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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
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勝利の条件

 このゲームには投擲の概念があって、一般的に投げれば数が減るようになっている。投げた武装は、拾えばまた使えるようになるし、敵の武装を拾うことだってできる。けれど、空中戦じゃ投げた物はどこにも残らない。残るとすれば、機体に刺さる近接武装だけだろう。

 空中戦で主要武装になるエネルギーライフルを投げてしまうようなプレイヤーは多分、私以外に居ない。


 これは言い訳になるけど、投げる方が当たりそうだった。エイミングが下手くそな私にとって、射撃は牽制でしかない。当たったらラッキーと思うぐらい、自分の射撃に期待していない。だからエネルギーライフルそのものを投げた。


 今度からはダガーナイフにしよう。自分のエイミングの悪さをしっかりと見つめて、武装を変更すれば良かった。

 後悔ばかりはさすがにしてしまうが、ここで諦められない。私はスズと違って、常に前を向いて、歩き続ける。

 そのせいか、立ち止まっているスズを見ていると苛々することがままあって、そしてその苛々は塵も積もればなんとやらで、積もりに積もって、どうしても放っておけなくなってしまった。


『一挺しか持っていなかったんなら、なんの問題も無い。あなたに私は負けない。あなたじゃ私の動きは読み切れない』

 スカートが大きく広がり、同時にヴァルフレアの背部に備わるスラスターから大量のガスが噴射されて、急激な加速力で空中を縦横無尽に駆け抜ける。


 止まっていれば良い的になるだけ。ここで怯えて前に出ないのは、私らしくない。

 怖い。体当たりされても、眼前でショットガンを撃たれても、どっちにしてもパールの耐久力が削られてしまう。


 でも、スズは桜井さんを傷付けた人に罪の意識を芽生えさせるために、この対決の約束を取り付けた。それくらい、スズにとって桜井さんは大切な存在なんだ。桜井さんを傷付けた人を、彼は許さない。


 許さないし、ついでに今回ばかりは見放さないと来た。


 だったら私だって許さないし、見放さない。

「ほんと、お人好し。私はお節介だけど、スズはお人好し。なんであなたは、憎むべき相手にまで同情して、言葉で説得しようとするのよ」

 この呟きは、誰にも届かない呟きだ。


 頭の中が空っぽになる。なにもかもが、鮮明に、なにもかもがハッキリと見える。

 なにも考えなくて良い。

 シャロンになにも持っていないと馬鹿にされても私は耐えてやる。


 パールを右斜めに飛翔させつつ、目でヴァルフレアの加速による移動を追う。尚も飛翔を続けて、スクリーンから常に機体が映るようにポジションを調節し続ける。

 焦らなくて良い。


 私には“見えている”。


 シャロンは現実の私に言った。「“目で見て分かる”ことは、誇らしげに言うことじゃない」って。

 それを私は思いっ切りの皮肉だと思っていた。


 けれど、皮肉であってもそれは確かな、“事実”だ。私はやっぱり、“目で見て分かる”んだ。


 急加速と急停止、そして旋回に合わせて再びの急加速。およそ目で追えても反応はし切れない角度から攻め寄せるヴァルフレアに、パールを常に正面を向くように動かして、一定の距離に達した瞬間に私は長刀を振り上げさせる。

『っ!? 間に合わ、』

 長刀とヴァルフレアが接触する寸前で、シャロンが僅かに機体を右に逸らさせた。

『ぐ……っううっ!』

 手応えは無い。でも、長刀は触れた。そして、ヴァルフレアの装甲を僅かだけ裂いた。でも、クリティカル距離ではない。だから与えられたダメージは大きなものじゃない。

「一つ先が見えても、それだけの加速だと操縦が追い付かない?」


『合わせて……来た?』


 ヴァルフレアを見失わないようにパールを飛ばして、そして真正面に捉え続けて、直前の急激な“逸らし”に私は尚も機体の位置を調節して、正面に合わせた。

「目で見て分かったもの」

『目で……分か、った……? 私の、この、動きが……読み、切られた?』


「現実じゃ筋肉が追い付かなかった。けどこの世界じゃ、脳から直通だもの。そうでしょ、シャロン!」


『信じない』

 その一言で私の問い掛けを一蹴し、シャロンはヴァルフレアを再度、急加速させて縦横無尽に飛び交う。

「さっきのは少し、タイミングが速かった。今度は遅めに構えるべき。だけど、怖くてどうしても速く繰り出しちゃう。だって、あんな速度でぶつかって来られたら、耐久力はともかくとして体中を打ち付けちゃいそうだし」

 呟きながら、パールに長刀を両手で握らせる。

「長刀のクリティカル距離の目安は、なんとなく分かっている。練習もしたし、当てることは、絶対に出来る」

 正直に言うと、針に糸を通すような心情だ。

 ヴァルフレアはピーキーな超スピードで突っ込んで来る。CPU相手に練習したとはいえ、芯で捉えるのは至難の業だ。でも、自分に出来ると言い聞かせないと、一縷の望みさえ叶わないと思う。


 見えていた。見えていたし、動かせた。ちゃんと合わせることができた。


『さっきのは、ただのまぐれ。誰も私の速度には追い付けない』

「その速度、多分だけどランク8のArmorなら最速に近い。その加速力をKnightでも上げて行くつもりだっていうなら、覚悟しておいた方が良いよ?」

『覚悟? どういう覚悟?』

「世の中には、“そんな速度の機体も捻じ伏せるマゾヒストさんが居るから”。まぁ、Knightにおける最速の機体はまだ見たことがないけど。そこまで装甲を薄くして立ち回れるプレイヤーはあなた以外にきっと居ないだろうし」


 シャロンはあれだけの速度で飛んでいる機体に乗っている。コクピットに掛かる圧力は速度を上げれば上げるほど強くなる。ジェット機に素人が乗ったら失神するのと同じ理屈で、面白半分で速度重視の機体を動かすと激しい空酔いに見舞われ、骨を粉砕するような重みを全身に受け、更には耳鳴りと呼吸が安定しなくなって、意識すら朦朧とする。VRゲームは人体に悪影響を及ぼす症状をある程度はカットするように出来ているから、ゲーム内で意識が朦朧とするというのは相当なレベルのはずだ。下手をすれば現実にすら空酔いの症状が残っていたかも知れない。でも、今の彼女はそれを苦としていない。苦としていた時期があったのかも知れないが、乗り越えた。


『私は、兄さんのためになら、どんな覚悟もしてみせる。兄さんがこの速度を必要としてくれている。この速度に耐えられる私を必要としてくれている』

「……じゃぁ、この世界がシャロンにとっての夢や希望なんだ?」

 だったら酷なことは言わないでおこう。


 ブラリ推奨プレイヤーの殿堂入り、気持ち悪さと気味悪さの織り交じった、見た目好青年なのに性格が残念なグッド・ラックはシャロンの天敵になるだろうということだけは、黙っておこう。


『夢? 希望? そんなものはここには無い。あるのは辛い過去、ただそれだけ』

 この世界でしか、あのバイオに認められないことが辛いってことかな。スズから耳にした話とか、自分で掻き集めた情報でしか彼女のことを知ることができないから、曖昧な答えでは彼女を傷付けるばかりになってしまう。


 ヴァルフレアが向かって来る。焦らず、ただスクリーンに映るようにパールの体勢をバーニアで整え、直前の加速を待つ。

 けれど、なにかしらの第六感めいたものが働いたらしく、ヴァルフレアはパールの長刀が届かないギリギリのところで斜め上に抜けて、それから高く舞い上がる。さすがにその動きは読み切れても、長刀が届かないんじゃ当てられない。

「レインボムは撹乱だ。本当の目的は別にあるはず」

 左右に機体を揺らして、それからアラートが鳴ったところで機体を前進させる。レインボムを広範囲にばら撒かれるのを防ぐために、ギリギリまで一所(ひとところ)に留まってから避難した方が、爆撃範囲が狭まる。


『その判断は正しいけれど、どうにも楽観的』


 シャロンの批難の声に気付いたときにはもう遅い。私はパールをそのまま空中機雷の溜まり場に突っ込ませてしまった。探知範囲に入ったせいか、周囲一帯で爆発が起き、空でありながら火の海にでも見舞われたかの如く、モニターが赤く焼け付いた。

 機体温度が上昇し、爆発によって耐久力が減少するとともにあらゆる部位の損傷ゲージが一気に空っぽ間際まで減らされた。

「私に向かって突撃する前から、ばら撒いていたってこと? あはは、凄い。そんなのにまで、頭は回らなかったわ」

 暑い。そして熱い。コクピットがサウナになったみたいだ。いや、比べものにならないほどに喉が焼け付く。機体に乗り込んだ時からパイロットスーツには自動で着替えられているが、どうやらこれほどの熱気からは守ってくれないらしい。


 熱が溜まれば、当然のことながら操縦桿は手を焦がす。


『痛いでしょ? 逃げたいでしょ? さっさと尻尾を巻いて逃げてしまっちゃえば、良いのに』

「現実と違って、シャロンは随分と毒を吐くのね」

『私、あなたと会ったときから、毒を吐いて挑発してたけど?』

「でも、こっちの方があなたらしい、女の嫌な感じがたっくさん溢れてる。風体とか気にしなくて良いから?」

『……あなた、スズのことをどれだけ知って、いるの?』

 話を切り替えて来るってことは、当たりだったのか。

『あの人があなたのことを、本気で信用していると思っているの? ちょっとのいざこざで、あなたは彼を責めてしまう。彼はあなたを毛嫌いする。そして、彼は私みたいに、ここに辛い過去を置いている。なのに、どうしてあなたは彼の幼馴染みと一緒で、この世界にまた彼を引っ張り込むの? 真正のサディスト? 産まれながらの悪女?』


 さぁ?


 私は我が強いところがあるし、人をこの性格で振り回すことなんて日常茶飯事だし、やっぱり人に迷惑を掛けているとか掛けていないとか、そんなのはさっぱり分からない。ただ自分がやりたいようにやっている。


 そのやりたいようにやっている中で、彼と出会っただけ。

 で、そこから導き出した答えはただ一つ。


「辛い過去しかない場所だったら、彼は戻っては来てない」


『本当に? 本当にそんな、頭の悪い返事があなたの答え?』

「ええ、そうよ。辛いことばかりがあったなら、絶対に逃げ出す。それが彼の悪いところ。常に後ろ向きで、ネガティブで陰険で陰湿で悪質で、人の裏ばかりを見抜こうとする疑心暗鬼の塊にして至上最低の性格の持ち主が、辛い過去があるところから逃げ出したら二度と戻って来ないでしょ。そんな持ち主が、戻って来る。私に強制されてなのか、幼馴染みに強制されてなのかは分からない。分からないけど、言えばログインしてミッションを手伝ってくれる。私のために全力を尽くしてくれる。それってつまり、良い想い出もここにはあるってことでしょ?」

 会話に集中しすぎたせいで、ヴァルフレアが霧から飛び出した瞬間に合わせられない。長刀の届かないギリギリでショットガンを構えられてしまう。

『信じない』

 一発、二発となんの対処もできないままに散弾を浴びて、パールの右足と右腕が吹き飛んだ。ジョイントは自動で切り離されたので爆発には巻き込まれなかったけど、次になにかを受ければ、左腕の損傷ゲージも限界なので、この長刀を振るうことすらできなくなってしまう。そうなったら、私はヴァルフレアを止められない。

「あのさぁ、シャロン。“事実”ばかりを口にしたがるあなたが、“事実”を口にされて最初に口にする言葉が、『信じない』は、どうかと思うよ」

 鶏冠(とさか)に来たのか、シャロンが大声を上げてヴァルフレアを急加速させてパールの正面から離脱させる。

 空中機雷をばら撒いているのか、それとも空中爆撃の準備か。はたまた、急加速と急停止による予測不可能な突撃か、寸前で停止してのショットガンか。

 私の長刀一本による攻撃に比べて、ヴァルフレアは攻撃のバリエーションが豊富すぎる。それ全部に対処し切れはしない。また空中機雷に誘い込まれてもあれだし、空中爆撃を素直に浴びるのも嫌だ。


 けれど、見えている。見えているし、分かっている。私はしっかりと、はっきりとヴァルフレアの縦横無尽に駆け巡る様を、“目で追える”。


 ヴァルフレアが中空で制止後、突撃。右に激しくガスを噴射させて軌道を左に逸らしながら迫り来る。

 左手の長刀でタイミングと距離を見定めて、ここだと思うところで振り切る。ヴァルフレアのスカートが花びらのように二、三枚欠落したけど、クリティカル距離には程遠い。

 ヴァルフレアは止まらない。突撃に失敗したことをすぐさまシャロンは理解したらしく、軌道を整えて、再び今度は右斜め下、そしてパールの後方から迫る。モニターで真正面に捉えて、再び長刀を振り下ろす。

 次は四枚ほどスカートが欠落する。


『……合わせて、来てる? まだ三回しか突撃してないのに……!』


 あー、もう。もう少し、もう少しだ。


 研ぎ澄ます。感覚をただひたすらに研ぎ澄ます。

「あなたに言われて傷付いて、圧し折れてしまいそうになって気付けたの。ありがとう、シャロン」

『信じない!! 私の加速に、合わせるなんて……!! 信じない!!』


 左眼にモノクルが掛けられる。そんなファッションにはしていなかったはずだけど、そのモノクルが掛かった左眼が、ヴァルフレアを黒く染め上げている。


「あなたにただ一つだけ、敗因があるとするのなら」

 ムキになって、四度目の突撃。けれどもう、なにもかもが整った。

「“テオドラだった私に、助言なんてするべきじゃなかった”。だから、助言になった“目で見て分かる”ことを、ここで誇らしげに、言わせてもらうわ」


 左眼が捉える、“黒く染まっていたヴァルフレアが、本来の色を取り戻す”。そのタイミングに合わせて、機体の左足を断ち切った。


『あぎ……ううううぅううっ!!』

 シャロンの呻き声が耳に入る。

『信じ、ない!!』

 すぐさま反転し、パールに捨て身で掛かって来る。

「それだけ頑張っているんだから、お兄さんだって心の中じゃ認めているはずよ」

 もうクリティカル距離に拘る必要は無い。左眼のモノクルもどこかに行った。なんだったんだろう、あれは?


 そう思いながらも長刀を後ろ手に引いて、前面に捉えたヴァルフレアにその切っ先を突き立てる。

 ただ、切っ先は喰い込んだ。喰い込んだけど、まだ撃墜できていない。


『パージ、スズよりは下手だけど』

 左肩から空中機雷が飛び散り、左手のショットガンの銃口がパールの頭部に押し当てられる。

 見くびった。慢心した。スズなら喰い込ませることなくパージで長刀を弾くところを、シャロンは喰い込ませてからパージの無敵時間を利用した。意図的にじゃない。彼のような突き立てることすら拒むパージはまずできない。だからこれは、彼女の意地だ。

 その意地で、私に一桁か二桁台で耐久力を削り切らせなかった。突き立てた次の段階から削られるはずのダメージソースが一部、無敵時間で掻き消された。だからこうして、ショットガンが向けられている。


 私が、脚部ではなくしっかりと左腕を断ち切っていれば、恐らくは向けられていなかったショットガンが火を吹いた。


 機体が後方に傾ぐ。散弾の威力と衝撃は凄まじく、コクピットも一気に後ろに傾いた。前屈みになってモニターを見つめていたこともあって、後頭部をシートに思い切り叩き付けたばかりか、掴んでいた操縦桿すら手放して、後ろの計器類に両腕をぶつけてしまう。

「耐久力……は……まだ、残って……る、のか、な」

 けれど、頭部パーツが吹き飛んだ。アイカメラが無くなったためにモニターはなにも映さない。マップ画面はジャミングのせいで、使い物にならない。今の私には、外界の情報を得るための手立てが無い。


『私の勝ち』


「……馬鹿言わないで、シャロン」

 後ろに傾いだ身を起こし、激痛の走る両腕を動かして両手で操縦桿を握り締め、痺れた両足はペダルを踏み込む。

「どんなスポーツでも、ゲームでも同じよ。ルールに則って、勝ったときが、勝ち。まだパールの耐久力は尽きてない!!」

 モニターはなにも映さない。なにも見えちゃいない。マップ画面も私には情報を与えてはくれない。


 でも直前のことはさすがに憶えている。


 長刀は“ヴァルフレアに突き刺さっている”はずだ。そしてパールは、“柄から手を離してはいなかった”。だから、私は機体を動かす。さっきの衝撃で長刀をパールが手放しているかも知れないと思いながらも、まだ耐久力が残っているからこそ戦意を捨て去らない。

 未だ私は一歩も引き下がりはしない。

『なんで、なんで!? なんであなたは、諦めないの!?』

 操縦桿が伝えて来るのは、なにかに引っ掛かりながらも突き進む長刀の感触だった。そしてその先で、確かな手応えがあった。

「空中機雷をばら撒いたあなたと同じで、意地が悪いからよ」

 外界を映さなくなったモニターには、『One Kill』の文字が浮かぶけど、ペダルを思い切り踏み込んだから爆散直前のヴァルフレア共々、きっとばら撒かれた空中機雷の中に入り込んでしまっている。

「この世界じゃ、相討ちね。でも、次はきっと私の勝ちよ?」


『兄さんに、捨てられる…………こんなの、信じない……』

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