-Prologue-
【-0-】
職業適性診断というものが高校に入学してすぐに実施された。ついでに性格診断も含まれていて、いわゆる『あなたは根暗だと思うことがある』に『はい』、『どちらでもない』、『いいえ』の選択肢を塗り潰していくマーク式のものだ。
あまり考えずに“直感的”に思ったものを選択していくのが通常であり、それは僕がよく受けるカウンセリングの質問内容と酷似しているものが多く、その結果が今日になってようやく返って来たわけだが、これがまた丸っきり的外れな内容ばかりなのだった。
「『あなたは社交性が高く、どのような困難に陥ってもチャレンジ精神を忘れない強い精神力の持ち主です。しかし、その強い信念のせいで周囲の意見に耳を傾けずに真っ直ぐ突き進んでしまうことが多いようです。そんな明朗快活なあなたを良く思う人が居る半面で、物静かでゆったりとした性格の持ち主とは馬が合わないと思うせいで、時に意図せずしてそういった人たちを傷付けてしまうことがあるでしょう』。思いっ切り、逆なんだよな……職業適性も営業職系ばっかりだし、あの人が言っていたことって嘘じゃなかったんだな」
教室の掃除当番を終えたのち、ブツブツと呟きながら僕は鞄に診断結果を押し込んで、帰り支度を始める。高校ではこうして独り言が勝手に口から出てしまうことが多々ある。そこまで僕に強い興味を抱いているような頭がとち狂ったクラスメイトは居ないので、この悪癖は今後も治ることは無いだろう。
あの人、というのは僕が二ヶ月に一度、カウンセリングを受けに行っている臨床心理士のことだ。僕には強い“直感力”があって、マーク式の質問に直感的に答えて行くと、良いイメージの診断結果が出てしまうらしい。そのことを知ったのはつい最近のことなので、この職業適性診断と性格診断を受けたときにはまだ知らなかった。
知らなかったとはいえ、ここまで真逆な診断結果が出るとは思わなかった。一応は『あなたは自分が根暗だと思いますか』とか、そういった部分のマークは『はい』にしていたんだけどな。それでも社交性が高いという評価を得られてしまったってことは、他の質問に対して社交性の高い選択を直感的にしてしまっていたんだろう。こうやって、事実と異なる結果が出て来るというのは、マーク式の思わぬ落とし穴だと思う。
大多数への診断結果を出すために機械に頼りすぎて、肝心な人間性が見えてないんだよな。それでも効率性を重視するならこのマーク式は今後も必要不可欠な形式であるとは思えるけど。
「おーい、立花」
窓際で集まり、なにやら話し込んでいたリア充集団の一人が僕の名前を呼ぶ。よくあることなので、僕は鞄を片手に彼らの元に足を運ぶ。
「どうかした?」
「お前ってダンジョンRPGとかも得意だっけ?」
「まぁ……ゲームだったら大体はやってるけど」
「このゲームのここのボス、強すぎじゃね? どうやって倒すんだよ」
「奇数ターンと偶数ターンで思考ルーチンが固定されていて奇数ターンには魔法、偶数ターンには物理系の攻撃が来る。そこまでの行動は十ターンで完成されていて、十一ターン目にはまた一ターン目の動きに戻るんだ」
僕はルーズリーフにシャープペンを滑らせて、一ターン目から十ターン目までの敵の行動を簡潔に記入して、質問して来たクラスメイトに手渡した。
「すげぇな。これ全部、ネットとか見て知ったのか?」
ドン引きせずに「凄い」と言ってくれるリア充の社交性の高さに感動を覚える。
裏でなにを言っているか分からないけど。どうせバカにしてるんだろうさ。でも、そんなこと考えたらキリが無いのでちゃんと受け答えはしておいた方が良い。
「いや、自分で十一ターンまで耐えること前提で一戦目に臨んだらすぐに判明しただけ」
基本的に、RPGのボス戦は一回で突破することを考えずにやるのが僕のプレイスタイルだ。
「もしかしたら、どこかでパターンがズレるかも知れないから、その点だけは注意したら必ず勝てると思うよ。パーティメンバーも、変に前衛職とか魔法職に偏ってないし」
「そっか、サンキューな」
お礼を言われたので、「あ、うん。じゃぁ」と相槌を打つ。
「なぁなぁ、立花って狩りゲーとかも得意なのか?」
「……やってはいたけど」
「なら、今度一緒にプレイし、て……」
クラスメイトの顔が青褪めて行くのを見て、一体どうしたのだろうと振り返る。
「も、望月?!」
髪はやや長め。けれど僕の知っている女性ほどではない。でも、印象には残る。だって、今時珍しい三つ編みの女子だったのだから。クラスメイトは狼狽しているが、僕はどちらかと言えば、天然記念物並みの典型的な三つ編み女子を目の当たりにして呆然としていた。
そんな僕を彼女は一瞥し、微笑みながら、クラスメイトに歩み寄る。
「なにを話していたの?」
声量もそれほど大きくはないのだが、聞き取りやすい澄んだ声だ。そして、どこか興味を示しているような雰囲気であったから、とても友好的に感じ取る。
ただ、僕はそれを真っ直ぐ受け取れない偏屈なので、声には漏らさずとも「うへぇ、苦手なタイプだ」と思ってしまった。恐らく顔に出てしまっているので、クラスメイトに彼女の意識が向いている間にどうにかして元通りの表情に戻そう。
「いや、別になにも。な? 望月こそ、俺たちになにか用だったり?」
先ほどまで僕と話をしていたリア充グループがなにやら色めきだっている。僕と話すときはそんな嬉しそうな声を出していなかったけど? まぁ、男に対してそのような態度を取られても困るのだけど。
今は話し掛けて来た女子に対して非常に柔らかい物腰というか、どこか口説きに掛かるような物言いに変化している。
反吐が出そうだった。ゲームで散々、ナンパされまくっているので、こういった態度の翻し方には、嫌悪感を抱かざるを得ない。
「なにをしていたのかな、と思って。ゲームとか?」
「そんな校則を破るようなものは持ち込んでないって」
嘘つけ、さっきまでこれ見よがしに携帯ゲーム機で遊んでいたじゃないか。
「ほら、ゲームとかやっている奴らって暗いじゃん。俺たち、そういうの興味ねぇし」
まるで「俺たちは立花とは違いますよ」みたいな雰囲気を出したくて出したくてたまらない、みたいな。
ここに居るだけでストレスが溜まりそうだったので、僕は忍び足でその場を立ち去ろうと試みる。
「なーんだ、ゲームなら私も興味あるのに」
ズキリと背中に刺すような視線が向けられていることに気付き、後ろを見る。
「ねぇ、立花 涼、君?」
彼女の掛けている眼鏡の向こう側に光る瞳が僕の視線と重なり、含みを持たせた言葉が心中を貫く。
「どういう、意味……か、な。バカに、している、とか……? それなら別に、気にしな、いと、言うか」
初対面の、それも女子であるために、どもった声しか出ない。
なにを言っているのか自分でも分からない。とても後ろ向きな思考ばかりが頭の中を駆け巡っていく。
「そういうのじゃないから。ただゲームが好きな人は、嫌いじゃないかなって」
言いながら彼女はダンスでステップを踏むように足でリズムを刻んで教室の入り口に方向転換する。
「でも、やり過ぎは駄目だから。私、風紀委員だし取り締まらなきゃならなくなるから」
僕、もしくはリア充のクラスメイトにそう忠告する。
「あ、望月! ゲームに興味があるんなら、今度一緒に遊んだりしねぇか?」
「御免なさい。私は得意じゃないから。一人の方が楽しいし」
クラスメイトの誘いを断って、彼女は鼻歌を唄いながら教室を出て行った。
「はぁ~、駄目か~。イケると思ったのにな」
「…………えっと、さっきの、誰?」
「隣のクラスの望月だよ。ほら、体育じゃ三クラス合同でやるだろ? 頭良いし運動神経も良くて、学年の風紀委員長をやっていて、ついでに容姿も良い方だし、目立つ方だと思うけどな。知らなかったのか?」
「知らなかった」
だって他人に興味が無いし、と言ったらドン引きされるから言わない。
「……下の名前は?」
「えーっと、香苗、だっけ? 望月 香苗。なに、狙ってんの?」
「違うよ。ゲームをやっている、から……目を付けられて、いそうで怖い、みたいな。携帯ゲーム機、僕は持って来られそうにないかな。さっきみたいにまた、話し掛けられたときに、荷物チェックとかされると、アウト……だし」
僕を誘ったのだって一つの社交辞令みたいなものに過ぎないんだろうけど、今日のやり取りがいつの間にか約束事になっていたりしそうだし、こうやって念のために断りを入れておくのは悪いことじゃない。
「まーそうだな。立花の達人プレイはまた今度ってことで。俺らも、今日はもうゲームするのやめとくわ。んじゃ、またな」
テキトーに相槌を打って、僕は教室を逃げるように立ち去る。あれだけのことで、あの程度の会話だけで、今のコミュニケーションだけでもう心臓が一杯一杯だったし、脳内は熱く沸騰して、耐え切れずにそのまま倒れ込んでしまいそうだった。
ああ、嫌だ。コミュニケーションなんて、するもんじゃない。現実世界なんかで知らない人、信用できない人、友達じゃない人となんか、まともに喋るのは辛いことばっかりだ。
人と話すのは怖い。友達は作りたくない。簡単に人を信頼なんてしたくない。
この三つが臨床心理士と一緒に克服しなければならない僕の抱えている精神の病んだ部分だ。
幸いながら、最近になって一人だけ、信頼してみようと思える人と出会えた。それは大きな進歩だと僕は思っている。だからって現状に甘えすぎたら、また停滞してしまう。あの人に怒られる。なんで臨床心理士になれたんだよって思うくらいの変人だし。
逆に言うと、それくらい腹の内を堂々と曝け出す人だからこそ、鬱屈しすぎている僕は、あの人じゃなきゃまともにカウンセリングを受けられない、といった面もあるのだけど。
パッチペッカーのいざこざから少し経って、六月のほぼ終わり頃。骨折も治り、頭の痛みも全く無い。こうやって体感すると改めて現代医学は素晴らしい。
これで僕も、VRゲームで自分の体を気遣わずに動けるようになるってものだ。




