悩むもそこで答えは出ず
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「お昼、一緒に食べてくれない? 話があるから」
バイオ――啓二さんが気分を悪くしてログアウトした次の日、そんな爆弾発言を僕は望月に投下された。それも僕を気遣ってくれているグループの目の前で、である。しかしそこは問題じゃない。問題なのは、どこのグループであろうと聞こえる声で言って来たことである。
「む、無理」
「目が泳いでいるから嘘」
気に掛けてくれている分、理沙から色々と僕の特徴を訊き出しているので、嘘が通用しない。分かっているのに嘘をついたが、それは一縷の望みってやつだ。だって、こんな大勢の前でお昼を誘われたら、誰だって噂する。噂しないわけがない。
「あのさ、望月? これ、収拾がつく予定ある?」
「まぁなんとなく……私たち、友達でしょ?」
その一言で、周囲の視線は依然として刺さったままではあるが、なにやら怒気のようなものは鎮まった。特に男は「なんだ、友達か」で納得してくれているようだ。恐らく、僕と望月の間にそもそも男女の関係なんてあり得ないと思っているからだろう。それはそれで癪なのだが、そういう単純さはこの場合、感謝しなければならない点だ。中には懐疑的な奴も居るだろうけど、そこは望月に話が飛んで来たり、僕に飛んで来た時に対処できる範囲だ。
問題は女子。この望月の一言でも、絶対に納得していない。そんな視線に乗っている疑う心が、僕をカチコチに緊張させる。下手なことは言えない。もし間違ったことを言ったら……どうなるか。
僕はいつものみんなに顔を向ける。
「そんな捨てられた仔犬みたいな顔している場合か」
「たまに猫みたいに機嫌悪そうな顔もしているけどな」
「分かりやす過ぎるんだよ、立花」
何故、そうも僕をみんなは愛玩動物に喩えるのだろうか。いやしかし、分かりやすいんならここは救いの手を差し伸べてくれるべきところだろう。
「僕はみんなと、」
「立花が五体満足で帰って来るなら貸すよ、望月」
人の発言にはやはり裏があると思って生きた方が良いのかも知れないな……。
「それは約束する。あと、立花君に分からない問題を教えてもらうだけだから。それでも、誰かが付いて来たら怒る……かも?」
昨日の出来事を上手く隠れ蓑として利用するらしい。この望月の言葉を聞いて、女子のコソコソ話もやや静かになった。それでも噂は立つだろうな……女子に訊かれた時の返事、ちゃんと考えておかないと。
「分かったよ。それで、教えて欲しいところって?」
望月の発言に乗せてもらい、僕はコンビニで買ったおにぎりの入ったビニール袋を片手に、彼女と共に教室を出る。
「あとで絶対に刺される」
「廊下に出た途端に素を出してどうするの。まだ気を緩めて良いとは言っていないけど?」
チラッと後方を窺うと、まだ僕の方をジッと見つめている視線が多くある。これあれだよ。昼休みが終わって帰って来た時に、冷やかされるパターンだ。恋愛シミュレーションゲームでそういうイベントあったし。
無言のまま望月に誘われるままに廊下を歩き、そして中庭ではなく人気の少ない、部室棟へと続く渡り廊下の近くにあるベンチに座らされる。なんでここがお昼休みで使われないかと言うと、薄暗くジメッとしており、ついでに部室棟を昼休みに利用する生徒からはなんとなく目に入る位置であるからだ。このため、一人で昼食を摂りたい生徒でも、部室棟を利用する生徒の目に留まるため、使い辛い。しかし、リア充グループが利用するには薄暗さが気に喰わないといったところだろうか。たまに教師も渡り廊下を通るので、馬鹿騒ぎするわけにも行かない。だから、ほとんど使われているところを見たことがない。
一人で昼食を摂りたい生徒の穴場は東館最上階の踊り場。屋上への扉は鍵が掛けられていて入ることが出来ないが、踊り場は毎日の掃除で常に綺麗に保たれていて、窓も開閉が可能。あと、人目に付かない。僕も教室で食べる気になれずに、一人でおにぎりを食べる時に何度か利用したことがある。この踊り場では僕みたいな人目に付かないところで食事をしたい生徒が静かに集まり、静かに食べる物を食べ、静かに立ち去る。それがルールみたいになっている。顔を見ることはあっても、それ以上は知らない。だから、食べている姿を見られても困らない。見たとしても、誰も言わない。そして、たまに生徒の集団が屋上階段を登って来ても、数人で食べているため物静かなグループと思われる。
一人で食べていないと偽れる。虚ろではあっても、そういった形のある事実が無いと、高校に通えなくなる生徒も居るのだ。それは、僕だってよく分かっていることで、だからここではなく東館最上階の踊り場にでも向かおうものだったら、食べる場所を変えようと提案していた。
「それでなに? 僕を公開処刑したいから、ああいう嫌がらせをして来たの?」
「嫌がらせじゃない。なんで女の子にお昼に誘われたことを嫌がらせと思うの、男なのに」
「言い訳を考えるのが大変なんだよ。口下手ってこと知っているんだから、もっとこう、タイミングは無かった?」
「無かった」
断言されてしまったら、僕はなにも言えないじゃないか。
「兄さんのことなんだけど、立花君から話を聞いたあとにさり気なく、その話をしてみたの」
「……ふぅん」
啓二さんのことか。だったら、昼休みが終わったあとが大変だけど、我慢しよう。僕だって啓二さんのことは気に掛かっていたし。
「なにか聞けた?」
「なんにも……なにも話してくれない。訊けたのは『香苗が気にすることじゃねぇ、俺が昔のやんちゃの代償だ』だって」
「やんちゃ、か」
異父妹の望月を受け入れられず、更に中学三年の野球での盗塁失敗から荒れた頃合い、かな。その頃から家庭環境への苛立ちが高まって、母親への敵視のレベルが上がった……んだっけ。戦った時に通信で耳にした程度だから、確実な情報とは言い切れないけど、でも大外れではないはずだ。
「荒れていた時期のことか」
「多分……その頃の兄さんは怖くて近寄れなかったし、話し掛けても無視されるし、なにをやったって舌打ちをされて……それで、ちゃんと話すことが出来なかったから、分かんない」
「望月が分からないことに責任を感じてどうするんだよ。あの人の素行に問題があったんだよ」
そう、素行に問題があった。これは言い切らなきゃならない。どれだけ頭が良くたって、どれだけ野球の才能があったって、家庭環境の不満から素行に問題があった。それは啓二さんの過去にずっと残り続ける紛れもない事実だ。
けれど、代償とはなんだ? 啓二さんは警察のお世話になるようなことはしていないはずだ。頭が良いから、そういったことには関わらないようにしていただろう。だって学力自慢をする同級生を勉強してテストで見返してやったっていうエピソードを語って来たくらいだぞ。そんな人が、どれだけ荒れていたって抑えるべきところは抑えていただろう。それで、代償ってなんだ? ツケとかシワ寄せみたいなものか?
「啓二さんは、君がそれを訊いて怒っていた?」
「ううん、昔とは違って、なんか優しい感じだった」
「じゃぁメンタルでは荒れているわけじゃないのか」
「だから、また“愚者”になることはないかなとは思うんだけど……立花君の方がそれは分かるのかなって。兄さんと、似ているところがあるから」
同族嫌悪的なものはある。だから僕はいつも啓二さんに反発しているわけだし、向こうだって僕に対して同じように接して来る。似てはいないけれど、どこか似ている。考え方が似ているかも知れない。なんかこう、ムカついた相手には全力で勝利して、優越感に浸りたいみたいな。けれど決して、悪いことをしたいってわけではなく、なんか胸の内側にある暴れたいという欲求を発散させたくなるところ、とか?
学歴コンプレックスだって、僕はもしかしたらぶつかるかも知れない。だから勉強には拘っているわけだし。
「なにか変なことを言わない限りは、“愚者”は気にしなくて良いとは思うよ。踏み外す時は、一気に踏み外して、頭の中が妄想で一杯になって周りの言うことなんて耳に入らなくなるから。望月の質問に答えられるし、荒れていないってことは、いつも通りの啓二さんのはずだ」
「そうだよね……なのに、やんちゃしていた時のことを訊いたら、私の知っていることしか話してくれない。立花君も大まかには知っているんでしょ?」
「個人通信で聞かされた程度には。でも、他にはなんにも……」
おにぎりを食べつつ、これまでのことを思い出す。
啓二さんは僕のことをクソガキやらテメェやら、お前やらと言って来るが、そこには大した意味は含まれていない。ただ僕の苗字や名前を呼ぶってのが嫌ってだけ。そこの辺りはなんか子供っぽい。
……子供っぽい?
「啓二さんは、僕たちのことをガキだって思っているのかもね」
「ガキ?」
「大人な話には関わらせたくないし関わりにくいだろうってこと。昔話をするのが恥ずかしいんじゃなく、ガキに話したところでどうしようもない、分かんないって決め付けているんだよ、多分。実際、僕には君の家庭環境は複雑で、関わりにくい問題だったし」
今もちょっと関わりたくないなとか思っちゃうし。だから望月の前で家のことはあんまり話さないし訊ねないでいたんだけど、今回は訊ねちゃったな。これが空気を読めないところか? ちょっと違う気もするけれど。
「でも、私は兄さんの家族だから」
「それは否定しない。逆に家族だから、関わらせたくないのかも。いや、僕はそう思うってだけだよ? だから、もしも僕に似ているのなら啓二さんも、面倒事に家族やら他の人を出来る限り巻き込みたくないんじゃないかな。だから、一人で解決しようとしている」
「それはなにか、ちょっと……寂しい」
「僕も、こうして蚊帳の外にされていることでようやく、話さないことがよけいに心配させるんだなって気付いたくらいだし」
複雑で、難しくて、曖昧で、人の心というのは察することすらなかなかに許してはくれない。
「立花君」
「ん?」
「今日、ウチに来てくれない?」
危うく三個目のおにぎりを落とし掛けた。




