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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第六章 -Together-
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どれだけ現実が怖くても

「パソコンは、特にキーボードは雑菌が大量繁殖しているってご存知ですか?」

「それで彼女にも危害が及ぶと? 今までも何度かあったが、どれもこれも最新医療によって解決できる問題だ。君はその質問で俺に動揺を起こさせ、混乱に乗じて逃げ出す策を講じているのかも知れないが、無駄なことだ」

 そういや僕のほぼ折れている骨の治療も、現代医学じゃ完治にさほど時間を要さなくなっている。だったら、風邪やその他諸々のウィルスに対する特効薬だって昔以上には作り出されているってことか。

「……彼女の口元の近くにあるのはマイクですか?」

 音を拾うマイクが天井から吊るされるように固定されて、眠っている女性の口元付近にある。そこから伸びるコードは男性がパソコンでゲームをしていたスペースへと続いており、そしてHMDに繋がれていた。

「俺を苛立たせるな」

 外の音が聴こえると言っていたけど、この人はまさか女性の呼吸音、そして目覚めた際に発するであろう声すら聞き漏らすことのないようにマイクを設置しているというのか。


 異常だ。けれど、それほどまでに女性の目覚めを待っている。異常ではあるが、それら全てが男性の言うように了承を得ているのであれば、それは正当なものとなる。


「僕は、」

「待て、お前の声には聞き覚えがあるな」

 嫌な汗が全身から噴き出す。

「……ふはははっ! そうか、君がリョウだな? ブラリ推奨プレイヤーがまさか俺よりも幼い少年とは……笑わせてくれる」

 記憶の海から、どうやら僕の声を引き上げることに成功したらしい。

「そうです、僕がリョウです」

「ならば話すことなど無いな。一体どうやってここに来ることが出来たのかは知らないが、立ち去れ。君のような悪意が彼女の傍にあってはならない」

 男性は言いながら、続いて望月を見る。

「お前は、誰だ?」

「……名乗るほどの者でもありません」

「それで俺が納得するとでも?」


 この人、望月――シャロンと顔を合わせたり、そして声を聞いたりすることが何度かあったと思うけど、それに気付いていない。あくまで声を記憶しているってだけで、倉敷さんのような絶対音感の持ち主ではないらしい。


「とある人の代理で来ました」

「とある……? ならばそのとある人とやらに伝えろ。気遣いなど無用だ。俺は俺が決めた道を行く。どれだけ異常だと言われようと、どれだけ狂っていると言われようと、これは俺が決めたことだ。引き返すことなど無い。彼女の傍から離れる気も無い」

「サールサーク卿」

「ブラリ推奨プレイヤー如きが俺のプレイヤー名を口にするな」


 吹聴された恨みがあるとはいえ、ここで口論するのは賢くない判断だ。けれど、今の反応で完全にこの男性がサールサーク卿であることは分かった。

 松本 龍弥。数学の教師の息子にして、啓二さんの元親友の“愚者”。ミスターが探し続けている男性でもある


「分かりました。このまま私たちは帰ります」

「そうだ。さっさと病室から出て行け。その声、その足音、歩調に歩幅。次に来る時にはノックをした直後に追い返してやろう」

 あまりにも危ない。少し突付くと、本当に暴力でも振るわれかねないほど睨み付けられているし、そこには殺気すら込められている。僕たちは素直に体を回れ右して、病室をあとにする。

「二度と来るな」

 そう言って、男性はドアを閉めた。

「殺されるかと思った」

「私も」

 廊下をやや歩いたところで緊張の糸が切れて、僕と望月はそう呟いた。ナースステーションまで歩いたところで、望月が面会を終えたことを告げに行く。

「どうでしたか? 御巫さんの面会だなんて随分と勇気のある方々だとは思いましたが、その様子ですと追い返されてしまったようですね」

 女性看護師が望月に対して、愚痴のように零す。

「あの男性は、どのような方なんですか?」

「どのようなもなにも、こう言ってはなんですが、とても気味の悪い方です。VRゲームは意識が全てパソコン内に落とし込まれていると聞きますが、わたくし共の声や歩き方、靴音まで聞いているようで、看護師があの方がゲームをしている最中に愚痴の一つでも零せば、すぐにでも担当を変えろと仰って来るほどです。意識不明の患者様の前で、愚痴を吐いてしまった看護師にも非はあるのですが、なんとも怖ろしく、今では認められた担当の看護師や医師でなければ御巫さんの容態を診ることさえできません。御巫さんへの面会だなんておかしいとも思ったんですよ? もう何年も、親族の方々しか面会には来られませんから」

 そうですか、と望月は言いつつ看護師に別れの挨拶をして僕と共にエレベーターに乗り込む。

「立花君」

「どうかした?」

「何年も、ひょっとしたら何十年も、あの人は、とても大切な人の、大好きな人の目覚めを待ち続けるの?」

「大好きな人ってどうして分かるんだ?」

「分かるよ。あれだけ愛されているからこそ、狂気に身を置くことだって(いと)わない」

 そういうものなのだろうか。

「僕にはよく分からない」

「待つことは……あの人の幸せなの? 眠り続けている人は、あの人の今を、あの人の献身を、このままを、望んでいる、の?」

 一つ一つ、言葉を慎重に選びながら、僕に問い掛ける望月は、ここに来るまでに僕をからかっていたとはとてもじゃないが思えないほどに表情に翳りを見せていた。


 エレベーターを降り、病院を出る。外はもう暗くなってしまった。それでも、まだ秋を感じさせない程度には夜の帳もどこかまだ明るさを備えていて、スマホで時間を確認するまではまだ午後六時ぐらいなんじゃないだろうかと思っていた。実際は午後七時を回っていた。


「望月には気付かなかった。君がシャロンだとバレてしまったら、啓二さんとの繋がりもバレて、大変な目に遭うところだった。あの人は、外の音は聞こえていても人の声質に対しては、記憶頼りなんだ。倉敷さんのように記憶と感覚の両方を使えるわけじゃない」

 ひょっとしたら理沙も、“異常性”を考慮すれば倉敷さんと同じぐらい耳が良いってことになるけれど、松本さんはそれには及ばない。

「なにより、あの“異常性”はゲーム内じゃ全くと言って良いほど作用しない。だから、勝てる余地はあるよ」

「勝つ?」

「君と、あと啓二さんがあの人とゲーム内で戦う。“愚者”は自分より格下の相手に負けないと現実を見ることが出来ない」

「でも、勝ってもあの人の大切な人が目覚めるわけじゃない」

「それは、」

「その勝利に、価値はあるの? 現実を見せて、見せ付けて……それで、意味はあるの? むしろもう、解放してあげた方が……」

 数学の教師も、「息子はもう限界だ」と言っていた。だから「親である自分が傍に居てやらなければならない」とも。

 けれどそうなってしまったら、あの眠り続けている女性の面倒を誰が見るのだろうか。女性の両親だろうか? 入院費も馬鹿にはならないだろう。それも何年も目覚めていないとなれば、その額は計り知れない。

 なら、安楽死? 日本じゃそれは許されていない。脳死していない人を意図的に死なせることは、認められていない。


 どこを向いても、あの女性の未来は暗い。狂ったままの松本さんが居ない限り、孤独は加速する。


「もし現実を見ることになっても、あの人は決して大切な人を見捨てないと思うよ」

「そうかな」

 感情論である。そして、ただの想像でしかない。ひょっとしたら僕は上手く望月を誑し込もうと思っているのかも知れない。

 そのような(そし)りを受けることは、もはや逃れられないだろう。けれど僕は大丈夫だ。僕は決して傷付かない。傷付くのは、望月……と、啓二さん。あと、ミスター。


 それだけの人を巻き込んでまで、“愚者”から呼び戻すことが、必須だろうか? 必要だろうか?


「停滞している。進めない。右も左も、分からない。だからって立ち止まっていられるわけじゃない。啓二さんが僕を歩かせたんだ。だったら、その責任は取ってもらう。なにまた立ち止まっているんだって思う。啓二さんだけじゃない、松本さんもだ。進みたくなくても、進まなきゃならない。それが人生なんだろ。それが、生きるってことなんだろ。だったら僕は、どんな風に言われたって、あの人を狂気から解き放ちたい。解き放たなきゃならないと思う。それでどんな結末が待っていたって、そこで受ける痛みや苦しみがどんなものであったって、それでも僕は……歩かなきゃならないんだから」


 暗く怖い人生という道で、岐路に立つことは幾らでもあった。その度に間違えたか間違えなかったかなんて一々、反省なんてしていられない。だって、歩いた道に出来る足跡を振り返っても、そこには誰も居ない。


 居るのは、今。この瞬間の僕だけだ。止まり続けていれば、それがハッキリと実感できて安心だろう。僕も実際、とても安心だった。

 けれど、それじゃ駄目だって、みんなが言ったんだ。


 だったら、歩くしかないじゃないか。

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