気を付けてはいたが
バイオの設定したルームへ暗証番号を入力し、僕とティアは各々の準備時間に移った。入室前にルールを一応確認したが、宣言した通りに設定されていた。パッチペッカーもそうだが、こういうところではちゃんとしている。ゲームの中が居場所だと思っているために、そこでは嘘をつきたくないんだろうか。
「『セカンドストーンヘンジ』……か」
ストーンヘンジはイギリスにある。仮想世界に再現された、いわば“二つ目の石碑遺跡”だからセカンドを冠する。
分類は空中戦専用。次にその特徴は果てしなく広い丘に、機体を隠すほどに巨大な石柱がある。現実のストーンヘンジは30個の立石と5組の組石で成り立っているが、このマップの石柱は時計のように円を描きつつ、12本ほどが等間隔に立ち並んでいる。
これらは全て壁として機能し、破壊不可能なオブジェクトであるため、どんな攻撃も通らない。チームマッチングではあまり選ばれず、1vs1のデスマッチでもあまり使われないマップだ。空中戦は障害物がほとんど無いメジャーなマップをほとんどのプレイヤーが好むためだ。
それに、このマップには石柱以外にも厄介なギミックがある。
“視界二割減”。五里霧中、濃霧と言うほどではないがややマップ全体に霧が掛かっている。通常なら見える地点がここでは見えないことが常だ。喩えるならば、通常では百メートル先を視認できるのに、霧が掛かっているせいで八十メートル先までしか視認できない、といったところだろうか。
そもそも『Armor Knight』における距離の概念はロボット主体であるため、メートルという単位では表すことはできないが。
『スズ? これは2vs2の協力戦だから』
「分かってるよ。いつものミッションみたいにやれば良いんだろ」
『……まぁ、そうなんだけど。って、本当に分かってる?』
「だから、分かってるって」
なんでそう念押ししてくるのだろうか。そんな疑問を感じながら、武装や装甲の調整を続ける。シャロンとバイオの機体がどのようなコンセプトで組み立てられたものか分からないため、特化型にするのは怖ろしい。遠中近のどの攻撃にも対応できるようにバランスに気を配るべきだろう。ロマン武装のパイルドライバーやレールガンは避けて、いつも通りのオルナで行くべき……かな。
問題はエネルギーランチャーを載せるか、それとも防盾を備えるかだけど。
『作戦は?』
「作戦? いつも通りで良くない?」
悩んでいるときにゴチャゴチャと言われると、なんかこうイラッて来る。だから対応が雑になってしまったが、それでも訂正する気が起きない。
『だからそのいつも通りが…………もしかして、本気で分かってないとか?』
「なにが?」
『…………いや、良い。一回、痛い目をみないと言ったところで反省しないだろうし』
ティアはどうも僕に言いたいことがあるらしい。それならハッキリと口にして欲しい。普段から直情的に言葉を発することの多いのに、この時に限ってだけ控えめになられると、なにかとんでもない勘違いをしているのではと不安になる。
防盾はあれば便利ではあるけど、攻勢に出るためにも武装は多めに積んだ方が良いだろう。そういう結論に達し、エネルギーランチャーを搭載してオルナの準備を終える。あとは三人が準備を終えれば、戦闘開始だ。
準備時間中にモニターに表示されている各々の機体名に目を通す。シャロンの機体名はヴァルフレア。バイオの機体名はアンブッシュ。前者はともかくとして、後者は名前からその動向を窺い知れそうだ。
アンブッシュ――“待ち伏せ”。その名前に反するような戦い方も相手に意外性を与えて効果的だろうけど、恐らくバイオは待ち伏せやトラップ、そしてジャマー系に特化した機体で来ると予想される。
頭の中でシミュレーションし、勝利のイメージを作るその間に、準備時間は終了し、モニターは『セカンドストーンヘンジ』の景観を捉え、各種計器類は音を立てる。駆動音は小気味良く耳に入り、コクピット内は小刻みに震動する。
カウントダウンが10から始まる。
「ティアはどこ?」
『マップ右下。スズは?』
「右上。クロスじゃなくてラインか」
『それなら、早々に合流して二人で一機だけ集中狙いで』
カウントが0になった瞬間、僕はティアの言葉に歯向かうかのように前進を開始する。
『ちょっと! 聞いてるの?!』
「ティアは後方支援。僕は前衛に出る」
『だからそれじゃ……あー! もう! 自覚無いってのが一番厄介!!』
自覚? なんのことだろうか。
そう思いながらブーストを最大限に活かして、ただひたすら前方へと機体を進ませる。待ち伏せされる前に叩く。或いは待ち伏せするだろう場所に先に張り込む。スナイパータイプの機体は近距離にさえ持ち込めば、その脅威は半減する。威力の高いスナイパーライフルを近距離で撃ち込まれれば耐久力が一気に削られるが、その危険性よりも認識していない距離から撃ち抜かれることの方がよけいに危険だ。だったら僕は前者の危険を取る。
霧で視界は二割減されている。その分、スナイパータイプであったなら二割分、機体の接近を許すのだ。そこを突かない理由は無い。
「相手の機体を見つけたら報告して」
『あんまり一人で先行しないで!』
「僕が囮になれば、それだけ相手に隙が生じやすいじゃないか」
そこまで言ったところで、ブーストゲージが限界ギリギリに達したので、一度機体を停止させてゲージの回復を待つ。
『さすが、あの目の淀んだ『氷皇』の男と知り合いなだけあるなぁ、スズ』
敵からの――バイオからの通信がこんなに早く来るとは思わなかった。
『そのせいで戦法も、偏っちまってんなぁ。チームプレイの“意味”を、テメェは知らない』
「意味って……」
ゾクリ、と背筋が凍るような感覚。合わせてビクンッと肩が跳ねた。
間違いない。僕はシャロンの“狂眼”に捕まった。彼女の範囲に、入り込んでしまった。
合わせて、僕は周囲を確認する。
「…………は、はははは、これほど絶望したことはないや」
ふざけるな。馬鹿にするのも大概にしろ。こんな状況に陥っていることを、直視しなければならないのか。
まさか、たった一度のブーストダッシュで到達した地点に、“先回り”されているなんて思わなかった。しかも、ご丁寧にオルナの周囲には空中機雷が浮遊している。どんな機体であっても突破しようとすれば、必ず触れる。破壊しようとすれば誘爆して、その爆風を被る。
こんなことができるのは、シャロンだけだ。僕は集中すれば空間把握の化け物になれる。けれど、その集中には撃墜するべき対象が視界に収まっていなければならない。一度でも捉えたなら、全ての動きが手に取るように分かるため見失わない。
だから勝手に、“狂眼”と呼ばれるものは、対象を見ていなければ発揮されないものだと思い込んでいた。けれどシャロンの“狂眼”は僕の機体を捉えていなくとも、構わないらしい。
先ほどの、範囲に入ってしまったという直感が外れていなければ、の話だけど。
『なに、どうしたの?』
「先回りされて、空中機雷をばら撒かれた。誘い込みもなにもあったものじゃない。“僕が来る場所が分かっていた”から、先手を打たれた」
視界の悪さも関係しているし、僕の危機意識の低さも災いした。まさか空中機雷の檻に入れられるとは思わなかった。
少しは動ける。振り返ることもできる。転回は造作も無いことだ。ただし、動き回れない。前後左右に限らず、上下にまで空中機雷が及んでいる。
『優秀すぎて、笑えて来るだろ? 気味が悪いだろ? けどなぁ、それもこれも全部、テメェの知り合いが俺に喧嘩を売ったからだからな』
バイオの通信は尚も続いている。
『悪いが俺は男女を平等に扱う社会ってのは素晴らしいと思っているからなぁ! 女だろうと、容赦はしねぇ!』




