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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第二章 -Near-
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誤解は続く

「も、しもし?」

『…………なに? なんか、物凄く息が荒くない?』

「あ……あー、なんだー理沙かー」

 棒読み加減に「もうなんだよ、急に電話なんてビックリするだろー」とテキトーなことを言う。


 一日一回の電話を“強要”していた頃があったクセに、なんて言い草だろうか。鬼畜だな、僕。


『なーんか、怪しいんですけどー』

 語尾を伸ばす感じで動揺を隠そうとしたのだが、同じく語尾を伸ばして訝しむ彼女に、返す言葉が見つけられない。

『変なことしてなかったー?』

「へ、変なことってなにかな?」

 まずい。声が上擦って女の子みたいな声になってしまった。


『ほらー、たとえばー、エロサイトとか見ていたり? 一人暮らしだからってなんでもして良いってわけじゃないんだからねー。ちょっとは控えなさいよー』

 およそ僕の作り上げた女性像では決して口にされないであろう五文字が理沙の口から飛び出して、ショックのあまり、スマホを落としてしまいそうになった。

「語尾を伸ばすの、やめてくれない?」

『私ってー涼の嫌がることをするのがー好きだからー』

 本当に嫌だった。顔を見ることができない電話では、彼女が今どういった気持ちか分からない。いや多分、不機嫌なんだろうけどさ。

「悪いことなんてしてないんだけど?」

『なんで涼って年上嫌いなのに年上の女性の裸とか見て興奮するの?』


 お前は僕に高校生以下の女の子の裸を見て興奮しろと言っているのか?


 これは自分の名誉のために、そして自分自身の性対象を再確認するために頭の中で文字にして反論するが、僕は犯罪紛いの方向に決して病んじゃいない。

「あの、勘弁してください……ほんとに」

『……ふーん、まさかほんとに当たっていたとは思わなかった』

 スマホをそのまま叩き付けてやろうかと思ったけれど、それだと買い換えの費用が掛かるので抑え込むしかない。物の価値は分かっているので怒りで我を忘れても、さすがに行動にまでは移せない。

「用件は、なにかな? これから夕食を作るから手短にお願いするよ」

 開いていたブラウザを急遽閉じて、机の中のゴチャゴチャしたパソコンの周辺機器の数々の中からハンズフリーのイヤホンマイクを取り出し、電源を入れてスマホと同期させる。

 強引に話を切り替えて行く。理沙だってこんな会話をしたくて電話を掛けて来たわけじゃないだろう。

『んーとね』

 耳に付けたイヤホンと口元近くのマイクで通話が成立していることが分かってから僕は立ち上がって、すぐ近くのキッチンに足を運ぶ。

『倉敷さんとは仲良くやってるのかなーって』

「切って良い?」

『あ、待って待って、切らないで』

 言いつつも手元にスマホが無ければ僕からは通話を切れないんだけど、そうでも言わなきゃまた何度も同じ説明をしなきゃならないんだからもうウンザリなんだ。


 倉敷さんとはなにも無い。ただ、知り合っただけ。これを何回言わせるつもりなんだか。


「それで?」

『えーっと、今度、どっか遊びに行かない? ほら、学期末テストが終わったら夏休みがあるでしょ?』

「インドア派な僕を外に出そうなんて、やれるものならやってみろよ」

 自慢じゃないけど、本当に外出回数が少ない。スーパーと書店とゲームセンターとゲーム屋ぐらいにしか足を運ばないから、レクリエーション施設とか美味しい店とか、流行のファッションを多く取り揃えている洋服店とか、そんなものはこれっぽっちも知らない。

『なに開き直っちゃってんの? 言ってることが物凄く悲しいことだって分かってる?』

「自分がここまで出不精(でぶしょう)だと、開き直らないとやってられないんだよ」

『開き直る前にもっとやるべきことがあるでしょ。身の振り方から直したら?』

「それこそ今更だと思うよ……」


 もう身の振り方を直したって、どうにもなんないだろうし。


 冷蔵庫を漁っていると、賞味期限を数日過ぎた納豆が出て来た。一日や二日くらい問題無いか……発酵食品だし、うん。

『あのね、涼。幼馴染みのことをここまで心配しているのは全国を探しても私くらいだと思うよ? だったら、見返りぐらい必要かなって思うんだ』

「このまま心配され続けたら、きっと理沙がやって来て半強制的に同棲とかになりそうだよな」

『ど、同棲とかっ!』

 どういうわけか理沙がテンパっている。珍しいこともあるもんだ。でも、この手の話に弱いのならば、これを押し通せば外出させる気も失せてくれるだろう。

「でも、僕を外出させたいならそれくらいやってくれないと」

『……やりゃぁ良いんでしょ』

「は?」

『そこまで言うんなら、同棲でもなんでもするって言ってんの!』


「……いやいやいやっ!」


 事の重大さを知って、理沙と同様にテンパってしまった。

『で、そっちって同棲とかしても大丈夫だったっけ?』

「学生相手に下宿をさせてくれているアパートだから無理だって前にも言っただろ!」

『ふーん、じゃぁ涼がこっちに来るしかないね』

「理沙んちに行っても同棲にはならないから」

『確か一週間、親が家を空けるとか言っていたし問題無し。これでも一つ屋根の下で一緒なわけだから、擬似同棲みたいなものでしょ』

 問題大有りだった。主に僕が悪いんだけど、そのことについてはあとで後悔でもなんでもするとして、今はこの出題された難問の解決方法に全力を注ぐしかない。

「えーとですね、理沙さん」

 僕は必死に考えを巡らせる。

「同棲がどうこうと言うのは、身から出たサビ……じゃなかった、言葉の綾みたいなものでして、まさか本当に同棲だとかなんとか言い出すとかは思わなかったわけで」

『うん、知ってたよ』

 それこそ開き直ったのかと思ったが、この声色から予測するに、売り言葉に買い言葉ではあったが、本心ではなくただ僕をからかっただけらしい。

「…………冗談も程々にしてよ」

『えへへ、でもちょっとは焦った?』

「焦るよ、普通」

 料理を作る気力が失せた。でも、このままではお腹は満たされないので、結局、なにかは作らなきゃならないんだけど。

『それでさ、動物園は、どう?』

「僕は動物に好かれない性質らしくて、ワニがデス・ロールしてくれないんだ」

『ほとんどのワニは餌やりぐらいでしかデス・ロールしないんじゃない?』


 え、そうなの? ほとんどのワニは毎日、デス・ロールしているもんだと思っていた。だってRPGのワニ型モンスターは『デス・ロール』って特技を使って来るから。


「なんて言うか、外に出るのは怖いから」

『ニート街道まっしぐらな発言はやめてくれない?』

「言っておくけど、バイトはしてるんだぞ。人通りの少ないゲーム屋で時給八百円」

 そのことはもう理沙も知っていることなのに、なんで僕は強気に言い張っているのだろうか、ちょっと悲しくなって来た。

『それよりさぁ、私に報告すべきことがまだあるんじゃない?』

「報告すべきこと?」

『倉敷さんとのことは、私に徹頭徹尾全て! 報告してもらいますからね!』

 力強く言い放たれてしまい、僕は息を呑む。


 まただよ。さっきは上手く回避したのに、またこの話題だよ。


「倉敷さんとはなにもない。ただ、知り合っただけ。親密な仲ってわけじゃない」

『下宿しているところにわざわざ来るなんて、通い妻とかさせてるんでしょ!』

「通い妻とかさせてねぇよ!」

 乱暴な言葉遣いが思わず飛び出ていた。


 どんな被害妄想だ。僕がそこまでチャラけた男に見えるのかどうかを今一度、考えてもらいたいところだ。こんな出不精で甲斐性無しのロクでなしが女の子を引っ掛けて家に連れ込めるようなテクニックを持ち合わせていると思ったら大間違いだぞ。


「理沙が思っているようなことは一切無い。倉敷さんとの間にそんなことが起こるわけもない。分かるだろ? あんな綺麗な人が僕になにかしらの感情を抱くなんて、あり得ない。そんなことは天変地異が起こっても生じない事象だよ。そうやって開き直ってみると、年上であってもある程度は心を開けるんだ」

『……倉敷さんの方はどう思ってるんだろ。涼がそう思っているだけで実は……とかもあるんじゃない?』

「無い」

『現実じゃ倉敷さんに、ゲームじゃティアに出会って、涼も大変だろうけど少しは私にも目を向けてよ』

 捻くれ方もここまでくると呆れてしまう。理沙は、勝手に妄想を広げて自制が利かなくなっていそうだ。

『まぁ、ティアはフレンドなだけで現実で会ってはいないだろうから、心配なんてしてないけど』


 ……弱ったなぁ。


 理沙の中で一つの誤解があるとすれば、それは倉敷さんとティアが別人だと思っているところだ。『Armor Knight』の世界で、倉敷さんは、テオドラのデータを削除して、ファーストキャラだったティアを使い始めた。

 それは一つの英断のようなものだったのだが、後悔しているかと思いきや、むしろテオドラを演じていた頃よりも活き活きとしているようにさえ見えた。やはり、女の子は女性キャラを使うのが一番なのだろう。今までのテオドラは無理して演じていた男キャラなのだから、相応にストレスも溜まっていたはずだし、そういった面では彼女自身の精神面は大いに救済されたってことだ。

 しかし同時に、倉敷さんがテオドラであったという証拠も無くなってしまったから、理沙に説明したところできっと信じてもらえない。つまり、理沙はテオドラさん、ティア、そして倉敷さんはそれぞれ別人だと思っている。実はテオドラ=ティア=倉敷さんという、A=B=CならばA=Cであるという証明問題みたいなことになっていると、どうにかして気付かせたい。だというのに、倉敷さんは今のこの妙な関係が気に入っているのか僕への嫌がらせなのか、一向に理沙に事実を明かさないのだ。


 もう諦めた方が良いんだろうか。肝が据わっているし我が強いし、僕がどうこう言ったってきっと意思は捻じ曲がらない。変なところで信念を貫いているというか、意地が悪い。

 そして今現在も、自分らしさを仮想世界において表現できない僕に、これ以上、一体どうしろと言うのか。


 僕は未だ、女性キャラを使ってネカマプレイを続行中なんだからな……。


 リョウを使って、ネカマを脱却するはずだったんだけどなー。どーして倉敷さんに「スズを使わなきゃ」とか言っちゃったんだろう……。

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