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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
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振り回されているような気が

「あのさ、なんでまだ僕はネカマをやってるんだろ?」

 理沙に思わず、悲しみで感情を吐露してしまった。

『そりゃ、男一人に女の子二人とか、妬まれるからに決まってんじゃん』

「妬まれる?」

『女の子二人を侍らせるなんて良いご身分だなこのヤローみたいな』

「……まぁ、そう思われるだろうけど」

 なんであんなに嫉妬深いんだろうな、ネットゲーマーって。けれど、僕もカップルでネトゲーにハマっている様を見たらきっと殺したくなるほど憎んでしまうので、分かるような気もする。

『女の子三人なら、まぁ友達同士で遊んでいるんだろうなってなるでしょ?』

「ナンパされたら三対三の合コンとか開けそうだな」


 そんなことを言ってみたらスマホのマイク部分にデジタルオーディオプレーヤーを直に当てたらしく、大音量のJ-POPが耳に飛び込んできた。


「ふざけんなよ! こっちはイヤホンマイク使ってんだよ! 耳から離せないんだ!」

 荒々しい口調がまた出て来てしまった。でも、今のは怒るべきところだ。電話越しなんだし、荒い口調じゃなきゃ怒りの表現なんてできないじゃないか。

『涼のバーカッ!』

「冗談を真に受けたりするなよ」

 言いつつも、どうせ理沙のことだから本気になんかしちゃいないんだ。僕のイヤミに行動で仕返しして来ることは、よくあることだ。

「……納豆パスタ……って、美味しいのか、な」

『なに言ってんの?』

「今晩はなにを作ろうかと悩んでいるんだよ。即席ラーメン、カレー、炒飯、お茶漬け、卵掛けご飯、納豆掛けご飯のローテーションにもそろそろ飽きて来たんだ」

 理沙が電話の向こう側でゲラゲラと笑っている。そんなに笑うようなことを言っただろうか。一人暮らしにおいて最も困るのは夕食のレシピなんだぞ。一人暮らし当初は楽しくて仕方が無かったのに、最近なんかつまらなくなって来てしまっているのだ。

『涼ってそれぐらいしかレパートリー無かったっけ?』

「味噌汁、焼き魚みたいなのは大体、作れるよ。惣菜はスーパーで買う。最近はパスタも作れるようになった」

 生パスタではなく乾麺タイプのものを茹でて、そこに缶に入ったミートソースを温めて、盛り付けるだけだけど。


『そんなに悩むなら一人暮らしなんかしなきゃ良かったのに』


 そうは言っても、もう一人暮らしをしてしまっている手前、今更なことだ。両親から放り出されはしたものの、食費と雑費はちゃんと出してくれているので、僕もそれに応えて生き残らなければならない。

「そういや、今日は『Armor Knight』をやるの?」

『ううん、テストが近いからやらない。涼は授業に追い付けているの?』

「右腕にギプスをしていた時は、先生の計らいで特別に情報技術授業を受けていたから大丈夫。ほら、僕って普段は左利きだけど文字を書くときだけ右手を使うだろ? 通常授業を受けてもノートに文字や数字を書き込めなかったから」

 『Armor Knight』内においても、機体に近接格闘用の武装を左手で使わせることが多々あるのはそのためだ。ファーストキャラのユウが乗っていたテトラだって剛鎗を普段は左腕で使わせる。利き手の方がなんだか少しだけ速い気がするから。

『情報技術授業?』

「筆記用具を使うんじゃなくてタブレット端末を使って受ける授業だよ。僕が受けていた時は三人……四人ぐらい居たかな。そのおかげで授業にも遅れていないから大丈夫だよ」

 あと同時に、左手だけのタイピング速度が跳ね上がった。フリック入力の速度もやや向上した。僕はQWERTY配列のキーボード入力が好きだけど。

『じゃ、最近になってクラスに戻ったの?』

「そのせいで、戻って二日目でリア充にゲームの攻略方法を訊かれた」

 こっちは筆記用具での板書の面倒臭さに泣きそうだったっていうのに、彼らはそんなことすらお構い無しなのだ。単に僕が暇そうに見えただけのようにも思えるが、どういうわけか責任を相手に押し付けてしまう。これも悪い癖だ。


『涼のクラスでの立ち位置が分からない』

「それは僕もよく分かっていない」


 ゲームのヘルプ役以外に僕という存在概念は無いんじゃないだろうか。でもそれがあるおかげで僕は僕であるのだ。我思う、故に我有りとはよく言ったものだよなほんと。

『あのねぇ、涼。いくら幼馴染みの私でも高校が違ったら手助けもなにもできないんだよ? ちゃんと、自分から動かないとなんにも始まんないよ。分かってる?』

「……分かっているよ」


 憂鬱になってきた。自分に説教の矛先が向けられるとすぐに気分が悪くなる。僕が僕に対して甘すぎるのだ。自分は良い人間だ。自分はもうこれ以上を望まなくて良い。そんな風に思ってしまっているから、理沙に短所を指摘されると「そんなことあるもんか」と反発しそうになってしまう。


『それが分かっているなら良し。じゃ、お互いにテスト勉強頑張ろうね。まぁ、涼の成績についてはよく知っているから心配しないけど』

「僕はいつも理沙の成績について心配していた気がするよ」

 言った途端、通話が切れてしまった。彼女も彼女で、短所を指摘されると行動で反発してくるわけだけど、僕よりずっと真人間なんだよな。この違いって、一体どこにあるんだろ。


 それはともかく、駄目元で納豆パスタでも作ってみるか。えーっと、調味料はどんなものが合うんだろうなぁ。やっぱり納豆を添えるわけだから味付けは和風だよな。どっちかに的を絞っておかないと中途半端になりやすい。


 底の深い鍋を取り出して、水を注ぎ、ガスコンロの火に掛ける。その間に乾麺のパスタを一人前分ほど用意する。

 スマホが机の方から大音量で鳴り響く。マナーモードに切り替えなかったせいだ。まさか連続して電話が掛かって来るとも思っていなかった。すぐさま手に取って、通話ボタンを押す。

『もしもし?』

 イヤホンマイクとの同期はまだ取れているらしい。このまま直に話すよりも、調理のことを考えると、やはり理沙のときと同じく、これでの対応が望ましいだろう。

 電話を掛けてきた相手は、何度も理沙との会話で議題に上がる倉敷さんだ。下の名前は確か、萌木だったっけ。自己紹介されたときぐらいしか記憶に残っていない。印象が強すぎて、その他の情報が薄っぺらくなってしまうのは仕方の無いことだ。

「お掛けになった電話番号は現在使われておりません」


『あっ?!』


 この場合の「あ」とは右上に濁点が付いている「あ」である。このあとに、漫画のテンプレとしてよく登場するやられ役のヤンキー連中ならば「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞこの野郎」と続かせる。しかし、彼女の場合は「あっ?!」だけが全てを物語っていた。

「嘘をついて御免なさい。勘弁してください」

『なんで謝るの?』


 あれだけの強みを持たせた声だったら誰だって謝る。


 倉敷さんは性格がちょっと怪しい。決して悪いわけではないけど、良いとも言い切れない。いや、多分、ほとんどの人が良いと答えるレベルには達しているんだけど、僕の見解では入れる器を間違えたぐらいには、容姿と性格が合っていない。理沙にはまだ優しさがあるのに、彼女の発言には優しさの欠片が時折、含まれない。それを真正面からぶつけられたときの精神的ダメージは到底、説明できるようなものじゃない。


 本人曰く「前より丸くなっている」らしいが、全然そんな風に僕は思えていない。


「さっきまで理沙と電話で話していたから、思わず同じ対応を取っちゃったんだよ」

 そう、理沙だったなら、あんな濁点の付いた「あっ?!」という声は発しない。

『女性みんなに同様の対応を取って、それで事が荒立たないと思ったら大間違い。物凄く不愉快だし、これから注意して』

「はい」

『それで、幼馴染みさんとはなにを話していたの?』

「倉敷さんには関係が無、」

 言い切ろうとしたところで、なにやら“直感的”に嫌な予感がしたので言葉の続きを変える。

「えーっと、夏休みに遊びに行かないかとかそんな他愛も無い話をしたぐらい、かな」


『もう告白でもすれば?』

 倉敷さんはぶっきら棒に言ったのち、大きな溜め息をつく。

『御免、今のは冗談。なんか、ちょっとおかしかった。幼馴染みさんとは仲良くしなきゃ、立花君は困るんだったっけ』

 もう少しキツい言葉が投げ掛けられるのではないかと身構えていた分、彼女のテンションの変わり様には驚くしかなかった。


「特別、必要ってわけじゃないよ」

『でも家族の誰よりも幼馴染みさんが大切なんでしょう?』

「そりゃ、そうだけど。一応、倉敷さんのことは信頼しているから……さ」

『今度から“一応”の部分は外すこと。それと、今日は私の提示するミッションに付き合うこと。それで許してあげる』

 どうやら電話して来た理由はゲームのミッションを手伝えというものだったらしい。


 だったらメールにしろよ、と言ったらどういう対応を取るのか。試してみたいところだが、言わない方が絶対に良いに決まっている。


 触らぬ神に祟りなし。そう、ここでは僕は素直に肯くしかできない。

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