感情が弾けるかのように
『俺はテメェを殴った。けれど、テメェの言葉でずっと俺は苦しんでいる。だから、それで良いじゃねぇか。俺はずっとずっと、後悔し続ける。それじゃ、駄目なのか?』
『それで私――俺の気が晴れると? 晴れたことは、あの日を境にずっと無い。お前が全ての始まりだ』
二人の口喧嘩はまだ続いている。
『自転車の二人乗りをしたのはテメェだ』
『だが、それを蹴り飛ばして来たのはお前に染まった連中だ』
『ああ……そうだな、その通りだ。俺だけを恨むんなら構わない。けどな、俺に関わる連中を貶めるような言葉だけは、絶対に向けるな』
『俺がなにをどうしようと勝手だ。お前の言葉は聞き入れられない。お前は人を不幸にする。不幸にするお前と共に居るのなら、その連中もまた、毒の実を付ける』
『それはテメェの主観だ。テメェだけの観念だ。それを人に押し付けるな』
『お前が俺に説教を出来る立場か? 全ての始まりはお前にある。だから、これでもう終わりだ』
『終わり?』
『お前を潰して、それで全てを終わらせる。なにもかも捨て去って、綺麗に整理整頓して、それで俺は楽になることが出来る』
「全てを終わらせる……? 自殺するつもりか? いや……松本さんにとっての全ては……」
御巫さんとの繋がりを断つ、ってことか? 御巫さんが目覚めなくなってから始まった日々を、終わらせる。そうすることで、楽になる……?
『……はっ、俺はすっげぇ勘違いをしていたようだ』
アサシンが障害物から姿を現し、ビームを撃つ。パラディンは避けようともせず、しかしビームそのものは掠りもせず、わざと外したようにも見える。
『アラートがあとから……?』
「まさか、今ので……戦いで一回切りの、“異常性”を使ったのか?」
そんなことをしても、バイオが不利になるだけじゃないか。触れるか、ダメージを受けるかしなければシステムが応答せず、そして機体そのものも反応しない。相手のモニターにさえ映らないようにすれば必中の一撃となるのに、自分から狙いを外して、わざと使った。これでシステムはアサシンを認識し、サールサーク卿もアサシンの攻撃に注視することになる。バイオの“異常性”はどれだけ注意を払っていても、どれだけシステムがバイオの機体を認識していても、全ての情報をあとから伝えて来るという、自分自身の勘と操縦だけに頼らざるを得ない戦いになっていたけれど、それも昔の話なのだ。
たった一度の奇襲。けれどその一度だけでも、相手には脅威だ。奥の手にもなり得るそれを、どうしてみすみす捨てるのか。理解できない。
『テメェとはサシでやり合った方が恨み辛みが残らねぇだろ』
感情論で勝算が失われたようなものだ。僕がチームだったらキレている。
『ようやく姿を現したか』
『俺はよぉ、松本。テメェは昔と変わらず、真っ直ぐで、真面目で、一直線で、一辺倒な奴だと思っていた。そんな奴の人生を捻じ曲げてしまったことに、恐怖を覚えるほどの後悔をずっとずっと背負って来た』
『当たり前のことを言って、一体どうした?』
『けどなぁ! やっぱ違った。俺の知っている松本は、少なくとも……全てを終わらせて、楽になるなんてことを言うような奴じゃなかった!』
アサシンが武装収納から戦斧を取り出して、右手に構える。
『テメェは俺の知っている松本じゃねぇ。俺の前に居るのは、松本の皮を被ったどーでも良い男だ』
『挑発のつもりか?』
『み――あいつからじゃねぇ。テメェからあいつに惚れたんだ。あいつがテメェに認められたんだ。なのに、テメェが愛想尽かすのだけはちげぇ。自分が惚れた女ぐらい、自分が一生懸命に振り向かせた女ぐらい、その女に見せ続けた自分にくらい、責任を持ちやがれ!』
アサシンの描く軌道は曲線で、やや中心からズレている。パラディンにしてみれば狙い辛いことこの上ない。だからこそ、パラディンはその場から動かずにアサシンからの攻撃を待っている。モーションを見て、受けるか避けるかを決め、そこから反撃に出るつもりだ。
『お前が、俺を……語るな!!』
戦斧を振りかぶったアサシンに対してパラディンは動かず、その場で装甲を弾けさせた。
『パージか?!』
『そんな不確定要素の塊と一緒にするな』
弾け方はパージに似ているけれど、アサシンの攻撃モーションに変化は無く、戦斧はそのままパラディンに振り下ろされる。が、刃は機体に直撃する寸前で、弾け飛んだ装甲の塊に阻まれる。アサシンは戦斧を引き戻し、そしてパラディンから距離を取る。
『なにアレ? スズ、説明して』
ルーティから説明を求められ、映像を拡大してパラディンの周囲を飛び回る装甲の塊を眺める。
「自動追従武装のType Defenderだ。装甲の一部を剥離させて自動で防御させる。Attackerなら自動で専用の攻撃武装として追撃、Supporterなら自動で設定したサポート武装を展開する。パラディンは機体の装甲全てを剥離させて、それら全てをオートで防御させるようになった」
『装甲全部って、あり得るの? 私的にはあり得ないわよ?』
「あり得ないよ。幾ら自動って言ったって、粗は目立つし全てを防御し切れるわけじゃ……ティア、ログを見せて」
『はい、どうぞ』
やけに素直にティアは僕に戦闘ログを見せてくれる。
「パラディンの防御の詳細を開いて」
『これで良い?』
「ありがと…………」
『え、なに? なんなの?』
「マクロが組まれている。僕みたいな齧っただけの酷いものじゃない。綺麗に整っていて、精密だ」
『どういうこと?』
「簡単な挙動修正じゃなくって、プログラミングレベルで自動追従武装の動作を最適化しているってこと。マクロもプログラムの一つだけど、これはソフトウェアに近い……んじゃないかな」
高校の自由選択科目で選んだ『プログラミング』で教わっている範囲を越えているけれど、これがプログラミング言語を使った精度の高いものであることは分かる。
『それってチートなんじゃ』
ルーティが呟くが、僕は首を横に振りつつ答える。
「試行錯誤してギリギリのラインで動かせるようにしている。だからシステム側は反応しない。そもそも、マクロは提供されているシステムの一つなんだから、チートとは程遠いよ」
『マクロはシステムにとって都合の悪いレベルまで組めば機能しないようになっている。サールサーク卿は、その都合の悪いレベルの一つ下辺りのプログラムを組んでいる』
オブシディからの補足もしてもらって、ティアもルーティもなんとか納得したらしい。
自動追従の防御システム。損傷ゲージも防御力も全て共有しているため、防御すればするほどパラディンは追い詰められるってことだけど、でも、パラディンの全ての装甲から作り上げられたものなら、大抵の攻撃はほとんど通らない。しかもその自動防御システムに改良が加えられているというのなら、もうほぼ鉄壁に近い。そして重い装甲を剥離させたパラディンの挙動はさっきよりも軽くなっている。なにもかもが先ほどのパラディンとは異なる機体になってしまった。
静が動に移った。そういう印象を強く受ける。
装甲を捨てた素体を鈍色に輝かせながら、パラディンは尖鎗を前方に構えてアサシンへと突撃する。




