表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Armor Knight  作者: 夢暮 求
第六章 -Together-
270/645

後悔が苦しみとなって心を満たす

 望月の家で待つこと三十分。今まで仕事で全く帰って来る兆しのなかった啓二さんが、今日は割と早くに帰って来た。しかしながら、僕の姿を一瞥したのち、啓二さんは自室にこもってしまった。

「頑固だな」

「一度、決めてしまったことを撤回したくないんだと思う」

「それは誰だって同じだよ」

 誰だって、自分の決断を撤回したくない。誰だって自分がこうだと決めたことを、誰かに否定されて却下されたくなんてない。

 でも、それじゃ駄目だって教えてくれたのは啓二さんだ。この人が考え方を真っ当なものに変えたから、似ている僕は感化されて嫌々ながらも自分の人生を歩くんだと、血反吐を吐いてでも進もうと決意させられた。

 そんな人の意固地さを尊重してやる理由は無い。言うなれば、僕の考え方を変えた人なのだ。そんな人に、自分の進んでいる道を戻って欲しくはない。

「啓二さん、ノックしても返事がありませんけど、どうにも子供みたいなことをするんですね。大人だと言い張るクセに、やっていることはやっぱり子供ですよ」


『テメェの言葉はちっとも心に響かねぇな』


「ええ、僕もあなたの言葉はちっとも心に響きません。なので、これから話すことは全て独り言です。根暗で陰気な子供が、扉の前でただ言いたいことを垂れ流しているだけだと思ってくれて結構です」

 扉の向こうから返事は無い。なので続けることにする。

「あなたがどうして傷付いているのかなんて、僕には全く興味がありません。そして、僕には全く関係の無い話です。正直なところ、なんで僕が巻き込まれているのかわけが分からなくて混乱しているくらいです。首を突っ込んだつもりはないのに、勝手に首を突っ込んだみたいにされていて甚だ不愉快です。全てはあなたとサールサーク卿の問題。それは分かっていますが、あなたたちが僕が居る近くで会話を交わしたせいで僕は巻き込まれた。それを理解して下さい」

 僕は悪くない。僕の近くで話し出した啓二さんとサールサーク卿が悪い。そうやって人のせいにはしているけれど、都合良くというか運悪くというか、そういった場に出くわしてしまった自分自身にも少しばかりは悪さがあるのかも知れないと思うところではあるけれど、悪さの度合いで言えばどう考えても二人の方が大きい。

「二人の間に起こった問題です。二人の間で解決して欲しいことこの上ないことです。けれど、僕の友達はずっとあなたのことを心配している。あなたのことで頭が一杯です。それこそ、陰気で根暗な僕に相談しなきゃならないくらいには追い詰められていると言っても過言じゃありません。ですから、僕はその友達を心配させているあなたのことが許せません」


 扉に引っ掻き傷でも残してやろうかと思うレベルで爪を立てる。


「誰かにどう思われたいとか、正義感に駆られたとか、そんなんじゃありません。ただ僕が、自己満足に、自分の友達が抱える心配を取り除いてあげたい。ただそれだけの気持ちでこうして話しています。あなたは人に傷を見せるのが恥だと思っているんでしょう。前にも似たような話をしても、ちっとも心に響かないと言われているので、恐らく間違いありません。ですが、そんなに傷を晒すのが嫌ですか? 僕はこんなにもあなたに傷を晒しているというのに? 傷の舐め合いなんて御免ですが、人の傷を勝手に見ているクセに、自分の傷は晒せないなんて、それはちょっと道理としておかしいとは思いませんか? ええ、これはただの自論です。どう考えても筋の通っていません。けれど、筋の通った言葉を連ねたところで、あなたの心には響かない。だって僕がそうであるから」

 筋道を立てた綺麗な論理なんていらないのだ。通用しないし必要無い。そんなのは最初から求めていない。分かっていることをそのまま口にされたところで、ちっとも心には響かない。


 だから僕は、僕たちはそうやって人の心を平気で踏みにじり、壊すことさえ出来てしまう。

 でも逆に、傷を察することは出来る。空気は読めないのに、相手の心には傷があるんだなということだけは何故か分かる。同族だからなのか、それとも嫌悪から来る直感からなのかはともかくとして、とにかくそのように感じてしまうのだから仕方が無い。


「いい加減、馬鹿馬鹿しいやり取りもおしまいにしましょう。僕はいつまでだってここに来ます。いつまでだって、あなたが話すのを待ち続けます。だって、そうしないと僕の友達の心配は払拭できないからです。僕の友達は――あなたの妹はその傷を知り、その傷を見つめる覚悟を持ち、そして更にはその傷をどうにかして癒してあげたいと思っています。あなたの意思は関係無い。あなたの妹が、あなたの傷を、あなたの心の痛みを、あなたの過去を、あなたの全てを、知りたいと、癒したいと、そう願っている。それでも話せないと言うのなら……あなたは、兄として失格ですね。僕なら絶対に折れる。家族を心配させるのはもう、嫌ですから」


 なにかを失うかも知れない恐怖。そんなものはもう懲り懲りだ。喪う覚悟は、無いけれど。


 啓二さんには常識人だからこそ常識が通用しない。頭が良いから、僕の言葉を全て理屈で考えて跳ね飛ばしてしまう。感情で物事を捉えない。自身の心に訊ねない。どうするべきなのか。それがとんでもない間違いであると分かっているから、それを選ぶことが出来ない。


 選択の恐怖。一歩間違えれば、危ういところでバランスを保ち続けていた環境が、自我が崩壊する。結局のところ、啓二さんに限らず僕たちはいつだってそういった選択する英断を求められ、人生の岐路に立たされ、道を踏み外しては谷底を覗き見る。破滅はいつも艶美に僕たちに擦り寄り、プライドはいつだって驕りへと変わろうとし、妄想は加速を続けて制御できないまでに激しく脳内を駆け巡る。そういった心を抱えながら、僕だけに限らない誰にでもある心の闇を抱えながら、進まなければならない。


「心の闇を語ることがどれほど、吐き気を催すことか。その気持ちは理解しようと思えば理解できます。あなたのことを昔のやんちゃを語ることを武勇伝とのたまって、暴露するような人と僕は考えません。だって、それほどまでに話したくないことなのだから。話そうとしないことなのだから」

 昔に馬鹿なことをした。犯罪に近いことをやろうとした。そういった失敗談をさも成功談であるかのように(かた)る人については軽蔑するが、ここまで話したがらないのであれば、啓二さんは後悔しているということ。後悔しているからこそ、話したくない。墓場まで持って行こうとしている。


 だったら僕はこの人の心意気を、その根性を、その意気込みを敬う。


『テメェは、解決しないで終わらせることも大切だってのを知っているか?』

「そうですね、そういう喋らないことで、行動を起こさないことで波風を立たせずに穏便に物事が済むのなら、それも有りだと思います。けれどもう、穏便に済むような状況じゃなくなっています」

『……だろうな』

 扉の鍵を開く音がする。

『入れ』

 僕は望月に先頭を譲り、啓二さんの部屋に入る。

「なにが訊きたい?」

 ここしばらく、まともに寝付けていないのか啓二さんの顔は酷いものだった。いつものギラギラとした鋭い目付きも成りを潜め、髪もどことなく整っていない。食欲も減退しているのか、いつかに見た姿よりも痩せこけて見えた。

「兄さんと、サールサーク卿はどういう関係なの?」

「関係……ああ、そうだな。話すって決めたんだから、俺は通したんだった」

 仕事の疲れも相まって、決意もどこか曖昧なのかも知れない。しかし通された以上は洗いざらい白状してもらう。

「まず、サールサーク卿の現実での名前を教えてやる……が、まぁそいつとの関係について話せというならそっちをさっさと優先して白状しよう。サールサーク卿は間違いなく、俺の元親友だ。そして……俺とそいつの間には、確執がある」

「“元”……親友ですか」


「ああ、“元”だ。互いに縁を切った。そうしなきゃならねぇ状態だった。あいつはともかく、俺が……な。だが、あいつは俺に今更になって遠因の責任を求めて来た。いや、分かってはいたつもりだ。覚悟もしていたつもりだ。けどなぁ、ゲーム内のプレイヤーキャラクターとはいえ、中身の本人に直接言われるのは……たまったもんじゃねぇ」

 フラッとバランスを崩し掛けるも、近場にあった椅子に啓二さんは腰掛け、深い深い溜め息をつく。

「サールサーク卿――本名は松本 龍弥(まつもと りゅうや)。小学校から中学校まで同じところに通っていた。中三で頭がおかしくなった時も、周囲に居た連中はガラリと変わっちまったが、あいつとの繋がりだけは維持していたな。それが高校でも一応は続いていた。俺の“不良っぽいこと”に憧れて、ガチの“不良”に成り下がった連中が、高三の時に、あいつが二人乗りしていた自転車を蹴り倒すまでは、だ」


「二人乗り……蹴り倒す?」

 望月はその言葉に耳を傾けつつも、疑問符を付ける。

「香苗? 中三の時に俺は荒れていたな?」

「うん」

「それが伝播した。伝播して、悪いことに憧れていた輩が、本気で悪いことをしようと思い始めた。それが奴の言う、事故が起きた遠因。俺が腐らなければ、起こらなかっただろう事故……事件でもあるか……とにかく、原因の遠くには俺という存在があるんだよ」


 事故……事件の原因として啓二さんは関わっていないが、そもそも啓二さんが“愚者”に落ちていなければ、荒れてさえいなければ、そんな悪いことに憧れていた輩が本気で悪いことをしようとも思わなかった。だから、その元親友と呼ばれている――松本 龍弥さんの一件に啓二さんは遠くから関わっていた。そういうことなのだろう。


「二人乗りしていた側にも責任はあるんじゃないですか?」

「そりゃあるだろうな。でも、羽目を外すことぐらい誰にだってある。龍弥にだって、貼り付けられたレッテルからたまには逃げ出したい時もあったんだろうよ」

「でも、それでゲーム内で再会したからってそこまで恨むの?」


「……二人乗りって言っただろ。龍弥は骨折で済んだが、もう一人……意識が戻っていない。打ちどころが悪かったらしく、意識不明のまま病院に運ばれて、そのままずっと起きていない。その日から、今日まで……恐らくは、明日から、未来までも」

 啓二さんは顔を両手で覆う。

「俺は話を聞いた時、まさか俺が遠因であるってことに気付かないままに元親友を殴り飛ばしたんだよ。自転車の二人乗りぐらいしか聞いていなかったんだ。それで、テメェは自分の女一人も守れねぇのか……そんな感じのことを言った。そのあと、龍弥に『俺が撒いた種が芽吹いて、毒の実を付けた』と言われた時、全身から力が抜けて、そのあとに怖気が走り、寒気に苛まれてその場で意識が朦朧となって、倒れるかと思った。龍弥に見切りを付けられて、あいつが立ち去ったあと、フラフラと家に帰った。そして……これも全部、俺の家庭環境のせいだと思い込むことで、自分を立て直した。物凄い危ういバランスの立て直し方だ。そのバランスも、テメェに現実を見させられるまでの話だ」


 事情を話半分で聞いた中で駆け付けて、思わず親友をぶん殴った。“自転車の二人乗りの事故”。そこだけを聞いていたなら、僕だって勘違いをしてしまうだろう。啓二さんと違うのは、僕は言葉で責めるだろうが、この人は手が出てしまった点だ。散々、抑え付けていた衝動が、親友のためならばという意思の元で、勝手に働いたのだ。親友が馬鹿をやったのなら、自分の手で更生させてやる。そんな、啓二さんには不似合いな正義感が、この人の行動の燃料として放り込まれたのだ。


「やってらんねぇ……ずっと後悔し続けて来た。それが、せめてもの償いだと思い続けて来た。けどなぁ、龍弥と再会して思い知らされた。後悔したところで罪は消えない。いつまでも昔にやったことは今に繋がり続けるんだって」

「兄さんはなにも悪いことをしていない」

「いや、俺は、」

「兄さんがその人を直接的に傷付けたわけじゃない。殴り飛ばしたのだって、その人への兄さんの想いがあったから。なのに、それら全てを纏めて兄さんが抱えるなんて……それは罪じゃない。その人の、逆恨みだよ」

「荒れていた俺が悪いんだよ」

「でも、兄さんは……! 兄さん、は……」

 望月にしてみれば、どこに感情を向ければ良いのか分からない。僕は啓二さんの過去の話を聞かされた、という認識で済むけれど、望月はそうも行かない。だって家族だから。その繋がりは誰よりも深く、根強く、そしてどうしようもないほど重い。家族が罪を公開しても、それをすぐには信じられないし、受け入れられないし、認められない。そして、罪でないのだとしても、啓二さんがそれを“罪”と思っている以上、やはり望月は家族の繋がりとして、それを受け入れ難いのだ。

「……あの、啓二さん。意識不明って、植物人間、なんですか?」

「いいや、傷はそれほど深くはなかった。神経のどこを損傷したわけでもない。生体反応もあれば、自発呼吸もしている。けれど、目覚めない。分かるか? 俺は、二人分の人生をぶち壊した。一人は龍弥。もう一人は、御巫(みかなぎ)。二人分の人生を狂わせた俺は、どうやって償えば良いのか、分からなくなった」

「御巫……下の名前は?」

御巫 色葉(みかなぎ いろは)。なんだ? 心当たりでもあるのか?」

「いえ……いずれ、必要になるかも知れないことなので」

 受け入れ難い苦しみがあるのなら、サールサーク卿が“愚者”であることも肯ける。

 けれど、本当の本当に啓二さんが苦しまなければならないことなのか? 望月の言うように、逆恨みなのではないのか?


 子供の僕たちには、その曖昧な境界線を、判断できないのかも知れない。

 だとしても、それで全てがここで終わり、というわけには僕も出来そうにはないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ