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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
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上下関係

「なに、なんの話?」「女の確執?」「三角関係かなにか?」

 周囲が騒ぎ出す。そこを望月は掻き分けて、多目的ホールを出て行った。僕が来ておよそ十分の間に、懸案事項が増えてしまった。

 取り敢えず、望月が居なくなったことで卓球の試合は終わったので、生徒がばらけ始める。しかし、その生徒の一部は「立花……立花か」と呟いたりしていたので、これは明日から――ひょっとすると午後の授業から非常に居心地の悪い環境になりそうである。

 僕は靴を脱ぎ、多目的ホールに入る。倉敷さんが僕に気付かないままラケットを卓球台に置いて立ち去ろうとしたので「あ、ちょっと」と声を掛けた。


 すると、猛烈な勢いで距離を取られ、そして睨み付けられた。


「……あれ? 立花、君?」

 その反応を取ってから、どうやら声を掛けたのが僕であると分かったらしい。けれど、そんなあからさまな拒絶行動を取られたことに僕はショックだった。

「今の反応は、生理的に無理と言われるよりもキツいものだったよ」

「え、あ、違う。男の人に声を掛けられると、基本的に嫌なことばかり起こるというか、ナンパされるのも困るから、飛び退いただけで……別に立花君に関しては特例というか特別的で、許しているんだけど、この高校に通っているとは知っていたけど、まさか会えるだなんて思っていなかったからで」

 早口でそう言い訳をする倉敷さんは、僕の言葉を聞いて慌てて釈明しているように見えた。だから僕の精神的なダメージは幾分か和らいだ。

「時間はある?」

「あんまりない。体操服から着替えたいし、お昼も食べたいし……ああでも、お昼を先に食べれば良いや。見学に来ているだけで、授業そのものにしっかりと出席しろとまでは言われていないから、あとでどうにでもなるわ」

「交流会だっけ?」


「そう。成績優秀者――要するにあの高校の顔になる生徒だからって理由だけであっちこっちの高校を見て回る機会を与えられるの。テスト間近に他所の高校の見学なんて絶対嫌だから、断るつもりだったんだけど、立花君の通っている高校だったから」


 その言葉に他意はない。期待なんてしていないし、この人はこういう言い方をする人なんだと割り切ってしまえば、胸も変に高鳴ることだってない。

「倉敷さんだけ?」

「私以外にも何人か。でも、集合時間さえ守って、下校確認さえ取ってもらえれば良いから、授業の邪魔さえしなければ自由行動なの。私はあの子――望月さんに挑発されて、腹が立ったから卓球の授業に出ただけ」

 前期の体育もほぼ終わりに近付いている時期だ。恐らくは卓球を選択していた生徒はみんな、総当たり戦をして優劣を付け合っていただけだから、気軽に参加できたんだろう。


 こっちは夏休みに補習で土曜日か日曜日に水泳をやらされることになっていることを思い出してしまった。ああ、嫌だな……休みのときにまで高校になんて来たくないのに。


「それで卓球か」

「体も動かしたかったし、元々、体育には見学だけじゃなくて参加もする予定だったから」

 それにしても、体操服姿の倉敷さんなんて、かなり珍しいんじゃないだろうか。コスプレを見ているような、やましい感情が生まれるが、悟られないように努める。

「望月は『Armor Knight』で僕に話し掛けてきた子だ」

「声を聞けば分かるわよ。そんなこと一々、言わないで」

 どうやら、負けたことが相当に悔しいらしい。

「ねぇ、“狂眼”って立花君はどうやって習得したの?」

「習得って、ゲームじゃないんだから……それと、“狂眼”にはあんまり拘らない方が良いよ」

 僕のようにカウンセリングを受けていないから、脳の発展について倉敷さんは知らないらしい。

 VRゲームは脳に新しい刺激を与え、良い影響も悪い影響も及ぼす。『Armor Knight』内で言われる“狂眼”と呼ばれるものもまた、脳の発展によるものだ。外界からの情報の大多数を収集する視覚に現れやすい。

 ただ、これは『Armor Knight』で“狂眼”と噂されているだけで正式名称は知らない。そして、決して良いものと呼べるものではない。だって、これは性格が歪んで、“愚者(フール)”と呼ばれる状態に陥った人によく現れるものだから。


 これらはほとんど臨床心理士からの受け売りで、特に詳しいわけでもないので、そもそも教えることさえままならない。それに、知らないままの方が良いことだってある。これはその典型だ。でも、“狂眼”についてはもうちょっと訊いておいた方が良かったな。ともかく、正式名称を知らないままっていうのはなんだか落ち着かない。


 『一つ先を見ている』と、望月は言っていた。それはもしかすると、僕と同じように、眼で本来は見えない物を見ているのかも知れない。だったら、望月は“愚者”なのか? はたまた、臨床心理士が言っていた歪曲化の傾向にある状態なのか? どっちにしたって、彼女の精神状態は非常に良くないことだけは確実だろう。


「そんな言葉で私が納得すると思う?」

 倉敷さんの言葉に僕は苦笑いを浮かべる。

「立花君もまだお昼、食べてないんでしょ? 知っていることを全部、吐き出してもらうから」

 言いつつ、彼女はタオルで汗を拭って、多目的ホールを出るために靴を履いた。

「えっと、どういうこと?」

「一緒に食べようって言ってるのよ。見知った人なんて居ないし、ここに来た何人かも私とは面識がほとんど無いし、ちょっとやそっと変な目で見られるくらいはどうってことないわよ」

「……僕がどうってことあるんだけど」


「立花君の意見は聞いてない。さっさと靴を履いて、購買部の場所を教えなさい」


 僕は倉敷さんの要求に応じて、食堂内の購買部まで彼女を案内した。本来なら、そこで適当に昼食を見繕って購入するのだが、あろうことか倉敷さんは「食堂」という響きそのものに感銘を受けたらしく、食堂のメニューを食べたいなどと言い出した。

 食堂は全学年が共有するべき場所だが、上級生は食堂内、下級生はテラスへと追いやられるのがこの高校での風習というか形式となっている。一見してテラスの方が豪華だと思うが、この高校のテラスには(ひさし)がない。つまり、雨が降れば下級生だけが食堂を利用することができない。


 上級生が来れば場所を譲るのが当然という流れが、僕は大嫌いだ。年功序列に縛られて、年下はいつも苦しめられる。そんな風に、年上に普段から横柄な態度を取られて、尊敬や敬愛心なんて抱けるものか。都合の良いときだけ利用して、都合が悪いときにはイチャモンを付ける。だから年上は嫌いなんだ。

 たとえ年上の九割が真っ当な人であっても、一割が真っ当な人でなく、そしてその一割を引き当ててしまったのならば、僕のように年上嫌いになる人は多いんじゃないだろうか。


「なにか言いたいの?」

「別に」

 倉敷さんは年上の人だけど、信用できる人だ。この人は横柄な態度を取っても、あとでしっかりとそれを埋めてくる。掘った穴を自分でちゃんと埋める。そういう優しい面も、一応ながらに僕は見せてもらったし、分かっている。いわゆる九割の真っ当な年上だ。出会えただけでも、感謝しなければならない。

「咲丘女子高には食堂とか無いの?」

「外に生徒の啓蒙さを発信して行きたいとか言っているクセに、どこか保守的だから食堂は無いの」

 市立と公立であっても差は生じるらしい。食堂は無くてもこの高校より偏差値が7ほど高かったり、咲丘女子高より偏差値は7ほど低いのに食堂は有る。

 まぁでも、施設が充実していたって僕は偏差値が7ほど高い方が良いと思うけど……女子高だから、僕はそもそも入れないが。

「お嬢様学校なのに、庶民的なことに憧れるとか。倉敷さんの家って、お金持ちなんだから、もっと良い料理とか食べているんじゃないの?」

 倉敷さんは高級マンションに住んでいる。それだけでお金持ちと捉える僕は間違いなく庶民である。


 しかし、この言葉がどうやら彼女にはタブーであったらしく、露骨なまでに嫌な顔をされた。


「親の収入で養ってもらっていて、お金持ちの子供と言われるのは好きじゃない。だから、私がお金を沢山稼げるようになってからそう呼ぶのなら文句は無いわ。まだまだ先の話だけどね。それと、私は立花君が一人暮らしをしているってだけで羨ましく思っているし、尊敬だってしているの。自炊なんて私は出来ないし、そもそも一人暮らしを親は絶対に認めてくれない。自由に、それにバイトまで出来る立花君は、そういった点で私より上なわけ。ゲームの腕前も含めてだけど」

 (たしな)めつつも、僕に対しての気遣いは忘れない。性格や存在を全否定されない分、やっぱり彼女は他の年上の人とは違うんだなと思えてしまう。

「だから私は、どんなことでも“初めて”を経験できることが、とても嬉しい。そういうわけだから、ここで私が嬉しいと思えることはなにか、考えたら分かるでしょ?」

 そうして微笑まれてしまえば、僕がなにも言い返すことができないことを知っている。『Armor Knight』でスズを演じているときも、僕は倉敷さんの演じるティアの笑顔に逆らえない。それをどうやら、この一ヶ月の間に把握されてしまったらしい。

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