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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
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バイオとの違い

「その……ルーティの入れ知恵?」

「なにが?」

「パソコンを鉄くずにするって、脅し」

「さぁ? 自分で考えてみたら?」

「考え過ぎたら頭が痛くなるから嫌だ」

「仮想世界で頭が痛いもなにもないでしょ。なんにしたって2vs2で戦った方が対等でしょ」

 人数で言えば確かに対等だ。でも、僕には少しばかりの不安がある。

「そういえば、長刀は使ってみたの?」

「え、ううん? 全然、これっぽっちも」

「……使わないよね?」

「ここで使わなきゃ、どこで使うのよ」


 なんでこういう場面で使い慣れていない武装を使おうとするんだよ。これはもう1vs2と思っていた方が精神衛生上、良い。


 けれど、にゃおの話ではバイオはシャロンを扱き使うらしい。状況によっては、1vs1の戦いになるのではないだろうか。それをバイオやシャロンが許すかどうかはまた別の話だが。


「さすが、優等生。テメェみたいな根暗な女ってのは、実に気持ち悪く、そして気味が悪いほどに時間にうるさいよなぁ。いや、だからあんな男とも手を取り合えるのか?」


 あんな男……は恐らく、立花 涼のことで、つまりスズである僕そのものを言っているのだろう。

 だけど不思議だ。どうしてシャロンはリョウとスズの中身が同一人物であり、それを操っているのが立花 涼であることを明かしていないのか。

 全力で戦うと彼女は言った。真実を曝すことが、その全力になにかしらの足枷となるのだろうか。いや、でも、どうしても納得できない。こうなる前にだって、彼女はバイオに語るチャンスは幾らでもあったはずだ。

 バイオだって、リアルで会話が無くとも、さすがに同じゲームをしていて同じチームで、そして相方であるシャロンとは、喋らざるを得ないだろう。なのに、僕のことを話していない。


 ……シャロンの真意が分からない。

 “愚者”になり掛けた僕は、“愚者”になっている男の心情を読み解くことに集中した方が良いだろう。


「時間にルーズな人は、ロクな生活を送れていないんじゃないかと思いますが」

「……ふざけてるのか?」

 ああ、敏感に反応したな。

 昨日、初めて顔を合わせたときにも感じたが、この人は僕と同類だ。

「優等生に、偏見を抱いていませんか?」


「は、今更だな。この俺が優等生に偏見を持っていないとでも思ったか? あいつらは揃いも揃って俺みたいな人種を目で嫌いやがるからな。露骨に避けて、露骨に見下して、露骨に迫害する。まぁ、しかし、そうやって見下している輩に成績で負けていると知ったときの、あの優等生ぶっていた奴らの顔は、転げ回りたくなるほどに無様だったけどなぁ」


 さすがにそこまで僕は優等生を毛嫌いしていないが――むしろその優等生になりたいとさえ思っているが、本質的なところは変わらない。話からして、バイオは、優等生になれなかった優等生なのだ。あの顔付きで、あの茶髪。どちらも揃って不良にしか見えない容姿。その容姿だけで不良と決め付けられることにも、苛立ちを持っていたに違いない。


 要するに、学に拘っている。学ぶことに執着している。今の僕のように、学ばなければ愚かとすら思っている。

 きっと、バイオが抱いているものはいずれ僕が抱くであろう学歴への劣等感だ。


「成績が良いなら、あなたも優等生なのでは?」

「……あー、分かった。テメェ、あれだな? もう初っ端から喧嘩を売っているんだな? 俺が高卒だからって見下してんだろ。仕事場のおっさんと同レベルのクソなんだろ?」

 成績で優等生に勝っていたのに、高卒? またよく分からないことを言われた。けれど、これ以上の挑発は危険だろう、か。仮想世界で危険もなにもないのだが、こっちは理沙の復讐をしに来ている。バイオレンス行為やらなんやらで、バイオの仮想世界内の行動が制限されてしまっては目も当てられない。


 ゲームで狂った精神を、ゲームで無理やり矯正させる。荒療治になるけれど、自分が絶対だと思っている世界において、絶対ではないということを知らしめる。『Armor Knight』なら、負けさせる。自分の信じていた自分の力の弱さを理解するのには敗北を感じてもらうことしかない。『Armor Knight』に限って言えば、対人戦でしかそれは果たせない。

 僕はその矯正に賭けている。バイオは、そこまで悪い人では無いのではないか。そんな希望的観測が、どうしても捨て去れないから。


「私はあなたを許せない」

「なら、さっさと戦おうぜ。傷付けて傷付けて、気付いたら死んでしまうような苦痛で、仮想も現実も、混ぜ返して、境目を無くしてしまえば良い」

「人を傷付けることは、楽しいことじゃありません」

 この危うさを僕は知っている。VRFPSにのめり込んで、廃人ゲーマーになっていた冬美姉さんと同じものだ。抱いている劣等感は僕に似て、思考は冬美姉さんに似ている。だからこそ、見過ごせないのかも知れない。シャロンのためではなく、ただ自分自身や冬美姉さんに重ね合わせているから、賭けてしまうのかも知れない。


 ゲームの中では人を殺すことが正当化される。勿論、その死は演出上のもので、死者が出るわけじゃない。だからこそ、僕らは容易く人と戦い、人を仕留める。FPSであれば、人そのものを撃ち殺し、『Armor Knight』なら人が乗っている機体を破壊する。

 冬美姉さんはその感覚を怖ろしいと捉えた。いつか本当に、ゲーム内での出来事で人を殺してしまうのではないか。そんな恐怖に、囚われたことがあるのだと僕に語った。


「じゃぁ、なんでテメェらはこのゲームをやってんだよ? こういうゲームをやっている連中は総じて、人を傷付けることを楽しんでんだよ。勿論、テメェだってそうだろ?」

「違う。私たちはそんな理由でゲームをやっていません」

「他にも平和的なゲームなんて幾らでもあるだろ? どうしてテメェらは、このゲームをやってんだよ?」

「それ、は……」

「答えられないだろ。人を傷付けてその優越感に浸ってんだよ。だから俺たちはそっくりそのまま、同じ意思を持ってんだよ」

 言葉で責められる。口喧嘩には強い方だったけど、痛いところを突かれると途端に弱くなってしまう。


「そんなのは絶対に違う!」

 僕の隣で黙っていたティアが耐えられなかったのか、叫んだ。

「私はゲームが大好き。この『Armor Knight』のロボットを動かして戦うという世界観も好き。誰かを傷付けて喜ぶとか、そんな感情は一切無い!」

「じゃぁ、なんで対人戦なんかやってんだ?」

「勝負だからよ。互いにルールを決め、承諾し、分かり合った上で戦う。あなたは私たちのやっていることが人を傷付けることだと言った。でも、そこにはあなたと私たちの中での見解で大きな隔たりがある!」

「言ってみろよ」

「ゲームの中で“人”は死なない! 死ぬのは人じゃなく私たちが操作するキャラクター! NPC護衛任務でそのNPCが死んでも、やり直せばまたそのNPCは登場する。物語でキャラが死んでも、周回プレイをすれば生き返る! 私たちはデータ上の、現実とは掛け離れた非現実を楽しんでいる。なのに、境目を無くす? ゲームで人を傷付けるのが楽しい? バッカじゃないの!? そんな世界に私たちは魅力なんて感じない。感じるのは、あなたのような頓狂な馬鹿だけ!」


 バイオが唇を噛み締める。


「ただの言い逃れだろ。テメェは人を殺して悦に浸ってんだよ。大体、理不尽だろ? リアルとゲームが平等じゃないなんてよ」

「私たちは理不尽だろうとなんだろうと、私たちに尽くしてくれる便利な世界に満足してるの! プレイヤーを突き放した操作性、複雑なフラグ管理なんてごく一部のやり込み要素で構わない。この世界が私たちを楽しませるように作られているのなら、私たちはこの世界の設定に入り込んで、疑問も疑念も抱くべきじゃない。抱くのは楽しむ心だけ!」


 強いな、ティアは。

 彼女には確固とした想いがあるのだ。僕の抱く不安なんて、持っちゃいないのだ。

 そうだ。僕らは、人を殺すだけのゲーム性しかないゲームを、プレイしているわけじゃない。FPSにだって、人を殺すだけのゲーム性しかないわけじゃない。


「バイオ、あなたは私と戦いたいんでしょう? だったら、さっさと始めましょう。人を傷付けることを楽しいというのなら、人に傷付けられることを知るべきだと私は思います。あなたは、あなた自身が知らない痛みを知るべきです」

「俺の知らない、痛みだと?」

 バイオは僕を長く睨み続けたが、やがて鼻で笑ってのける。

「ルールは時間無制限の2vs2。フレンドリーファイア無効。ストック制だが復活回数0の一発勝負。マップは『セカンドストーンヘンジ』。行くぞ、シャロン」

「はい」

 バイオが出撃ゲートに向かい、シャロンが小さく会釈をしてそのあとを追った。

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