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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
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ちっとも心に響かない

「つまんねぇな。あれだけ威勢の良いことをほざいていたクセに、強くもなんともねぇじゃねぇか。なにが対人戦には自信がある、だ? あー、笑えねぇ。クソみたいな腕前のプレイヤーと戦っても、ちっとも笑えねー」

 痛みに悶絶している二人の男に、明らかに殺気立っている男がそう吐き捨てた。


 不意によぎったのは、パッチペッカーだった。あの人もまた、乱暴な言動だった。けれど、声質が違う。それはティアのように音楽に通じていなくとも分かる。それにアカウントも凍結されているから、戻って来られないはずだ。


「なにかあったんですか?」

 リアルじゃ訊ねることさえ躊躇うのに、この世界じゃ躊躇いなく、隣に居た人に声を掛けることができてしまうのは、どうしてだろうか。

「対人戦から帰ってきたプレイヤーが、右腕を押さえて痛みで声をあげたらしいよ。対人戦が終わっても痛みが続くことはたまにあるけど、大げさ過ぎるから、こうして人だかりができたみたいだ」

 そう答えた男に僕は小さく「ありがとうございました」と呟き、お辞儀をして、少し離れる。

「きたねぇ戦い方をして、俺たちを弱い者扱いなんかすんなよな!!」

「おい、負け犬のクソガキ。まだ“痛み”が足りないか?」

 倒れている二人の男を見下すように言い放つ。

「勝敗に汚いもクソもあるか。運営がジャマーを用意してんなら俺はそれを有用に利用しているだけだっつーの。人のパートナーにちょっかいを出して、喧嘩を売ってきたのはそっちじゃねぇか。なんなら、もう一回、戦ってやっても良いけどな」

「く、そ! 次は勝って、」


「バーカがっ! 大人は敗北者には甘くねぇんだよ! リアルにもう一回なんてあるか! 負ければそのまま這い蹲って、死にさらせよ、このクソガキどもが!!」

 男性キャラは嘲るように笑い、そして唾を吐き捨てるかのように汚い言葉を向ける。


 度が過ぎている。

 そして、だからこそ分かる。

 この人は“愚者”であると。だからこそ、関わってはならない相手なのだ、と。


「ルーティはこれからテスト勉強でしょ? 私はティアに謝らなきゃならないから、もう少し残るよ」

「う、ん」

 僕の言葉が「ログアウトするべきだ」という意味を含んでいるとルーティは察してくれたらしく、すぐさま彼女はウィンドウ画面からログアウトを選択した。僕は乙女心をよく理解できていないが、どうやらルーティは男心――僕の心についてはなんとなくでも理解できているらしい。でなきゃ、言葉には多くの意味が含まれているのに、僕の気持ちを汲み取ることなんてできっこない。


「おい、そこの!」

 人だかりの隙間から男の視線が僕を刺す。

「テメェがスズか?」


「そうですけど?」

「俺と戦え」

「……あいにく、言葉遣いが悪い方とは戦わない主義ですので」


「テオドラと一緒にパッチペッカーとやり合ったクセにか?」

 ドクンッと胸を鼓動が打つ。

「テメェのことは“妹”からよーく、聞かされているぜ?」

 そこまで言ったところで、男の視線がルーティに向く。それに遅れて数秒後、彼女のログアウトが完了され、ルーティがこの世界から消え去る。

 男は不敵に笑い、そして鋭い眼光が僕を再び刺した。


「妹?」

「シャロン。訊いたことがあるだろ?」

 男の背後に隠れていた“彼女”を僕は視界に収める。

「テメェも俺のことは聞かされてるだろ? バイオってのは、この俺のことだ」

 そう言って男――バイオが僕へとゆっくりと、足を運び出す。

「GMを呼んでも構いませんか?」

「おいおい、なにを言ってるんだ? 俺は別にバイオレンス行為に及んだわけじゃねぇよ。暴言程度でGMも呼ばれちゃ、仕事が増えて大変だろうが」

 口論にはなっていない。ただ一方的に、バイオが男二人に対して暴言を吐いただけ。「死ね」や「ふざけるな」や「お高くとまってんじゃねぇよ」とか、そういった類の発言はナンパを受ければ幾らでも浴びせられることであるが、そのたびにGMを呼んで対処してもらっていては、立ち行かない。ゲームのプレイに支障が出てしまう。泣き寝入りのようにも思われてしまうが、そういった連中を無視することはこの手のゲームで必須の選択である。煽られて乗ってしまっては、自分がGMに注意されてしまう。


 そもそも暴言だろうか?


 現実におけるチャンスは一度切り。二度も三度もチャンスは訪れない。訪れるのだとすれば、それはそのチャンスを設ける相手が寛容であるだけなのだ。見知らぬ相手が、そう何度も何度もチャンスをくれるほど世の中は甘くなく、そして温もりには溢れちゃいない。

「どちらにせよ、私はあなたと戦う暇はありません」

「俺が怖いのか?」


 怖い?


 僕はバイオを改めて観察する。体躯はさほど変わらず、けれど筋肉は圧倒的にバイオの方が付いている。現実の僕がヒョロいだけかも知れないけど、彼がこのバイオというキャラを現実と同じ造形にしているのであれば、極々一般的な男性の体付きではないだろうか。シャロンが同い年であることを考慮するならば、彼女を「妹」と呼んだ彼の歳は、僕より一つか二つくらい上ということになる。


 年上は嫌いだ。


 その分かりやすいくらいの拒否感をどうにか抑え込む。

 顔付きはいたって普通。男の顔に良い悪いの評価を付けることが僕は酷く苦手だ。同性の顔の良し悪しなんて話しているだけで悲しくなるからだ。自分は決してイケメンではないから。

 髪型やその茶髪系の着色を見れば、素行不良の生徒に見える。イジメというものがどういうものか判然としないが、間違いなくイジメる側の人間だろう。発言からして、相手を馬鹿にしたり嘲るのが好きそうだし。


 要するに、僕とは絶対に相容れない。あの優しいリア充集団とは明らかに発している雰囲気が違う。近付いてきた人物に対し、何気なくコミュニケーションを取り、相手がどもろうとも決してそれを目の前で馬鹿にせずにしっかりと聞き届け、そして「ありがとう」や「またな」と返事をする彼らとは、絶対に違う。


 バイオは近付く人物を威嚇し、どもれば目の前で馬鹿にして笑い、そして笑いながら罵倒する。罵倒するだけして、なんのフォローも無く、その人物を放置する。

 それぐらいの違いがあるだろう。


「乱暴な物言いをする人を怖いと思ったことは、悪いことですか?」

 率直に、正直に、感じたことをそのまま言う。

「……なんだ、リアルでもイジメられている口か?」

「違いますけど」

「テメェみたいな性格の“女”は、イジメられて当然だろうな。根暗で、陰険で、陰湿で、性質(たち)が悪い。リアルにはな、社会じゃ成功できない人間ってのが居る。それが、お前だよ」


 ちっとも心に響かない。


 僕自身が分かり切っていることを、そんな自信あり気に喋られても、ちっとも(こた)えない。そんなことを言って満足しているようじゃ、僕をいつまで経っても言葉の刃で切り付けることはできないだろう。

 幼馴染みには「根暗、陰険、陰湿、疑心暗鬼、人見知り、上がり症」という六連コンボを浴びせられ、倉敷さんには「口も利きたくない」とまで言われているこの僕が、今更、その程度のことを言われたって、傷付くわけがない。


 それよりも僕のことを「女」と認識していることに驚いた。シャロンから僕のことをよく聞いているなんて言うもんだから、リョウとスズが同一人物であるとも気付いているんじゃないかとハラハラしたのだが、どうやらそうじゃないらしい。バイオに対し、シャロンは僕がリアルでは男であることを、話していない。


 それはシャロンなりの気遣いか? でも、どうしてそんな気遣いをする必要があるんだ?


 ここで僕の正体を衆目に曝してしまえば、『Armor Knight』にログインできなくなるのは容易に想像できそうなことなのに。


「まるで、自分は社会で成功する人間だ、と言いたそうな言葉ですね」

 僕は顔色一つ変えずにそう切り返す。

「誇張すればするほどに、あなた自身がそこに届いていないことを露呈しているように感じてしまいます。あなたは、“別の意味”で私と同じ“底辺”に居るんじゃないですか?」


 底辺という言葉に反応し、バイオが拳を握り締めて振りかぶった。殴られるような挑発をしたことは確かだが、挑発に対して挑発で返しただけだ。これで先に手を出すようじゃ、やっぱり僕の心にバイオの言葉は刺さらない。

 ここで暴力が公然と振るわれるようならば、それこそバイオレンス行為としてGMを呼ぶに足る口実になる。むしろ、殴られるのは好都合である。


 僕は殴る側じゃないのだ。常に殴られる側なのだ。


 『一体、いつまでそうやって無関係を貫くんだい、君は? 僕には到底、理解し得ない思考回路だ。良いかい? 君は当事者だ。だから君はこうやって、“騙された”』

 そう言われても、僕は殴れなかった。“あの人”を――“あいつ”を殴ることが、できなかった。騙されたショックで、精神の歪曲化が進んだから。

 そんな昔のことを思い出しながら、僕は顔をやや上げて、バイオの目を睨み付けた。

「ふ、ふふふ、拳が止まったのは久し振りだな。まぁ、女を殴る趣味なんてねぇんだが」

 バイオの拳は眼前で止められていた。

「良い目だ。悲鳴すら上げられないほどに痛め付けるだけ痛め付けても、それでも尚、睨み続けてきそうな、気味の悪い目をしてるじゃねぇか」

「普段からこういう目をしていますから」


「内側に、ドロッとした気持ち悪いもんを隠してんのは、なんでだ? それを表に出せば、テメェも、もっともっと強くなれるじゃねぇか」


 内側……捻じ曲がった僕を表に出せと言っているらしい。それが、本当の僕なのだから、と続けそうな勢いだった。

「そんなのは、強さなんかじゃありません」

「……あー、つまんね。テメェが戦わねぇって言うんなら、戦わなきゃならねぇような理由付けを作るまでだな。おら、さっさと行くぞ、シャロン」

 ぞんざいにシャロンをあしらい、しかし彼女はその言葉や態度に決して逆らわず、「はい」と発したのち、バイオと揃って出撃ゲート前を去った。

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