誘き出す
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理沙と共にパッチペッカーの捜索を始めて一週間が経った。手元には情報と呼べるものはない。さすがに一週間も経てば目撃情報の一つや二つは手に入るんじゃないかと予想していただけに、この空振りは精神的にも参ってしまう。
ログインして、BBSを眺める。これは捜索の最初に行うことだ。どうせなら、このBBSに『人を探しています』というタイトルで書き込みでもしてしまおうかとも考えたが、それをパッチペッカーが閲覧する可能性だってある。雲隠れでもされたら、たまらない。
でも、長期間ログインせずにいるというのは、恐らくできないだろう。パッチペッカーは僕と同類だ。リアルよりゲームに重きを置いている。テオドラに勝ったという名声が消えない内に必ずログインするはずだ。
それでもBBSを確認するのは、パッチペッカーが悪質な初心者狩りプレイヤーであるからだ。『ブラリ推奨プレイヤー』なんて酷いタイトルのスレッドもあって、日々そこにはたくさんのプレイヤーネームが記されている、というか晒されている。
何月何日の何時頃の対戦、対人戦のルール、悪質と思う理由などが細かく記され、注意が呼び掛けられる。くだらない理由でブラリ推奨と書かれたプレイヤーも多いが、それに対して反対を論じる人も登場し、書き込んだ側のプレイヤーがブラリ推奨プレイヤーとして書き込まれるなんていう逆転劇も起こる。
なので、スレッドの最初のレスに記されるブラリ推奨プレイヤーが一番、要注意というのが常識となっている。こういった連番の付くスレッドでは、そういった書き込みをテンプレートと呼ぶ。
なんにしたって、閲覧するのはあまり気分の良い話じゃない。特に僕はこのスレッドが嫌いである。しかし、今回ばかりはこのスレッドが役に立つかも知れない。パッチペッカーはテンプレにも載るブラリ推奨プレイヤーだ。どこかで対戦し、その情報が書き込まれるかも知れない。
「あー、やだやだ。見ているのも楽しいけど、やっぱり動かす方が面白いよね」
書き込みを上から順に眺めていると、ルーティに肩を叩かれた。
「どうだった?」
BBSとの接続は切らずに彼女に問い掛けた。
「観戦可のルールで遊んでるプレイヤーってみんな目立ちたがり屋の奇人変人ばっかり。でも、パッチペッカーさんは居なかったよ。一時間ぐらいずっと観戦状態を維持していたから、疲れちゃった」
対人戦のルールの内に、『観戦を可能にするか』というものがある。これを可にすると、対戦ログが丸ごとサーバーに残される。そして観戦を希望するプレイヤーたちが見ることのできるシステムだ。
対戦ログに限らず、リアルタイムに行われている観戦可能な対人戦も見ることができる。理沙にはそっちの方を見てもらっていた。対戦ログでパッチペッカーを見つけても、それは過去の戦闘で役に立たない。
「目立ちたがり屋だったと思うのに……違うのか」
「初心者狩りが好きなんだったら、優しく近付いて色々と教えたあと、対人戦に持ち込んで撃墜するんじゃない? それをわざわざ観戦可にしていたら、それだけで晒し者になっちゃう」
もう既に晒し者になっているのに、そんな風に気を付ける理由が見当たらないが、初心者狩りを他者に見せるはずもないか。
「ルーティの言う通りだな」
「っていうか、口調を女の子にしなきゃ」
言われて、素が出てしまっていたことにようやく気付く。
「御免」
「そうそう、それで良し」
スズで調査を続けているのは、こっちのキャラの方がなにかと小回りが利く。リョウで調査をしていても、得られる情報は酷く少なくなるか、或いは偏ってしまう。
「なにか面白い対人戦はあった?」
「まー、色々とね。勉強にはなったよ。それより、BBSの方はどんな感じ?」
「今日も外れ、かな」
「なんで私は見ちゃダメなの?」
「あんまり、こういったことに振り回されるような遊び方をして欲しくないから、かな」
人の情報を全て信じて、あの人もこの人もブラリに入れてしまえ、なんて。そんな風に遊んだら、心が荒んでしまう。パッチペッカーを登録していたのは、初心者のルーティには危険が及ぶだろうと思ったからだ。でも、他にも初心者狩りは幾らでも居て、その中で一番有名なパッチペッカーを登録したってだけに過ぎない。
物事には良いことと悪いことが両方必要だ。それはリアルに限らず、ネットでも同じこと。純粋培養で、悪事を知らないままにネットで遊んでしまったら、ほんの少し嫌なことがあっただけで投げたり、人に八つ当たりしてしまう。
悪質なプレイヤーは許されることをしていないが、けれど僕らを時に学ばせることもある。真贋を見定める鋭い勘みたいなものを鍛えるには、数回、嫌な思いには遭わなきゃならない。
こんな風にルーティは楽しそうに『Armor Knight』を遊んでいるが、パッチペッカーさんとは違う初心者狩りにも遭っている。それでも続けているのは、悔しさと同時に、次は本当に信じることのできる人と出会いたいと思うからだ。
だから、ブラリ登録はほどほどに。ブラリ推奨プレイヤーを意識し過ぎて、普通のプレイにも支障を来し始めたらなんの意味もない。
「ヤバ、今の表情、すっごい可愛かった」
変な方向にルーティは感激していた。
「へ?」
「もー、リアルでも美少女だったら良かったのに」
美少女ではない=男という方程式は成立しない。ギリギリセーフ。ただし、人によってはギリギリアウトにも聞こえる台詞だった。
「それは私を否定しているの?」
「あ、怒った?」
「さすがに怒りたくなった」
言いながら、書き込みの最後の行へと視線を落とす。
「ん?」
「なに、なにかあった?」
「日付は今日で、時間もついさっき。書き込みは、投稿されたばかり。『噂通りのパッチペッカー。性別は男。初心者狩り。果てには女性プレイヤーをナンパ、そして恐喝』」
「うーわ、よく出て来られたね」
「テオドラを負かして、実はパッチペッカーは凄いプレイヤーなのかもという一部の人を引っ掛けたんだよ、きっと」
BBSとの接続を切って、コンソールを閉じた。
「相変わらず、ナンパが好きなんだね、この人」
「リアルじゃ相手にされない分、こっちで発散しているんじゃない?」
偽物のラクシュミを乗り回し、倉敷さんの注いで来た情熱をへし折って、彼女は現実逃避するべき場所まで失った。それは、僕個人としては許せるようなことじゃない。
「さて、と、あとはどうやって呼び出すか」
「呼び出して、それでどうするの?」
「テオドラと戦って、パッチペッカーは『スリークラウン』の座を奪い取ったんだよ。要するにテオドラと入れ替わるようにしてパッチペッカーがギルドメンバーに入った。私としては、パッチペッカーが『スリークラウン』に居ることは相応しくないんじゃないかと思っているんだよ」
ギルドのやり方やそのメンバーの募集方法に相応しい相応しくないと文句を言うのもおかしな話だけれど、スズではなくリョウという視点であるならば、それは許されることだ。
ただその場合、僕とパッチペッカーの共通点が、ギルドメンバーとして相応しいか否かに関わって来てしまうんだけど。
「呼び出すの、危険じゃない?」
不安そうにルーティが言葉を零したあとに、僕のコンソールには検索結果が表示される。そこにはハッキリと『パッチペッカー』の文字があり、その隣にはログインIDと現在地のエリアが表示されている。
「……スズで呼び出すと、危険なのかな」
大会で対峙してしまっているので、プレイヤーネームがスズってだけでテオドラのフレンドだと踏んで、逃げられてしまいかねない。
「私が呼び出そうか?」
思案していると、ルーティがいつも僕に向けるときのような気遣いと同じ口調で言った。
「私は正真正銘の女性プレイヤーだから。それに、少し前までは初心者だった。どう? 初心者狩りのプレイヤーには良い獲物だと思わない?」
「でも、」
「でもじゃない。私にも協力させてよ。それで、私にパッチペッカーさんを叩きのめすところを見せてよ」
こんなにも真摯な瞳を見せ付けられてしまうと、反論の一つも出て来ない。僕は静かに肯き、人の多い掲示板付近からルーティとともに離れた。
「メールできる?」
「初心者狩りもそうだけど、リアルで会わせたいって思わせるような女性を演じちゃえば良いわけでしょ。簡単簡単」
彼女のコンソールの画面に表示されたメールの本文に僕は目を通す。
『こんばんは、お暇ですか?
良かったら一緒に遊びません? 私、この前のテオドラさんを負かした対戦ログを見て感動しちゃって……だから、もっともっと一緒に遊びたいんです。
のんびりとメール、待ってます』
「……あざといなぁ」
文章を打ち終わったあとに、ルーティは絵文字をこれでもかと追加していく。
ハートマークとか、僕へのメールにすら使ったことないくせに……。
「あざとくなきゃ男は釣れない。それとも、こんなメールでも良いから受け取りたい?」
僕が嫉妬心に駆られていることに勘付いたのか、ルーティは小悪魔のような笑みを浮かべていた。
「ルーティって、私へのメールに絵文字使わないじゃん。なんだかなぁって」
このままからかわれるのも癪だったので、妙な対抗心に発言を任せたら、とんでもなく恥ずかしいことを口走っていることに気付いてしまった。
「だって、絵文字使ったら、ドン引きするじゃん。そういう子、嫌いでしょ?」
嫌い云々以前に、そもそも異性とのメール相手なんてルーティしか存在しないし、どう答えたら良いか分からない。最近は倉敷さんともメールしてるんだけど、あの人も絵文字使わないし、なんかこう、一般的な女性のメール? みたいなものがどういったものなのか想像も付かないので困ってしまった。
ああ、奈緒とはメルアドを交換すらしていないっけ。あいつ、いっつもスマホをイジっているから、僕のメルアドを追加したら迷惑になると思うんだよな。
「ま、まぁとにかく、送るなら早く送れば?」
「……はぐらかした」
イヤミのように、しかしボソリと呟いてルーティはメール本文に散らばっていたハートマークを全て消して、代わりに笑顔を表すマークを打ち込み直した。また僕は彼女に気を遣われてしまったらしい。この場合はむしろ、気を遣わしたと表現した方が良い。
ルーティの指が送信の文字をタップする。折り畳まれた手紙が便箋に入れられて、コンソールの画面から消えるというアニメーションの一部始終を二人して見届けた。




