状況把握
「これはシャロンがやったことでしょう? なに自分の活躍みたいに喋っているんですか?」
『馬鹿か? “妹”だけで、テメェの位置を掴み取れるわけがねぇだろうが。索敵系は視界二割削減の効果を受けねぇよ。そんなことも知らねぇのか?』
やっぱり、ここでは妹と呼ぶんだな。
そんなことよりも状況の確認だ。
獣型と昆虫型の頭部パーツ索敵系統の能力を持つ。しかし、その部位の損傷ゲージの少なさはルーティの機体を見ていて知っている。だから、この手のパーツを選ぶ場合、前線で活躍させるよりも支援向きの機体となる。
迂闊だったのか、或いは使ったことがないから、勝手に決め付けていた“使えない”という意識からか、僕はその穴に気付くことができなかった。
「あなたが索敵で私の位置を割り出した?」
『ああ。始まってからすぐに飛び出した機体は間違いなく、テメェだろうなと目星を付けた。妹はマップ画面に映った、移動する光点の到達する地点を読み取っただけだ』
それだけじゃない。シャロンは僕の位置を“狂眼”で把握するだけでなく、オルナよりも先にここに到達し、空中機雷をばら撒いたのだ。
オルナはカウントが0になった直後からブーストを掛けた。バランス型にはしていても、スラスターとバーニアの性能は、姿勢制御のしやすさよりも、どちらかと言えばスピードに寄っている。そんな僕の機体よりも速く、ここに到達した、というのか。
『スズ。そこで指を咥えて見ていれば良い。あなたがこの戦いに巻き込んだティアが、傷付けられるところを』
視界が二割減少する効果であっても、どうにか捉えられるギリギリの位置。空中機雷が浮遊している向こう側。
そこに、薄い赤のカラーリングが施された機体が見えた。関節部位の色は濃紺だろうか。視界二割削減では見辛い。でも、目に飛び込みやすい、相手を挑発するような色合いであることは間違いない。
「ティア、合流できる? そっちのマップにも敵の光点が映っただろうけど」
『だ、から! 先行するなって言ったのに!!』
今更なことに対して怒鳴られても困る。
『私はあなたより先を見る。だから私は、あなたより速くここに来なきゃならない』
シャロンの機体――ヴァルフレアの両腕が上がって、握られている銃の先はオルナに向く。
『だったら、装甲なんて必要無い。私はあなたよりも速く来なきゃならないんだもの。そして、不必要な物なんて全て外して構わない』
ティアがテオドラとしてラクシュミを組み立てた時も、重量制限のために装甲を削っていたけれど、『Armor Knight』の女性プレイヤーの間では装甲を薄くするのが流行っているんだろうか。
速度を得るために重さを減らす。重量制限よりもはるかに軽くすれば、スラスターとバーニアの性能は格段に上昇する。けれど、オルナがパージした時ほどではないけれど、耐久力と防御力の数値は犠牲になる。そんなピーキーな機体をArmorに乗っている頃には、考えない。常識的に考えれば、の話だけど。
「起爆させる気?」
『まさか。これを起爆させても、“直感”を持つあなたは堕ちない。あなたを撃墜する前に、先にティアを撃墜させてもらう』
威嚇のために向けられた両手の銃を降ろし、ヴァルフレアが踵を返した。
――空中機雷の最大設置可能数は15個。距離の計算がこの世界のマップでどれほど役立つかは不明だけど、15個じゃ、空中機雷の探知範囲には穴が出来る』
頭の中で、声が響く。昔、会話を交わした“あいつ”の声だ。
――取り囲む機体にどの程度の余裕を持たせるかで、また異なって来るけれど、“転回できる程度の包囲じゃ、動きは拘束できない”。もしスティーリアがやられたって気にしなくて良い。君のスティーリアは防御重視だ。多少、耐久力を削られてもさしたる問題にはならないよ。
「うるさい、良い顔をして記憶から出しゃばってくるな」
――探知範囲には確実に穴がある。けれど少しでも探知範囲に入れば、誘爆の危険を孕んでいる。それがこちらの行動を制限する。でもさ、これって案外、見落とされがちなんだ。僕らは空中機雷で耐久力を削られることを気にしすぎている。だから動けないと思い込む。分かるかい、リョウ? たかが空中機雷如きで、機体を撃墜させるなんて不可能だ。そうと分かれば、ぼくらが取る行動はただ一つだけだ。
「黙っていろ。お前なんかに言われなくたって、僕は僕なりに解決法を探るんだ」
――探知範囲に入れば、確かに爆発する。けれど、爆発は断続的であれど段階的だ。だって、誘爆だからね。爆発が別の空中機雷に衝撃を与えて爆発する。恐らくは一秒、或いは一秒以下の誤差が生じる。その誤差の間にできる限り、空中機雷群から飛び出すんだ。これだけで一つ二つ分の爆発を受けることにはなるけど、それ以上はない。これぞ、最大の防御策。囲まれることがあったら試してみると良いよ。まぁ、君ならそんなことになる前に、脱出しちゃうか。
「参ったなぁ……さっさと、消えろよ」
抜け出すことは難しいことじゃない。記憶通りに、記憶に従ってしまえば、ここから最低限のダメージだけで脱出は可能だ。
だけどそれじゃ、記憶の中の“あいつ”を認めるみたいじゃないか。僕は“あいつ”が嫌いだ。できることなら、二度と会いたくないと思うほどに嫌いだ。寒気がする。怖気が走る。逃げ出したくなる。忌々しいほどに、思考を掻き乱す。
いつだって、どんなときだって、“あいつ”は居なくならない。だって僕は、あいつと馬鹿みたいに『Armor Knight』の全てについて議論を重ね続けていた。そのせいで、どんな状況であっても、決して居なくなってくれない。
『動けねぇか?』
「別に。多少、厄介だなと思っただけです」
バイオのことなんて塵一つとして厄介だと思っていない。むしろ通信が入るまで思考の外だった。
あくまで、記憶が厄介だなという意味だ。ただ、そんな挑発に乗らなくても良いのに、意固地になって返事をしてしまったのは僕の子供っぽいところだ。
空中機雷の最大設置数は15個。15個で、機体を完全に覆い尽くすことはできない。できやしない。そんなことは、誰にもできない。ましてや対人戦だ。スピード重視の機体で駆け抜け様にばら撒いたのだとしても、正確に狙い通りの位置に置けるわけがない。シャロンの眼は的確に物を配置するものじゃない。“次点認識力”だ。だから空中機雷の設置については、眼が介在しない、彼女自身の操縦技術に委ねられる。言っちゃ悪いけど、彼女にそれほどの技術力があるようには考えられない。
『強がりだな』
「強がりだと思いますか?」
挑発を挑発で返す。言葉でやり取りせずに、さっさと機体同士をぶつけ合って単純なゲームでの勝敗を決めてしまいたいものだ。
『ああ、強がりだ。俺にはそうとしか思えない』
驚くことに、いや僕の思考に反して、バイオの機体はスッと近くの石柱から姿を現した。ただし、“脚は石柱に張り付いたまま”で、だ。
頭部パーツは獣型ではなく昆虫型。トンボや蜘蛛のような複眼タイプのものだ。そして、石柱に張り付けているのは、多脚型の脚部を用いているためだ。あれらは全てブーストゲージを消費することで一時的に障害物に張り付いて行動ができる。上半身は人間、下半身は蜘蛛という、半身半虫の気持ち悪い機体だった。色もまた薄紫色で統一されていて、見るからに毒々しい。こんな気色の悪い機体を好んで作るなんて、どうかしている。ただただ、生理的に受け付けない。鳥肌が立ってしまいそうだった。




