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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
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情報収集

【-3-】


 僕という人間は本当の本当にロクでなしだ。このまま成長すれば、きっと社会の害悪となるか癌のような、膿のような存在になるに違いない。親にはゴク潰しと言われ、そして世間からは冷たい目で見られ、誰も知らない内に人生を終える。


 将来に光は無く、人生に喜びなど存在しない。きっとこれから僕が歩む人生は、そんなどうしようもない、ただの負け組の人生だ。


 社会とは大多数の優秀な人材と、極少数の劣悪な人材によって成り立つ。なんのことはない。苦労して就職した企業で必死に働き、収入を得るような人は、見れば充分に優秀なのである。


 だから、優秀な人材――人間は僕なんかに関わるべき存在なんかじゃないのだ。


「残り十分。見直しを忘れないように」

 その声に鉛筆を動かしていた僕の手が止まる。夢中になって書き込んでいた答案用紙が、物凄くつまらないものに見えてしまった。答案用紙には全て、自分が思った通りの答えを記した。あとは監督の先生が言っていたように見直しをするくらいだ。


 馬鹿馬鹿しい。

 くだらない。


 こんなことで高校三年間の全てが決まる。こんな紙切れ数枚で決められる人生を、人の生きる道と呼べるのだろうか。

 手が鉛筆を強く握り締める。


 僕は、僕の人生を一人で歩めるようになったんだ。それはとても喜ばしいことじゃないのか?


 日曜日まで――正確には病院から下宿先に戻るまで、僕はそう思っていた。それは確実に言えることだ。

 そうして下宿先の部屋に戻り、さぁこれから薔薇色の人生が待っている。まずはなにをしよう? と躍起になっていたとき、倉敷さんから電話があった。


 そして、倉敷さんは言ったのだ。「嫌いになっちゃうから」と。


 人の好き嫌いなんて、それこそ好き勝手してくれて構わない。僕は常に嫌われ者である。年上には疎ましく思われ、同世代には煙たがられ、年下にだけ表面上だけ慕われる。そんな妙な人間性の持ち主だ。

 けれど、僕はその言葉の次にこう発した。「嫌だ、嫌われたくない」と。そして「いいや、嫌いになるから」と続けられ、三度の応答ののちに遂に僕は「お願いだから嫌いにならないで」と懇願している立場になった。

 その頃には、僕の脳内を支配していた、一人で歩くことのできる人生というイメージは崩壊していた。


 一人で歩く人生は良いものだ。そういう観念が消失していた。


 消失とともに僕は、またこんな中途半端な自分に戻っていた。「嫌いになっちゃうから」は僕に最も効果的な台詞だ。けれど、あのときの僕は理沙を突き放していたし、それを言われたところでどうと思わなかったはずだ。

 倉敷さんだったから、なのだろうか。僅かに、微かに、仄かに、倉敷さんを信じてしまっていたから、そんな人から向けられた「嫌い」という言葉に僕はやられたのだ。

 思えば、あれは理沙の入れ知恵だったのだろうか。けれど、あの二人は馬が合うようには思えない。だとすれば、純粋に倉敷さんが感じたことを僕に発しただけなのだろうか。


 僕は「嫌い」という言葉に酷く敏感に反応してしまう。嫌われることが、とにかく怖いのだ。

 これ以上、嫌われたくない。これ以上、見放されたくない。これ以上、離れて欲しくない。そんな意思が、僕の人格を真っ当な方向へと引き戻す。だから、「嫌い」は僕に対しての魔法の言葉だ。


「だからって、倉敷さんに言われてあそこまで狼狽するなんて、僕らしくもない……」

 ならば、僕らしさとはなんなのだろうか。


 一度崩壊した、この自意識に“らしさ”があるのだとすればそれはきっと――


「はい、時間です。後ろから答案用紙を集めていってください」

 先生の言葉とほぼ同時にチャイムが鳴った。最後列の席に座っていたクラスメイトが僕の机に裏向きで置いていた答案用紙を回収していった。

「……頼られたいという意識が、僕らしさ……なのか、な」

 鉛筆と消しゴムを筆箱に戻し、鞄の中に放り込んだ。そして先生が「はい、今日のテストはこれで終わりです」と言ったことを確認したのち、席を立った。テスト期間中は帰りのSTも掃除も無い。だから、テストが終われば学生はみんな、その場で解散となる。僕は、いの一番に教室を出て、すぐさま隣の教室に乗り込んだ。そこではまだ帰りの支度をしている望月が居て、無言のまま彼女の机まで歩く。知らない同級生の視線が痛いほどに刺さるが、それを無視して僕は彼女の前に立った。

「なに、か?」

「望月のお兄さんについて、教えてもらいたいことがある」

「私の兄が、なにか?」

「……知っていてわざと、その反応なのか?」

 僕は望月に問い詰める。

「僕の幼馴染みがゲーム内で暴力を受けた。それも、その暴力が原因で傷が現実に及んだ」

「う……そ。嘘を、言わないで」

 望月は片付けようとしていた鞄をその場に手落として、大きな音を立てた。僕は床に散らかった筆記用具やクリアファイル、そしてプリントなどを拾い上げていく。

「本当のことだ」

「それ、と、私の兄が、なにか?」

「この暴力に、望月のお兄さんが関わっていない可能性は?」

「……無、」

「無い、とは言い切れないよな。素の“暴力”。“愚者”に堕ちた兄。そんなお兄さんを、庇っているのか?」

 拾った筆記用具類を受け取った望月が顔を上げ、怒気を込めた視線で僕を射抜いたのち、鞄を大きく振り回して僕を退(しりぞ)かせようとする。

「兄は、他人を傷付けたりなんて、しない!」

「じゃぁ、僕があのゲームで見た、あの姿とあの言動はなんなんだ? バイオは望月のお兄さんなんだろう?」


 けれど逃がさない。追撃する。


「違う。違わないけど、違う。あれは兄だけど、兄で間違いないけど、でも、私の……私の、知っている兄じゃ、ない」

「どういうことだ?」

「教えない」

「教えろ」

「教えるわけが、ない」

「……僕の幼馴染みが傷付いた。その原因が、望月のお兄さんにあるのだとすれば、僕はいつまでも、この追及を続ける。現状、君のお兄さんが怪しい。怪しいと思ってしまったら、ずっと頭から離れない。だから、違うなら違うと言って欲しい。ちゃんと理由を示して、僕を論破して追い払って欲しいんだ」


 許さない。許されない。


 理沙が入院したことに、望月の兄が関わっているのなら、いつまでもいつまでもこの話を切り出し続けるだけだ。

「分から、ない」

 しばしの沈黙ののち、望月はいつものハッキリと響く声ではない、実にもどかしい小さな声を発した。

「聞いていないし、確認もしてない。兄はなにも私には言わない、から。だから……私には、分からない」

「なら、そのお兄さんに訊いて欲しい。違ったなら謝る。君の兄を犯人だと決め付けてしまったことへの深い謝罪を示すために、土下座だってする。でも、もし、お兄さんが犯人だったなら、僕は力でもって、復讐しなきゃならない」


 復讐は復讐しか生まない? 復讐は悪? そんな詭弁(きべん)は聞き飽きた。復讐はしたければするべきなのだ。できるほどの実行力が無く、しがらみを捨てる覚悟の無い人には、決してできない。けれどあいにく、僕には実行力があり、しがらみはもはや、少ない。

 なにより僕は、性格が悪い。人として終わっている。クズになりかけている。だから、正義を振りかざす側じゃない。僕はいつだって、誰かのために復讐する。


 望月から返事が無いため、僕はこれ以上の情報は今日、得ることはできないだろうと判断して教室をあとにした。校舎を出て、道草をせずに真っ直ぐ通学路を早足で進む。


 時間が惜しい。アルバイトは日曜日の内に休みを入れた。まぁ、それは単純に歪んだ僕の精神が行った一つの、人生における抵抗みたいなもので狙って休みを取ったわけじゃない。けれど、それはそれで好都合だった。


 下宿先に帰ると、僕はすぐさまHMDと『NeST』の神経接続ケーブルを身に付け、パソコンを起動する。

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