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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
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確証は無い

「それ以外でなにか……そうだな、土曜日に不穏な出来事ってなかったか?」

「不穏な? あー、なんかあったかなー。その日はログインしてなかったから、話を聞いたのは日曜日だねー。女の子がずっとログアウトしようとしているのに殴られたり蹴られたりしていたらしいよー。でもさー、そういうのを注意するのって『オラクルマイスター』の領分じゃん? あたしたちが顔を出すと、絶対に文句を言うからさー」

「サールサーク卿のことか」

「ほんっと、規律にうるさいからねー。“ミスター”は外に出ても、あんまり注意しないから、よけいに厳しく言うんだろうねー」

 ミスター・ルールブックは『オラクルマイスター』のギルドマスターだが、プレイヤーネームが長いので、“ミスター”、或いは“ルールブック”と略されることが多い。

 しかし、そんなミスターとサールサーク卿の面倒臭さについて話し込みに来たわけでもない。


「女の子が殴られたり、蹴られたり……か」

 それは間違いなくルーティだ。問題は、そのルーティを連行して殴る蹴るの暴行を加えたプレイヤーが誰なのか、なのだけど。


「その女の子とリョウ、知り合い?」

 知り合いもなにも、にゃおもよく知る人物である。倉敷さんの一件もあったので、この問題が解決したあとに、にゃおにはちゃんとルーティが理沙であることは伝えておこう。


 どうせこいつ、僕がスズでもプレイしていることに気付いていると思うし。


「噂で聞いた程度だよ。そういう暴力が横行しているところは世紀末過ぎて、怖いじゃないか。僕の復帰する気力も失せるよ。にゃおは、このことにバイオが関与していると思う?」

「あたしの意見じゃなんとも言えないねー。だって、見ていないんだもの。あたしは自分の目で見たことしか信じないし、意見を語らないようにしてんだよー。パッチペッカーについてはおかしなところがあったし、干渉させてもらったけどねー」

 決定的な証拠を『スリークラウン』が掴んでいると思ったんだけど、アテが外れてしまったらしい。だからって『オラクルマイスター』に足を運びには行けない。リョウで行けば門前払いだろうし、スズで行ったら勧誘されて情報収集どころじゃなくなる。

 あとはシャロン――望月が頼りか。でも、あの様子だと相当にお兄さんと隔たりがあるように感じられた。ちゃんと訊いてくれるだろうか。


「訊きたいことは訊いたし、そろそろログアウトするかな」

「んー、早くない? 久し振りに復帰したんだから、もうちょっと遊べば良いのにさー。それに、ようやくリョウの代わりを見つけたんだよ? 『氷姫』のラヴィット・ハットとは話さないの?」


 そういえば僕はそのラヴィットにスズのとき、『スリークラウン』に入らないかと誘われていなかったっけ?

 あー、それも考えなきゃならないのか。


「僕と話しても、大して学ぶこともないだろ。『スリークラウン』のサブギルドマスターなら、それは相当の腕前ってことなんだろうし」

「まーね。あたしが見る限りじゃ、群を抜いてるねー。でも、氷結属性の使い手としてなら、あの剛鎗『クルラーナ』を使うリョウの方が強いんじゃないかなと、あたしは思ってるよー」

 炎熱、電撃、氷結の三種に特化した機体を操るプレイヤーが『スリークラウン』のトップに立つ。それはギルドを作った当時から続くことになっているらしい。僕らが最初で、彼女たちから二代目だから、これからもずっと続くしきたりのようなものになるんだろうか。

「僕を上げるより、ちょっとは新人を立てろよ」


「新人と言えば、スズさんをリョウは知ってる?」


 僕は思わず、にゃおから視線を外してしまった。知っているクセにわざと訊いているっぽいんだよなぁ。


「知らないよ、誰?」

 でも、まだ嘘を通しておく。にゃおは素直で、感情をすぐに表に出すが、とんでもない場面で秘密をバラすようなことはしない。むしろ、内緒事はしっかりと守る方だ。

「ラヴィちゃんがギルドに誘ったプレイヤーなんだよー。成功率が低いとされているパージの使い手にして、新人とは思えないほどのプレイヤースキルの持ち主でさー」

 なんとも歯痒い。スズを褒めているが、リョウである僕の狼狽(うろた)えっぷりを観察しようとしているのが、もう丸分かりだ。それに引っ掛かってしまっている僕も僕だけど。

「……まぁ、復帰したわけじゃないし、そこのところは静観させてもらうよ」

「そう? んじゃー、次にログインするときもここに来てねー。あたしはずっと待ってるから」

 にゃおは手を軽快に振り、僕は端末に触れて、視界が暗転するまでそれを見届けた。


 ギルドエリアに戻って、深く息を吐く。久し振りに入ったギルドフロアに居たのが、にゃおだけで良かった。彼女以外のプレイヤーが居たら、どう接すれば良いか分からなかった。

「頑張った方、だよな。あとは待つしかないか」

 独り言を吐き出して、僕はログイン広場へと歩き出す。

「焦げ茶色の髪に、特徴的なその淡い水色の外套。プレイヤーネームを非公開設定していても、俺には分かるぜ? リョウ」

 足を止めて振り返る。

「人に声を掛けるんなら、もう少し誠意を見せるべきだと思うよ、『炎帝』」

 フードを脱いで、『炎帝』は蛇のように長い舌を見せ、そして爬虫類のような瞳で僕を見る。このキャラクリエイトは相当の異常さだ。大抵のプレイヤーは、現実にはない理想とするキャラクターを作り出す。理沙や倉敷さんのようなVRゲーム初心者は自分自身に似せて作るので、やっぱりこのような容貌にはならない。


 おかしな容貌をしたプレイヤーの大半は、危なっかしい気配を漂わせている。『炎帝』でなければ、立ち止まらずに無視して歩いていた。


「なんだ、知ってんのか」

「『スリークラウン』の『炎帝』なら、誰だって知っているよ」

 プレイヤーネームはトモシビ。風貌の方が強く印象に残るので、誰もトモシビとは呼ばない。大半は肩書きの『炎帝』と呼ぶ。

「あんたもそれなりに有名だろ? 『スリークラウン』内じゃ、重宝されていたチーム戦における勝率上昇機であれど、ブラリ推奨プレイヤー。最近、ちょっとばかしおイタが過ぎていたパッチペッカーをこの世界から放り出したって聞いたな。ま、弱い奴は必要ねぇからなぁ、どうだって良い」

「ブラリ推奨プレイヤー同士のいざこざに首を突っ込まない方が良いよ」

「そりゃそうだ。だが、強い奴に俺らは寛容だ。復帰してすぐに、パッチペッカーを叩きのめしたってんなら腕も落ちてねぇんだろう。そのまま、強い奴で居てくれよ、リョウ」

「強い奴で居たところで、『スリークラウン』のお家騒動を起こしたのは僕らだから、復帰したとしても、すぐに『スリークラウン』を纏めます、とは行かないものなんだよ。周りがそんなことは許さない」

 (たしな)めるように言うが、トモシビの耳にはきっと届いちゃいないだろう。


「『スリークラウン』のお家騒動は『炎将』に問題があったと聞いているんだが、そこのところはどうなんだ?」


「『炎将』をどうこう言うつもりはない。『雷神』をどうこう言うつもりもない。ただ、『氷皇』としての僕は、君よりもずっとずっと愚かだった。そんなところかな」

「くくく、面白ぇな」

 屈託無く笑っているつもりなのだろうけど、その蛇のように長い舌のせいで、悪意のある笑顔に見える。

「そういや、耳にしたか?」

「なにを?」


「『炎将』が退院して、戻って来るっていう話だよ」


 ゾクリ、と背筋が凍るような寒気に襲われる。

「戻って、来る??」

「ああ。なんでも重病で療養中だったらしいが、ようやく退院したらしい。その嫌そうな顔を見る辺り、仲が悪いらしいな」

 トモシビは笑い、そしてフードを被って、ギルドエリアの端末に触れる。

「まぁ、強けりゃ俺らは大歓迎。それが『スリークラウン』だ。が……『炎帝』の俺の立ち位置が揺らぐほどの実力であるなら、それはそれで、どうしようもねぇほどに、大問題だな。あんたにとっても問題か? なぁ、『氷皇』のリョウ?」

 それだけ言い残し、トモシビはギルドフロアへと転送され、僕の前から姿を消した。

「戻って……来る? そんなことは、認めない。認められない」


 疼く。心の傷が疼く。昔の記憶が甦ってきて、精神の抑止を振り払って、凶暴な自分が現出しようとする。


 これ以上は耐えられそうもない。倉敷さんのためにと思って戦ったときにはもっと自制が利いていたのに、理沙の一件もあって、どうやら僕の精神はいつも以上に不安定らしい。


 その場でコンソールを表示させ、すぐにログアウトした。


 リアルに精神が帰還する。そして脳の伝達と体の動きが一致しているかを確かめつつ、僕はHMDを頭から外す。

 その重みと、質感から全ての感覚が急速に戻り、うなじに突き刺していた神経接続ケーブルを手早く引き抜いた。


 椅子に深くもたれ掛かり顔を天井に向けて、僕は深呼吸を繰り返す。

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