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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第六章 -Together-
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人はもっと素直で良い


「落ち着いて下さい!」

「離せ、彼女になにをするつもりだ!?」

 神楽坂さんが医療用の――心に触れるため、この場合は心療用のVR機材と呼んだ方が正しいか。とにかくそれを運び込み、HMDを御巫さんに取り付け、そして神経接続ケーブルをうなじに、そして同じく僕も見たことのないような機材と自身を神楽坂さんはケーブルで繋がれ、その意識を御巫さんの心の中へと落とし込んだ。

 要は意識をパソコンに預けるタイプのVRゲームの応用だ。ただ、独自に組んだシステムでは心を覗くことはできても、その本人の意思に出会うことはできないらしい。それでも心が生きていれば反応はしてくれるし、心が死んでいれば拒絶される。そして、脳死している場合はそもそも触れることさえままならないのだとか。


 とにかく、神楽坂さんが御巫さんの心へと意識を落とした直後に、松本さんがゲームから意識を戻して来た。バイオと積もる話もあったと思うのだが、外の音を敏感に聴き取った結果なのだろう。そして御巫さんがよく分からない機材に繋がれているのを見て、現状を把握できずに発狂した。ログアウトに限らず、もし目を覚ましたら、自身の想い人にケーブルやら端末やらが繋げられていたら、誰だってこうなる。だから僕は松本さんが動き出したところで病室に入り、その背後を取って後ろから押さえ込んだ。と言っても、僕の腕力では歯が立たないので、抱き付き、そして重心を後ろに傾けることで、どうにか神楽坂さんの持ち込んだ機材をぶち壊しそうなその勢いを留めることはできた。けれど、尚も神楽坂さんは前進を続けており、今や担当医も「少し冷静になって下さい」と声を掛け、松本さんを押さえ込むことに加わっている。担当医もまさかこんな力仕事をやらされるとは思いもしなかっただろうなと思うと、申し訳なさも僅かばかり感じているのだが、そもそもの松本さんの言動の危うさは知っていたはずだし、こうなることぐらいはちょっとぐらいは頭の中で想定しておいて欲しいなという気持ちの方が大きい。


「俺は、諦めない。もう諦めない。放り出したりしない。やっと、やっとなんだ。ようやく俺は、この日々の意味を知った。無意味なんかじゃ、なかった」

 僕と担当医を引き摺りながら松本さんが御巫さんのベッドへと近付いて行く。

「色んなことを考えた。馬鹿なことも考えた。けれど、そんな日々も全て意味があった……それを選ばなかったという意味が、あった。やっとなんだ……見つけたんだ。俺は、なにも苦しいことばかりに忙殺されていたわけじゃ、ない」

 松本さんの手が御巫さんの手に伸びる。

「君さえ、居てくれれば……それだけで俺は、一日を生きられた。君が病室で眠っているその姿を見るのは痛々しかったけれど、でも生きていてくれている。それだけで俺は、明日を、生きられると、活力を……得られて、来たんだ」

 担当医を振り解いた、その勢いで松本さんはベッドの前で転び、しかしすぐに起き上がろうとする。僕はそれを懸命に阻止していたのだが、結局、ベッドの傍で膝立ちするところまで止めることはできなかった。けれど、ここから立ち上がり機材を壊そうとするなら、それだけは絶対に防がなければならない。

「怖いと思うこともあった。でも、君の病室に来るたびに、ホッとした。君が生きてくれている。君はちゃんと、ここに居るんだって……そりゃ、苛立ちや、恨み辛みは沢山あって、啓二を激しく憎悪していたけれど……だからって、君を放り出すという思いは、諦めるという気持ちは、捨てようとしちゃ、駄目だ」

 両手で御巫さんの手を握り締める。

「もう……逃げない。諦めない……君がいつまでも眠り続けていようとも、どれだけの年月がこれから過ぎ去ろうとも……俺は、もう折れない。だから、こんな俺を、許してくれ。こんな、不甲斐無い俺が、いつまでも離れないのは君にとって……とても辛いことなのかも、知れない、けど……だけど、俺にとっては……君が、全てだ。目を覚まして、離れろと言ってくれたなら、俺はすぐにでも離れるよ。けれど、君が目覚めるその瞬間まで、その時までは……傍に、居させて欲しい。自分勝手な、身勝手なお願いだけれど……それだけで、俺は、生きられるから。頑張れるから……」

 震えた声で御巫さんに問い掛ける松本さんの体から力が抜けて行くのを感じ、僕もまた力を抜き、ゆっくりと離れる。暴れる様子は無い。だったら、この場で必死に押し留めようとしている僕はいらないだろう。


「松本 龍弥さん? こちらで会うのは、初めてだね」


 神楽坂さんが瞼を開け、うなじに刺していたケーブルを引き抜き、そしてそれ以外にも自身に刺していたケーブルを一つずつゆっくりと抜いて行く。

「初めまして、サールサーク卿。私は、ミスター・ルールブック。君の話を聞き、そして君のことをずっと助けたいと、救いたいと、善意なのか偽善なのかも分からない気持ちで、ずっと探させてもらっていたよ」

「……ミスター・ルールブック?」

「この容姿では少しばかり説得力が無い様だ。じゃが、この声ならばどうじゃ?」

 しわがれたお爺さんの声を神楽坂さんは出す。

「その声の特徴は……確かに、ミスター・ルールブック。ですが、どうして?」

「どうして、というのはこの容姿のことか? それとも、どうしてここに、ということか?」

 僕が出したパスポートと保険証を神楽坂さんは受け取り、それを松本さんに提示する。それらを手に取って、確認している間に神楽坂さんは御巫さんのうなじからケーブルを引き抜き、そしてHMDを脱がせた。そしてVR機材を病室の一所に簡易ではあるが片付けた。

「御巫 色葉さんの心に無断で触れたことをここに謝罪する。だが、私はこうして目覚めない人が目覚めてくれるように問い掛けに行くことを、一つの活動として続けている。ある種のボランティアだ。押し売りではあるが、しかし、目覚めない人を抱える人のためには、少しばかりの汚名を被ってでも続けなければならないと、個人的には思っているのでね」

「心に、触れる?」

「そう深く考えなくて良い。私は、心に直接、カウンセリングをしただけだ。失敗に終わることが多く、成功することも少ない、身勝手なカウンセリングだがね。しかし、心に土足で踏み入って、その心を傷付ける言葉は決して口にはしなかったつもりだ。核心に触れた時、酷く拒絶されることもあるが、それは心療する上では、必ず訊き、そして知らなければならない患者の秘密というものだ。だから、御巫さんの心に触れても、その内容を松本さんに話すことはできない。患者のプライバシー保護、個人情報の漏洩を防ぐためにも」

 松本さんはまだ状況を呑み込めていないようだが、ログアウトして早々に事態が変わっていたなら脳はそう早くは回転しない。僕もログアウト直後に倉敷さんが家に居た時は悲鳴を上げたし、それくらい頭は追い付かない。

 意識を落とし込むVRゲームは、時間が止まる。実際に時間が止まるという意味では無く、意識を落とし込んだ直後から、ログアウトするまでのその時間分、周囲の環境についての情報がストップするのだ。すると、ログインする前に見た光景とログアウトしたあとに見た光景が異なった場合、文字通りの混乱が起きる。状況を呑み込むだけの情報量を五感を使って急いで収拾する。なので、そういった事態に陥った時、思考力は一時的に低下してしまうのだ。だから松本さんはログアウト直後から発狂染みた動きをして、なにも考えずに言葉を零しながら御巫さんの元に向かった。自分が信じ、求め、ただ一つ変わっていない景色を壊されないようにするために。

「うっ……!」

 そんな松本さんも、少しずつ現実を受け入れ始めたが、それは同時にゲーム内で起こったことに脳が気付き始めることを意味する。この人の場合は、非常に分かりやすく、頭部から血が滴り落ちて来た。

「怪我をしているじゃありませんか」

 御巫さんの担当医が近寄り、その傷の具合を確かめている。

「俺は、大丈夫です。それより、御巫は……?」


 そう言いつつ、松本さんは御巫さんの手を離すことなく、彼女の顔を見つめる。


「……あなたが怪我の具合を診てもらっている間に瞼の筋肉が痙攣したようにピクッてなりました」

 だから僕はありのまま起こったことを伝える。


 担当医が松本さんの傷がそう深くないことを知ったのち、すぐさま御巫さんの診察を始める。


「瞼が動いている。瞳孔の確認を」

「待ちなさい。何年、視覚を閉ざしていると思っている。この状況でライトを当てなどしたら、光の刺激が強すぎて苦しむことになるぞ」

 神楽坂さんが担当医にそう言って、ベッドへと近寄る。

「御巫さん? 聴こえているのなら、今から言う通りにできますか? 左目だけを開けて下さい。そこから光の刺激を与えて、あなたの生体反応を見ます。光の刺激が強いと思いますので、瞳孔の確認後には眼帯を付けさせてもらいます。また、光の刺激に耐えられるようにやや濃い目のサングラスを掛けさせてもらいます。その後、痛覚による生体反応を一つずつ調べて行きますので、覚悟が決まりましたら左目をゆっくりと開けて下さい」

 左の瞼を御巫さんがゆっくりと開けようとし、続いて、口を動かして言葉を発しようとしている。

「ゆっくりで良いんです。私たちは待っていられます、あなたを待っていた彼も、すぐに言葉を求めはしません。目覚めてすぐに発声は、少しばかり難しい。ですので、身体の異常が無いと分かったあとに、文字盤を持って来ますので、それで少しずつ伝えて下さい」


 出来過ぎた話だ。

 あり得ない話だ。

 信じられない話だ。


 目の前で起こっていることはあまりにもご都合主義だ。そんな否定の言葉が頭の中を駆け巡る。

「それのなにが、悪いんだ?」

 けれど僕は小さく、自分へと問い掛ける。

 出来過ぎた話だろうとなんだろうと、眠り続けていた人が今、ここで、目の前で目覚めようとしている。その奇跡を、目撃することのなにが悪いんだろうか。

 そう、出来過ぎている小説に何事も持って行かれ過ぎていた。感動物ばかりが嫌いになったのだって、こんなことあるわけないと思い始めたのがキッカケだ。


 だとしても、ここで起きる全てを否定する気持ちは、その感情は、お門違いも甚だしい。


 だったら受け入れよう。この奇跡を。この、こじ開けられた感動を。


 ここで受け入れられなきゃ、僕は感動物の映画で泣くことのできない大人になってしまうじゃないか。


 そう、僕はもっと素直でも良いのだ。

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