたんだよ」

 理沙や倉敷さん以外の他者とは、いつもこんな感じなのだ。

「テスト期間中に私のクラスに来たでしょ? あのときは勇ましかったのに」

「幼馴染みのことになると人格が変わるから」

 そして、理沙のことになるとスラスラと喋れるんだから、僕はほんと、どうしようもない。

「幼馴染みが大事?」

「大事だよ。君のお兄さん、性格が歪んでいただろ? 僕も一度、そこに足を踏み入れてる。幼馴染みのおかげで引き返せた。だから、君のお兄さんが僕の幼馴染みを傷付けたのなら、許すことができなかった」

「そのことは……ちゃんと謝る。ううん、私は謝る必要無いんだろうけど、兄さんと一緒に謝りに行く。あのあとね。少しだけ、少しだけ変わったの。お母さんと話をして……言葉のキャッチボールが物凄く……うん、立花君みたいに下手なんだけど、とにかく……言いたいことを言い合って、ちょっとは納得した、みたい」

「納得?」

「現実の理不尽さみたいなものに、納得したみたい」

 “愚者”になった人は元には戻らない。ゲームで優劣を付けたところで、それは荒療治で、歪んだ性格はすぐには矯正されない。

「やり手の臨床心理士が居るから、教えてあげようか? 通院させた方が、良いから」

「通院……通院、って、どれくらい?」

「結構な期間は覚悟して。僕でも未だに通院しているから」

「……そう。話してみる。うん、話す。ちゃんと話す。昨日ね。一応だけど、呼んでもらえたの」

 望月は俯き加減に、そして声を震わせて呟く。

「香苗、って……名前で、呼んでくれたの。今まで一度も呼んでくれなくて……辛くて、怖くて、なんであんなのが、兄さんなの、と思っていたけど、でも、名前を呼んでくれただけで、ああ、良かったって……なんだか、そう思えて」

「なにも泣かなくても」


「泣いてない」

 震える声で即答だった。いや泣いているじゃん、とは僕でも言えない空気だった。この状況で「なにも泣かなくても」と切り出したところをもっと僕は反省すべきなのかな。でなきゃ、こうムキになって即答してこなかっただろうし。


「あの人、根は真面目なんだろ? 乱暴な物言いはきっと元通りにはならないだろうけど、少しは話し合ったんだから、これからは良い方向に歩いてくれるんじゃない? 僕みたいに茨の道で立ち止まったりせずに、その“痛み”を堪えて、歯を喰い縛って頑張ると思うよ」

「……ありがと」

 頬を伝った涙を拭いながら、望月が顔を上げる。

「お礼、なんだけど……なにが良い?」

 僕は項垂れる。


 なんで君まで同じようなことを言うんだ、と。

 そういう柄じゃないだろ、君だって。


「いらない」

 そもそも裏があると思ってしまうので、真っ直ぐその言葉を受け取ったりはしない。

「なんでも良いよ?」

 僕は知っている。

 女性の「なんでも」は、許容範囲が定まった上での「なんでも」であるということを。「なんでもしてあげたいくらいに感謝はしている」という意味を縮めた「なんでも」である。なので望月の「なんでも良いよ?」は変換すると「なんでもしてあげたいくらいに感謝はしているから、私が許容できる範囲内でなら良いよ?」だ。

 この「なんでも良いよ?」で痛い目を見たことは無いのだけど、周りに我が強い異性が多すぎて、そう解釈するようになった。いや、そう気付けたのだから良いことなのだと思う。


 許容できる範囲内で、なんでも良い……か。


「……望月って、話の分かる人、だよね?」

「一応、常識はあるけど」

 しばし考える。


 どうだろうか。早計だろうか。早まって、また馬鹿を見ることになるのだろうか。


 でも、ここで終わらせられる関係とは、捉えられない。望月 香苗との関係性をこれ以降も継続させる場合、どうしてもこの言葉は必要になる。


 茨の道に、足をまた一歩踏み出すことになる。痛いだろう。血が出るだろう。また進みたくなくなるだろう。泣きを見ることになるかも知れないだろう。


 けれど、それでも踏み出さなきゃならない。彼女のお兄さんが、僕の言葉で歯を喰い縛って前に進もうとしている。人一人の人生を左右させるような物言いを、年上相手に言ってしまったのだ。


 僕は僕なりに、それに対する償いをするべきだ。

 ああ、嫌だなぁ。

 “友達”を作ることになるなんて、本当に嫌だなぁ。


「望月」

「うん。なに?」

「友達に、なってください。お願いします」


 沈黙。沈黙に次ぐ沈黙。


「そ、そんなことで良いの?」

 クスッと笑いを堪えながら望月は言う。

「もっと、ほら、あるでしょ? 女の子に求めることとか」

「え、いや……これ以外に思い浮かばない、んだけど」

「あ……あは、は。御免、ちょっと待って。耐えられない」

 望月が大きな声で笑うものだから、僕は僕の発言が間違ったもののように感じてしまって、恥ずかしくなる。

「良いよ。友達になろ。スマホの番号とメルアドと、あと『Armor Knight』のフレンド登録。それで良い?」


「あの、なんでそんなに笑うの? 僕、一世一代の気概で言ったんだけど」


「だって、立花君、分かってないから」

 スマホを取り出しながら、望月は尚も笑う。

「立花君が思っている以上に、周りはあなたのことを気遣ってるよ? 自分のこと、もう少しだけ見つめてみたら?」

「言っていることが、よく分かんないんだけど」

「よく分からないのはこっちの方。私と友達になりたいって、それ以上の関係にもなりたいってこと?」

「え、いや、そこまで深く考えられても困るんだけど」

 人を信じられず、友達を作ることができず、人と話すのが怖い。そんな僕が倉敷さんと出会って、彼女を信用しようと思い始め、そして今度は望月と友達になろうと思ったのだ。なんだかんだと理由は付けたけれど、友達になれるかもと思ったのは嘘じゃない。


 だから深い意味は無い。お近付きになって、そのまま親交を深めて恋愛関係を築こうというようなところまで頭は回っていなかった。


「もっと、酷いこと要求されると思っていたのに」

 僕がオドオドとしながら取り出したスマホを僕が操作する暇もなく奪い取り、望月はさっさと登録を済ませる。

「立花君のことだから、きっとエッチなことでもするんじゃないかと」

「僕をどんな男だと思っているんだ」

 こればっかりは言わなきゃ納得できなかった。

「幼馴染みと二人切りでも手を出さないし、倉敷さんと二人切りでもなんにもしない人畜無害な男だぞ」

「それ、ヘタレってこと?」

 ひょっとすると望月に「ヘタレ」と言われることが一番、ダメージが大きいかも知れない。

 望月からスマホを返してもらい、それを教師に見つからない内に鞄に滑り込ませて、一息入れる。

「話はこれだけ?」

「うん、これだけ。ありがと、立花君。『Armor Knight』じゃ、これからもよろしく。ただ、兄さんのこともあるから、あんまり長い時間は遊べないだろうけど。あの人――倉敷さんにも、あとで謝りに行くつもりだから、先に伝えておいてくれる?」

「分かったよ」

 緊張を解く。見知った相手から友達になった望月に、警戒心を抱く必要は無い。

「そういや、望月ってなんで僕に拘ったの?」

「拘る?」

「いや、リアルで話し掛けられる時まで僕は望月のことを知らなかったし、ゲーム内でわざと僕に分かるような言動をしたから」

「……分からないの?」

「分からない」

「気になる異性が居たら、自然と目はそっちに向くものじゃない?」

 その手には乗らない。乗ってたまるか。

「本音は?」

「本音なんだけど」

「いや、絶対に裏があるね」

「……もう良い。だからヘタレなんだよ」

 なにやら物凄く残念そうに言われたので、先ほどよりも更にズキッとした精神的な痛みを伴った。

「あ、そうだ。これだけ言わせて欲しいの。これは私の一縷の望みみたいな、どうしようもない話だけど。兄さんは、もしかしたら、あなたの幼馴染みにゲーム内で暴力を振るっていないかも知れない。たとえそうだとしても、犯人のような振る舞いをしたんだから、私から強く言って、一緒にあなたの幼馴染みには謝りに行くけれど」

「僕も、なんとなく違う気がする。僕があの人に幼馴染みのことを口にした時、ちょっと迷っていた。でも、僕と戦えるかも知れないって理由で、わざと嘘をついたように思えた」

 大河内さんが抱いている暴力的な感情は、家族に向けられていたものだ。

 そして、ゲームを人を傷付けることの練習だと言った。それも家族を傷付けることの練習だ。容認できるようなことではないけど、やっぱりそれは外部に発散されるようなものじゃない。

「でも、望月のお兄さんは僕らの目の前で二人くらい、あの世界で痛め付けていたけど」

「あれは、私に声を掛けて来たから……多分、私を守るためかな」

「ああ、なんだそういうこと。だったら納得できた。まぁやり過ぎだったと思うけど」

 あの世界では、足りてはいなくとも兄として悪い虫が寄り付かないようにしていたのか。一応、妹とゲーム内では呼ぶことが多かったし。

「私の兄さんじゃなかったら、誰があなたの幼馴染みを?」

 トモシビから『戻って来る』って聞いた時から、もしかしてとは思っていた。でも確証が無いから、断定することはできない。

「一人だけ居るんだよ。僕が年上嫌いになった存在で、ついでに僕を狂わせようとした最大の要因が」


 僕は“あいつ”が嫌いだが、“あいつ”は僕を好きでいる。汚泥に塗れて腐った愛情が、ヘドロのように押し寄せる。なにせ、“好き過ぎて僕の嫌なことをする”ような奴だ。


「あなたの幼馴染みを怪我させたのは、その人?」

「確証は無いよ。でも、望月のお兄さんじゃないなら、そいつじゃないかと思っている。だから、お願いがある。僕が明らかに“おかしい”場合、僕の幼馴染みと倉敷さんを遠ざけて欲しいんだ。でないと僕は、傷付けてしまうかも知れない」

 保険を掛けておかなきゃならない。

「分かったけど。そこまで、しなきゃならないのはどうして?」


「自分自身が怖いから。感情を剥き出しにして、狂うのは簡単だ。でも普通は自制が働く。僕はその自制のレバーが、ちょっと壊れているから。じゃ、お互いに話すことは終わったから、もうこれで。さようなら、望月」


 狂った人は等しく正しく元通りにはならない。

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