現れる
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水、木、土曜日はバイトを入れている。水曜日は休んだけれど、さすがに連続で理由も無しには休めない。バイトだとしても仕事を担わされているのだから、感情に流されて放り出したり投げ出したりしてはならない。
「涼の兄貴ー? このゲームってジャンルはなに?」
「あーそれ。それはSTG」
「STG?」
「シューティングゲーム」
僕は奈緒からゲームのパッケージを受け取って、眺める。
「FPSやTPSが出てから、随分と失速したっていうか、数が減ったんだよなぁ。でもコアなファンは居るよ。弾幕ゲー大好きな人が上げている動画は、避け方が物凄いから見ていて飽きない」
「涼の兄貴は略語を使いまくりで、さっぱり分かんないって」
「これくらい、ゲーマーなら常識だ」
「それはゲーマーじゃない。ゲーム語オタクだ」
奈緒に痛みを伴う言葉を突き立てられてしまい、反論することができずに、受け取ったパッケージをSTGの棚に置く。
「そういや昔、一応ながらも居た友達にNPCのことを話したら、その単語に首を傾げていた奴が居たな……そんなにマイナーな略語か? NPCにSTGにSRPGやRCGとか、分かるだろ?」
「分かんないよ。ゲームやってなきゃNPCも分からないだろうけど、ゲームをやっててもNPC以外が分かっていたら、変人だよ」
変人とは失礼だな。まぁ、確かに略語で会話を交わすことはほとんど無いか。そもそもジャンル関連では喋らない。大体はゲームのタイトルでやり取りをする。
ゲームでコミュニケーションを取るのは、そもそもコンテンツの主軸から逸れている気もするけれど、VRMOをやっている以上はそれを全否定することもできない。
「TCGは?」
「トレーディングカードゲーム」
「なんでそれは分かるんだよ」
「だってCMをよく見るし」
「それはTCG主体のアニメを見ているからだろ」
あの非現実的なカードのやり取りを、制作会社がいつも考えて作っているとしたら、製作過程において異常なほどに頭を使うアニメだと思う。
「そういや、涼の兄貴。お父さんが再来週に発売するゲームはどれくらい仕入れたら良いか気になってたよ。予約分は取ってあるけど、店頭に置く分はまだ悩んでいるみたい」
再来週に発売するゲームの入荷についてまだ考えているのは、少し遅すぎる気がする。発注しても間に合うから悩んでいるんだろうけど、大型店舗の場合は絶対にやらないよな、こういうこと。
「再来週? 再来週か……再来週は何本くらい新作が出るっけ?」
ネットでも購入できる分、ゲーム屋は現物の入荷数にかなり敏感になっている。売れ残ってしまうと、結構な打撃になる。
「えーっと、シリーズ物の新作が一本。続編物のRPGが一本。で、純粋な新作は二本だから四本だね。再来週は割と大人しいかな。一ヶ月後の方がゲームの発売本数が多いから」
「シリーズ物と続編物は一定数は売れるから、まぁ前作の売れ行きがどの程度かで判断。新作は怖いから少なめ。えーっと、新作はー……あー、その内の一本は多めに仕入れた方が良いかな。これ、僕が面白そうだなーとか思っているやつだから」
「その『涼の兄貴が面白いと思ったら当たる理論』をお父さんは信じすぎなんだけど、ほんとに大丈夫?」
そんなことを心配そうに訊ねられても、これは僕の主観的な意見で、当たるも当たらないもゲームをやっている人たちが興味を持っているかどうか次第だ。
中学の時は思いっ切り外したこともある。倉敷さんに話した黒歴史がそれだ。
ただ、ここでバイトを始めてからは割と当たっている気はする。在庫をあんまり抱えずに乗り切ることができているから、奈緒の父親も僕の意見を参考にするわけだけど……これ、いつか外すことがあると思うから、怖いなぁ。
「ネットで騒いでいるからってリアルで多く売れるってわけでもないからなぁ。っていうか、僕が多く入荷した方が良いと思っている方はあんまりネットでは情報出てないし」
奈緒の持っている再来週に発売予定の新作ゲーム一覧表を眺めながら呟く。
「そんなに怖いなら、抑え目にしておく?」
「や、あたしも『涼の兄貴が面白いと思ったら当たる理論』を信じてるんで」
じゃぁ不安そうに訊ねて来るなよな。
父親に報告するためにバックヤードへと下がった奈緒の代わりにカウンターに入り、客の到来を待つ。お釣りを間違えたら大変なので、あんまりレジを担当したくはない。ここのキャッシュレジスターは一昔前のものなので、バーコード入力で表示された金額と、入力した金額における差額でお釣りを自動計算して排出してくれない。
でも、主にゲームの販売価格について、ある程度の指標を自分自身で味わい、そして確認し続けてきているので、大抵のゲームの値段は消費税も含めた金額が頭の中に入っている。だから値段とお客から出された金額を見ると、頭の中でお釣りとなる金額がすぐに算出される。それを正確にレジから取り出せるかどうかはまた別の話になってしまうんだけど。
「強盗のリスクもあるしなー……ネガティブ過ぎる考えだけど」
毎日どこかで強盗が起こっているなどという世紀末的な被害妄想はさっさと捨て去りたい。
「いらっしゃいませー……」
覇気もなく、息を吐き出しながら僕は入店して来た客に挨拶をする。常識的なレベルの挨拶で良い。客の中にはゲームを購入することを静かに済ませたいと思っている人も居る。そういう人にレストランやファミレスレベルの覇気のある挨拶なんて掛けたら、臆して苦手意識を持たれる。普遍的に、けれど大して相手に意識させない程度の挨拶。これが静けさを売りにしているとも言える人気のないゲーム屋では鉄則だ。
でも、これは僕だけがやっていることで、奈緒ならもっと明るい挨拶をするだろう。あいつはそれで良い。男は女の子に挨拶されて不快とは思わない。そして女性も、あれくらいの歳の同性の挨拶を不快には思わない。男だけが挨拶はシビアなのである。
「立花 涼」
ゲームの棚を一切見ることなくカウンターに向かってきた男が、僕の名前を呼ぶ。
「“あれ”に言われて、来てやったぜ?」
「どちら様ですか?」
僕は視線を交わさず、カウンターテーブルに挟んでいるゲームのチラシに目を通しながら言う。
「望月――ちっ、そんな苗字で呼ばれたくねぇな。大河内 啓二だ。“あれ”の父親違いの兄だよ」
「“あれ”?」
それはまさか、異父妹の望月 香苗のことを言っているのだろうか。
「知らないフリをしてんじゃねぇよ、カウンターを挟んでたって、殴ることはできるんだぜ?」
レジを置いているカウンターに絶対的な防御力を与えれば、恐喝や強盗なんて無くなるのに、どうして世の中はこの対面式を採用してるんだろうなと、睨まれながらも僕はのんびりと思っていた。




