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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第六章 -Together-
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病室にて

 職員室で数学の教師から話を聞き、放課後になってからその足で、僕たちは教師から受け取ったメモに書かれた病院へと向かった。住所なんて必要無い。ネットで病院名を調べてしまえば、あとはそれがどこなのかすぐに分かる。

「……はい。突然、立て続けにバイトを休んでしまって申し訳ありません……はい、分かっています、今月のバイト代から差し引いて下さい……はい、ありがとうございます」

 僕は電話を切って、一息つく。

「何度もバイトを休ませてしまって御免ね」

「望月のせいじゃないから」


 駅から電車に乗って約一時間経って、最寄り駅に到着した。その際、僕はバイトを忘れていることに気付いて、慌ててバイト先に電話し、なんとかお許しを貰えたというところだ。実際、こんなにサボられたら通常のバイト先であればクビである。また奈緒には頭が上がらなくなる案件が出来てしまったが、その問題はあとで解決するとして今はこっちを優先だ。


 実家へ帰る時間よりも短いものの、同じように県は跨いだ。数学の教師は僕たちの通う高校に異動になった際にそのまま引っ越したらしく、今は単身赴任中。奥さんも仕事をしているらしく、こちらは実家から仕事先へ通っているらしい。そして肝心の息子は、大学生になってから病院近くのマンションで一人暮らしを送っているのだとか。


「これ、帰りは何時ぐらいになるかな。先生から病院に連絡を入れてくれるらしいから、面会時間内なら代理で通してもらえるみたいだけど」

 代理や面会でなければ、不法侵入なのでその辺りは気を付けた。ナースステーションでは望月に喋ってもらう。でないと僕、不審者のように挙動が怪しくなってしまうから。

「場合によっては泊まりになるかもね」

「制服で泊まりは無いって」

 そう、私服ではなく制服なのである。こんな格好で夜中にうろつけば警察に補導されるし、どこかに泊まろうものなら警察へ連絡が行く。ネカフェならばもしかして、とも思うのだが昨今のネカフェも迷惑を被りたくはないだろうから、さすがに利用させてはくれないんじゃないだろうか。

「……ラブホとか、」

「それはもっと無いから」

 そんなところに堂々と制服姿で入れるものじゃない。幾らロビーの無人化が進んでいようと従業員は居るし、入り口に監視カメラは用意してあるだろう。いや全部、想像だけど。そんなとこ利用したことないから全てネットからの知識でしかないけど! あとなんで望月がラブホテルを普通に選択肢として出して来るのか意味不明だけど!

「こういう時でも立花君をからかうと落ち着く」

「どう考えても、からかっている場合じゃないんだけど」

 スマホの地図アプリを頼りに進んではいるが、正直、自信が無い。ゲーム内では一切迷うことがないのに現実だと知らない場所だと、僕は地図アプリ有りでも迷うから。前後左右に限らず上下すら曖昧になるから。

「立花君、そっちじゃないよ。こっち」

「……いやでも僕のアプリだと……うん?」

「地図を見ても方向音痴なの……?」

「方向音痴っていうか、これは使いこなせていないだけで」

「言い訳は見苦しい」

「方向音痴です、はい」

 こんなこと言い合っている場合じゃないのに、なにをしているんだか。

「こうやって、来たは良いけど実際、面会したらどうするの?」

「あんまり考えてない」

「考えてないのに来たの?」

「そうだけど」

「……なんか、準備を怠る立花君は新鮮。いつも用意周到だと思っていたのに」

 事前準備は怠らないけれど、突発的なことになると後先考えずに行動するっていうのは僕の短所だ。それも、今回ばかりは感情を優先した。僕らしくない。

 でも、この件は事前に準備していたら色々と間に合わない。ミスターがいつサールサーク卿をけしかけるか分からない以上、現状把握は先に済ませておきたい。

「付いて来た望月も望月だけど」

「私は立花君を信じているし」

「そう言っている割に、僕が曲がり角で立ち止まるたびに自分のスマホで現在地を確認しているクセに」

「迷ったら本末転倒でしょ」

 正論を言われてしまったら、もうなにも言えない。


 歩くこと約十五分。ようやく僕たちは目的の病院に辿り着いた。面会時間は午後八時まで。現在の時刻と照らし合わせても、まだまだ余裕がある。

 病院特有の香りを嗅ぎつつ、なんとなく向けられる視線の数々に委縮しつつ、メモに書かれている六階にエレベーターで向かい、そこのナースステーションで望月が話を通す。どうにかこうにか面会が許され、608号室の前に設けられた除菌用のアルコールスプレーで手を消毒し、望月に全て任せるわけにも行かないので僕が部屋をノックする。返事は無い。そりゃ、眠っているように起きないのだから当然か。


 ゆっくりとスライド式のドアを開けて、病室に入る。


「…………ぁ、ええと、失礼、します」


 こうして、目にすることになるとやはりインパクトが強い。白い部屋に白いベッド。そこで眠り続けている女性の横には様々な機械があって、そこで脳波や心拍、呼吸回数などが音を立てつつ繰り返し繰り返し表示される。筋肉の衰えか、点滴のためにシーツの外へと出されている片腕はあまりにも細い。顔も生気が無い。痩せこけていて、年齢については啓二さんと同い年なのだろうけど、老けて見えてしまう。黒髪も、時折、整えてもらっているのだろうけど一本一本は絹糸のように細い。栄養は最低限、ということらしい。食べ物を口に出来ないのだから当然か。サプリメントで必要最低限の栄養を賄っていても、食事という行為を取らなければ体調不良に陥るのと同じ理屈、だろうか。


「綺麗な人だよ。ちゃんと体に肉が付いたら、綺麗な人」

「それは、分かるよ」

 目覚めたそののち、一週間ぐらいでかなり若返りそうな雰囲気はある。しかし、そもそも目覚めるということがあるのかさえも分からないのだから、綺麗だと分かっていても、心に訴えて来るのは「これを本当に僕は見たかったのか?」という後悔に近い代物だ。

 会う前までは会いたかった。けれど、会ってからは、言葉にならないなにかに襲われている。恐怖なのか、それとももっと別の……哀れみか? けれど、哀れむのは、違うのではないだろうか。それは、自身の立ち位置よりも下の人間に対して向ける感情だ。自分よりも不幸な人間が居るということを実感することで人間は、自身の幸福を強く感じ取る。だから僕は、哀れむことでこうして動けている自分自身を幸福であると、そしてこの女性のことを不幸であると見なそうとしている。

 それは正しい感情ではあるのだけど、醜い。だからといって、万人が感じるこれを跳ね除けることもできず、苦しみの中の幸福に僕は眩暈すら覚えそうだった。


「足音と声からして、看護師でも医師でもないとは思っていたが……誰だ?」


 望月と揃って心臓を放り出してしまいそうなほど驚き、そして視線をベッドから声のした方へと向ける。


 タワー型のパソコン。薄型のディスプレイ。小型のキーボード。そして深く腰掛けることのできる椅子から立ち上がって、今まさにHMDを頭から外し、うなじに刺さっている神経接続のためのケーブルを引き抜いた男性は、僕たちを睨み付けている。

 一言で表すならば生真面目。勉強に力を入れる人間特有の雰囲気というか、見た目というか……けれど、イケメン……か? イケメンだな。髪型と服装さえ変えてしまえば、イケメンだ。なんだろうか、顔面偏差値に関して言えば異性よりも同性の方が、これは素早く察知出来てしまうのではないだろうか。顔だけじゃなくて、頭の中身や心の中身を総合して、なんとなく感じ取れてしまう。

 ただ、瞳は濁っている。心もまた、歪んでいる。だから、イケメンになり切れていない。それに髪も服も地味だ。まるで校則に縛られていた高校生が社会に出た途端に制服を取り上げられたせいで、どういう髪型で、なにを着て良いのか分からなくなるみたいな。


「嘘でしょ。HMDを被っていたってことは、さっきまでVRゲームをしていたのに、“外の音が聞こえていた”なんて」


 僕が男性の容姿に関して研究している横で、望月はあり得ない事実に対して驚いていた。容姿への研究なんて、いわゆる僻みから来るものだから、異性の望月はさほど気になることでもなかったのだろう。


「両親の足音も声も憶えている。彼女の両親の足音と声も覚えた。毎日のように彼女の世話をしてくれる看護師についても把握している。男性看護師には彼女の体を触らせたくなどないからこちらから断っている。だが、そのどれでもないのなら、暴漢や悪漢とも考えた。しかし、ノックした。暴漢や悪漢がそのような気遣いはしないだろう。そして、女の声も混じっていた。これでは、一体誰なのか、“ゲームをしながらでも把握が出来ない”。だから仕方無く、ログアウトしたが……お前たちは誰だ?」


 怖ろしいことを口走っている。この人は、“ゲームの中に居ながら、ゲームの外の音を聴き取っている”のだ。『NeST』から伸びるケーブルを収納させ、片手でその電源を落としつつ尚も男性は僕たちを睨み続ける。


「ここで、ゲーム? 病室でゲームなんて、」

「病院から許可は取っている。彼女の両親からも了解を得ている。彼女が目覚めた際にいち早く気付けるように、“外の音を聴くこと”は必須事項だった。ただそれだけだ。何故、VRゲームか? 粗方、病室で時間を潰せる物はやり尽くしてしまった。筋トレ、漫画、アニメ、ドラマ、小説、ボードゲーム、カメラ、動画配信サイト、ネットサーフィン、どれもこれも、もう飽きた。だが、VRゲームだけは飽きずに続けられている。“外の音が聴こえる”のだから、すぐにログアウトできる。なにも問題は無いだろう」

 望月の質問に喰い気味で男性は答える。

 感性がおかしいというか、自身を正当化しようとしているから、やっていることの異常さが隠れてしまっている。

「まさか一人で?」

「独りでなにが悪い? それで、お前たちはなにをしに来た? 俺ばかりが話すと思うな。ああ、あと逃げ出そうなどと考えないことだ。俺の異常さはこの病院も熟知している。大声一つで、大人数がやって来る。それほどに俺は、狂っている。さぁ、話してもらおうか。なにが目的で、ここに来たのかを」

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