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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第一章 -Encounter-
42/645

昔と今で違うこと

***


 まったく、どうして。


 理沙に叱咤されて、倉敷さんには激励を浴びせられて、たった二人の言葉だけで、こうも体が動くものなのか。

 しかし、これは今日に限った話じゃない。理沙には何度も怒られ、励まされ、そのたびに「なにくそ」と思いながら頑張ったものだ。


 運動も勉強も、そして遂にはゲームでさえも、僕は理沙に頼ってしまった。


 でもこの仮想世界では、倉敷さんが今だけ限定で、僕を頼ってくれている。

「その信頼には応えなきゃならない」

 上空で佇むグロリアにエネルギーライフルのビームを連射する。が、こんな連射程度でグロリアを撃墜できるわけがない。思った通り、漆黒の機体は宙を舞って僕のばら撒いたビームを避けている。


 制空権――相手よりも上を飛んでいる、或いは相手よりも高い位置に居ることは全てにおいて有利に働く。ヒエラルキーでもカーストでも、上の者は下の者を支配し、時に虐げる。


 だから、グロリアに上を取られ続けていられては困る。なんとしてでもこのまま飛翔を続けて、あの機体よりも高い位置を取らなければならない。

『さっきの一撃で耐久力もほとんど残ってねぇんだろ? なのにまだ戦うのかよ。まだ痛みが必要か?』

「ゲームに痛みは必要無いよ。それもリアルにまで及ぶ怪我なんて、都市伝説であったって信じたくもないし味わいたくもない。でも、だからってこの勝負を投げ出す気も無い」

 グロリアがテトラの上昇を阻止すべく目の前に立ち塞がった。ここで軌道を変えても、どっちみち邪魔されるに決まっている。だったら、正面突破が一番分かりやすい。

 痛みをもたらした閃刀『ヒヒイロカネ』は今やテトラの手元にある。それは元々、グロリアが武装していたものだ。だから、彼の機体の手には近接戦闘時に握るべき武装は決まっている。


 グロリアに炎を宿す刀を真一文字に振り抜く。炎は軌跡を描いて揺らめき、やがてそれは漆黒の機体へと至る。

『そんなもん、お前にくれてやるよ』

 炎がグロリアに至る直前、背中に携えていた巨大な剣を引き抜いて、閃刀の斬撃を剣身で受け止められた。芯を狙って振るった閃刀は決して届くことはなかった。


 踏み込み、振り切り、どれもこれも浅かった。だから刀って嫌いなんだよ。僕はこれの扱いのプロじゃないから。


「剛剣か」

 『ダイダロス』ではないが、それでもその系統の近接武装だ。閃刀の流麗な刀身と比べると、黒く無骨に塗り尽くされているそれはただの鉄の塊にも見えてしまうのだが。

『剛剣ってのはそんなに使ったことがねぇけど、炎ですらも打ち消せるんだな。なら、ここで一気に振り抜いたら、どうなるんだろうなぁ!』

 ぶつけられていた剛剣と閃刀。鍔迫り合いとも言えるその状況下で、グロリアが剣身を滑らせながら力を込め始めたのが分かる。


《振り抜かれちゃダメ!》


 突如、入って来た個人チャットの声に従って、テトラを後方に下げる。バックダッシュで逃げたいところだったが、またその動きを読まれて硬直を狙われるのは不本意だ。反撃の余地を残しつつの後退だ。

 グロリアの剛剣は斬るべき対象を見失い、大きく空振る。鍔迫り合いからのモーション入りだったために、硬直時間そのものは少ないため、ここにまた飛び込むことはできそうにない。

『ちっ、逃げんなよな』

《剛剣は鍔迫り合いに強いの。力押しで攻め込まれたら、そのまま押し飛ばされてしまう》

「けれど、完全に振り抜くまでのモーションは他の剣よりも鈍重だ」

 剛剣との鍔迫り合いについての危険度は、リョウの体に染み込んでいる。特徴として押し合いに強いのはその形状を見ただけでもなんとなく察しが付く。


 それでも、なんとかして知っていることを僕に伝えようとして、少しでも協力しようとしてくれている人のことを、邪険にすることはできなかった。


《分かってるんだったら、もっと速く後退してよ》

 こっちはのっぴきならない状況なんだ。多少、無理をしてでも制空権を取りたかった。

 そんな言葉は全部、胸の中で処理し切る。


「僕もそれができていたなら、やっていたんだけど、」

 個人チャットの途中、グロリアの放ったエネルギー弾を浴びる。気付き、慌ててテトラを動かすも耐久力がみるみると削られて行ってしまった。

「こっちはこれだけ喰らって、向こうには突進を一回当てただけか。そろそろ、一撃をお見舞いしたいところだな」


《剛剣には長い硬直があって、》

 グロリアのミサイルポッドが開き、大きく弧を描いて大量のミサイルがばら撒かれる。意識が個人チャットから遠ざかり、ティアの言葉を最後まで聞き取ることができなかった。

 折角のアドバイスだったのに、ちゃんと聞くことができなかったことが、なんとも悔しい上に、邪魔をされたことでパッチペッカーへの苛立ちが募ってしまう。


 ミサイルは一発でも喰らうとヒットストップが発生する。なにかしらの盾で防げば、幾らヒットストップが起ころうと防ぎ切ることはできるが、ショルダーガードもレッグガードも、実弾に脆い以上、頼れない。


 それでもパッチペッカーは僕が無理にでも防御すると考えているはずだ。テトラが動きを止めている間、グロリアは動ける。ミサイルで拘束し、剛剣の大きな隙を生めようという魂胆か。

 そうと分かれば、ミサイルを防ぐという手段は使えない。ブーストダッシュを掛けて、ミサイルから逃れるために空を駆ける。

『幾ら逃げても無駄だ!』

 追尾性能持ちのミサイルは旋回しながらテトラへと襲来する。ある程度まで固まり切ったところでテトラを反転させて、エネルギーライフルでミサイルの先頭を撃ち抜く。誘爆によって十数発のミサイルを沈ませるが、この誘爆から逃れた四発は爆風と煙の中を抜けて、尚も突き進んで来る。


 真上に飛び、まずはミサイルそのものを飛び越えるようにして回避。続いて機体を回して、再び狙いを付けるために旋回を始めたミサイルをモニターに収める。

 ビームを連射して、これを撃墜。一時ではあれど、追い掛け回される脅威から再度、逃れることができた。

 が、もうグロリアが後ろに回っている。マップ画面から襲撃には気付いていたけど、今更、反転したところで遅い。

 ショルダーガードを展開させて、袈裟に斬ろうとするグロリアの剛剣を受け止める。これはもう仕方が無い。使わなければ撃墜されていた。


《ははっ! ぶっ壊れろ!!》


 展開していた右肩のショルダーガードの損傷ゲージが空っぽになった。直後、テトラを守っていたそれは電流を迸らせ、煙を上げて爆発する。

 コクピット内が大きく揺らされた。衝撃に備えてはいたが、ペダルの操作に気を張っていた左足が滑って、計器に叩き付けられる。鈍痛が神経の奥を駆ける。ピリピリと脳内に刺激が走り、今すぐにでもこの痛みを声にして放出してしまいたくなる。

 しかし、その声をパッチペッカーに聞かれればまたも嘲笑されるに違いない。声を必死に押し殺し、気取られないようにするが、くぐもった呻き声ばかりは漏れ出てしまう。

 ただ、ショルダーガードの破損に伴う爆発によって運良く、グロリアの追撃からは免れることができた。

「残っているのは左のショルダーガードと、両足のレッグガード……あとは――」

 パージでのコンマ数秒にも満たない、あらゆる攻撃の無効化。相手の“攻撃を防ぐという点”ではそれだけしかない。


《さっさと倒しなさいよ! エネルギーライフルしかまだ、テトラの攻撃面での武装を見てない。なにを出し惜しみしているの? あなた、それで勝つ気があるっていうの?》

 素もなにもかも出しちゃってるなぁ、ティア。でも、それが倉敷さんの本性で、テオドラとは違う良いところでもある。

「勝つ気はあるよ」

《チームの勝利に拘るあまり、自分が負けても構わないって思ってる。私に『助けてあげる』って言ったでしょ! じゃぁさっさと助けてみなさいよ! 助けてくれたらそれなりに評価してあげるから!》


 思うに、僕の生き様っていうのは、どこに居ても同じなんだろうなと思う。


 リアルでもこうやって負けて行く。根暗で陰険で、落ちこぼれで、どちらかと言えば目立つ奴の顔を立てるタイプ。自分は得せず、周囲が得する。相手が喜ぶのなら、負けることも辞さない。わざと負ける。いや、ちゃんと勝てるってわけでもないけど。


 つまり、自信が無い。


 仮想世界でも、そんなことを続けていた。なのに僕は、それを良い方に肯定しようとしていた。負けることは悪いことではない。そんな風に思っていた。

 でも、それは違う。それは昔の僕で、今の僕じゃない。


 だから今の僕は――ただこのとき、ここに居る僕は自分自身の勝利に固執しようと思った。頑張りたいと思うことは、悪いことじゃない。相手を蹴落とし、勝利をもぎ取る。それはどんな対人戦ゲームでも言えることだ。

 悪いことじゃないのならば、色々と吹っ切ることだってできてしまう。

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