-Epilogue 02-
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「御巫と話はしたのか?」
病院の中庭で俺はベンチに腰掛けていた啓二に話し掛ける。
「俺があいつと話すことなんてほとんどねぇよ。大して会話を交わしたってわけでもねぇし。ああ、今は妹が傍に居る。安心してくれて良い。俺の妹は、出来た妹だ」
「妹……異父妹だろう?」
「ああ。だが、妹には変わりねぇ」
啓二の口からそのような言葉が出て来るとは思いもしなかった。
「変わったな」
「テメェもな」
「妹さんから聞いたが、高卒で今、仕事をしているんだってな」
「悪いか?」
「いいや? でも、お前なら大学にぐらい悠々と入れると思っていた」
「高校生でテメェも知っているように荒れに荒れてな。大学に行くより仕事して金を稼ぎたいと思ったんだよ」
啓二はやや面倒臭そうに言う。
「で、テメェのキャンパスライフはどうだった?」
「俺の全ては御巫だ。楽しめているわけがないだろ。お前に恨み辛みばかり積み重ねていた時期でもある。お前が高校で荒れたんなら、俺は大学生で荒れたんだよ」
「はっ、真面目君が荒れる? 考えられねぇなぁ」
鼻で笑われてしまったが、大して嫌な気にはならない。
「全ての責任をお前に押し付けて、逆恨みをして……悪かったな」
「テメェから言うのかよ。俺だって、テメェの話をちゃんと聞かずに殴って悪かった。それに、遠因になるような荒んだ態度であの当時、生きていて悪かったな」
これで互いのしこりが無くなるというわけではない。だが、こうして口にすることで、形だけではあれ心の重みは解消される。
「今は荒んでいないみたいな台詞だな」
「荒んでんのか、それともこれが素なのか分かんねぇってところだ。テメェは、その真面目振りはどうだ?」
「俺も分からなくなってしまったな。それに、真面目な奴がフリーターをしている、というのもおかしな話だろう?」
だから俺は、決して真面目では無かったのだ。本当に真面目な奴は、本当のしっかり者はちゃんとした定職に就く。そういう人生を歩むように調節できるのだ。俺はそれが出来なかったのだから、根はさほど真面目では無い。ただ、周りから真面目キャラだと思われるタイプってところなんだろう。担ぎ上げられて、妙に面倒事を押し付けられて、ただそれを放り出せず、全てに一生懸命に尽くしてしまう。要領良く面倒事を分散させられないのだ。
「フリーターは別に悪ではないけどな。好きなように生きられるってのは、気楽なもんだ」
「将来がヤバいけどな」
「ああ、貯蓄がねぇってのはヤバい」
「だけど、そもそも俺は貯金が出来る立場じゃないからな。御巫の入院費は彼女の親と俺の親とで分けて支払って来ている。俺はこれから、その莫大なお金を親に返すために、必死に働かなきゃならない。取り敢えず、持っていたお金を全て親に渡したが、一部は生活費として使えって言われて戻って来た」
「そりゃそうだ。テメェにもテメェの生活があるんだ。切り詰められるところは切り詰めても、金は死なない程度には持っていなきゃならねぇよ。で、もっと収入を増やすためにフリーターを辞めるんだろ?」
「よく分かったな」
「テメェのことなんてお見通しだ」
啓二は昔のように俺の考えていることを簡単に読み取ってしまう。
「プログラマーにでもなろうと思っている」
「やめておいた方が良いぞ。俺が聞いた限りじゃ、相当のブラックだ。システムに異常が出たら休日でも出勤しなきゃなんねぇらしい。休みなんてちっともありゃしないとか」
「そんなこと言ったら、大概の企業はブラックだ。まぁ確かにプログラマーやSEは酷使されるって話をよく聞くし、ヤバいのかも知れないが……なんの実績もない俺には、あとは力仕事ぐらいしかない」
「そういや、力仕事は駄目だったな」
「ああ、駄目駄目だ。で、どうしたものかと悩んでいたら神楽坂さんに薦められたところに応募することにした。なんでも当日に言われた通りのプログラムを幾つか組むのが試験だ。その精度や完成度から、採用か不採用か決めるらしい」
「どんなところだ?」
「神楽坂さんが使っているVR機器のプログラムや設計だ。御巫を起こしてくれたあの技術はまだまだ改良の余地があるらしくて、実績が少ないこともあって手も足りないそうだ」
「良いのか? 御巫との時間が少なくなるぞ」
「みんなには迷惑を掛けた。なのに自分だけ良い思いをするというのは、筋違いだ。ちょっとばかり環境が変わっても、離れている時間が長くなっても、それは受け入れなきゃならない。それが大人ってもんだろ?」
言ってはみたが、実のところ不安ばかりが付き纏っている。そもそも俺は、御巫や啓二以外の人とちゃんと話が出来るのかどうか。そこからがもう怪しいのだから。
「そこまで決めているんなら、俺がとやかく言うことはねぇな」
「そうだろ」
「……で? 御巫はテメェになにか言ったのか?」
俺は心配する啓二に対し、溜め息をついてしまう。
「まだ話すのは難しいらしい。でも両手足の関節は毎日、曲げ伸ばしをしてもらっていたし、リハビリさえすればいつかは歩けるようになるそうだ。で、左手だけほんのちょっと動くんだ」
「それはテメェが毎日、握り締めていたせいだとかなんとか」
「誰から聞いたんだよ」
「言っていたんだよ、御巫の担当医が。松本が毎日のように左手を握り締めていたおかげで、どこの関節よりも固くならずに済んだんだろうって」
思わぬところで俺のやっていたことがバレてしまう。恥ずかしいことではないのだが、言葉にされるとややストーカー染みているというか、狂気染みているのであまり話の種にはされたくない。
「その少しだけ動く指で、まず謝られた。二人乗りをお願いして御免なさい、って」
「女にそんなことで謝らせるなよな」
「確かにその通りだ。だが、そのあとがちょっとダメージが大きかった」
俺より先に、松本のことが好きだった。けれど松本にそれとなくフラれたから、妥協して俺を選んだ。今はその選択が間違ってはいないと思っているが、いつまでも妥協で付き合うことにしたという気持ちだけが残り続けて、苦しかった……らしい。
「あー……でも、今は俺のことなんてどうとも思ってねぇんだろ?」
「それでも、一途に想い続けていた俺はショックだったよ」
「別れる気になったか?」
「なってたまるか」
「なら大丈夫だろ。御巫も言えなかったことを言えて……まぁ文字盤で指差しただけだから、あとでまた声が出るようになったら言葉で伝えられるかも知れねぇが、とにかく内側にずっと閉じ込めていたことを白状できたんだ。二人揃って、心の内を全て白状したんなら、上手く行く」
「お前は愛の伝道師かなにかか?」
「違うだろ。テメェが俺に恋愛相談をし過ぎなんだよ。だからなにか言わなきゃならないと思って、自分でもよく分かんねぇこと言って、納得させて来たんだ」
「よく分からないことを俺に言って来ていたのか」
「お前だって俺によく分からないことを言ったりしていただろうが」
昔を思い出せば思い出すほどに、啓二と過ごし、話したことはなんと言うか……どうでも良い話ばかりだったな。
「……実はな、まだ御巫が目を覚ましたことは夢なんじゃないかって、信じられないって思っているんだ」
「俺も現実味が湧かないな」
「だろ? でも、ちゃんと御巫は起きている。眠ったままじゃなく、起きているんだ。お前の知り合いから、この奇跡は始まっているらしい」
「生意気なクソガキだろ?」
「ああ、だが……俺がゲーム内で知っているブラリ推奨プレイヤー時代のリョウとはまるで雰囲気が違った。あの子から、そんな狂ったような、頭のおかしい気配は微塵も感じられなかった。大人しく、繊細で、弱々しい。それなのに、一体なにをどうすればあの子はブラリ推奨プレイヤーにされるほどの狂気に包まれるんだ?」
「それは俺も知らねぇよ。だが、あのクソガキは内気で繊細なゲーム馬鹿だからな。だったら、ゲーム内でなにか、裏切られでもしたんじゃねぇかって踏んでいる。だとしても、クソガキが口を割るまでは訊かないでおこうと思っている。それが大人の余裕ってやつだからな」
リョウは怖ろしいほど腕の立つプレイヤーだった。なのに、ある時から迷惑行為ばかりが注目されるようになり、本人の態度も徐々に荒んで行っていたように俺は記憶している。だから、どうにもあの子とリョウが同一人物であるとはたとえ事実であったとしても思えないのだ。ブラリ推奨プレイヤーと俺が散々、吹聴しておいておかしな話だが、あの子にも誰にも話したくないような事情がひょっとしたらあるのかも知れない。だが、啓二の言うように俺たちからあの子になにかしてやる、という大人のお節介は逆効果だろう。
「ところで、啓二?」
なのでここであの子の話は切るとする。
「なんだ?」
「お前、異父妹をちゃんと妹と思えるようになっているんなら、そろそろ恋愛でもしたらどうだ?」
「は?」
「自分を想ってくれている異性が居るっていうのは、良いぞ」
「なんだよ、その惚気は……でも、しばらくは惚気ても良いか。それぐらいテメェは待ったんだからな」
「話を逸らして逃げるなよ。誰か居ないのか?」
「いねぇよ! ああもう、ウザいな。もうテメェと御巫の見舞いになんて来ねぇからな」
「そうは言っても、お前は来ると俺は知っている」
「昔馴染みってのはこういう時、心底、ウゼェなって思うな……」
「あとお前とはゲームでまた戦うからな。次はボコボコにしてやる」
「もう勝てる気がしねぇな。弱い者イジメして楽しいか?」
「楽しいな。お前が相手なら」
「あー嫌だ嫌だ。これから気晴らしでゲームしている最中にテメェに狩られるんだと思うと、ストレスが溜まりそうでやってらんねぇなぁ」
もう一度、親友から始めるということは出来ない。でも俺たちは、友達からまた始めることぐらいは出来る。
それもこれも全て、御巫が目覚めてくれたから。ただ、その奇跡という一言に尽きる。




