自己満足と蔑まされようとも
「サールサーク卿の居場所を僕がどうして知っていると?」
名前は知ってはいるが、居場所までは知らない。しかし、そのことを素直に伝えてしまったら僕はミスターから、どうしてサールサーク卿を探しているのか、という情報を得ることができない。
……いや、恐らくは臨床心理士の言っていた“あのこと”と関わって来るのだろうが、推測だけでは目の前に居るミスターには敵わない。
「サールサーク卿は問題事など一度も起こしたことが無いほどの生真面目な男。そんな男が、君のフレンドであるバイオを脅しに掛かったという噂を耳にしている。サールサーク卿とバイオに因縁があろうと無かろうと私には実のところ関係が無い。そんなものは余所でやっていてもらいたいものだ。だが、サールサーク卿の現状を打破するためには、彼の居場所を私は突き止めなければならない」
「現状の打破……あなたはサールサーク卿のことをどこまで知っているんですか?」
「君の知っていることの大半、或いは……それ以上」
僕の瞳からどれだけの推測を立てたのかは知らないが、しかしこれに乗るわけには行かない。
「と、言うと?」
「語れと? そうは行かない。その手には乗らない」
まぁ、この手の人は簡単には乗って来ないか。調子に乗って、自身の知っていることをベラベラと喋りそうだったのに……それもまた、雰囲気や決め付けか。だとしても、ここはミスターらしくなく、乗って来てもらいたかった。
僕はミスターを言葉で釣ろうとしているが、ミスターもまた釣ろうとしている。僕の釣果はさほど無く、ミスターに関してはどれほどの釣果かは把握できない。
「なにを言えば君は、サールサーク卿について知っていることを語る? どの情報を切って欲しい?」
「サールサーク卿を探している理由です」
「私の後輩から愚痴を聞いているのであれば、それをわざわざ私が語る理由も無いだろう」
「まだ確定したとは言い切れません。あなたが臨床心理士の先輩である。その前提で僕はもう話を進めてしまっている。けれど、もしそうでなかったら? そうでなかったならば、僕はどこの誰とも知らない相手に、僕個人の情報だけでなく他人の情報まで流してしまうことになります」
「……なるほど、疑り深さは昔と変わらずか。人を信じないプレイングはその疑心暗鬼の心か」
「自身を守る方法は沢山ありますが、人を疑って掛かるのはその一つとして重宝しています」
ただし、最近では人を疑い過ぎるところにが自身のデメリットではないかと思い始めている。だから、僕は他にも自分を守る方法を増やして行かなければならない。要は使い分けの問題だ。だが、この人に意識して使い分ける必要性を感じない。
この人に対しては、ずっと疑り深く、そして自分を守って行く。
「ここまで口が堅い――人を信じないのであれば、こちらからカードを切るか。サールサーク卿の精神はただ一人の女性に囚われている。どういった女性かは、語らなくとも分かるだろう? 私は、それを解消させたい」
女性に囚われている……今尚、眠り続けている御巫さんのことか。
「それをどこで知ったんですか?」
「本人の口から直接聞いた。無論、ゲーム内での話だ。私を利用したいがために身の上を話したのだろう。そう言っておけば、多少のギルドでのワガママも通用すると踏んだのだろう」
それは訝しみ過ぎじゃないだろうか。疑り深い僕でも、そこまで疑いはしない。サールサーク卿だって、信用に足る人物であると判断すれば過去を語るぐらいはするだろう。
ただ、それが重ければ重いほど、誰かの肩にも背負わせたいと思うからだけど。
そうやって、荷物を背負わせ、背負わせ、背負わせ続けて、自分の恨みや苦しみを植え付けて行く。啓二さんの撒いた種が毒の実を付けたと言うのであれば、サールサーク卿もまた、そうやって種を撒いている最中ではないのか……いや、信用できる人物というのが極めて少なければこの通りではない。啓二さんのようにはなりたくないと思うのならば、ただひたすらに身の上など秘匿する。ただ、一人や二人ぐらいには喋るぐらいはするってだけだ。
「サールサーク卿は“愚者”です」
「そうとも。彼はゲームを始める前から“愚者”だった。だからこそ私は研究対象として相応しいと考え、彼に近付いた。私も、君の言う後輩のように臨床心理士として調べたいことはあった。ああ、勘違いはするな。実験のようなことはしていない。ただ経過観察をし、言葉を交わし、“愚者”の思考を知り、そして少しでもその苦しみを取り除きたいという気持ちから来るものだ」
ミスターは頬杖をやめて、椅子に深々と座り、そして自身の口元に手を向ける。
「だが、どうやら君がそのように怯えるということは、私も少々、彼に入れ込み過ぎているようだな。気を付けるに越したことはないのだが、しかし、それはサールサーク卿の問題を解決してからでも遅くはないだろう」
「問題というのは」
「言っただろう? 一人の女性に囚われている、と。それを解消したい」
「どのようにして?」
「手っ取り早い方法であるなら、彼を女性から引き離す。彼の居場所さえ知っていれば、それもそう難しいことではないだろう」
「それは! 人の感情を無視し過ぎている、のでは……」
思わず声を荒げそうになったので、抑える。
「散々、人の感情を無視し続けた君が、偉そうに言える立場か?」
「……けれど、今は違います」
「君の今も昔も、私にはどうでも良いことだ。君の担当は私ではなく、後輩だ。多少、君の情報を回してはもらったが……どうにも、君と私はカウンセリング相手として合っていないようだ」
「僕も、そう思います」
もし、カウンセリングを受ける際にミスターのような臨床心理士と出会っていたなら、僕が今ここに居るかどうかすらも怪しい。そう思えば、あのちょっと信じ過ぎると喰われてしまうのではないかという、頭のネジが外れ掛かっているようなことも口走ることさえある、あの臨床心理士に出会えたのは奇跡に違いない。
「そろそろ居場所を吐く気にはなったかな?」
「……あなたは、ただ一人の女性に囚われていると言いました。ですが、サールサーク卿は、そのただ一人の女性に、己の全てを賭けているとしたら、どうしますか?」
「その目で、現実に、目の当たりにしたことがあると?」
「いいえ……ですが、あの生真面目なサールサーク卿が、そしてあなたから聞いた情報から推測するに、サールサーク卿はずっとその一人の女性の目覚めを待ち続けていると、思います」
啓二さんの過去の話からは自転車事故のその後が全く語られなかった。ただ御巫さんが眠り続けているという情報だけだ。けれど、それとミスターの情報を結び付けたならば、その人の目覚めをサールサーク卿は待ち続けているのではないだろうか。そう考えたのだ。女性に囚われているのではなく、自ら、それを選んだ。
「あなたは言いました。いつ自身をベットするのか、と。サールサーク卿はもう既に、自分自身を、そしてその人生をベットしているのではないでしょうか? 女性が目覚めるという方に、全てを賭けているのではないでしょうか」
どれだけの年月が過ぎようとも、変わらず、賭け続けている。
それは傍から見れば狂気だ。狂っている。頭がおかしい。けれど、“愚者”であるサールサーク卿には、それ以外の選択肢など見えていないのだ。
サールサーク卿にとって、御巫さんが中心で、それでいて基準なのかも知れない。そこにサールサーク卿の人生は無い。まるで昔の僕みたいだ。理沙に自分の人生を委ねて、任せっ切りにして、楽をしたいとしている僕みたいだ。違うのは、辛く苦しい方にサールサーク卿は人生を委ねたってところだろうか。その違いは天と地ほどの差があるけれど。
「……そう、目覚める。目覚めるのを待っている。そうだ、彼はきっとずっと待っている。手っ取り早い方法などと口走ったが、あれは私の本意ではない。そんなことをしようとも思ったことはない。しかし君が語らぬのならば、私は騙らなければならない。おかげで、自分のすべきことが、その景色がクリアになった。少し曇っていたのだ。それを人は迷いと呼ぶのだろう」
「僕はサールサーク卿がどこに住んでいるかなんて知りません。ですが、苗字は知っています。眠り続けている女性の苗字も」
「それを提示して、どうする。私にそう易々とくれるわけではないだろう?」
「あなたの後輩の言葉を信じるのならば……あなたは、目覚めの奇跡を求め続けているはずです。成功率が限りなく低く、それでも、どうにかして目覚めさせたい。そういう個人的な非営利的活動をしている。そうでしょう?」
「外傷はほとんど無く、打ちどころが悪かっただけ。脳波も正常。自発呼吸も出来ている。生理現象も起きる。痛覚に対しての反射もある。それでも目覚めない人が世の中には沢山居る」
「だから、あなたはサールサーク卿の問題を取り除きたい。自分の方法で。眠り続けているその女性を、目覚めさせたいという自己中心的な考えで」
「笑えば良い。だが、私はサールサーク卿からその話を聞いた時から決めていたことだ。だから探している。彼を、そして彼が目覚めを待ち続けている女性を」
「全てはサールサーク卿のためですか?」
「いいや、私の試行回数を増やしたいがためだ。君の言うように、自己中心的な考えで行動している。だが」
ミスターはやや声を震わせている。
「私にしてみればまだまだ若輩者の彼は、背負い過ぎている。私と出会った時には既に人生を放棄――いや賭けているなどと、誰が思うだろうか。やるせない。若者はもっと溌剌としていて良いのだ。しかし、サールサーク卿はそれら全てを投げ打って、ただ一人に捧げ続けている。正直なところ、見ていられない。あれでまともだと思い込んでいる彼自身が、かわいそうに思えて仕方が無い。ただの自己満足でも構わない。ただの自己中心的な行動でも構わない。ただ私がそうしたいからそうする。私がなにをするかは私が決める。どれだけ罵られようとこれはもう心が決めたことだ。だからこそ、知りたい、全てを」
「……僕は全てを知っているわけではありません。ですが、サールサーク卿に限らず、このことで苦しんでいるフレンドが居ます。協力したところですが、“愚者”から脱する方法は限られています」
「自身より格下と思っているプレイヤーに負ける」
「サールサーク卿は僕から見ても格上ですが、本人が僕を格下と思っているかどうかは不明です。それどころか、今の僕にはサールサーク卿とのブラリ推奨プレイヤーと吹聴したという理由から来るような因縁すらありません。そして、あなたにもサールサーク卿が戦う理由が無い。因縁、そして格下という面を強くサールサーク卿が考えるのであれば……」
「そうか、君はつまり私にサールサーク卿を煽れと言っているのか。全ての因縁を払拭するべきではないかと悪魔の囁きをしろと」
「でなければ、僕は情報を与えません。それに、現実で出会わせるよりもずっと安全です。ゲーム内の喧嘩に物事を持って行きさえすれば、怨恨から来る刃傷沙汰も起きません」
「君のフレンドに勝ち目があればの話だが?」
「そこは……勝ってもらわないと困りますね。全ての計画が崩れるばかりか、あなたはサールサーク卿に敵と見なされ、僕はフレンドに縁を切られかねません。どうしますか? ベットしますか?」
「……元より答えは決まっている。年下の、そして少年の無遠慮、それでいて穴だらけの計画ではあるが、乗ってやろう」




