ピーキー
観察し続けていてもやられるだけだ。そして、避けるという選択肢が間違っている。
彼女は僕の先を見ている。僕の到達点を見ている。一つ先を垣間見ている。
未来に対してただ隷属的に、彼女は“狂眼”を信じ切って機体を動かしている。迷いなんて微塵も無い。だから僕の冷静な判断力は一切通用しない。
まだ序盤なんだぞ。これ以上、耐久力を持って行かれるのは、さすがにまずいだろ。
「距離感を把握しろ」
そう自分に言い聞かせる。ただの突進とは思えない。僕はオルナをその場に停止させて、彼女が自身の“狂眼”を信じるように、僕もまた自分の“狂眼”に身を委ねることにする。
ヴァルフレアがオルナに接触する直前にブレーキが掛かる。慣性で空を滑るヴァルフレアが右手を上げてショットガンを構えたと同時に停止。銃口と僕の機体との距離は人間同士の距離で換算すると数メートルにも満たない。
これは僕が移動する到達点を予測しての、操縦技術による代物だ。だからこそ、僕の距離感が入り込む余地がある。
ヴァルフレアが銃口を構える動作を取る中で、僕はオルナの左手を持ち上げさせていた。
引き金が引かれるその間際――内部から噴出されるガスは、左腕の装甲を剥がして花開き、そのモーションによって生じる無敵時間が無数に訪れる散弾を防ぎ切る。この距離、この間合い、放たれる弾丸はばら撒かれるより速く僕の機体に到達する。一点を撃ち抜くにはこれぐらいの距離がショットガンとしては相応しいが、バラバラに到達しないのなら、この状況に限ってのみパージは有効になる。直感は正しく、耐久力を損なわない方を選び取った。
『受け止めた……?』
個人通信は、通信したいと思った相手としか開かない。シャロンが無意識の内に僕との通信を開いてしまったのだろう。驚愕したり、愕然としたとき、自然と相手のプレイヤーにその感情の吐露が漏れ出るのはよくあることだ。
「パージする未来は見えていたんじゃないのか?」
『うるさい。それに、まだもう一発残ってる』
水平二連ショットガンは二連発。そのことについては、もう考慮している。確かに連射は利く。けれどウェイトはある。その間に僕はバックダッシュでヴァルフレアとの距離を空ける。実弾系の武装は距離を取られると威力の減衰を受ける。ショットガンも例外じゃない。ただし、散弾の有効射程は短めにされている分、減衰は弱い。だから、有効射程の外に出るか、そのギリギリの距離まで離れなければ間近で受けるほどではないが、機体全身に弾丸を浴びることになる。
どれだけ離れられたかは分からない。あの一瞬では判断できない。しかし、ヴァルフレアは逃げるオルナに向かって二発目を撃って来た。アラート音が弾丸の到来を僕に告げて来るが、散弾なんて回避できるもんじゃない。
モニター越しに一塊となっていた弾が散って、前面に破片のようにばら撒かれた銃弾が迫って来るのが見えた。
コクピットへの衝撃は少ない。耐久力の数値を確認する。正直、見たくはなかったのだが、しかし驚くことに散弾で削られた数値はほんの僅かだった。
有効射程外に出ていた、らしい。
「……追って来ずに、撃って来たのか?」
シャロンは僕の行く先を見通しているはずだ。そしてあの異常な加速と移動であれば、有効射程外にオルナを逃すなんてことが起こり得るはずがない。
二発目は、攻撃目的に撃ったわけじゃない。
「そうか……」
僕はヴァルフレアが右手のショットガンを二発撃ち切り、薬莢を輩出して新たな二発を装填しているモーションを見て理解する。
「君も、そっちの人間か」
元FPS廃人の冬美姉さんは、それを『装填癖』と言っていた。「大事な局面で弾切れなんてもってのほか。安全と判断すれば、とにかく装填する。まだマガジンには何十発残っているから大丈夫なんて、考えない。タイマンでの接敵なら1キル1リロード。自分の目の前から敵を殲滅すれば、またリロード。できる限り、私たちはマガジンに、弾丸がフルで入っている状態を好むわ」とも。
シャロンはその『装填癖』が抜けていなかったのだ。このゲームはFPSと違って、中途で装填ということができない。実弾系武装は必ず、弾層を空にさせてからしか装填モーションに移れない。だから、空撃ちしたくなかったシャロンは大したダメージを与えられないと分かっていながら、オルナに向かって撃ったのだ。
エネルギーライフルはエネルギーライフルで充電率が途切れれば連射できずに単発で撃つことしかできなくなるというデメリットがあるが、この実弾系武装における、弾層を空にしてからの装填を必須とすることをデメリットと捉えるのは、本当に一握りのプレイヤーぐらいしか居ないのではないだろうか。
けれど、少なくともシャロンは気にした。二連発で撃てる水平二連ショットガン。一発のみの装填は、その長所を殺す。少ない装填数であるだけに、そしてこの勝負がストック無しの一発勝負であるがために、よけいに気に掛かったに違いない。
「ティア」
ヴァルフレアが装填を終えて、再びあの異様な速度での異常な突撃を開始する。
「ヴァルフレアには隙がある。水平二連のショットガン。その持ち味を気にし過ぎたせいで起きる、大きな隙が」
『でもシャロンは一つ先を見ているんじゃないの?』
「それも、そうなんだけど。僕らは現在に生きている。未来を見るとか、先を見ているとかよりも、現在の方が僕らには大切じゃない?」
『なぁんにも対処法に繋がらないんだけど? でも、まぁ言いたいことはなんとなく分かった』
後退しつつエネルギーライフルで迎撃するが、ヴァルフレアの速度に追い付いていない以上、ビームは対象を捉えずにただ空を突き抜けて行くだけだ。
「もう一度言うけど、僕はチームプレイが得意じゃないから」
『分かったわよ!』
後退するオルナにヴァルフレアが猛追し、再び近距離に差し迫った刹那に、僕はオルナを左に逸らす。無論、ヴァルフレアはその逸れた方向に動く。けれど、オルナの背後にまで目を行っていないだろう。そこにパールが長刀を構えて、既にモーションに入っているとは、思ってもいないだろう。
オルナの陰から、全く眼中に無かったところから飛来する刀身に対して、ヴァルフレアが戦闘機のフラットスピンを連想させるように回転する。そうやって回転することで、機体は中空で逆立ちとなり、パールの長刀はその僅かな距離感の変化に伴い、ヴァルフレアの芯を捉えられない。刃はフレアスカートの一片を引き裂くが、彼女の機体に決定的な損壊を与えられなかった。
死角からの攻撃に対して、驚異的な反応だ。でも、この反応は、どう考えてもランク8のプレイヤーのものじゃない。
それほどに、今回のヴァルフレアの動きは馬鹿げていた。攻勢に出ようとした僕の精神に自制を求めたくらいだ。逆にヴァルフレアからオルナを一気に引き離したぐらいだ。
僕の下がり方を見て、そしてティア自身もシャロンの操縦技術に、一抹の不安を覚えたらしく、パールは追撃せず、オルナの元へと後退して来た。
「下がったのは悪いことだと思う?」
『良いか悪いか、じゃなくて私は正解か不正解かで答えるけど……正解だと思うわよ。誰もがみんなできるものじゃないでしょう、空中反転は』
要するに逆立ちのことを言いたいんだろう。空中では三百六十度自在に機体を回せる。だから機体を地面に対して逆向きにすることも可能だ。けれどそれを好んで行うことは少ない。だって、視界が逆になる。上部に地面があり、下部に空が広がるその光景はあまりにも現実離れしていて、一瞬であっても頭が混乱する。違和感からとにかく気持ちが悪くなる。
だから、僕でも逆向きは滅多にやりたくない。それをシャロンは行使した。
まぁ、あの場面だったら僕やティアでも、不本意ながら機体を回すのだけど、それは僕らが『強くてニューゲーム』感覚でプレイしているからこそ思い浮かぶ選択だ。ランク8のプレイヤーが普通は機体を回すという選択はしない。そんな選択肢は頭の外のはずだ。
「異常な加速に、異常な急停止。そこからの異常な突撃姿勢からの回転。ビックリして、反射的に下がっちゃったよ」
『だからそれが正解だって。長刀のクリティカル距離をズラされたから、掠める程度にしか耐久力を削れなかったし』
ただ、長刀のクリティカル距離をズラされても当てただけで、スカートの一片が削れ取れた。スカートは損傷率に合わせて花の如く一片一片が散って行く。
長刀はクリティカル距離で当てなければ与えられるダメージ量は高が知れている。そんな、長刀の掠めた程度の一撃でスカートの一片が落ちた。つまり、あのヴァルフレアはあまりにも脆い。
徹底的なスピードタイプ。あそこまで前衛的なスピードタイプはとにかく珍しい。だって、スピードタイプにとってはヒット&アウェイが通常の戦法になる。その中でも、そんな概念を捨て去って、狂ったように猛威を振るう魑魅魍魎の類が居るわけだけど、彼女のヴァルフレアはまさにそれである。
「シャロンだけど……僕と同類みたいだよ」
『変態さんってこと?』
「相手は女の子だから魑魅魍魎って言ってあげて」
変態、ドMに魑魅魍魎とかあとその他諸々。ピーキーな機体を操って、そして戦果を残すプレイヤーはそう呼ばれる。スピードを重視して、スピードに拘って、随分とピーキーな仕上がりのヴァルフレアは、防御を重視し、防御に拘って、随分とピーキーな仕上がりにしたテトラと、考え方は違ってもやっていることはほぼ一緒ということだ。




