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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第六章 -Together-
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心に土足で触れる


「やぁ、こんにちは。いや、こんばんは、かな? 御巫さん。御巫 色葉(みかなぎ いろは)さん」

 私は虚空に向かって声を掛ける。この空間に、当然だが彼女の体は無い。しかし私は医療用として、一応ながらにアバターを用意している。だからこうして声を発することも出来れば、彼女の心に触れることさえ出来てしまう。

 そのどれもに「土足で」という言葉を付け加えてしまうが、そもそもにおいて現実では声を掛けても応答してくれないのだから、私たちに取れる最終手段において、相手のプライベートを遵守することは含まなくても構わないと思っている。

 こうでもしなければ、届かない。こうでもしなければ、声を伝えられない。心に触れることは境界線を踏み越えることであり、同時に人心掌握の第一歩でもある。しかし、それらは悪意をもって行われれば、下劣極まりない結果をもたらすが、善意に――偽善であろうと、ともかく善に傾いている人間が行えば、人は前に進んでくれる。これでもカウンセリングを幾度となく続けて来た。なにより、この子に洗脳を行うわけじゃない。ただ心に触れて、目覚めない理由を追及するだけだ。それで更に心を閉ざすというのなら、私は更にその閉ざされた心に触れる。

 どこまでもどこまでも粘着し、目覚めるように言い続けるだけだ。


「君は、眠っていても耳は聞こえているようだね」


 心に触れる。私の手元からコンソールを開き、そこから幾つもの情景が投影される。彼女の中にある想い出、或いは記憶を断片的であれ写真のように出力するのだ。過去の情景は多々あれど、眠りに落ちてからの情景は全く無い。あるのは、音、そして声。音声のみが流れる。

 サールサーク卿――松本 龍弥さんの声や、看護師、医師の声だ。どれにもエコーが掛かっていて、どこか鮮明ではないが、聞き取れないほどではない。つまり、御巫 色葉さんは眠りに落ちていながら、聴覚は活きているということだ。

「嗅覚はどうだろうか、触覚は? 味覚は……? 触覚以外は弱いか」

 白い空間は人に触れられた記憶を見ることで、やや火照りを見せる。外部からの熱を感じ取っていたのだ。逆に嗅覚や味覚はとても反応が薄い。視覚も勿論、反応が無い。眠りに落ちたあと、御巫さんにとっては聴覚と触覚が世界の全てになったのだ。

「怯えているかい? 君の心に触れることは確かに、してはいけないことだ。分かっている。けれど、眠り続けているその理由を私は知りたいんだ。君はどうして目覚めない? この世界に入れたということは、脳も正常に機能している。反射についても確認を取っているとカルテにあった。神経の損傷も奇跡的に無いと、記されてあった。なのにどうして、目を覚まさない?」

 反応は勿論、帰って来ない。コンソールから画面に映したパネルは心電図に近いが、ポリグラフだ。動揺がそのまま波長となって現れる。私がここに入った際には、大きく揺れ動いていたが今は落ち着きを取り戻したのか、無反応に近い。


 つまり、私が入って来たところで御巫さんは目覚めるつもりはない、ということだ。自身の殻に閉じこもり、見たいなら好きなだけ見てくれという姿勢を取っている。


「私はね、説教をしに来たつもりはないんだ。けれど、君については色々と知っている。知らされている。松本 龍弥さんに」


 波長が僅かに揺れた。そして過去の情景を眺める。

「……君は、彼に隠しごとをしていたみたいだ」

 更に波長が強く揺れる。


「君の記憶に、心に触れた。だからこそ、分かる。君の過去の情景に映る数が多いのは松本さんではなく、望月 啓二さん。君は松本さんではなく、望月さんに惹かれていたんだろう?」

 反応は無いが、勘はここに負い目に思う部分があると告げている。

「けれど望月さんからは遠回しに、フラれている。だから君は、松本さんで妥協した」

 ノイズ混じりのとても大きな音が耳を(つんざ)く。心が拒絶している。しかし、この程度では私は投げ出さない。ポリグラフが動揺をハッキリと示している。


「ただ、松本さんに好意を寄せるようになったのは事実のようだ。妥協はしたけれど、実のところ妥協ではなかった。それでも自分が、妥協点として松本さんを選んだ……と、君は思い続けているわけだ。二人切りの時も、その闇が這い寄って来る。“妥協”という言葉が、激しく君を責めていた。けれど、誰にもそんなことは話せない。元より、寡黙なタイプだった君は、友人は居ても、そんな松本さんを傷付けるような言葉を外に吐き出すことなんて、出来やしなかった」


 十代の女の子というのは、扱いが非常に難しい。だからといって、男の子の扱いは簡単かと問われれば、それはまた別の話となって来るが、とかく色恋沙汰は自ら首を絞め付けて行くことさえある。


 後ろめたさがあった。それが彼女の心を支配し続けていた。それでも吐き出せない。吐き出せないから溜まって行く。すると、自分でも思ってもみないことを口にすることさえある。


 傷付きやすい年頃なのではない。気付かれたい年頃なのだ。なにをやったか、なにをしていないか、なにを話したか、なにを隠しているか。どれもこれも、なにもかも全部、気付いて欲しい。でも自分から吐き出すなんて、そんなのは十代のプライドが許さない。だから気付いてもらってから、全て吐き出したい。気付いてもらってから、楽になりたい。能動的にでは無く、受動的に、楽になりたい。とにかく自分から行動を起こすのではなく、導かれるままに言葉を零したい。


 御巫さんは主体的に行動できる子では無いようだ。だからより一層、先導者が必要だった。自分の人生を歩いているその隣に灯りとなる存在が、欲しかった。その灯りとなる存在に気付かれて、楽に人生を歩きたかった。

 それは誰もが思うことだ。彼女だけが特別だとか、特異であるわけじゃない。誰だって導かれる側で居たい。けれど、リーダーシップなどこれっぽっちも持ち合わせていなくとも、突如としてそれを命じられることは世の中、いつか起こる。彼女は自ら灯りを持つ存在にはなりたくはなかった。でも、松本さんは彼女にとってとても優しく、温かな灯りだった。だからこそ、その存在に甘えたのだろう。気付いて欲しいと思ったのだろう。


 たとえ、その存在こそが“妥協”という言葉を体現しているとしても、だ。気付けば松本さんはショックを受ける。けれど、御巫さんの恋心は気付いて欲しいという二律背反に囚われていた。


「松本さんと望月さん。原因と遠因。どちらも悩み苦しみ、辛い思いをしているが……自転車の二人乗りを提案したのは、君だね? 『望月君なら、文句を言いつつも乗せると思う』と言ったのは、松本さんに望月さんの陰を一瞬、求めたからだ。まさかそれが、全ての元凶になってしまうとは、思わなかった。二人の友情は壊れ、松本さんの人生は狂い、その声を耳にしていた君は、負い目を感じて……目覚められない」


 なにもかもを壊した元凶であると、思いたくない。まずは現実逃避をして、なにもかもが夢であってくれと願った。けれど、どうやら夢では無かったらしい。だから、目覚められない。心が目覚めると言う意思にまで至らない。


 目覚めた時、なんと言われるだろうか。自転車の二人乗りを提案したのは自分、松本さんの人生を狂わせたのは自分、望月さんに責任を被せたのも自分。どれもこれも、元凶である御巫さん自身だ。


「御巫さん? 私は色々な人の心に触れて来た。時には触れられない心の人も居た。そもそも、触れることさえ出来ない人も……。あなたはこのまま目覚めない方が、と思っているのかも知れない。けれど、そうではない。君は目覚めなければならない。なにを恥じる? 君の“妥協”は青春だ。君の後ろめたさも青春だ。それが色恋だ。色が無い恋などこの世界には無い。何色であれ、それは恋であり、悩みであり青春だ。怖いのは分かる。けれど、それは責任逃れも甚だしいのではないのか? 松本さんに言えないことがあったなら言えば良い。彼は許してくれる。望月さんに言いたいことがあったなら言えば良い。言ってどうなるか、で終わらせてはならないんだ。言わなきゃ、始まらないんだ。全ては言葉にしなければ伝わらない。軽蔑されてなにが怖い? 罵られることのなにが悪い? 受け止め、受け流し、苦しみ、泣きそうになっても、それでも進むのが君の歩むべき人生だ。立ち止まっていて、楽しいかい? 楽しくはないだろう? ずっと囚われ続けている。ずっと過去に苦しめられる。だったら、過去から逃げ出すために、歩き出すんだ。君は目覚めなければならない人間だ。目覚めても構わない人間だ。許しを請い、許され、そして共に歩める人間だ。痛みを分かち合い、心を繋げ、理解し合える人が居る。全ての苦しみも、乗り越えた先では、笑い話に変わる。軽快で心地良く、そして小気味良い言葉に変わる。確かに責任は、その二文字は、その言葉は、思っていた以上に重いだろう。けれど、君だけを特別視はできないんだ。君だけに特権は与えられないんだ。君が君自身で貼ったレッテルには、君自身で報いるしかないんだ。君の勇気一つで、少なくとも二人分の世界の色が変わる。そうしたら君の世界だって鮮やかに彩られる。考えてくれると嬉しい。これでも目覚めたくないのなら……まぁ、仕方が無い。君が望んだことなんだ。私がとやかく言うことではないからね。ただ、君が目覚める一押しの、ほんの一握りの力にぐらいはなりたいとは思うがね。それではさようなら。或いは、現実でまた会いましょう」

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