歪む
グロリアが腰の左から右手で刀を引き抜く。途端、刀身に炎が宿って燃え上がる。更に左手に握るエネルギーライフルの銃口をこちらに向けて、止めていた射撃を再開させた。
撃たれるより先に左にブーストを掛ける。動いている目標物を捉えるのは難しい上に、ショットガン系統は狙いを定めるよりも大雑把に撃ち続けた方が効率が良いこともある。そりゃ近距離からの射撃が最も有効であるのだが、それは最高火力の話だ。リアルのショットガンはそれほど近距離特化の銃というわけではない。
撃たれるより先に、こうやってブーストダッシュで避け切れるのなら、攻める手もある。先の先を読むように動けばグロリアにも近付ける。
ここぞとばかりにブーストを切り、ゲージが回復したところでグロリアに真正面から突き進む。エネルギー弾を一挙にばら撒かれるが、防盾でこれを弾き、右腕でソードを引き抜いて、近接戦闘の準備に入る。
『ちっ! 防御重視のピーキーな性能で固めやがって!』
燃え上がる閃刀『ヒヒイロカネ』を携え、グロリアはテトラがソードを振りかぶりより速く、斬撃を合わせて来る。
エンチャント付きの近接武装と鍔迫り合いは危険すぎる。左腕の防盾で、まずは受け止めるべきだ。
その判断に従ってテトラの左腕を動かす。
『盾ばっかに頼ってんじゃねぇよ』
閃刀で掛かって来るとばかり思い込んでいたのが災いする。グロリアは振り上げたその閃刀を振り下ろすことは無く、テトラとの距離を詰めたところでエネルギーライフルの銃口を防盾に突き付けて発射した。
防げないわけではない。エネルギー系の銃器に関しては、遠近問わずに威力の低下がほとんど無い。つまり、これだけ距離を詰められて撃たれたところで、そのエネルギー弾の威力は当初のそれと大差無いのだ。
けれど、この近距離で数十のエネルギー弾を、たった一つの防盾全てに集中して浴びせられることになる。
遠距離で牽制しながら、いつ僕が攻めて来るかと、パッチペッカーは心待ちにしていたのだ。
そして閃刀のシステムアシストを途中で切るところから、操縦方法はマニュアルであり、その技術は大会で見たものと同等と受け取れる。なのに、僕は油断していた。それぐらいのことは頭の中に入れておかなければならないことだったはずなのに。
盾にも、装甲と同じく損傷ゲージが存在する。それを一気に削り切られて、防盾はテトラの腕から弾かれるようにして飛び、中空で爆発する。
「……笑えないな、このミスは!」
自分自身に毒を吐く。
『左腕も頂くぜ!?』
この状況は非常にまずい。強引にショルダーガードを展開させれば防ぐこともできる。けれど、このショルダーガードには炎熱耐性が無い。炎熱のダメージもそうだが、徐々に耐久力が削られて行くスリップダメージを受けることは避けたい。
「もう一度言うよ。僕の“直感”は、外れない!」
炎の刀身がテトラに触れるか触れないかの瞬間、左腕の装甲をパージさせる。
『な、に……!!』
装甲のパージによって生じる無敵時間が、左腕を切断するはずだった炎の刀身を弾き返す。同時に、グロリアの右腕が衝撃で引き下がったために、機体そのもののバランスも大きく崩れている。
「押し、飛ばす!」
こちらも防盾が弾き飛ばされたことでバランスが崩れていたが、グロリアより早くバーニアで姿勢を整え直し、ブーストダッシュの勢いも加えたショルダータックルを繰り出す。これそのものには大した攻撃力は無い。ただの体当たり、良く言って突進。ただ、戦況をリセットするには、申し分無い。
『ってぇなぁ!』
大きく吹っ飛んだグロリアが、その先でバランスを整え、エネルギー弾を連射する。見たところ、銃身が違う。
系統の違うエネルギーライフルがそれぞれ一挺ずつか。
「随分と、テクニカルな戦い方をするじゃないか」
ラクシュミと戦っていた時には、どちらかと言うと猪突猛進型だったのに、戦況をよく見ている。ひょっとすると、僕よりもその把握する力は上かも知れない。
左右に軸をズラしながら機体を移動させ、連射が止まった瞬間を狙って一気に距離を詰める。戦況をリセットしたいがために開いた距離を、また自分自身で詰めなきゃならないなんて、これもまた無様だ。
『このシステムアシスト終わりを狙って来るのは見えてんだよ!』
また突進し、バランスを崩させたところで攻勢に出るつもりだったが、グロリアは右に逸れる。直角に曲がった。しかもディレイもウェイトも殺しているようには見えなかった。これは、公式大会でもあったバックダッシュと同様の代物だ。
「他の機体より、少しだけ速く避けるってだけだろ」
避けられても翻っての攻撃に移られなければ良い。かわされても、突き進んで距離を作ってしまえば、なんの問題にもならない。そこからエネルギーライフルの射程に入って、隙を窺うのが妥当だろうか。
近付いたり離れたり、離れたり近付いたり、タイマンで戦っているのにまともなぶつかり合いをまだしていない。これは観戦しているプレイヤーにとっては退屈だろう。
「観客に気を配れるほどの、真っ当なプレイヤーか、僕は?」
自分の感覚を馬鹿馬鹿しく思ってしまう。
後方からの急襲を示すアラートが鳴り響く。背中には防御系統の武装を施していない。けれど、翻っての防御はウェイトを生んで、逆に不利になる。
うねるように機体を動かし、ともかくも後方から来たエネルギー弾をかわして、マップの端まで辿り着いたところでようやく反転し、グロリアを探す。
『自分から追い詰められるなんて、バカだよなぁ!!』
斜め下からグロリアが来る。既に閃刀を握るグロリアは攻撃モーションに移っている。クリティカル距離だ。システムアシストが掛かったグロリアは、どうにかして僕がテトラを動かさなければ、このまま足を断ち切って来る。
上昇して間に合うか?
ワンダースフィアの特性上、すぐに上昇限界にぶち当たるに決まってるじゃないか。逃げるなら、直進しかない。でも、それだと一撃を貰うのは目に見えている。
「それでも、喰らうわけには行かない」
両足に備えられた防盾――レッグガードを展開させて、グロリアの刀を受け止めると同時に力を込めて弾き返す。その隙にブーストダッシュを掛けてマップ隅から逃れ出る。
『足にまで盾かよ。ピーキーにもほどがあるんじゃねぇの? お前、それで戦う気があるとか思えねぇな。こっちは本気で戦ってやってんのになぁ!』
グロリアの両肩にあるミサイルポッドが開いた。
「肩掛けのミサイルポッドは直線に走る。なら、怖くもない」
『どうかな?』
射出されたミサイルは僕の予想とは異なり、大きく弧を描いて飛行する。この軌道は両足に備えるミサイルポッドから射出されるものと同じだ。拡散して飛び、最終的に狙っている機体へと飛来する。
これだと、一度に全てを撃ち落とせない。
「そういう風にゲームで遊んで、楽しいか?」
『規律に縛られすぎている世界なんて面白くもない』
「だからって規律を破ることが通るとでも言いたいのか?」
全てのプレイヤーが快適に過ごすことのできる規律。それを破るプレイヤーはただの無法者だ。自分を中心に置いて世界を見る。
自分で世界を評価して、自分で世界を変えようとする。そんなのは全部、くだらない子供の夢物語でしかない。
パッチペッカーはまるで子供がそのまま大人になってしまったかのような危うさがある。自分が世界を回しているのだと錯覚しているに違いない。
テトラの右手を動かしエネルギーライフルを抜いて、ミサイルを迎撃するが、やはり追尾性能持ちのそれを全て撃ち落とすのは難しい。
撃ち漏らした複数のミサイルをショルダーガードで凌ぐが、この両肩に備えている防盾はエネルギー系統の攻撃に対して強い防御力を持つが、ミサイルのような実弾系統には酷く脆いものになっている。早くも損傷率の限界を伝える画面が表示されてしまう。
『お得意のパージも! 数には対処し切れないよな!』
それは確かに言えることだ。
多段ヒット系の攻撃に関して、パージは無力だ。無敵時間は極めて短く、単発の一撃ならば防ぐことができても、複数の攻撃判定が生じるものは一撃目を防げても二撃目を阻止し切れない。パージの対策をして来たわけではないだろうが、パッチペッカーの得意とする戦法が僕には不利に働く。
グロリアが上空から降って来る。即座に、その場から離脱を試みる。が、パッチペッカーはそれを読んでいたかのように漆黒の機体をテトラが飛ぼうとした方向へと回り込ませた。
懐に入られた。このままだと一方的にやられてしまう。
「くそ」
即座にバックダッシュで距離を開け、引き撃ちを狙うが――
『逃がすかっ!』
バックダッシュとブーストダッシュでは、後者の方がその推進力は上だ。でも、懐に入られたから退くことが全てじゃない。人によっては体当たりで対抗するかも知れない。銃器で反撃することもできる。近接武装を構えて、鍔迫り合いに運ぶことだってできる。それら多くの対処法の中で、次にどう動くかを予測されることはまずない。
だって相手はCOMではない、同じ人間なのだから。
だからこそ、読むこともできる。運悪く、パッチペッカーに僕の操縦を読まれた。退くことを読まれたからこそ、グロリアのブーストダッシュには僕自身、目を疑ってしまった。
あり得ない、と。行動を先読みされることはよくあることなのに、いつもそう思ってしまう。
だからこそ諸々の動作全てが、遅れる。
まず、い――
サーッと頭頂部から腹部に掛けて、氷が通ったかのような冷たさが伝う。
直後、テトラの胸部にグロリアの閃刀『ヒヒイロカネ』の刀身が喰い込んだ。迸る衝撃と炎熱の追加ダメージが容赦なくコクピットを襲う。体が前後左右に揺さぶられ、頭を思い切り計器類にぶつけた。炎により熱せられ、思考が止まる。機体の制御が利かない。スラスターの推進力を全開にさせるが、グロリアの刺突が及ぼす衝撃を未だ殺し切れていない。
このままだと下降限界に到達して、墜落のダメージまで加わってしまう。
「ぐ……こ、のっ!!」
モニターの映像は乱れ、視界は震動でブレる。スラスターだけで制御し切れないのなら、バランスを取るためのバーニアも用いて、無理やりにでも姿勢を戻してやらなきゃならない。
『へぇー、閃刀に貫かれて撃墜し切れないなんてことは初めてだな』
パッチペッカーは僕の焦りを加速させるかのような台詞を嘲笑混じりに吐いた。炎熱による暑さは無くなったが、怒りで脳は沸騰している。こんな分かりやすい挑発に、意識せずとも苛立ってしまっているのだ。
下降限界を伝えるアラートが鳴る。
「止まれ!!」
声にするだけでなく心でも強く念じて、力強く右ペダルを踏み締めて操縦桿を前に倒す。
墜落の衝撃はない。テトラはギリギリのところで持ち直したらしい。全身に掛かっていた重力から解き放たれ、気怠い感覚が襲う。
それどころか、痛みすらある。ぶつけた頭はともかくとして、右腕がズキズキと痛む。それは熱となり、やがて痺れへと至る。
『骨の一本でもイッたか? ふははははっ! それがリアルの痛みってやつだよ!』
右腕に力を入れようとするたびに、その痺れが存在を誇示して来る。一時の麻痺とは思えない。なにより、力を込めれば痺れに留まらずに鈍い痛みが奔る。すぐに引いたと思った痛みは、ジクジクと僕の神経を壊し、感覚に狂いを与えている。
「機体に掛かるGも、全身を巡る痛みも……ここじゃ、死に至らなければ同等に与えられる……」
『そりゃそうだ。システム、そして脳による痛覚の遮断なんてものはこの世界をつまらなくさせている枷だ。痛みがこの世界を更にリアルに近付けるんだよ』
この痛みが、リアルだって?
「く……くくく、くははは……、良いよ、凄く良い。そうそう……こういうのが、良いんだよ……はははははっ」
右腕の痛みに苦しみ、目の前の景色すら薄っすらとボヤけて行った。
なのに、口からはただただ笑い声だけが、零れ出していた。
まるで、“この痛みを最初から、この世界に求めていたか”のように。




