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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第六章 -Together-
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言葉の数だけ傷付いて、責任の所在を求め続けて

 僕は神楽坂さんに病院名を告げ、駐車場に停めてあった、なんだか高そうな車の前に立って、逡巡する。

「どうかしたか?」

 車に乗る前に尻込みをしている僕に対し、神楽坂さんは訊ねて来る。

「あの……本当にミスター・ルールブックなのかという、保証がどこにも無いと言いますか」

「わざわざシワがれた声で君に話し掛けたと言うのに、実に用心深いことを言う」

「いや、それは分かっていますけど」

 電話で話している間はそのシワがれた声ではなかったので、神楽坂さんの素の声にイマイチ馴染めないのも理由にある。あとは、こんな顔を合わせて間もない人の車に乗って本当に大丈夫なのかどうかっていう部分があって……女性は特に危険だろうし、僕の場合は身代金でも要求されそう。

「仕方が無い。なにか君には渡しておく必要があるようだ。運転免許証は警察が検問を掛けていた場合、自身が所持していないと問題になるからな。ここは素直に保険証と、パスポートでも渡しておこう」

 どちらも身分を証明するために必要な物だ。そして、決して赤の他人に手渡しても良いような代物じゃない。神楽坂さんは鞄からその二つを取り出し、差し出して来る。僕はそれを受け取り、パスポートを開いて写真と目の前の神楽坂さんが同一人物であることを確かめた。偽造パスポート……なわけないか。デジタル化が進んでいる中で、そういった警備は更に強固なものになっている。もし作れたとしてもだ、不安要素となりそうな偽造パスポートをこうも容易く渡して来るわけがない。保険証にも『神楽坂 入鹿』の文字が入っている。生年月日で、神楽坂さんの言っていたことが本当であることも知ることができた。

 僕は車の後部座席に座り、ドアを閉める。神楽坂さんは運転席でシートベルトを締めていた。

「ゲームの方はどうなっている? 君の友人が、サールサーク卿を倒してくれないことには全てパァになりかねないという点も、私を焦らせている要因だ」

「安全運転でお願いしますよ?」

「この身なりだ。検問に限らず、速度超過で引っ掛かっただけで時間を浪費する。焦りはしていても、信号無視をするつもりもない。そこに君が不安がる要素はどこにもない」

 キーを回し、エンジンが掛かった。車はゆっくりと動き出し、駐車場から公道へと入る。


『隠れていないで出て来い、バイオ』

 サールサーク卿がパラディンを駆り、マップのあちこちを見て回っている。バイオは身を隠しているようだ。シャロンが撃墜されたところをモニターで見たのかも知れない。だから尖鎗に気を付け、どうにか隙を見つけられないかと思案しているのかも。


「あ……神楽坂さんも聞きますか?」

 ヘッドセットのマイク部分だけ遠ざけ、更に手で塞ぎつつ、運転している神楽坂さんに訊ねる。

「いや、そちらの話に夢中になって肝心な運転が疎かになっては本末転倒だ。私は、君の賭けが成功することだけを願って病院へと車を走らせる。それに、そう私に声を掛ける必要は無い。君のことは後輩から聞いていると言っただろう? 君はすぐには私を信じられないし、信じてはくれない。ならば、しばらくは互いに不干渉であった方が良い。君がなにかを呟いたところで、私は病院へ向かうこととそしてその後の処置で頭が一杯だ。個人名を出しても、それを交渉材料にするような腐った性根もしていないことをここに誓おう。誓いを立てたところで、君は訝しむだけだと分かっていてもだ」

「……分かりました。あと、その誓いは、僕の出来る範囲で信じることにします」

 信じなければ始まらない。信じたあとに裏切られるのが怖くとも、それでも人と人との繋がりは、信じ合ってようやく成立する……んだと思う。

 僕はマイクの位置を元に戻し、小型HMDに浮かぶ映像に意識を集中させる。

『そうやってコソコソと隠れて、陰から不意を討つつもりか? 貴様のようなブラリ推奨プレイヤーの考えそうな策などお見通しだ』

 バイオはなかなか挑発に乗って来ない。パラディンは防盾を失いつつも未だほぼ無傷。けれど、バイオのアサシンはミスターによって片足を壊されただけでなく、二発ほど剣戟を受けている防御力と耐久力の差は歴然なのだ。そんな状態で、挑発の一つや二つで軽々しくパラディンの前にアサシンを晒すことは出来ない。

『なぁ、サールサーク卿……松本』

『貴様にはネットリテラシーというものが無いのか?』

『良いんだよ、どうせこの対戦を観戦してんのは俺の知り合いだ。ついでに、どうせいつかは話そうと決めていた連中だ。そりゃサーバーのログに残るかも知れねぇが、この対人戦のログは残さないようにテメェが設定している。で、俺の知り合い連中は、俺がネットリテラシーやプライバシーを無視したこの対戦を動画化してアップロードなんてしねぇ。だから、腹ん中の物を全部、吐き出せよ。松本』

 バイオは個人通信ではなく、合同通信で個人情報の公開を行った。対戦は観戦可能、ログは閲覧不可になっている。だから、ここで発したことはサーバーにはバイオの言った通り、ログには残るが外に漏れ出すことはない。サーバーに個人情報を残すことも、そもそもアカウントを作る際に入力しているので、ほぼノーリスクと言って良い。観戦可能人数だって制限を設けてあって、ルーティ、ティア、オブシディ、にゃおの四人以上は入れない。そうするようにミスターからサールサーク卿に働き掛けてもらったので、秘匿性は非常に高いと言って良い。

 けれど、それでもバイオの言動はプライバシー保護の観点から見ると最低最悪だ。けれど、もうプレイヤー名で呼ぶことをやめることでサールサーク卿を――松本 龍弥さんを現実へと呼び戻すキッカケにはなるかも知れない。

『人を信じると碌なことが起きない。特に貴様のような、人を不幸に陥れることが得意な奴ならよけいにな』

『俺が不幸に陥れることが得意……? テメェはそうやって、俺に責任を擦り付けているだけじゃないのか? いいや、俺にも責任はあるだろう。けどなぁ、不幸にするのが得意なわけが、あるかよ。そんな人間、居るのかよ? どんな人間だって、幸せを願うんじゃないのかよ』

『劣等感の塊みたいな連中はこぞって他者を攻撃する。自分に自信の無い奴らは、自分より下が居ないと安心できない。人間とはそういう生き物だ。貴様も人を不幸にして、それを眺めて自分より下が居ると思うことで、どうにか自分の劣等感を掻き消そうとしているだけだろう?』

『……ならテメェはどうなんだ? テメェは、俺を罵倒して言葉で傷付けて、それで俺が苦しんでいるのを見て、それで気分を良くしているようなテメェはどうなんだ?』

『貴様のような――人を不幸にする人間を見下してなにが悪い? 貴様――お前は、光を求めてはならない人間だ。陰に落ちて、もがいて足掻いて這い蹲っているのが相応しいんだよ、啓二』

『確かにテメェを前にしたら俺は劣等感の塊だ。けど、テメェを苦しめて喜ぶようなことは、昔も、今も、絶対にやってねぇ』

『話にならないな。だったらどうして、彼女はお前の遠因で今も目覚めない!?』


 責任の所在を求めての喧嘩……か。


 そう、きっと、二人とも責任を放り出したくてたまらないのだ。啓二さんは背負い続けて苦しみ、松本さんは見つめ続けて疲弊している。たった一つの出来事で、たった一人の“今”が、二人を決して交わらせることを阻止する。けれど二人揃ってそれを拒めない。二人揃って、責任を感じて生きているから。


「言葉が人を傷付けないのなら、臨床心理士も精神科医もいらない」

「君の意見には賛成だな。ああ、悪い。少し、語りたくなってしまった」

 神楽坂さんの声に僕はビクついてしまったが、言葉の先を求める。

「私は、私を貶める連中を幾人も見て来た。言葉は気にも留めなければ、ただのコミュニケーションツールの一部分だ。だが、その鋭さを感じ取り、刃物であると思った直後から、交わす言葉の一つ一つに怖れなければならなくなる。そんな自分を不甲斐無いと思うこともあった。しかし、私は果たして人に誇れるほど言葉に刃を潜ませずに生きて来たことがあっただろうかと考えた。私は確かにこんな身なりだ。散々なことを言われた。だが、それでもそこで反発して、反抗して、誰かを傷付けたことはないだろうかと。そう、誇れないのだ。きっと誰だって無意識の内に人を言葉で傷付けている。傷付いた側は、その言葉を気のせいだと思い、願い、けれど、一人になった時、眠る直前、或いはふとした沈黙の中で、思い出してしまう。鋼の心は誰も持っていない。誰の心も傷だらけだ。けれどみんな、その傷を隠し、晒さず、一人で治そうと無茶をする。そうした中で、壊れてしまった者、立ち直れなかった者、全てを投げ出してしまった者は大勢居る。安らぎを、休憩を取らせてはくれない世の中だ。だが、世俗に生きることも一つではあるが、別に世俗に塗れる必要はどこにも無い。世の中がそうであるからと、自分までそうであろうとしなくて良いのだ」

「でも、みんながそのようには思えません」

「そう……だから私は悲しい。もっと多くが、気付けるものだとばかり思っていた」


 本当の本当に、悲しいと思っているのだろうか?


 そんな風に思ってしまう。多分、僕の心が傷だらけで留まらず、壊れてしまったからに違いない。疑心暗鬼は自分を守る手段の一つだ。少しずつそれを解消しようと努力はしていても、こうして初めて顔を合わせた人とはすぐには打ち解けられやしない。いや、ひょっとしたらずっと打ち解けられないかも知れない。


 僕はもう、これ以上を望んでいないかも知れないからだ。これ以上を求めて、壊れた心が悲鳴を上げたなら、きっと全てを投げ出して僕のことを誰一人として知らない場所に行き、隠れてしまいそうだから。

 けれど、そんなものは全て、仮定の話だ。これからそうなるってわけじゃない。これからを決めるのはいつだって自分で、そして今のところ、これから先を考えている僕の頭の中に、そのようなプランは挙がりはすれど実行に移すような心の疼きも、呻きも、動きも無い。

「神楽坂さんは自分が人の役に立っていると思いますか?」

 マイクを手で塞ぎつつ、訊ねる。

「まさか。私がやっていることは自己満足だ。どれもこれも、私自身という存在を作り出すための、自己満足。ただね、この自己満足が無ければ私はもうアイデンティティを保てない。それほどまでに、私は苦しんだ。けれど苦しんだ先で行っているこの自己満足が、君の言うところの誰かのためになっているというのなら、それはそれで、良い話だとは思う。私はそうとは思えなくなってしまっているがね」


 神楽坂さんも、きっと心を壊してしまったのだろう。だから、自分のやっていることに自信を持ち続けてはいられない。


 啓二さんも松本さんも、壊れた心を持っている。けれど、啓二さんは向き合おうとしていて、松本さんは放り出そうとしている。


 似た者同士ではあっても、二人揃って責任を放り出したがっていても、結局のところ、その部分だけは、その根幹だけは異なると……僕は思う。

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