倉敷さんの求めるもの
ピリピリする。緊張していて、ストレスが溜まる。落ち着かない。心臓をキュッと掴まれるような感覚が何度も何度も訪れる。こんな状態じゃ、ロクに眠れもしないだろう。今日の安眠は諦めた方が良さそうだ。
「立花君、起きてる?」
「君が眠ってくれないと僕が安心して眠れない。それでも眠ろうとしているんだから話し掛けないで」
「普通逆じゃない?」
逆か逆じゃないかと問われれば、多分、逆なんだろうけど倉敷さんに襲い掛かる気が全く起きない。そんなことをすれば護身術の全てをもってして僕は昏倒させられ、目を覚ました日には警察の世話になっているかも知れない。そんなリスキーなことに手を染めることはできないし、そもそも僕は今、性的興奮などしておらず、むしろ緊張していて、胃がキリキリと痛むので、胃薬でも飲もうかと思っているほどだ。
「今日の服について、なにか言いたいことはあった?」
「キュロットスカートってスカートって名前なのにスカートじゃないのが男の夢を壊す感じでサイテーだと思いました」
「なにその変態みたいな感想」
ガウチョパンツよりも膝丈の短いキュロットスカートを履いて来たのは、恐らくはそのままの服装で眠ることを考慮した上でのことなのだろう。秋は近付いて来てはいるけれど、冬はまだ遠い。熱帯夜は過ぎ去ってはいても、まだ真夜中でも暑い日はある。キュロットスカートならば足が出ている分、涼しいというわけだ。
倉敷さんがスラリとした足を見せるボトムスを選ぶなんて、苦肉の策だったに違いない。寝苦しい夜を過ごすか、はたまた快適な就寝を求めるか。彼女は後者を悩んだ末に、選んだわけだ。この人、本当に足を見せるような格好をしないから。
まぁ、そもそも部屋着としてキュロットスカートを採用していたという線もある……あるのか? その辺りは女性ファッションの雑誌でも読まなきゃやってらんないな。でも、キュロットスカートって外出用のボトムスだったような……いや、僕の部屋に来ている時点で外出しているんだから、間違っちゃいないのか。
「変態って言うなら、出て行って欲しいんだけど。僕はこれまで散々、倉敷さんのワガママに付き合って来たけれど、さすがにこういうのはこれっ切りにしてもらいたいね」
「私も私で立花君のワガママには散々、付き合わされて来たんだけど? そういうこと言うわけ? 私がこんな、足の見えるボトムスを履くのにどれだけ勇気を出したと思っているのよ」
「利便性を鑑みて、それを君が選んだんなら僕への文句はお門違いだ」
いやでも、綺麗な足を見ることが出来たんだから僕はお礼を言うべきなのだろうか……それはもっと変態度が増すような気がする。それにキュロットスカートだし。スカートって名前のクセにスカートじゃないし。
別に倉敷さんがちょっと屈んだ時に覗こうとしたわけじゃないし……目が勝手にそっちに向いちゃっただけだし。それでキュロットスカートだと分かって、落ち込んだわけじゃないし……落ち込んだわけじゃ、ないし。
「外に着て行く服と寝間着を兼用できるって良いことでしょ。それともなに? ここで私に寝間着に着替えろって言いたかったわけ?」
「そんなことをされたら僕の緊張は果てしなく酷いものになって、眠ることさえ困難になっていただろうから、それはそれで良い判断だったと思うけどお礼は言わないよ」
むしろお礼を言われる立場である。親と喧嘩して、勝手に人の部屋に上がり込んで、勝手に泊まることを決めていたのだ。それを僕は渋々、了承したのだからやはりお礼を言われなきゃならない立場である。
ただ、倉敷さんにそこまで「ありがとう」と言われたいわけでもないから、強く主張はしない。
「立花君は、親と喧嘩したことってある?」
「あるよ。家族会議にまで発展するくらいまで、ゲームをやり込んでいた時に」
ちなみに冬美姉さんも喧嘩している。この流れだと、花美まで親と喧嘩する時期に入ってしまわないかと不安ではある。喧嘩はしても良いけど、家族会議だけは避けてもらいたいところだ。両親も子供三人をそれぞれ一回ずつ家族会議を開くノルマを達成したくはないだろうし。
「ああ、ちなみに冬美姉さんも僕も殴られたから。冬美姉さんはパーで僕はグーだったけど、そこは女か男かで父さんは決めた」
末っ子にまで殴り掛からなければならなくなった日には、父さんは病んでしまうかも知れない。花美には僕たちを反面教師として、至極、真っ当に育って欲しいものだ。別に強制はしないが、そう望んでいるってだけでも分かってくれていたら良いな、と。強制してしまったら、それは数学の教師が言っていたように、押し付けがましくなってしまう。思い込ませてしまう。考え込ませて、精神面で傷付けてしまう。放任主義ではあれど、肝心なところだけはしっかりと、やっては行けないことに手を出しさえしなければ、それで良い。
でも、彼氏を連れて来た時には面談――いや面接をさせてもらおうとは思っている。どこの馬の骨とも知らない男に妹と付き合わせるつもりはないから。
「そのあと、どうやって仲直りするの?」
「仲直り? 謝ったら良いじゃん。僕は色々あって、謝るのが遅くなったけど、それでもちゃんと謝ったよ」
家族会議では父親に殴られ、大樹さんには柔道でボコボコにされたあとに病院に通い、そして落ち着いて来たところでちゃんと謝った。それまではちょっとぎこちなかったけど、謝る謝らない以前の問題に僕が陥っていたから、両親も待ってくれていた。それは少しずつゲームから離れたところでヒシヒシと感じていたので、上手く両親だけがリビングに居るタイミングを見計らって、謝った。それだけで父さんも母さんも許してくれたし、逆に僕のことを心配してくれた。
「謝りたくない場合は?」
「家族だよ? いつまでも、その縁は無くならない。謝りたくない酷い親なら世の中には沢山居るだろうけど、僕が接した感じ、君の母親はとても良い人だったし」
謝りたくないような酷い親を持ったなら、縁を切るほどに憎むのだろう。僕は運良く、そんな親の元には産まれて来なかったから良かったけれど……そう考えると、啓二さんもなかなかに大変だったんだろう。どこかで受け入れ切れていないかも知れない。今まで反目していた親に対して、数ヶ月程度で受け入れるなんてことは不可能だ。それでも啓二さんは努力している、と思う。異父妹の望月に、優しく接するようになっているのがその証拠だ。
と、色々と考えていないで僕は、寝たフリをする。この方がどちらにとっても都合が良い。僕は当然、倉敷さんが眠りに落ちるまで恐らく眠れないし、倉敷さんは倉敷さんで僕が返事をすると分かっていたら寝ようとしないだろう。だから僕が寝たフリをすることで倉敷さんが会話を諦めて眠り、そして僕がそれに安堵して眠るという方針だ。
ちなみに当然ながら一緒には寝ていない。倉敷さんと僕の布団はハッキリと境界線が分かるぐらいには距離を取っている。永山さんのあざとい布団への潜り込み方をして来なければ、目を覚ましたらどちらかが片方の布団に潜り込んでいたなんてことは起きないだろう。
「立花君?」
返事はしない。眠っているのだと分かってくれたなら、向こうも眠ろうとするだろう。
「感情の起伏が激しいのは、あまり良いことではないと私も思うわ。だから、あなたの言う通り、謝る。でも、あなたの場合は全て内に詰め込み過ぎていて、むしろ感情を爆発してくれないと不安になるのよ。悪い意味で爆発した前回と違って、良い意味での爆発を、私は見てみたい。立花君が怒ることって、一体どんなことで、どんな時なんだろうって、思うから。それで……」
その先の言葉は寝たフリをしていた僕の耳にはハッキリと届く。
「怒る理由の中に、感情を爆発させる中に、私のことも……ほんの少しだけ入ってくれていると、嬉しい……な……な、んて。贅沢な要求、だよ……ね」
喋れば喋るほど声は小さくなって行く。眠気にやられたわけではなく、きっと自信の無さから来るものだろう。けれど僕は、寝たフリを決め込んでいるのでこれにはなにも言い返すことが出来ない。
自分の生き様や、人生についてはこれっぽっちも揺るがないほどの自信を持っているのに、僕のことになると倉敷さんは不安そうにする。そこには友人を気遣う優しさ以上のものを感じてしまうのだが、これが勘違いだったなら甚だ恥ずかしいので、心の奥底に沈めてしまおう。
倉敷さんは強い人だ。僕のことで倉敷さんが他人に怒っても、倉敷さんのことで僕が他人に怒ることは無いだろう。
そんな予想を覆すほどの、倉敷さんの根底を揺るがしかねないような事態は、二次元の主人公じゃあるまいし、発生することはないのだから。




