///親友であって親友でないような///
///――years ago 04///
中学の大会で負けてから、親友は変わってしまった。下級生の話によると、あの大会での負けは全て親友の責任にされてしまっていたそうだ。レギュラーでも補欠でもなかった下級生も、さすがにその責任の押し付けはやり過ぎだと思ったらしいが、年上の決めたことには逆らえなかったらしい。
要するに、下級生であっても人を見る目がある奴は居ることには居るのだ。同級生に親友を分かってやれる奴が俺と御巫さんと、あと何人かぐらいと非常に少ないのは残念だ。親友はもっと敬われるべきであり、なによりも評価されるべき生徒であるはずなのに……。
変わった、というのはまず目付きが更にキツくなった。口調も更に荒々しくなった。そして周囲を取り巻く繋がりもすっかりと変わってしまった。前はまだ俺のように、親友のことを分かってくれている男が何人かと、テキトーに日々を過ごしていたが、今ではガラの悪い生徒との繋がりが多くなった。その中には煙草やシンナーを吸っているなどという噂とは思えないようなことをしでかしている奴も居るし、暴力沙汰を起こしてしばらく教室ではなく保健室登校になった生徒も居る。居眠り、寝坊は当たり前。そんな連中と一緒に居ることが多くなった。
「望月、話がある」
俺は親友の教室に行き、なにやらガラの悪い連中と話をしているその輪の中心に居た望月に声を掛けた。周囲がまるで異端者を、或いは邪魔者を排除するかのような睨みを向けて来たが、親友は「コイツにそんな目を向けんじゃねぇ」と一蹴した。そして俺は望月と共に教室を出て、特別教室が並ぶ二号館の男子トイレに移動する。ここは休み時間でもあまり使われない。だから悪い奴らの溜まり場みたいにもなってしまっていることがあるらしいが、今日に限って言えば、誰も居ない二人切りで話せる空間だった。尾行も無し、個室トイレに誰かが入っている様子も無いということで、俺は親友に話し掛ける。
「お前、煙草やシンナーには手を出してないよな?」
「……だぁれが、出すかっての。出すならもっとデカいもんだろ。大麻とか」
「真面目に答えろよ」
信じられないことを言うものなので、さすがに語意を強めた。
「嘘だよ、嘘。マジになんなよ」
「本当か?」
「本当だ。煙草にもシンナーにも手は出さねぇよ。勿論、大麻にだって手なんか出さねぇ……ってか手が出せないだろうよ、そんなもんには」
「けど煙草やシンナーはあり得るだろ」
「……なぁ、松本。俺が煙を吸って肺を真っ黒にしてしまうような、ガスを吸って脳を縮めちまうような馬鹿に見えるか?」
「そうは見えない。だが、周囲の奴らが問題だ」
「はっ、あいつらは勝手に肺を黒くしたり、脳を縮めたりしてりゃ良いんだよ。俺はそいつらの傍には寄らねぇからな。誘われたって絶対に手を出すもんか」
小さく笑う親友は、変わっていないようで、それでいて変わっているようで……昔のように心を掴み取ることができない。
「望……違うな。啓二だった。悪いな、苗字で呼んでしまって」
「テメェなら許す。大河内の方で呼んでくれたって構わなかったが」
「さすがにお前の家庭環境を暴露するような要因になりそうな方の苗字じゃ呼べない」
「それもそうか……」
親友は溜め息をつき、それから鏡を見つめる。
「つくづく、俺は俺っていう存在が大嫌いなんだって、あの大会で分かった」
「あれは、お前だけの責任じゃないだろ」
「テメェが分かってくれていても、他の奴らが分かってくれてないんじゃ、どうにもならねぇな。前は、テメェだけが分かってくれているんならそれで良いとほざいていたが……やっぱ、限界があるもんだ」
「そうは……言ってくれるなよ」
力になれなかったのは申し訳ないが、けれど心の支えぐらいにはなれていたんじゃないかと思っていたが、自信が無くなってしまう。
「悪いな、親友。別にテメェを責めているわけじゃねぇんだ……責めているのは、いつも自分自身」
握り拳を鏡に触れるように当てて、そこから俺でも分かるように力を込め始めた。
「自分の悪いところ全部が膿のように溢れ出て来て、俺の心がドロッとしたもんで包み込まれて、このまんまじゃ……頭ん中まで全部、おかしくなっちまいそうだ。もうとっくの昔におかしくなっちまっているのかも知れねぇが」
「そんなにおかしくなっているとは思えないが。確かに関わる相手は変わってしまったが」
「だろうよ、俺がちょっと黒くてドロッとしたもんを見せた途端に、頭の良い奴は逃げて、頭の悪い奴らだけ惹かれて残りやがる。まぁでも、俺自身がなんにもしてねぇならそんな奴らは放っておいたってどうにでもなる。テメェや、御巫に喧嘩を売ったってなったら、話は別だがな」
「怖ろしくも頼もしいボディガードなことだ」
親友はやり場のない怒りを内側にしまい込んで、にっちもさっちも行かなくなってしまっているようだ。
「俺になにか出来ることはないか?」
「ねぇよ、無理をすんな、生徒会長。このまま荒波に飲まれずにテメェは中学を卒業したら良い」
「だが、親友が苦しんでいるところを見過ごすわけにも行かないだろ」
「こうして話しているだけでもありがたいんだ。ああ、一人だと気が狂いそうになるからな。そうそう、気が狂いそうになったついでに義理の妹にはVRFPSをやらせることにした」
なにやら急に話が飛んだ気がするが、親友は大丈夫なんだろうか? 俺の身体的な不安は微塵も無い。殴られるや蹴られるといったことに怯えて話なんて出来るものか。別に殴られたり蹴られたりしたところで、生徒会長だろうと俺は俺として親友のその喧嘩を買うのだが。
そんなことはどうやら起こりそうもないのだが、親友の精神的不安は感じてしまう。
「どうしてVRFPSを?」
「殺している実感を味わわせてみたくてな」
ゾクリとした。一瞬だが俺は親友に怯えてしまっていた。
「義理の妹はなにか言って来なかったか?」
「元々はVRのロボット物をやらせようと思ったんだが、なんでも乗り物酔いが酷いらしくてな。それもこれもVRゲームには付き物らしいから、まずそのVRゲームから来る酔いというものに慣れさせてからってことだ。あとはレース物もやらせるつもりだな。それをやらせりゃ、空酔いも乗り物酔いもしなくなるだろ。俺も義理の妹がやっていない時はVRFPSに手を出して、鍛えている最中だ」
「機材を揃えるのは大変だっただろ?」
「ああ、そこは“ババァ”と“あの男”の財力でどうとでもなった。それもこれも義理の妹に『やりたい』って言えと命じたからだけどな。俺が言ったところで……あいつらは聞く耳を持たねぇからな」
……おかしい。親友は腐っても、そんな風に産みの親と義理の父親を呼ぶようなことはしなかったはずだ。曖昧な表現はして来ていたが、“ババァ”や“あの男”という言い方は酷過ぎる。
だが、そこを指摘するわけにも行かない。親友の中にある家庭環境への苛立ちを刺激すると、俺もなんとも言えない気持ちになるからだ。
「俺も機材が揃えられる頃には始めるつもりだが、その時はアドバイスでもくれるとありがたいものだな」
「任せろよ」
ここでの笑みは、いつも見ていた親友のものだ。
「ところで、御巫さんがお前のことをずっと気にしているんだ。話をしている最中にも、啓二のことを訊ねて来たり、啓二と一緒じゃないのかと訊いて来たり、あとは啓二の話をもっとして欲しいと言ったり。ちょっとどうにかして会うことは出来ないか?」
「…………あー、パス。それは、やめておく。だが、御巫には俺が直接伝えることは伝えておく」
「なにを?」
「テメェみたいな真面目な馬鹿をよろしく頼むって。まぁ、学校じゃ言えねぇから、卒業までには時間を見つけて伝える。言っておくが、密会じゃねぇからな?」
「お前はそういうことはしない。前々から知っている。分かっていることを一々言わなくて良い」
親友は俺の言葉を聞いて、やや唸ったのち「鈍いのは逆にありがたいことだな」とボソリと呟いた。どういうことかは分からなかったが、訊かない方が良いだろうと本能が告げていたので、訊かないことにした。
「真っ直ぐ、真面目に、一直線に……テメェはテメェの道を歩いて行け。俺も、ちょっと道を逸れるかも知れないが、自分の道を歩いて行く」
「どういう道草を喰う気だ、お前は」
「ちょっと、“ババァ”を殺してみようと思って」
その言葉が、その声があまりにも現実味を帯び過ぎていて、しばらく俺は放心する。
「冗談だよ、バァカ」
果たして本当に冗談なのか。
真面目というレッテルを貼られ、その暗示に掛けられている俺にはもう、親友の心の内側を見ることは出来なかった。




