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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第六章 -Together-
273/645

ギルドマスター

***


「なに、今日は君と私だけの貸し切りだ。じっくり語り合おうではないか」


 どうしたらこういうことになるんだろうか。


 夕食を終えて、入浴も済ませてあとは予習復習や宿題もキッチリと終わらせた。することと言えば就寝ぐらいだったのだが、少しばかりパラノイアの機体構成を直したいなと思い立って、ログインした。『NeST』でも武装自体は変更できるのだが、装着させる位置や装甲の形を調整するのは格納庫エリアで整備機に乗りつつ、外側からジックリと観察しながらの方が好ましいという理由だった。


 けれど、格納庫エリアに向かおうとしていた僕は運悪く、“ミスター”に捕まった……そもそも“ミスター”と自身で強く思うことでミスター・ルールブックを指し、そしてルーティたちにもそれを伝えようとしていたが、もう誇張表現は要らないだろう。


 ミスター・ルールブック。それがこのプレイヤーの名前だ。お爺さんの風貌、しわがれた声を出しつつ、普段は優しいのだが、たまに猛々しく吠えることもある。TRPGにおけるルールブックは、その物語を紡ぎ出すためのアイテムの数値やモンスターの数値等を算出するために用いられる。ダイスロールなどもこれを基準とする。それ以外にも、ルールブックは遊戯に関わらず競技、規律などを纏めた本も指す。

 そんなよく言えば、みんなの規範にならなければならない名前。悪く言えば、規律にうるさそうな名前でこのゲームをロールしているこの人の精神状態はサールサーク卿以上に危ないのではないかと疑うのではあるが、しかし、言葉の端々にはちっともそのような善意も悪意も感じられない。


 だからこそ、ミスターの誘いは断りにくい。悪意も無ければ善意も無い。『オラクルマイスター』のギルドマスターながらにして、サールサーク卿のように規律にうるさくなく、ブラリ推奨プレイヤーとも平然と話すことさえある。誰かを罵ることもあれば、誰かを褒め称えることもある。しかしそのどれもに、感情というものがあまり乗っていない。中途半端なのではなく、絶対的な中立の立ち位置を崩さないのだ。気分で悪意にも、そして善意にもなり得るという存在に悪い印象を持たれたくはないのだ。


 そんなミスターにログインしてすぐに捕まった僕は、そのまま『オラクルマイスター』のギルドフロアに招かれた。この人の言うように、この時間帯でもネットゲームであれば大半は人が居ても不思議ではないのだが、ここには僕とミスターの二人しか居ない。


「お招きいただきありがとうございます。ですが、どうして私に声を掛けられたのですか?」


「そう固くならなくとも良いだろう、リョウさん」

 カマを掛けているのか、それとも確信をもってのことなのか。僕と向かい合うように椅子に腰掛け、テーブル越しにミスターは僕の動向を窺っているようにも感じ取れる。ここで墓穴を掘るようなことをすれば、スズ=リョウという方程式が成り立ちかねない。だからといって、この人がそれを吹聴するかといえばまた別問題なのだが。


「私はスズですが?」

「あくまでスズさんで通したいのであれば、それで構わんが」

「……仰られていることの意味が分からないのですが」


「化けの皮を剥ごうなどとは思っておらんよ。わしもそのような遊戯を楽しみたいのではないのでなぁ」

 テーブルに頬杖を突き、ミスターは続ける。

「そう、お遊戯はここまでにしよう。スズさん……立花 涼さん」

 しわがれた声が途端、若返る。しかし声だけではミスターの実年齢を僕は知ることが出来ない。ルーティかティアがいれば、もう少し情報が得られただろう。いや、それよりも問題なのは僕のリアル――現実の名前がバレているということか。


「個人情報を盾に、脅す気ですか? それに、その声は?」

 さすがに名前までバレているのに女の子を演じるわけにも行かないだろう。僕は男性の声へと戻す。

「隠し芸の一つだよ。君も成人するまでの間に一つぐらい隠し芸を用意しておくことだ。新人には、無茶振りをするのが社会の常だよ。部活動でもサークルでもそうであるように」

「僕はどの部にも所属していませんし、上下関係を求めて来るような年上とは仲良くなろうとも思いません」

「しかし、それでは生きては行けないものだ。生きるためには、嫌いなこと、嫌いな人とも関わらなければならない。そして、恥すら捨てなければならない。こちらの精神状態などお構いなしに、求めて来るのだからな」

 ミスターは未だ、僕の動向から目を離さないようにしている。

「このまま言葉で立花 涼さんを押しても良いのだが、それでは私が求める情報を得ることは難しいと考えるが、どうだろうか?」

「確かに、言葉で脅されたところで僕はなにも白状したりはしませんね」

 ミスターは頬杖を突いたまま、溜め息をつく。

「さて、互いに本性と言う名のジョーカーは切った。次はどのカードを切るべきか、立花 涼さんには分かるかな?」


 確かに本性は最後まで隠しておきたいジョーカーだ。しかし、もう互いにそれを切ってしまった。残された情報と言う名のカードをいかにして提示し、相手からより多く情報を訊き出すか。そこが重要となる。


「僕の実名を知っている時点であなたに絶対的有利があるのなら、僕はなにも話しません」

「そうか……なるほど、頭が良い。頭は良いが、それで私の本名を訊き出せると思ったのならば、少しばかり残念だ」

「対等ではない状況下で、カードゲームは出来ません」

「ディーラーが絶対的有利であるのが賭け事の基本だが」

「賭け事に興味はありません」


「ならば、君は一体、いつ自身をベットする? 君の人生そのものを否定はしないが、しかし、自分から賭けに出ない人生など、退廃的で実に面白味が無い。それとも、心の機微に疎いが故に、賭け事に挑むことに尻込みしているといったところだろうか」


「……あなたは誰だ?」

 この物言いをする人物と僕は出会ったことがないはずだ。記憶を探ってみても、一人も合致しない。ただ、「心の機微に疎い」とは、この人以外にも言われたことがある。

「私はミスター・ルールブック。そういう風に名乗ってはいるが、しかしこの名は少々、荷が重い。『オラクルマイスター』の管理はサールサーク卿に任せることが多い。ゲームに興じる時間はあまり取れそうにないのだ。いやはや、余暇すらまともに楽しめないほどに働かされるというのは、もう慣れてしまってはいるが、実に納得が行かないものだ。効率性が損なわれている気がしてならないものでね」


「『オラクルマイスター』の管理を、任せている?」

「私はギルドマスターという立場には居るが――なに、ギルドマスターとして教導することもあるが、しかしながら、多くの時間を取るということが難しい立場に居る。だからこそサールサーク卿に任せていたのだが……このザマだ」

 このザマ、というのは『オラクルマイスター』のギルドフロアに誰も居ないことを指しているのだろう。

「サールサーク卿は『RoS』に名義を貸しているらしいが、最近ではそちらに足しげく通っているようだ。正義にうるさく、実直で真面目で全てを直線で貫き通すような男が、あのあからさまに怪しげなギルドに名義どころか体すら寄せているのだから、ギルドメンバーも集まりが悪くなっている。一人が規則に逸れたことをすれば、流れるように規則を悪くする者が現れやすい。これをなんと言うか、知っているかい?」

「割れ窓理論ですか?」

「そうだとも。まぁ、あの理論は軽微な犯罪であっても強く取り締まることで犯罪を抑止し、件数を大幅に減らすことができるという理論であり、軽微な犯罪であっても見過ごせば大きな犯罪すらも平気で溢れ返る街になりかねないという警鐘を示すものだが、この状況は少々、その理論に似ているようだ」


 サールサーク卿という絶対的な規則が、規則と外れたことをしている。みんなの規律の中心人物が逸れてしまえば、周りも少しぐらいは規律に反することしても構わないと思ってしまう。『オラクルマイスター』がどれほど統制の取れたスケジュールを作っていたかは分からないが――そのようにスケジュールでゲームをやらされることが楽しいのかどうかは不明だが、ともかくも『オラクルマイスター』のギルドフロアはこうして閑散としてしまう原因となった。


「さて、立花 涼さん。私は特段、頭が良いタイプの人間とは自分自身を思ってはいない。むしろ君の方が将来、有望であるとすら思うほどに頭は良いと考えている。ただし、今はまだ私の方が頭が良いと思えてしまうほどに、思考が足りていない。ヒントをあげよう。君の名前は、そしてプレイヤー名については君の知っている人物から話してもらった」

 ヒントというより、もう答えに近い。

「……あの人、個人情報云々と言いながら僕の情報を漏洩させたのか」

「なんだ? もう答えに至ったのか?」

「僕の臨床心理士からでしょう? それ以外に考えられません」


 他にも色々と情報が漏洩するような部分はあるかも知れないが、思考を巡らせた結果、最終的に至ったのが臨床心理士だった。単純に、友人やらなんやらを省いて行っただけで、信用し過ぎたら丸ごと喰われてしまうのではないかという人物に行き着いただけだが。無論、最も信用できない人物からではないかとも考えたが、あいつがこんな遠回しな嫌がらせをするわけがない。


「そう毒づいていて大丈夫か? あとで私がそれを伝えれば、どうなることか」

「こんな言葉であの人は怒りませんよ」

 でなきゃ、VRゲームで“愚者”になってしまった人を相手にしてカウンセリングなんてできない。ある程度、あの人もあの人で寛容ながらに良い意味で頭がおかしくなければならないから。

「それより、どうして僕とこうして話しているのか。そこを知りたいんですが……あとあの人の頭を悩ませるのはどうかと思いますが、先輩」

「ふはは、そのような愚痴を零していたか」


 怪しいカードを切ってみたが、どうやらドンピシャだったらしい。


「丁度、電話であなたと対応していた際に僕はカウンセリングを受けていました。あとは、心の機微に疎いとは、臨床心理士に言われたことです」

「なるほど……ならば、私が求めている情報がなにかは分かるな?」

「……そう睨まれても、答えませんよ」

「一筋縄では行かないか。ならば、こちらから質問を投げ掛けよう」

 そうしてミスターは僕に訊ねる。


「サールサーク卿――現実の彼は、一体、どこに居る?」

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