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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
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平穏さに隠れる不穏な雰囲気

 花美とゲームで対戦し続けて三十分ぐらいが経っただろうか。一息入れようと僕はコントローラーを置いて、背伸びをした。


 全戦全勝することは悪いことではない。どのような状況であれ、手を抜くことは相手に対して悪いことである。

 常に全力を出し、常に全力で臨む。それはいついかなるときであっても、そしてたとえ相手が誰であっても、捻じ曲げることのない僕の志である。


「ちょっとは勝たせてあげなさい、このゲーム廃人」


 ゲームに夢中になっていた僕の頭上に冬美姉さんの言葉とともに拳骨が落ち、その痛みに悶絶している間に花美のカートがゴールしてしまう。

「ズルい、卑怯だ! 今の無し! ノーカン!」

 僕は頭を押さえながら大きな声で冬美姉さんの拳骨が落ちたというアクシデントがあったことを主張する。

「妹に勝たせようとしていない弟を叱らない姉は居ないでしょう?」

 冬美姉さんは笑顔を見せているが、内心では怒りに満ちている。それが丸分かりだった。

「このまま続けていたら、花美が泣いちゃうでしょ」


「冬姉ぇえええ! 涼兄が! 涼兄が酷いの!! 一回も勝たせてくれないの! 手を抜いてくれないの!! ひたすら嫌がらせをして、ゴール手前でストップして、あたしがゴールしようとしたところで一位でゴールするの!!」


 あ、ほんとに半分ほど泣いていたんだ?


「アイテム運に恵まれない花美が悪い」

「いや、涼が悪いでしょ」

「ゲームは軽い気持ちでやるもんじゃないんだよ」

「軽い気持ちでできないゲームってなによ……」

 元FPSゲーム廃人の冬美姉さんすらも戦慄させてしまうことを僕は言ってしまったらしい。これはあれか。ガチ勢とか言われる類に僕が一歩踏み入ってしまっているからかも知れない。

 確かに僕はゲームが好きだし、大好きだし、常にゲームのことで頭が一杯だけど、そうじゃないって言いたい。


 …………傍目から見たら、僕はガチ勢にしか見えないことしかやってないわけだけど。


「涼兄は今日、泊まるんだよね? 泊まるってことは、夕食も一緒ってことだよね?」

「ん、まぁ、そうだけど」

 確認を取って、花美は心底嬉しいらしく、さっきまでの涙目が嘘のような笑顔を作って両手を挙げて喜んだ。


 なんて単純な奴なんだ。


 そう思いつつも、泣き喚かれるよりは喜ばれている方がよっぽどマシであるのと、あとは泣き止んでくれたのでホッとした。

「理沙ちゃんも呼ぶ?」

「あいつ、人んちで作った料理は食べられないだろ」

 冬美姉さんの問いに僕はそう答えた。

「あー、レストランとかファミレスの外食はオッケーなのに、余所(よそ)の家で作った料理は食べられないんだっけ。余所で自分で作って食べる分にはオッケーなのに」

「そうそう。潔癖症ほどでもないけど、苦手意識があるみたい」

 苦手なことというのは人それぞれであるので、とやかく言うつもりはない。彼女にだって苦手なものがあったって良い。人ってのは得意不得意、好き嫌い、そういう風に出来ているんだから


「でも、理沙さんって涼兄が作る料理は普通に食べられるんだよ? これって、涼兄が理沙さんの専属のシェフになれば、桜井家と立花家の問題も、もう万事解決ってことじゃない?」

 花美も、どうやら僕の意見と同じくして、理沙は僕が作った料理ならば食べられるという認識を持っているらしい。なら、冬美姉さんもそれには気付いているだろうし、今日の晩御飯は僕が作るという方向になれば理沙を呼んでもなにも支障はきたさないということだ。


 ……いや、きたすよ。主に僕が実家に帰ったのにゆっくりすることも許されずに調理を担当しなきゃならないという支障が出るじゃないか。


「そういえば、まだ聞いていなかったんだけど、理沙ちゃんとはいつ付き合うの?」


 僕は据え置きゲーム機のコントローラーを投げ出して、その問いに驚愕の意を示す。まぁ、コードレスだし、投げたところでそのままゲーム機にまでダメージが及ばないから、最近のコントローラーは怒りに我を忘れて投げやすくなったと言える。物を大切にできない人は、本当に大変だろう。

「付き合うとか付き合わないとか、なにその話?」

 僕は冬美姉さんに苦笑いを浮かべつつ訊ねる。


「あたしはてっきり、もう涼兄と理沙さんは付き合っているのかと思ってたけど、違うの?」

「どうやらそうじゃないらしいのよ、花美。涼ったら、あれだけ献身的に相手してもらっているのに、未だに告白の一つもしてないのよ? まさか理沙ちゃんから告白するのを待っているとかじゃないのかしら」

「告白は男からするものだよ、涼兄」


 ……二人の頭の中では、前提条件が僕と理沙の両想いになってしまっているんだろう。


 実際のところは、違う。理沙は僕のことなんてどうせ面倒臭い幼馴染み程度にしか思っていないだろうし、僕は僕で恋や愛、そういった一切合切を感じることのできない性格の“歪曲化”に伴う後遺症がある。

 僕と理沙は想い合っているようで、どこか擦れ違っている。いや、ズレているのかも知れない。もしも、もしもの話だ。理沙が僕のことをなにかしら男性として意識していたのだとしても、僕は大切な幼馴染みを傷付けたくないという意思から、恐らくは自身の恋愛感情というものを完全に無視して、付き合う形を選び取るだろう。だって、そうしなければ理沙が傷付いて、そして幼馴染みという関係性まで崩れ去ってしまうからだ。


 失ったものを取り戻すことはできない。中学時代の友人が居なくなったのと同じく、幼馴染みまでもう、失いたくはない。こんなどうしようもない僕を未だに見捨てない、一番大切な彼女を、景色に溶け込ませることだけは、嫌だ。


「告白はしないよ。多分、理沙も告白はしてこない」

 僕は放り出したコントローラーを拾って、テレビ画面に視線を向けつつ呟く。

「あいつは僕のことを分かっているから、仮に僕のことを好きなんだとしても、告白はしてこない。僕が、どうしようもなく理沙のことを大切にしていると知っているから、恋愛感情を抜きにしてその告白に応えようとするのは、目に見えて分かっているだろうから」

 心の中で思っていたことをそのまま吐露して、僕は小さく息を吐き出す。それは溜め息とはまた違った、なにか自分自身に呆れてしまったような、そんな意味合いを込めた吐息だった。


「あんまり女をナメちゃいけないわよ、涼」

 冬美姉さんが座り込んでいる僕の背中を足蹴にする。

「男のことを考えるくらいなら、自分のことを最優先するのがマシって思うのが女よ。そのまま、暢気に構えていると、手痛いしっぺ返しを喰らうかも知れないわ」

「しっぺ返し?」

「そうよ。まぁ、今回の涼にとっての手痛いしっぺ返しは私から与えてあげようかしら。理沙ちゃんを夕食に招待するわ。だから、料理は涼が作りなさい」

「横暴だ!」

「だから言ったでしょ。女は男のことなんて考えず、自分のことを最優先させる方がマシだと思うって。私は女として、男の涼のことを考えるよりも、理沙ちゃんと楽しく料理を食べる時間を楽しみたいことを優先したの」

 冬美姉さんは下宿先から僕が持ってきていた鞄からスマホを取り出す。

「さっさと呼んじゃいましょ」


 言って、冬美姉さんはスマホを勝手に弄り出す。僕は再びコントローラーを投げ出して、奪い返そうとするが、そんな僕に花美がのし掛かってきた。

「あたしも理沙さんと食事がしたいなーって」

「なら夜は外食にすれば良いじゃないか」

「それだとお母さんとお父さんに悪いじゃん。ね、冬姉」


「そうそう。私たちは家でなにかを食べないと……」

 僕のスマホを操作していた冬美姉さんの手が止まる。

「……涼? あなた、理沙ちゃん以外の子と、電話して、いるの?」

「僕の交友関係を一々探らないで、電話するならさっさとしたら良いじゃないか」

 着信は滅多にないから、その履歴を僕は消さない。冬美姉さんはそれを確かめたのだ。多分、『倉敷さん』という苗字と電話番号が残っていることに驚いているんだろう。

「理沙ちゃん以外とか、私は許さないわよ? まぁ、あとで話は聞かせてもらいましょうか」

 言いながら冬美姉さんはスマホを耳に当てた。その頃になって、ようやく花美が背中から退()いてくれたので僕は感じていた圧迫感から解き放たれる。


「理沙さんって、涼兄からの電話ならワンコールぐらいで取るんじゃないの? 長くない?」


「そりゃ都合が悪いときは長くもなるだろ」

「留守番電話サービスに繋がった」

「じゃぁまだ部活でもしてるんじゃないか?」

「え、朝にあたし、理沙さんと会って今日は休みって聞いたけど」

 冬美姉さんが不審に思い、リダイヤルする。そうしてしばらく耳に当てていたが、やがて諦めたかのようにスマホを僕に放り投げ、首を横に振った。

「また留守番電話。涼、喧嘩でもした?」

「してない」

「じゃぁ、昨日、電話は?」

「着信履歴を見たんだから分かってるんじゃないの? してるよ、一回」

 昨日の夜に帰ることも伝えている。ただ何時に帰るとか、部活動があるか無いかは聞いていない。ただ普通に「明日は帰るよ」と伝え、彼女はそれに「そっか。じゃぁ待ってる」と答えただけ。それ以上に、今日のことを話してはいない。他は愚痴ったり愚痴られたりだ。いつもの、変わらない電話だった。


 僕は冬美姉さんの「留守番電話」という言葉が信じられず、自分から理沙の番号に掛ける。


 長いコール音のあとに、留守番電話サービスに繋がった。

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