戦闘開始
『スズ、どこ?』
「マップ西側。南西かな」
『私は北東。クロスだね』
「面倒臭いなぁ」
敵と味方が分かれて一列に並ぶラインという分け方なら、前線を押し上げる形でサポートに徹することができるけど、北東と南西。北西と南東というクロスの場合、合流するまでが難しい。孤立無援になるか或いはタイマンになるか。
このクロスの場合、マップ配置の有利不利がほとんど無いのも痛手だ。ルーティを二機で囲い込みされてしまったら、目も当てられない。
『合流してみる?』
「中央?」
『行ったらやられるでしょ、それくらいは私だって分かる。私は南に下がる。スズは東に寄って』
そうなると、孤立無援のヒエさんかキィルクさんを叩く形ってことか。
「んじゃ、辿り着く前に撃墜されたりしないでね」
『そっちこそ』
「僕が撃墜されると思う?」
強気で言ったのは、ルーティを励ますためだ。本当に撃墜されないプレイをできるとは思っていない。
これがゲーム画面ならアラート音の一つでもほとんど条件反射的にコントローラーを動かせるのに、コクピット内からの操縦となるとアラート音を聞き取っても、どこから攻撃が来ているかの判断に時間が掛かり、対処に遅れてしまう。
操縦は両手両足で行う。右のペダルを踏めば前進、踵で踏めば後退。左のペダルがブーストやバーニア、機体バランスを行うためのものでこれは前後左右に動かせる。それ以外にもペダルは沢山あるが、やり込んで配置は覚えた。
右手で握る操縦桿は機体の右腕の操作、左手で握る操縦桿は左腕の操作だ。グリップに幾つかスイッチがあるが、この配置も体で覚えるしかない。どうしても馴染めないならば最初のチュートリアルだけでなく、格納庫でそれぞれのペダルやスイッチが持つ機体へのアクセスは設定で変えることもできる。僕も自分なりに動かしやすいように幾つかは変更している。
やはり機体――ロボットの操縦っていうのは今まで見て来ただけのことで、実際に操作してみると感覚っていうのは全然違う。パニックになれば、ハチャメチャな動きを取ってしまうことだってある。
それどころか、全く自分自身のプレイを発揮できずに対戦が終わってしまうことだってある。
カウントが5秒前になったので、そんな不安から意識を遠ざけた。とにかく今は、集中しなきゃならない。
カウントが0となり、機体が僕の操縦に預けられたので、すぐさまブーストを掛ける。スラスターからガスが噴射されてその反動で機体が前方へと飛んだ。
『大変大変!』
「なに?」
『キィルクさんが撃って来た』
その情報を頭に入れると共に、ブーストを一度止める。スラスターがオーバーヒートしないように、ブーストダッシュをギリギリで止めるのは必須テクニックなのだが、限界ギリギリよりも早めに止めてしまったのはルーティの通信のためだ。
「……もしかして、当たった?」
『当たってなかったら通信しないんだけど? 距離減衰のおかげで耐久力は大して減ってない』
当たっても当たらなくても撃たれた可能性があるのなら通信ぐらいしろよとツッコミを入れたいが、そんな夫婦漫才をしている余裕は無い。通信している間にも時間は刻々と過ぎており、戦況もまた変わっている。
「機体は見える?」
『見えない』
……見えない、か。
「北西に上がるよ。ルーティは後退しつつ、状況を見て。近付かれていると思ったら応戦。そうじゃないと思うなら逃げること重視。機体配置がクロスだったし、開幕直後に直線に撃ってみて、当たればラッキーってやつだよ。そんな不安がらなくて良い」
ということは、ルーティが始まった直後、キィルクさんの機体と彼女の機体は直線同士だったってことか。
『高層ビル街』というマップの特徴は二つで言うと「視界が遮られる」と「移動が手間」だ。高層ビルが立ち並ぶこのマップでは見通しが悪い。そして道路が格子状――いわゆる京都のような碁盤状となっている。機体は基本的に道路しか通れない。ビルとビルの隙間から、隣の道路を覗き見ることはできるが、待ち伏せには不向きで、そして狙い撃つのも一苦労だ。
ビルの一部は破壊可能なオブジェクトだが、破壊したところでビル全てが破壊できるわけでもないので、奇襲には向かない。ショートカットとして利用するのが望ましい。
そんな構造であるから、ルーティが開始早々、銃撃を浴びるなんてことは同じ道路に立っていなければ起こらないことだ。ゲーム上、敵機に命中すればヒット音がするし、開幕直後のバラ撒きだとしても命中すれば良い索敵になる。
開始から十秒足らずで作戦を変更する。ルーティの機体に初手のバラ撒きが当たってしまったということは、相手のマップにルーティの居場所が光点として映し出されてしまったはずだ。『Armor Knight』は相手をモニターに捉えるか、或いは武装の攻撃が命中して初めて敵の位置をマップに映すことができる。索敵専用の武装もあるから、一概にそれだけとは言えないんだけど。
キィルクさんとヒエさんは間違いなくルーティを囲みに行く。僕の居場所を調べるよりも先に叩けるだけルーティを叩いて、できることなら一回は撃墜させたいはずだ。
『まだ来ることできない?』
「索敵の電波を飛ばしてよ。君の頭部パーツはそのために用意したんじゃないの?」
『猫型頭部って可愛いじゃん』
「そういうことじゃなくって!」
『分かった分かった。電波飛ばすから、早く助けに来て』
動物や昆虫型の頭部パーツはそのほとんどが索敵の電波を飛ばせる。この索敵に敵機が引っ掛かると、味方同士でその情報をマップに共有することができる。要するに支援に向いているパーツだ。その分、頭部に設けられている損傷率を表すゲージの低さは目に余るものがあるのだが、この場合はルーティが可愛いという理由だけで頭部パーツを猫型のものにしておいてくれて助かった。
「どこまで自分で対処できるか、やってみて。それで落とされても怒らないし」
『うん、頑張ってみる』
キィルクさんがルーティに詰め寄っているのだとすれば、ヒエさんもまたルーティに向かって進んでいることになるが……ルーティの機体にキィルクさんの射撃が当たって、もう十数秒は経っている。なのに、ルーティはヒエさんについてはなにも話して来なかった。なら、まだ攻め立てているのは、まだキィルクさんだけのはずだ。
下部のマップ画面にルーティが索敵の電波を飛ばしたことで、敵機体の位置を示す赤茶色の点が表示される。
その数はあまりにも多く、それだけでなにが起こっているのか察しが付いた。
「うーわ、デコイ持ちかよ」
索敵を予測してなのか、或いはヒエさんとキィルクさんの戦法としてなのか、どちらかの機体が妨害用のデコイを飛ばしている。チャフのような通信妨害用のデコイと比べればまだマシだけど、全部で10個の光点を一々、しらみ潰しに行くのは時間の無駄遣いとしか言えない。
移動の合間にデコイをばら撒くだけばら撒いて、僕の救援を遅らせようっていう作戦だ。
だったら、なんとしてでもキィルクさんを僕が止めに行かなければ、その作戦を崩すことどころか、この現状、不利な状況は覆せないだろう。