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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
56/645

ギャップ

***


 目を覚ます。この感覚はVRゲームからログアウトしたときの感覚とはまた違う。完全な人の営みとしての起床である。体は重く、身を起こそうという行動に踏み切ることができない。

 一部のVRゲームをプレイした人は、大抵、この生きている体というものが嫌になる。僕もその内の一人だ。

 しかし、いつまでも眠っているわけにもいかない。僕は睡魔と戦い、嫌々ながらに体を起こす。夏本番が近付いてきたために部屋全体は妙に生暖かく、ややジメッとしている。エアコンはあるにはあるが、毎月の電気代のことを考えると眠っている間、ずっと点けているわけにもいかない。タイマー設定はしているが、どうして冷えた部屋や暖めた部屋というのは瞬く間に熱気や寒気にやられてしまうのだろうか。


『ねぇ、立花君? あなたは“死に近い人”、でしょう?』

『すぐにお返事はいただかなくても構いませんので、ご検討のほど、よろしくお願いします』


 頭に残るのは三つ編みのシャロンと青髪のラヴィットの言葉だ。どちらもすぐには忘れられない上に印象も強かったせいで、睡眠にまで支障をきたした。


 ともかくも、ずっとこのまま考え込んでいる場合じゃない。


 寝巻きから高校の制服に着替え、諸々の朝の支度を終えて僕は部屋を出た。自堕落な生活を送ることもできるわけだが、一応は高校に通っているので、その手の体裁は守らなきゃならない。出席や成績に大きな変動があったなら、間違いなく両親が乗り込んでくる。そうなったとき、僕がVRゲームを続けていることがバレてしまう。それだけはどうにかして避けなければならない。


 今日はゲーム屋のアルバイトもある。学業とバイト、そして趣味のバランスを取るのは難しい。それでも、どれか一つを(おろそ)かにはしない。趣味に全力を注いでいるからといって、宿題を放り出しはしないし、趣味に熱中したいからバイトを勝手に休むような、いい加減な働き方もしない。


 臨床心理士の言う通り、確かに僕は勉学を大切にしているようだ。コミュニケーションを放棄して、勉強だけ頑張っているというのも、それはそれでどうかとも思われるが、僕にはそういう学生生活しかできないのである。

 小さな社会とも言われているクセに、学校と呼ばれる場所は、生活、生き方、考え方の違いを認めてくれない。他者と話題を共有し、喜怒哀楽を簡潔に表現し、反論があったとしても黙って納得しているように振る舞うことが優秀な生徒らしい。


 僕は、優秀な生徒って思われなくて良い。思われたくも無い。だから高校ではコミュニケーションはいらない。


 アンニュイな自分自身の思考に鬱々としながらも、僕は自身の所属するクラスの教室に入る。

 途端、クラスメイトが僕に視線を向ける。骨折が完治し、ようやっと同じ教室で授業を受けられるようになったのがつい最近のことなので、まだ僕に対する奇妙な珍しさ加減が抜け切っていないらしい。そもそも、骨折の原因について僕は誰にも話しておらず、そして誰も真相に至っていないため、おかしな噂も恐らくは飛び交っているのだろう。どこか別の高校の生徒と喧嘩したとか、交通事故に遭ったとか、あとはドメスティックヴァイオレンスとか。


 揃いも揃って、噂好きばっかりだ。流行に流されるんじゃなくて、流行を追い掛けている時点で色々と間違っている点にも気付いてもらいたいが、噂そのものも聞いたこと全てを丸々、受け入れる前にしっかりとその情報を検めろと問い質したいところだ。


 そんな勇気は微塵も無いくせに、文句ばかりが頭の中を巡ってしまう。


 僕は鞄を机の上に置き、そして席に着いた。見ては来るが話し掛けてはこない。僕は見せ物じゃない。

「立花君」

 苛立ち混じりに僕が顔を上げると、そこに見慣れない女の子の姿があった。

「立花 涼君」

「あ…………え、と?」

 見覚えが無い。記憶が無い。少なくとも、クラスメイトの顔ぐらいはなんとなく憶えているはずだと自負していたのだが、早くもその自信を崩されることとなってしまったのだろうか。さすがに名前を覚える努力まではしていないので、目の前の子は顔も名前もどっちも、僕の記憶のピースには存在していなかった。


 全面的に僕が悪いのだろうか? 恐らくそうなのだろうが、クラスメイトと心の底からの会話をしたことがないので、そもそもにおいて、記憶していても、同じような対応を取っていただろうから、ここまで考えなくて良いか……。

「憶えてない?」

「憶えて、いない」

 正確には覚えていない。こんな子と僕は会ったことがあっただろうか? 即答しつつも、僕は彼女を眺めた。


 肩の上ふんわりと丸まった薄い茶髪。目はやや垂れ目でおっとりな印象を見せる。目鼻立ちは日本人のそれであるが、僅かに鼻は高めだろうか。唇はリップクリームでも塗ってあるのか潤いに満ちているし、なにより男性を魅入らせるなにかしらのオーラを発している。顔に特筆すべきところはもうない。無論、彼女は美形の女の子なのだが、それ以上に際立つ特徴がある。


 胸、である。


 良い意味で胸があり、良い意味で全身が肉感的である。健康で引き締まった体の理沙や、細身でやや儚さを醸し出す倉敷さんとはまた別の、良い意味での女性らしさだ。太っているとかぽっちゃりじゃなく、本当に、女性の標準体型として推してしまいそうなほどの体型の良さだ。

「立花 涼君」

「はい」

「あなたは、“死に近い人”でしょう?」

 フラッシュバックするかのように、僕はシャロンの言葉を思い出す。そして同時に、三つ編みの女の子のことも思い出す。


 確か隣のクラスに、居たはずだ。

 いや……声が断片的に残っている記憶の中のものと一致している。


 ということは、この子が望月 香苗なのだ。眼鏡を外して髪型を変えて、ついでに化粧の仕方まで変えたのだろう。それだけで、あれだけ地味な印象だった望月が、今日、この眼前に立つインパクトのある女の子へと早変わりした。

「これがいつもの私なの。前に見せた地味な私は一週間で終わり」

「そう」

 だから、なんなのだろうか。

 というか、三つ編みで眼鏡を掛けた姿はシャロンと望月が同一人物であることを僕に気付かせるためにやっていたことなんだろうから、本来はこういう格好をしているという発表をされたところで、「ああそうなんだ」としか思えない。それ以上に、僕がなにか考えることがあるだろうか……無いな。

「それより、“死に近い人”ってなにが?」

 ここで『Armor Knight』内のことを引き合いに出すべきではなかったかも知れない。でも、訊かずにはいられない。

「……さぁ?」


 そこで話をはぐらかすのはどうしてだ。ただ単に僕を馬鹿にしに来たのか?


「なんで僕に話し掛けた?」

「私、転校してきたばかりだから、色々とこの高校のことを教えて欲しいと思って」

「嘘を言うな。謎の転校生なんて、漫画やアニメ、ゲームでしかあり得ない」

 どもることなく僕は彼女に言及した。

「この学年の風紀委員長を務める望月 香苗。それが君だろう?」

「なんだ、分かっていたんだ?」

 そして、囁くように望月は言うのだ。

「さすがはブラリ推奨プレイヤーの『リョウ』。今は、『スズ』……だっけ?」


 そう言って教室から立ち去った望月を追い掛けて、廊下で彼女の肩を掴む。

「その情報で、僕を脅そうとか考えていたりとか?」

「あなたがそう思うのなら、そうなのかも知れない」

「……望月はなにがしたいんだ?」

「――だから」

「よく聞こえない」

「あなたが、下手をするとこの前のような怪我以外では済まないかも知れないから」

 嗅いだことのない香水の匂いを漂わせ、望月は僕の腕を振り払って自身のクラスに戻って行った。

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