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Armor Knight  作者: 夢暮 求
第六章 -Together-
267/645

///最後のチャンスは掴めなくて///

///――years ago 03///


「さっきの回……逆転、されちゃったね」

「ああ、でもあいつが執念で塁に出た。まだアウトも一つだ。同点にさえなれば延長で、或いはここで二点入ればサヨナラ勝ちだ」

 親友は周囲からは嫌われている。けれど野球には不真面目に思われようが真っ直ぐに向き合って来たはずだ。だからこそさっきの打球にだって怖れず喰らい付いて、出塁した。しかもツーベースヒットだ。

 高校野球の8回から9回は荒れやすい。ここを勝てば全国大会出場だが、しかし魔物はどんな地方の試合にだって潜んでいるはずだ。ピッチャーも平静は装っていても、心の内では今にも心臓が飛び跳ねそうなほどに緊張しているはずだ。だから、暴投だって起こり得る。そうなってしまえば、足の速い親友が三塁まで進むだろう。


 ヒットさえ打てば、ヒットさえ打ってくれれば親友はいつか絶対にホームベースに戻る。

 高校生の甲子園に比べれば、中学生の全国大会なんて高が知れているかも知れない。けれど、親友はこの今、全力を賭している。だからそこに年齢や中学生や高校生なんてものは関係ない。


「勝てるかな?」

「勝つよ、俺の親友は」

「……たまに怖いけど、良い人……だよね。雰囲気がもう、不良って感じだけど、仕草も荒っぽいけど……良い人、なのは見ていたら分かる」

「ああ、本当に良い奴なんだ。だから応援してやってくれ」

「うん、応援する」

 彼女はそう言って、お願い事をするかのように両手を重ね、指を絡め、目を閉じた。

 あいつの目はまだ諦めていない。ここからでも分かる。動き一つで、なんでも分かる。

「盗塁……する気か?」

 ずっとピッチャーを見つめている。投球フォームを眺めているのかも知れない。そして、そこに隙を見つけて、三塁へ走り出すような気がする。そういった心理戦、頭脳戦、更には相手にプレッシャーを与えるような行為なら、親友の得意分野だ。ここでもし盗塁が成功すれば、ピッチャーもパニックになるかも知れない。

「ただ、問題は……」

 親友の次のバッターがこのゲームで良いところを一つも見せていないところだ。向こうのチームは外野もやや詰めて、内野で処理し切るつもりだ。でも、そこで外野の上を通り抜けるような一発でも打てば、それだけでタイムリーヒットになる。


 転がせば、アウトを取られるだろう。親友は次に立つバッターを信用しているか? 信じているか?


「あいつは、信じているはずだ」

 どんなに嫌われたって、どんなに悪く言われたって、同じチームメイトであるのなら信じる。出塁するためのヒットを打ってくれると信じている。だからこそ親友も盗塁しようとしている。チームの士気を上げるために、だ。

 ピッチャーは盗塁を警戒している。キャッチャーもどこか親友の動きを気にしているような……ここからじゃ遠すぎて分からないけど、そんな感じを受ける。受けるだけで、実は全然違うのかも知れないが。


 ピッチャーが振りかぶった刹那、親友が走り出す。絶妙なタイミングだ。スタートが凄まじいほど速い。これなら三塁へは間違いなく生還したまま辿り着ける。


「っ、おい!」

 思わず声が出てしまった。ピッチャーの投げた球は引っ掛けだ。わざと打たせるために投げたものだ。さっきまでの投球に比べればそれは一目瞭然だ。

 なのに、バッターはこれを打った。しかも最悪なことにショートに転がした。


 親友が難なく辿り着けるはずだった三塁に、敵チームのショートが球を送り、ツーアウト。更に三塁から一塁へ投げられた球でバッターもまたアウト。


 スリーアウト。そして、これでゲームセットだ。

「なんで、あんな球に引っ掛かるんだよ……」

 親友の動きが幾ら監督の指示を無視していたからって、それでも走り出したのが見えたなら……そして打つならもっと、コースがあるんじゃないのか? それとも、ショートにしか転がせない球種だったのか? それでも、打たないって選択肢だってあったはずだ。打たなかったらキャッチャーから三塁へ球が送られるけど、でも親友のあの速さなら間に合っていた。

 間に合わなくなったのは、敵チームのショートが球を上手く捌いたからでもあるけれど、三塁方面へと転がしてしまったバッターのせいだ。

「駄目……だった?」

「駄目だった」

「……お願いしても、届かないこともあるんだね」

「そう、だな……」

 力無く項垂れ、そして未だに三塁から動けずにいる親友を見つめる。絶望している……きっと、とんでもなく落ち込んでいる。けれど、親友のミスでは無い。球に引っ掛かったバッターのミスだ。そこまで落ち込まなくて良い。

 今にも倒れそうな足取りで、親友はチームメイトと共に整列し始めた。それから「ありがとうございました」という声が高らかと青空に響き、親友の最後の中学野球は終わった。

「親友は、信じて走ったんだ」

「うん」

「でも……信じても、駄目だった」

「うん、だけど」

「だけど?」

「信じることが無駄だったとか、お願いしても無駄に終わったとか、そんな風には思わないで、欲しいな。信じること、お願いすることには、責任も、罪も、なにも無いんだから」

「そう……だな」

「だから、私のこともそろそろ信じて欲しいな。――君の本音は、いつ聞ける、のかな」

 俺の本音?

 俺はいつだって、本音を曝け出して生きていると思っている。なのに彼女は、俺が本音を出していないと言う。からかっているのか、それとも俺の中に本当の俺というものが存在するのか……どちらだろう。

「善処するよ」

「本当に? 約束だよ?」

「ああ」

 言ってはみたが、俺が俺自身の本音を見つけ出せない限りは、きっと彼女にその言葉を向けることも出来ないのだろう。


 けれど今は、それは措いておきたい。


「あいつに、なんて声を掛けよう」


 どう慰めれば良いのだろう。なんて言葉を掛ければ、良いのだろう。変にプライドの高いところがあるからな。逆鱗に触れたらまずい気もする。


 けれど、それを怖れてどうするんだ。俺はあいつの親友だ。だったらここで、声を掛けに行かない理由なんてどこにもない。

「一人で帰れるから、行ってあげて」

「それは……いや、ちゃんと待っていてくれ。あいつと話してから、一緒に帰ろう」

 女子を一人で帰らせるわけにも行かないと思い、そう決断して俺はその場から走り出した。

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