不可解な出会い
「どうして長刀の特殊派生なんだよ」
『クレッセント』は長刀の特殊派生、その第一段階である。長刀であればなんでも良いという考えであれば、拘る必要は全くない。
「女の子口調を忘れちゃ駄目でしょ」
そう指摘されて、慌てて周囲を見回すが、どうやら僕らの会話を気にしているようなプレイヤーは居ないみたいだ。
「だからあのミッションを回し続けていたんだ?」
「ランク7だと、あのミッションでしか発生しないでしょ」
「一応、ランク8でならもっと発生しやすいミッションがあるけど?」
パッチペッカーとのいざこざのあと、ティアと改めてフレンド登録をし、ルーティと一緒にミッションをこなして、骨折が治るまでにランクを2ほど上げた。
僕とルーティはランク6からだったが、ティアは怒涛の勢いでランク2から8に上げ、追い付いたのだ。この情熱をリアルの方に向けられれば、もっと彼女は遠い雲のような存在だったんじゃとすら思える。
「でも、“あれ”と戦うミッションでしょ。あんなのとは何回も戦いたくない」
「“あれ”って、パイロキネシスのこと?」
ミッションでしか登場しないCPU専用機体の中でも悪名高き初心者キラー。ランク15を目指すArmor乗りが最初に躓くに違いない難関の一つだ。
長刀『クレッセント』のレアイベントはそのパイロキネシスを破壊するミッションで発生しやすい。さっきまで回していたランク7のミッションよりは、ってだけで相変わらずレアなことには変わりないので、試行回数までは計り知れないけど。
「あんなのとはArmorで戦いたくなんてない。テオドラのときだって、制限時間ギリギリまで粘りに粘って、なんとかクリアしたぐらいだし」
「僕はパイロキネシスとの戦い、好きだけどなぁ」
「信じらんない。あれと戦うのが好きとか、一体どうしてそういう思考に至れるの? 近距離の掴み攻撃が謎判定過ぎる。どれだけ直前でバックダッシュを掛けても、謎の吸引力で吸い寄せられて掴まれて、炎熱ダメージを受けて耐久力がゴッソリ持って行かれる! なんでマイナーアップデートでも修正しないのか疑問なのよこっちは!!」
嫌いなものは嫌い。そう言い切るのにはそれだけの理由がある。だからティアもこう強く拒否感を露わにできるのだろう。
掴み判定は確かに、吸い寄せられる印象がある。直前のモーションを見て回避に移ると、まず逃れられない。それぐらいに掴み判定の範囲が大きい。僕なりの経験となるが、距離はともかく前方百八十度ほどが判定の範囲になっている。つまり、真横からでも吸い寄せられることがままある。
「他のミッションでは明らかな劣化版が出て来るし。まずあのミッションで初心者から脱却しろっていう製作者側の意図だと思うけど」
初心者は近接戦闘に頼る傾向にある。だからこそ、初心者キラーなのだ。近付いて、さっさと片付けようと思ったら逆にこっちが片付けられるというミイラ取りがミイラになるようなことが起こる。そして、エンチャントがいかに有能で、いかに怖ろしいかを知る最初の場面でもある。
ティアは初心者ではないが、遠距離戦闘が得意でないと自覚している分、近接戦闘に頼らざるを得ないから、パイロキネシスみたいな近接殺しは大嫌いになってしまうのだろう。
「でも盾まで持っているから、遠距離からチビチビ削ることもできないじゃん」
「パイルバンカー、あれオススメだよ。掴まれる前にぶつけたらほぼ勝てる」
「ロマン武装をオススメするスズの神経が分からない。近付いたらもうモーションに入って来るでしょ? そこで同じ近接のパイルバンカーは超反射になるわよ。しかもCPUと反応力で争うとか、馬鹿げてる」
「えー、じゃぁパイルバンカーはあれ以外のどこで活躍させられるんだよ」
アニメや漫画のロボット兵器として登場する鉄の杭打ち機はカッコ良いのに、なんでゲームに落とし込まれると、ロマン武器と化すんだろうな、ほんと。
「なら、パイロキネシスを一人で倒せる?」
「倒そうと思えば、かなぁ」
「それじゃ今度、手伝って」
「分かりました」
目力で、肯くしかなかった。
「それで、『クレッセント』を解禁できたときのご褒美みたいなものはあるわけ?」
「ご褒美とか……気持ち悪い」
生理的に受け付けないみたいな顔をして、ティアは僕から少し離れた。
「私にそういうの求めない方が良いと思う。幼馴染みさんはご褒美をくれたりするんでしょうけど」
「なんでティアはそうも、理――ルーティと比べたがるの?」
疑問に思っていたことを良い機会だったので、そのままハッキリと述べた。ティアはきょとんとした顔をして、それから唸り出して悩み始めてしまった。
「……あれ? 分かんない。自分でも、どうしてだか分かんないや。私、比べてた?」
「ここのところずっと比べてると思うけど」
「なんでだろ。まぁ、そう言われればそうかも知れない。次から気を付けることにする」
言って、ティアはこの話はこれ以上するなと言わんばかりにログイン広場へと駆け出そうとその一歩を踏み出す。
しかし、足はその一歩で止まった。
「あなたは、“死に近い人”?」
彼女の行き先を遮るようにして、女性が立ち止まって問い掛ける。
「ねぇ、ティアさん――倉敷 萌木さん」
本名の方は囁くように、けれど、ティアに近い僕には聞こえるぐらいの声量だった。こんなところでリアルの名前を口にするなんて、信じられないことをこの女性キャラはしている。
それよりも、どうしてティアのリアルを知っているのか。そしてティアをどうして倉敷さんだと看破できたのか。そっちの方が問題だった。
「あなたは誰? なんで私のことを知っているの?」
「よく知っている」
僕は女性の顔をマジマジと眺める。
「ねぇ、立花君? 気付いて、いるでしょう?」
その女性キャラの髪型は薄い赤茶色の三つ編み。そして眼鏡を掛けている。
デジャヴだ。今日の夕方に見た情景と、彼女が重なり合う。
「…………望月?」
「やっと気付いた。ゲーム内のキャラと同じ髪型じゃないと、気付かないなんて、本当に他人に興味が無いんだ?」
言いながら彼女は不敵な笑みを浮かべる。
「あなたは、“死に近い人”でしょう?」
「スズのリアルでの知り合い?」
ティアは疑い深く僕に訊ねる。
「リアルで私のことを話したの?」
「……私が話すと思う?」
悩むような仕草は見せるが、最初から答えが決まっていたかのようにティアは首を横に振った。そう、僕はティアとの関係を話せるような友達は居ない。幼馴染みの理沙にさえ、僕らの関係は上手く伝えられていないのだ。それなのにどうして、僕が幼馴染み以下の相手にティアのことを話さなきゃならないんだ。
プレイヤーネームは……シャロン。そしてそのリアルは、今日、放課後の教室で出会ったあの望月だろう。だからこそよけいに、話す理由が見当たらない。僕は彼女に関わろうだなんて思ったことなんて無いし、あのリア充のクラスメイトに教えられるまで名前すら知らなかった相手だ。
そんな相手がどうして、僕とティアを知っている?
「誰も扱い切れないパージの使い手で、空間把握の化け物。剛鎗『クルラーナ』による、三連撃。どれもこれも、あなたにしかできないこと。“狂眼”を持ったあなたにしか、できないこと」
「嘘、でしょ?」
彼女は、僕がリョウであることさえ知っている。
「なんで私のことを、そんなに知り尽くして……」
「見ていたから。あの“痛みを伴う戦い”を私は見ていたから」
痛みを伴う戦い。それは僕とパッチペッカーの対人戦のことを言っているらしい。ただ、それを見ていたからって、スズとリョウを繋ぐ決定的な証拠なんてどこにも無かったはずだ。
「あっ」
僕が思考を巡らせていると、ティアが隣でなにかに気付いたかのように声を零した。




