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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第一章 -Encounter-
33/645

倒れる

***


 スーパーに着く頃には日もほとんど沈み、あれほど鮮やかだった茜色の空には月が輝いていた。色々と手間を取ってしまったが、外灯が道路を照らす頃までには下宿先に帰ることができるだろう。

「スナック菓子を買わせてくれなかったのはなに? 新手の嫌がらせ?」

「無駄遣いは厳禁です」

「なんでだよ、意味が分からないんだけど」

「私が居るときは、節約に徹してもらうから」

 素直に感謝することができない。財布の紐を握られるとはまさにこのことだ。こういうときは女性に逆らってはならないと遺伝子レベルで刻み込まれた本能が訴え掛けて来るので、引き下がるしかない。

 ただでさえ、食材の入ったエコバックを肩に担いでいる。ヒョロい僕になんで荷物を持たせようとするのかと、これまた抗議しようとしたのだが、理沙の視線が「男が重い荷物を持つのは当然でしょ?」と語っていた。その無言の圧力に、僕はあえなく敗れたのである。


 そう言えば、父も母の荷物をよく持たされていた。やはり、遺伝子レベルで刻み込まれているのだ。


「あー私は涼の将来が心配だなー。こんなどうしようもない男を一体、どこの誰が世話してくれるのか」

「僕が世話をする可能性について話し合わないか?」

「それは多分、無いから」

 即答するのであっても、もう少し言葉を選べよ。そりゃ僕だって毒を吐く時は基本、言葉を選んでいないけれど、理沙がそれを真似する理由なんてどこにも無い……いや、あるのか? うん? 分からなくなってしまった。


 ジッと、理沙が僕を見つめて来る。たまらず僕を視線を逸らす。


 視線を合わせることを嫌うのは、コンプレックスを覗かれてしまうのではないかと怖れているからだ。腹の内を見せたくないから話も逸らす。線引きをして、これ以上、心を覗こうとするなという警告でもある。

「はぁ……『Armor Knight』をやっているときの涼は前向きで、視線だってあまり逸らさないのに」

「そりゃゲームなんだから、実際に見られているわけじゃない」

「視線や肌の感触とか、そんなのは全部、リアルと変わらないじゃん」


 でも僕はゲームにそれを求めちゃいない。


 誰にどう思われたって、名前さえ分からなければ怖くない。リアルではそれが不可能だ。偽名なんて使えないし、常に本名と自分は傍にある。不特定多数に悪い意味で名前が知れ渡れば、僕は会ってもいない人にさえ、バカにされ得る。そんなの理不尽すぎるじゃないか。


「また暗いこと考えているんでしょ?」

「暗いことを考えさせたのは理沙だろ。それともわざと?」

「まー考えることって悪いことじゃないじゃん? 考えれば考えるほど、自分に駄目だしできるわけだし。そうすれば、少しは成長できるかも知れない。幼馴染みとしては、涼が男らしく成長して欲しいと思うのです」


 男らしく、か。


「なんだろうな、頑張れば頑張るほど、評価されないっていうか」

 胸の内に秘めていた最近の悩みを吐露する。というか、これはほぼ毎日のように思っていることだから、悩みというレベルを超えているし、幼馴染みにする話でもないんだけど。

「そんなのは(ひが)みでしょ。涼は涼らしく、自分の思うことをすれば良いんだよ。それで嫌われたりするんだったら、それはその人と馬が合わないだけ。きっと、涼のことを分かってくれている人だって居るはずだよ」


 真っ先に思い浮かんだのは倉敷さんだった。あの人とあれだけ話せたのも、罪悪感ではなく、僕が心を開いても大丈夫だと判断したからかも知れない。


「毎度毎度、言い包められている気がして参るんだけど……なんだかんだで、感謝してる」

「それを言うなら私だってそうだよ。電話を掛けるたびに愚痴ったりして御免」

「愚痴なら幾らでも吐き出してくれて良いけど、トラブルに巻き込まれるのだけは勘弁だし、トラブルを起こさないようにもしてよ」

「いやぁ、ほんっとにありがたいんだよね。心の底から溜まっている鬱憤を吐き出せるのは涼だけっていうか」

「それを言われても、あんまり嬉しくないんだけど」

 良いように扱われている。

「なんかこう、隠し事なんてしない関係を築ける相手が理想の男性なんだよね」

「そんな人は稀有(けう)だと思うよ。相当、慣れ親しんでいないと自分の裏側なんて見せられないよ」


「じゃぁじゃぁ、私が高校を卒業するまで彼氏が一人もできなかったら、お情けで付き合ったりしてくれる?」


 僕の発言から、突拍子もないことを提案して来た。その手の約束は幼稚園児ぐらいがするのであって、高校生がするようなことじゃない。「私が大人になったらお嫁さんにして」とか昔は耳にたこができるくらい言われた記憶がある。


「なんて後ろ向きな発言なんだ」

「保険だよ保険。さすがに高校を卒業して大学生になったときにさ、男とデートの一つもしてなかったらイタいじゃん」

「イタいのか?」

「世間一般的にはイタい」

「僕が抱いていた世間一般的な常識が崩壊した」


 え、そうなの? 最近じゃ高校生で付き合うのが世間一般的なの?


 表情には出ていないと思うけど、自分でも分かるほどに取り乱す。どうしようか、高校生活なんて灰色でも構わないとか、一種の妥協をし始めていたのに、そんな斜に構えた態度すらもイタいだなんて。

「涼の世間一般的はズレてると思ってた」

「ズレてないし!」

「『このまま高校生活が灰色のまま終わったらどうしよう』とか、取り乱していたり?」

 どこぞの劇団員のようなオーバーリアクションで、しかも僕の声真似までして、ド直球で焦りを見抜かれてしまった。

「僕ってほら、男にはゲームの攻略本扱いだから女の子には避けられているんだよ」


「じゃぁ、高校を卒業するまでに彼氏ができなかったら付き合う。これ、約束にしよ。そうすればお互い、ダメージゼロじゃん?」


 でもそれって、理沙が彼氏を作ったら破綻する約束じゃん。見た目も悪くないし、体型だって胸を除けば相当だし、男が見過ごすとは思えない。それに比べて僕なんて良いところなんて一つも無いし、これでは色鮮やかな高校生活どころか人生すらもやって来ないのではないかと、割と本気で落ち込み、大きく肩を落とした。


「理沙にメリットのない約束なんだから、無理しなくたって良いよ」

「あのねぇ……私が無理してるように見える?」

 凄まれてしまい、もはや捻くれた自論を展開する気も失せる。

「分かったよ。保険な保険」

「保険ですよ保険」

「確認だけど高校に入って異性のメルアドは何件入った?」

「んと、二十件くらい」

「ふーん、そのくせ保険まで掛けるとか人生が楽しそうで良いですよね」

 これはやっぱり、約束は有って無いようなものだ。いや、理沙と意地でも付き合いたいとかではないんだけど。


 僕の拗ねた態度に理沙は「もー」と唸った。が、なにか言い返して来ることもなく、プイッとそっぽを向いて、スタスタと前を歩いて行ってしまう。そこでようやく、自分の子供さ加減に気付き、慌てて彼女の機嫌を回復する方法を思案しながらあとを追う。


 と、僕が追い掛け出して十秒も経たない内に理沙は立ち止まり、道路を挟んだ右斜め向こうをジッと見つめていた。


「えーと、理沙? さっきは、」

 追い付き、謝罪の言葉を口にしようとした途端、理沙に袖を思い切り引っ張られ、千鳥足のように足が縺れて危うく倒れそうになった。

「怒っているからって実力行使ってどうなんだよ」

「違う違う、怒ってないし」

 尚もグイグイと袖を引っ張られて、それがようやく「向こうを見て」という合図だと気付き、道路を挟んだ向かい側のマンションに視線だけでなく体ごと向ける。

 この付近一帯は、最近になって開発計画が立ち上げられて建てられたマンションが多く、『高級』の二文字が付く。少なくとも、僕の下宿しているアパートの部屋なんてここに住んでいる人たちにはウォーキングクローゼットほどの価値しかないだろう。それを踏まえるなら、ここを知らなかった理沙が思わず足を止めてしまうのも無理はない話とも言える。


 が、彼女はなにも建物を注視していたわけではなかった。


 高級マンションの出入り口から丁度、女性が出て来た。その女性は、僕が数日前に対面し、話をした倉敷さんで間違いない。

「住所……そうか、この辺だっけ?」

 人の家の住所を一々、パソコンやスマホのブラウザに入力して検索しないし、ついでに引っ越してからまだ間もないので、周辺の住所もイマイチ把握していなかったが、どうやらこの高級マンションの一室が、彼女の、或いは彼女とその両親が住んでいるところなのだろう。


 知らないフリをするべきか、どうするべきか。


「なんだか顔色が悪くない?」

 僕が道路を挟んだ向こう側に居る倉敷さんについて、どう対応しようか思案していると、理沙は不安げにそう僕に訊ねて来た。

 ここから顔色を確認することができるなんて、さすがは視力2.0の持ち主、などと思いながら僕も出来得る限り様子を窺うと、確かに倉敷さんの様子はおかしい。顔色は分からなかったが、足取りは覚束ないし、今にも倒れてしまいそうだ。近場の塀やガードレールに手を当て、倒れないようにはしているが、それもいつまで続くか、時間の問題のように見えた。

 僕が理沙に視線を向けると、彼女はガードレールを乗り越え、既に向こう側に渡るタイミングを見計らっていた。

「危ないって!」

「今にも倒れそうな人を見て、放っておくことなんてできないよ!」

 その正義感には賛同するけれども、周りはちゃんと見て欲しい。

 仕方無く、僕もガードレールを乗り越えて、今にも飛び出さんとしている理沙の手を掴んで止める。直後、眼前を車が走り抜けた。

「ほら、急がなきゃならないのは分かるけど」

「うん、ありがと」

 僕と理沙は手を離し、互いに左右を確認し、片手を上げつつ、ほぼ全力疾走で車道を横断し、目の前のガードレールを乗り越えて歩道に移る。

「大丈夫ですか?」

 理沙が倉敷さんに声を掛けたところで、彼女の足から力が抜けて、前のめりに倒れそうになった。それを理沙がギリギリのところで支え、肩を貸す。

「病院へ……行こうと、思って」

 息は途切れ途切れで、更には声にも張りが無い。

「歩けますか? 歩けないようならタクシーを拾うか、救急車を呼んだ方が良いですよ」

 救急車は行き過ぎだろうとも思ったのだが、倉敷さんの様子を見るに、それも妥当な判断であるように感じられた。

「大丈……夫。歩け……」

 倉敷さんの視線が僕に向いた。

「あ……、立花、君」

 直後、唇を震えさせながら僕の名を呼ぶ。

「涼、知り合い?」

「知り合い、ではあるけど……」

「伝えない、と行けない、こと……が」

 必死に繋ぎ止めていたのであろう意識が、そこまで言葉を吐き出したところで手放されてしまったらしく、倉敷さんは瞼を閉じ、そのまま理沙に体を預けてしまった。

「ちょ……大丈夫ですか!? ゆっくり、この場に降ろしますからね!? しっかりして下さい!」

 さすがに理沙でも、力の抜けた倉敷さんを支え切ることはできなかったらしく、その場に腰を下ろし、彼女を地べたではあれど横に寝かせる。


 これは、僕の顔を見て一安心したせいだ。


 人には、意地や根性という僕が信じたくないものが存在する。そういうものが強く働いていると、こういった場合、緊張の糸が切れない限りは意識を手放さない。けれど、安心して任せられるような相手を見てしまったり、知っている人物に声を掛けられた時、それが切れる。

 安心は時として悪となる。けれど、安心することで肉体を酷使することを脳が制止させるのならば、医学的には悪とは言い切れないのではないだろうか


 と言うより、そんなことを考えている場合では無い。


「救急車、呼ぶから! 理沙はそのまま容態を確認して!」


 電話恐怖症である僕だったが、これほどの緊急事態に陥ったならば、迷わずに119番に電話をすることぐらいはできるらしい。

「喉になにかを詰まらせているわけじゃない、自発呼吸もしているよ。でも、脈拍が弱い」

「脈拍が? 出血しているわけでもないのに?」

「普段からこんな風に脈が弱い人だったなら、気にすることじゃないんだけど……知り合い、なんでしょう?」

「一応、知り合いだけど……どこでどう知り合ったかはちゃんと話す。でも、それどころじゃない。僕の知っている限りだと、普段から脈の弱い人とは思えない」

「じゃぁ、これがここで意識を失った理由。顔も蒼いし、貧血、かな。病院に行こうとしていたみたいだし」

「じゃぁ容態については、喉にはなにも詰まらせていない、自発呼吸はしている、脈拍が弱い、症状としては貧血に近いって伝えれば良い?」

「それでオッケー。でも、なんかただの貧血じゃない気がする。すぐ来てくれると良いけど、遅すぎたらタクシー捕まえよう」

「分かった」

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