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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第一章 -Encounter-
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空間把握の化け物

「終わらせよう、パッチペッカー」

『あ? 負けを認めるってのか?』

 その問い掛けに僕は逡巡(しゅんじゅん)する。

「ああ、僕の負けだよ。多分、あんたは僕よりずっとずっと目立ちたがり屋で優秀な人間だ。リアルでだって、こんなバカなことをしていなきゃ、まともな人生を歩んでいたに違いない。そう考えれば、僕は負けている」

 テトラの左腕を動かして、まずエネルギーライフルを捨てる。次に右腰に差していた円柱を抜かせた。長さは極端に短く、機体の手で覆えるほどのものだ。

『なんだ? 急にしおらしくなったな』

「結局、僕みたいな口下手がなにを言ったところで、本心を伝えることなんてできないってことが分かった」

 パッチペッカーに対する敬語もいつの間にか砕けていた。それは、憤りやその他諸々がもたらした、些細な抵抗だ。


 負けている。そう、僕はリアルじゃ負けている。

 だからこそ、ゲームですら負けるわけには行かないのだ。


「力には力。その極端さは嫌いじゃない。実を言うと、それが一番、分かりやすくて好きだったりする。そうでなきゃ、あんたに僕は力を見せ付けることが、できなかったんだから」

 円柱を握り締めたまま、テトラの左腕を力強く振った。円柱が前後に長く太く突出し、石突と穂先を持って、長大な鎗となる。

 右の閃刀はそのままに、片腕で鎗を回して構える。


『その武装……剛鎗、だと……?』

《う、そ。その展開方式……思い当たるのは一つだけ。剛鎗『クルラーナ』なんて、初めて見た》

『いや、待て。その剛鎗を持つプレイヤーは……っ!!』

《あなたまさか……『スリークラウン』の、『氷皇』?!》


 左足と右腕からジクジクとした痛みが押し寄せ、集中力を欠いている。


 大丈夫、大丈夫。


 そうやって自分に言い聞かせると、ほんの少しだけ痛みが和らいだような気がする。


 ……うん、行けそうだ。


 全身に力を込めて、改めてモニターに目を通す。探すまでもなく、グロリアはモニターの中心に君臨している。

 なにをそんなに余裕綽々としているのか。僕を撃墜させる絶好のチャンスを、みすみす逃したのはパッチペッカーの油断そのものに違いない。


「悪いけど、今、この時から僕はこの空間の支配者だ」


 両腕に別個の武装を携えて、テトラをグロリアへと突撃させる。別に不思議な行動ではない。エネルギーライフルを捨てた以上、僕に残されているのは近接戦闘しかない。近付かなければ戦えないのだから制空権を取る取らないも関係が無くなった。

『待て……待て待て待て! く、るんじゃねぇ! お前が本当にあの“リョウ”なら、噂の“狂った眼”の持ち主じゃねぇか!』

《空間把握の化け物。クレイジーアイズ》

 ミサイルポッドの充填が終わったらしく、再びそのハッチが開く。弧を描いて射出された大量のミサイルが三度(みたび)、テトラへと押し寄せる。

「良いの? そんな攻撃で」

 まさに僕はテトラを密着させようとしているのだ。追尾性能持ちのミサイルを撃つと、結果的にグロリアにも危険が迫ることになる。それをパッチペッカーは理解していない。


 まずテトラへと襲来する二発のミサイルを、うねるように機体を滑らせることでかわす。眼前でミサイルが進路変更なんてしない。どれだけ追尾性能があったとしても、目標へと向かうときには直線軌道だ。避けることなんて誰にだってできる。


 グロリアがエネルギーライフルを用いて引き撃ちを行う。剛剣を持ちながら、接着されることを嫌っている。僕にはそれが酷く滑稽に見えた。

 撃たれるエネルギー弾を左肩に残っているショルダーガードで防ぎつつ、尚も接近を続ける。

『ちっ!』

 引き撃ちが無意味と悟ったのか、グロリアがエネルギーライフルを収納して剛剣一つで飛び込んで来る。


 そう、それが剛剣の正しい使い方だ。


「人を傷付けることが快感だって言うんならさぁ!」

 剛剣の斬撃に、閃刀の斬撃を合わせて来た。そっちが囮だとどうして気付かないんだろうか。これだけでもう、剛鎗を止める手立てをグロリアは失ったじゃないか。僕だったらそうはしない。

「自分が傷付く痛みも本当に快感なのかどうか、確かめてみろよ!!」

 左腕を引きつつ手元でグルリと剛鎗を回して石突の近くまで握る位置を調節し、次にグロリアへと突貫させる。

『っ、ぁああああ?!』

 狙った部位はテトラが貫かれた胸部。これはいわば仕返しだ。

「どう? 気持ち良い?」

『ざっけるな! そんなボロボロの機体で! ぶっ壊れてしまえよ!』

 アラート音が後方から襲い来るミサイルの存在を通達している。でも、そんなものは音が鳴る前から僕は気付いている。

 剛鎗を引き抜いて、もう一撃というときにグロリアがテトラを蹴飛ばして離脱した。追い討ちをしている場合では無い。ミサイルはもう眼前まで迫っている。


 これだと一発目は間に合わない。


 “直感的”にそう判断し、わざと一発目のミサイルを受ける。けれど、まだ耐久力を残しているから撃墜には足りない。衝撃はコクピットに伝わって来るが、集中力はもう途切れない。

 問題があるとすればヒットストップ。まともに喰らったから、一秒程度の移動不能に陥っている。この効果を持つミサイルがあと十数発もある。撃墜するまで永遠に続くヒットストップ地獄だ。でも、移動ができないだけで機体の全てが動かせないわけじゃない。

 操縦桿のボタンを押す。割り当てていたマクロ機能によって、右腕の装甲をパージさせることで、二発目のミサイルが着弾と同時に爆発するが、これを一瞬の無敵時間で凌ぐ。


 マクロの内容は『一番近くの攻撃に対して、その攻撃に一番近い装甲をパージさせる』というもの。それをボタンを押すたびに繰り返すようにしてある。


 次に左足の装甲を同じくして外した。二発目の爆発に追随する形で爆発した三発目のダメージを無敵時間でまた防ぐ。

 機体を上昇させる。四発目の爆発を右足の装甲のパージで防ぐ。更に機体を上へと飛ばす。そうしてテトラをミサイルの断続的な爆発から脱出させた。


《パージでヒットストップ地獄から強引に抜け出した……?》

『なんなんだよそれ、あり得ねぇだろ!』

《物体との距離を大まかに把握し、最高のタイミングと機体の反応速度を知っていれば……いいえ、こんなの私にすらできない》

 なにやらティアに驚かれてしまっているが、さして気にすることじゃないと思い、尚も集中力を持続させる。

『薄緑色の装甲の下にある機体骨格と関節の色……やっぱり水色か。あのリョウのスティーリアじゃねぇか! 装甲の色で隠してやがったのか!?』

「そうでもしないと有名プレイヤーはまともにゲームが出来ないだろ。特に僕とあんたみたいな、嫌われ者はさぁ。でも、こんな小ズルい手を使っても、名前でバレちゃうから意味無かったんだけど、あんたには通用したみたいで良かったよ。あと、忘れ物だよ、パッチペッカー」

 閃刀を逆手に持って後ろに引き、グロリアへと投擲する。漆黒の機体が分かりやすいくらいに右へと逸れて、閃刀を避けた。

 剛鎗を右手で持って、グロリアの動きにテトラの動きを合わせる。

『こ、のぉおおおっ!』

 斬られる前に。

 そんな意思の表れか、グロリアはテトラに詰め寄って剛剣を振りかざした。

「まだ壊し切れていない盾があるのを忘れてない?」

 左肩を突き出してショルダーガードを展開させて剛剣を受ける。ショルダーガードの損傷ゲージが物凄い速さで空っぽになり、ついでにそれごと左腕を切り落とされてしまった。けれど、これはそうなるように僕が望んだことだ。

 剛剣を振り切ってしまったグロリアには、通常のソードに比べて圧倒的な硬直時間が与えられる。

 無論、バックダッシュについては理解している。


 だから、爆発に呑まれないようにするフリをして、グロリアの横を擦り抜けつつ背後を取った。左腕を剛剣で切り落とされたところから、ここまでの動きの全てに一切の躊躇いは入れていない。


 ようやく、機体性能と僕の操縦技術が重なったみたいだ。随分と遅かった。遅すぎて、負けるかと思った。


「なにか負け犬の遠吠え的なものはあったりする?」

『まだ負けてねぇ!! その一撃でも俺のグロリアは撃墜できねぇからなぁ!』

「は? 一撃なわけないだろ」

 剛鎗のクリティカル距離にしては、極端に近いことを知らないらしい。

「言ったじゃないか、僕は空間の支配者だ、って。グロリアとの距離、剛鎗の長さ、どれもこれも手に取るように分かる。そして、僕は少なくともあんたより、このゲームのことを知っている」

『なにを言ってやがる?』

「まずは鎗の切っ先がグロリアの背部を“刺し”、続いて鎗を押し込むことで“貫き”、そして下降限界地点に“叩き付ける”。この三連続のダメージには、さすがに耐えられないだろ?」

『そんな連続攻撃が出来るわけねぇだろ』

「は? 出来るから言っているんだけど」

 近接武装の多段ヒットは、場合によっては攻撃を受けた際に一秒、或いはそれ未満の攻撃を受け付けない時間がある。パージによる攻撃の無効化時間と似ているので、僕は断続的に攻撃を浴びせられるが、他の人はどうにもそうじゃないらしい。

『俺は“特別”な人間だ。テメェが俺を殺すことになるかも知れねぇぞ?』

「あー……ゲームで怪我をしたらリアルにも及ぶ、だっけ?」

『そうだ。人殺しになれんのかよ、お前は!』

「バーカ」

 剛鎗でグロリアのスラスターを刺す。そして次に鎗を押し込んで貫き、ブーストを全開に噴かせて突き進む。

「テオドラの中の人は、死んでない。入院はしたけれど、死んでない。それってつまり、撃墜されても死ぬわけじゃないだろ! 死ぬくらいの苦しい思いは、味わえよ? だって快感、なんだろ?」

 機体に掛かるGはテトラもグロリアも等しい。骨が軋むような音を立てる。それでも、ここで緩ませてなるものか。ラクシュミを真似た機体なら、装甲も薄くそして耐久力もさして高くない。そこすらも真似てしまったのが敗因だよ、パッチペッカー。

『クソ、クソッ! テオドラに勝ったってのに、なんで俺が“リョウ”に目を付けられて……』

「その言い草だと、僕と話したことすら忘れているんだな。まぁ、憶えられていたら不愉快だから別に構わないけど。それと、なに痛そうな声を出してんだよ。笑えよ、“たかがゲーム”だ」

 マップの降下限界地点にグロリアが墜落。全ての力を剛鎗に載せて、テトラは漆黒の機体の上に立つ。


 剛鎗に串刺しにされたグロリアは、蒼白い電流を迸らせて煙を上げていた。しかし、貫かれた部位を中心に漆黒の機体が凍結する。爆発の予兆も失せて、凍り付いたグロリアは一切、動かなくなった。


 モニターに『You Win』の英文字が浮かび、僕は勝利の余韻を噛み締めるかのように座席へと深くもたれ掛かった。

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