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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
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心に響く

「痛ぇな、なんなんだよ……これ」「我慢しろよ。ゲームの中だけだろ」「言ってもよー、こんな長く痛みが続くなんておかしくねぇか?」「それでも現実に怪我してないだけマシだろ。ほら、さっさとログアウトしよう」


 バイオに痛め付けられていた二人は周囲から浴びせられる視線に耐えられなかったようで、そのままログアウトしてしまった。詳しいことは、もう僕の手では調べることもできないだろう。

 怪我を負ったのか否かも、分からないままになる。けれど、それはそれで良いのかも知れない。なにより、あの二人が僕みたいに感受性が極端に強いようには見えなかった。怪我をしたとしても、入院するほどのレベルではなく、精々、打ち身程度。運が良ければリアルにすら引きずらないかも知れない。


 バイオに言われたことは、尾を引くかも知れないが、それこそ僕の与り知らぬことだ。そして、他人の関係がどうなろうと知ったことではないし、二人の仲が悪くなろうがならまいが、さして気にするほどのことではない。


「ねぇ」

「ひゃいっ!」

 また変な声が出てしまった。そりゃ後ろから突然、声を掛けられれば誰だって叫び声は出してしまうだろうけど、僕ほどの変な声は出さないだろう。

 最近、ネカマに慣れて来ているせいで、自分自身でも声が女の子っぽくなりつつあるのを実感しつつある。このままだと日常生活でも高めの声を出してしまいかねないので、気を付けなければならないだろう。

「…………今の、あなたの声? 思いっ切り、女の子にしか聞こえなかったんだけど」

 振り返るとティアがムスッとした表情を浮かべたまま、僕を(けな)す。

「なんかあったの?」

 口も利きたくないと言ったクセに、僕からではなくティアから話し掛けて来るなんて、随分と虫の良い話だ。これじゃ僕が悩んでいたのが全て無駄になったじゃないか。

「なんにもなかった」

「嘘」

「嘘だけど」

「じゃぁ教えて」

「教えない」

「教えなさい」

「絶対に教えない」

 未だ僕とティアはリアルでの出来事を引きずっている。そのため、簡単には折れないし簡単には妥協しない。押し問答には普段から弱い僕だけど、この場では譲りたくない。そんなムキになるようなことでもないのに、そうなってしまうのは精神面で僕はまだどこか幼いからだろうか。

 ティアは空中に指を滑らしてコンソール画面を出し、そこからチャットログを開いた。そしてなにやら幾つかの操作を経て、彼女は僕からでも見えるようにコンソール画面を向けつつ、『音声を再生しますか?』という質問に対して『はい』をタップした。

『ひゃいっ!』『ひゃいっ!』『ひゃいっ!』『ひゃいっ!』『ひゃいっ!』

 それもタップで音声再生を連打し始めた。

「やめて!」

 大声を発して彼女の暴挙を止める。チャットログには普通、音声は録音されないが、公式Modを適用すると録音できる。これは対人戦やミッションでのチームメンバーとのやり取りを残し、あとで聴き直すことで自身の動きなどを省みるために用いられる。


 普通は、そうやって使われる拡張システムを、あろうことか僕の奇声を録音するだけでなく、再生するために使って来たのだ。


「なんなんですか、新手の嫌がらせですか!?」

「新手の嫌がらせ。もうパソコンの方にバッチリ録音が記録されているから、私はいつでもこれを再生できるけど?」

 そんな脅し方があるか。幾ら喧嘩をしているからって、アドバンテージを取るために相手の弱みを握るなんて、最低だ。

「はぁ……ルーティがメールを送ってきたから、ログインしたのに……きっとあなたが謝ってくれるんだろうと思っていたけど、そんなのは幻想に過ぎなかったみたい」


「私はそう簡単に謝らない」


「誇らしげに言うことでもないでしょ、バーカ。ログインしたのが無駄になっちゃった」

 嫌悪感を露わにしながらティアが言うものだから、僕も自然と表情を曇らせていく。僕と彼女の間に、嫌な空気が漂う。

 このまま亀裂が走って作られた溝を埋めるのは、なんだか癪だった。純粋に謝りたくないという意思を主張すれば良いのに、癇癪を理論に()げ替えようとする辺り、僕は姑息である。

「ティアはワガママが過ぎるんだ。いっつも、私が付き合わされて、そのたびに苦労してる」

「でもそれがルーティだったら、あなたはなんにも文句を言わない。流行の最先端みたいに、やれやれ系主人公を演じているつもりだったら、やめた方が良いわよ」

「私は自分を主人公だなんて思ってない」

「でしょうね。あなたは脇役。チョイ役で良いやと思って妥協してる。そんなだから、私は嫌いなの。あなたの人生の主人公はいつだってルーティなんだもの。バッカじゃないの? ルーティにはルーティの人生もあるのよ。なに自分の人生まで、あの子に押し付けてるのよ」


 押し付けている?

 僕の人生を、僕がルーティに?


「押し付けてるんじゃない。それで良いって、ルーティは思ってくれているんだ」

 首を激しく横に振りながら僕は言う。

「私はなにをやっても駄目な人間。社会じゃ必要とされてない存在。誰にも理解されなくて、誰にも相手にされない性格の持ち主。だったら、自分の人生を他人に渡しても良いでしょ」


「大っ嫌い!」

 ティアが僕の胸倉を掴む。

「なにをやっても駄目? 社会じゃ不必要? 誰にも理解されない? 誰にも相手にされない? じゃぁ、私はどうしてスズと居るのよ! どうして私はあなたを必要としているのよ!」


 僕とティアのやり取りを不穏に感じている人も居るだろうけど、もう感情は止まりそうになかったし、なにより胸倉を掴まれた時点で、注目を浴びることには諦めを感じてしまっていた。


 それ以上に、僕の心にティアの言葉が刺さった。


 これはおかしなことだった。バイオの言葉なんてこれっぽっちも痛くなかったし、研ぎに研いだ刃で切り掛かってくる彼の言葉の全てにちっとも心は傷付かなかった。なのに、ティアの「大っ嫌い」とその後に続いた言葉は僕の心を刺し、貫き、そして抉ったのだ。


 自分と居る。自分が必要とされている。

 それがとても怖い。怖くて逃げ出してしまいそうだった。


「嫌だ……怖い」

「なにが怖いの?」

「だって……また、捨てられる」

 僕は必要とされている。僕は大切な存在。僕は居なければならない。そう思って、そう思い込んで、そうして裏切られて捨てられた。嘲られ、嗤われて、『スリークラウン』のお家騒動を引き起こした張本人の一人だ。


 友達も離れていった。僕を必要としてくれているはずの友達が、自然と消えていった。鮮やかだった世界で、一際目立つように自身で“友達”と色付けていた人たちはみんな、その色が薄くなって景色に溶け込み、見えなくなった。


 でも、なんなんだ?


 ティアはどうしてまだ、色が抜けないのか。昔の友達と似たような接し方をしているのに――してしまったのに、そして未だ謝ろうとしない僕を前にしているのに、どうして“信用している人”という色が抜けてくれないのだろうか。景色に溶け込んでくれないのか。


「私はあなたのおかげで、このゲームを憎まずにまた遊べている。私は『たかがゲームだ』というあなたの言葉を、とっても大切にしているの。あの子に負けて、そりゃ落ち込んだ。プライドをズタズタにされた。あなたにもきっと勝てない。それも分かってよけいに嫌になった。だけど、だからって、仮想世界で出来れば良いのにと思うことを現実世界でも起こせるようになりたいなんて、思わない」

 ティアは僕から手を離す。

「だって、“あなた”が居るから。あなたが居れば、私はプライドがズタズタにされたって良いのよ。あなたさえ居てくれれば、私はこのゲームを楽しく遊べるんだもの。そんな私が、あなたを不必要だなんて言うと思う? それに、この世界の全ては『たかがゲーム』、でしょ?」


「…………御免、なさい」

 胸の内にあった言葉が自然と零れ出る。


 なんだよ、こんな簡単に謝れるんじゃないか。謝ろう謝ろうと考えると、逆に謝れない、謝りたくないって思っていたのに、こんなスラッと、言葉は出て来るじゃないか。


「こんな冷たい、ぼ――私だけど……これからも、傷付けてしまうかも知れないけど、私を、必要としていて、ください」

「私こそ八つ当たりして御免。これからも、あなたの信用している人で居させてください」


 そしてティアは屈託の無い、見惚れてしまいそうなほどに綺麗な笑顔を作った。

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