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『システムチェックが完了しました。システムによる接続は良好です』
機械音声を聞き取ったのち、僕は椅子に腰掛ける。続いて、放り出しっぱなしの神経接続携帯端末からケーブルを突出させて、一つをパソコンに、もう一方の先にある針を、自身のうなじに突き刺す。脊髄反射は脳を通らない。そのため、この針が代わりにそれを読み取る。痛覚を刺激しない長くしなやかな蚊針は現代の最先端医学でも使われている人に痛みを与えることのない針だ。
ゲームを終えて時間が経って来ると少しだけ刺していた部分が痒くなるが、次の日には気にならないし痕にもならない。まったく、最近の技術や医学というのはゲームに転用するとこんなにも便利になるものかと驚くほどだ。
神経接続携帯端末の名称は『NeST』。この端末のUIはVRMMO及びVRMO内全てのコンソールとほぼ等しく、互換性がある。パソコンへゲームをインストールすることも大切であるが、この端末にもプログラムやシステムファイルをインストールしなければ、ほぼ全ての体感型オンラインゲームは遊べない。
機密データをサーバーに預けるのを嫌う一部のオンラインユーザーの願いを形に変えたもので、ほとんどのプライバシー情報や、プレイヤーデータなどを保存している。生体データを記録しており、一日に一度、ログを開発企業に送るシステムがあるのだが、それは生年月日や一日のプレイ時間などのログであって、プライベートなものではない。これに関しては賛否両論あるだろうけど、情報処理社会においては、より良いものを作るには多くのユーザーの情報が必要となる。
なにより未だこのセキュリティは突破されていないため、違法改造はほぼ不可能である。その点だけでも強い信頼を寄せることができる。とにかく堅いことで有名で数々のハッカーが改造を諦めたほどの性能である。
データのバックアップにクラウドしか使えない点は痛いが、その分、チートを許す隙間が無いというのは一般ユーザーにとってありがたい限りである。
持ち運びが可能な携帯端末であるがために、紛失などの事例はあるが指紋認証システムの導入により、情報の漏洩も減少した。
見た目はタブレット型携帯端末。そのため重量に関しては言うほどでもなく、なによりパソコンのような各種ケーブルが端末内に収納されるのが特徴的だ。スリムなラインを持っているが、見掛け以上に頑丈。ただし、どの精密機器にも言えるけれど水には極端に弱い。持ち運びも想定されているため、この形に落ち着いたらしい。
今、僕の感覚のほとんどはパソコンと、それに繋がれた『NeST』に委ねられた。肉体的な動作でさえも、全権利を委ねてしまえばもはや僕のリアルにおける肉体は動くことさえできなくなる。
代わりに仮想世界にあるプレイヤーキャラクターが僕の求める動きを完璧にこなすことになる。HMDが映す視界にはパソコンのデスクトップ画面が表示される。本来はマウスで動かされるポインタは意思によって動かされ、ダブルクリックもまた『決定』の意思によって成立される。
これらの準備がゲームにおいて必須であるのなら、僕らのような、ゲームを日常的にプレイする人間は躊躇なく行える。
携帯ゲーム機が電池切れを起こせば電池を交換するだそうし、バッテリーが切れれば充電する。この行為はそれらの行為と等しい言っても良い。当たり前すぎるほどに当たり前なのだ。
「問題は、無い……かな」
ポインタを操作して、ゲームデータのショートカットを『実行』する。
僕は改めて、椅子に深く腰掛けた。一部の人が今、僕の姿を見たら悲鳴を上げるかも知れない。ゲームをしている姿というのはいつの時代であっても、他人に見られて好印象を与えられるものではないのだが、“この手のゲーム”に至っては、プレイする側ですらも恥ずかしいと思うのだ。僕も家族会議が開かれる前には両親に見られないように深夜帯にしていた。
しかし、そんな心配も、高校入学と同時に下宿生活を始めてしまえば、もう必要ない。僕の姿を目撃するような人物はここには居ないのだ。この姿を衆目に晒すことを自分から行おうとしなければ、誰にもこの姿は見られない。つまり、僕は堂々とゲームをやりおおせることができるわけだ。
怠惰ここに極まれり。聞こえは良いが、示していることは最低である。僕のような人間が大人になったとき、社会に果たして貢献できるだろうか。できないような気がする。
それはさておき、だ。
眼前に浮かぶのは『起動を始めますか?』という質問に対しての『はい』と『いいえ』の画面。ここに関しては目の動きに合わせてカーソルが二つの選択肢の間を交互に行き交う。これは視覚の確認のためだ。しばらくカーソルで遊んだあと、目を左に寄せて、『はい』にカーソルを合わせる。
決定に関しては時間制。5秒からカウントが始まり、0になるまでにカーソルをどちらかに寄せていれば、それがプレイヤーの意思であると見なされる。『いいえ』を選べば、HMDの電源は落ちるようになっている。
カウントが0になった直後、目の前がフラッシュアウトし、瞬間、体の中央がフワッと浮き上がる感覚が訪れる。そして、ジワリジワリと意識が遠くなる。全身麻酔を掛けられる人はきっと、こんな感覚なのだろうなと毎度のことながら思うのだが、その眠気に僕は抗うこともなく身を委ねる。
そういや、これに慣れてしまうと手術のときに麻酔が掛からない――なんてことはないだろうな、なんてありもしないことを考えるのだが……それも、ゲームを始めた頃にはどうでも良くなっている。
そう、僕はゲームのためなら諸々の弊害にすら立ち向かう。だって、無類のゲーム好きだから。
VRMOアクションゲーム。もっと略すならVRMOACTと言ったところだろうか。それが僕の今、やろうとしているゲームのジャンルだ。
ゲーム名は『Armor Knight』。
そこには現実から離れた、仮想の世界がある。